Beauty and the Beast
「ちゃん、もう上がってもいいわよ」
「ハーイ!」
ここは木の葉の里にある『木の葉屋』。いわゆる定食屋である。
おかみと店員であるが切り盛りする木の葉屋は、里では非常に人気のある店だった。
11時の開店と同時に店は満員だ。おかみの作る料理は家庭的で、安くてうまいと評判なのだ。
そして、たった一人の店員であるは、看板娘としても有名であった。
なかなかの器量良しで、おまけに愛想もよく、テキパキと注文をこなしていくは人気者だ。
「おれ、日替わりね。あ、ご飯大盛り」
「ハーイ!日替わり一丁、ご飯大盛りで!」
「ちゃーん、こっち焼き魚定食ひとつ」
「ハーイ!焼き魚一丁」
戦争のような昼食時の混雑が済み、後片付けも終りかけた頃だった。
ガラッ!少し建てつけの悪い引き戸が大きな音をたてて開かれた。
「あ、すみませーん!今日はもう終っちゃった・・・」
テーブルを拭きつつ、が振り返るとそこに居たのは、猿飛アスマだった。
「よぉ、」
「アスマ・・・?!」
「なんだ、もう終っちまったのか。しょうがねぇな」
「い、いつ帰ってきたの・・・?」
「ついさっきだ。報告書出したら、オマエんちへ行くからな」
じゃぁな、とアスマはヒラヒラと手を振って、行ってしまった。
「え!ちょっと、アスマ?!」
が追いかけようとした時にはもうその姿は見えなかった。
「ちゃん、お店はもういいから、追いかけなさいよ!」
「でも・・・」
「久しぶりに帰ってきたんでしょ?早くお行きなさいな」
「すみません、ありがとうございます!」
はエプロンを外し、バッグを持ってアスマを追いかけた。
とアスマは恋人同士だった。二人が付合い始めたことを聞いて、泣いた男が大勢いたらしい。
アスマが任務に出るのはいつものこと・・・それはわかっているのだが、今回ばかりはに何も告げずに行ってしまったため、は心配していたのだ。
下忍の子供たちとの任務なら、だって心配はしない。
それに長期任務にでるときは、アスマは必ずに一言告げていくのが常だったのに。
それが今回はに何も告げず、いきなり里から姿を消した。
上忍であるアスマが借り出される任務――おそらくはAクラスかSクラスの任務だろう。
店の常連である他の上忍たちにもそれとなく聞いてみたが、
「大丈夫だ。すぐ帰ってくるさ」
と皆が皆、口をそろえて答えた。
任務の内容について、に教えられないことぐらい、だって充分理解している。
でも、それでもやはり心配なことに変わりはない・・・。
それが今日、アスマがふらりと店に現れたのである。
人の気も知らないで、いつもどおりゆったりと煙草をふかしながら現れ、勝手に「オマエの家に行く」とだけ告げて、さっさと行ってしまう。
は、アスマが無事に帰ってきたことにホッとしつつも、ぶっきらぼうなアスマに腹を立てていたのだ。
ひとこと、言ってやらなくちゃ・・・!ものすごく心配したんだからっ!
の足はどんどん速くなり、いつのまにか小走りになってアスマを追いかけていた。
がようやくアスマの後姿を認めたのは、任務受付所の手前だった。
「ア・・・!」
が声をかけようとするよりも一瞬早く、アスマは誰かに声をかけられていた。
「アスマ上忍!お帰りなさい!」
「ああ、おまえか。久しぶりだな」
アスマに声をかけたのは、額あてをつけた若い女だった。緑色のベストを着ているところを見ると、中忍以上なのだろう。
あたしだってまだ『お帰りなさい』って言ってないのに・・・。
はキュッとくちびるを噛み締めた。
二人は親しげに話しながら歩いていく。
その時、若い女の方がチラリと後ろを振り返り、の方を見た。
その女は得意そうにクスリと笑うと、アスマの腕に自分の腕をからませた。
「オイ!」
「いいじゃないですかー、久しぶりなんだしぃ」
一般人であるは、気配を消すなんてことはできない。アスマはきっと、がそこに居ることに気づいているはずだった。
あたしがココに居るのに・・・なんでそんなオンナと腕組んで歩いてるのよ!?
「ねぇ、アスマ上忍!あの定食屋の店員なんかと別れて、わたしと付き合いません?」
「ああ?」
「だって、忍者と一般人じゃ合わないと思いません?それに、上忍があんなパッとしない
定食屋の店員と付き合うなんて、全然つりあいませんよ〜!」
はくるりと踵を返し、二人とは反対方向へ走り出した。
「・・・アスマのバカ」
午後の公園で、はポツンとベンチに座っていた。
子供たちの楽しそうにはしゃぐ声もには届かない。
確かに自分は意地っ張りなところがあって、あの若い女のように素直に甘えたりできない。
だけど、アスマもアスマだわよ・・・!あたしというものがありながら、他の女にデレデレしちゃってさ!
なによ、なによ、アスマなんて!あんなに心配しちゃって、バカみたいじゃない、あたし!!
いつのまにか、の瞳からはぽろぽろと大粒の涙が零れていた。
つりあわないことなんて、最初っからわかっていた。一般人とはいえ、も里の生まれだ。
上忍のアスマはエリート中のエリートだってことも充分わかっている。
あんな女に言われなくたって、充分わかってるわよ・・・!
それでも付き合い始めたのは、アスマがを好きだと言ってくれたから。ただそれだけがを支えていたのに・・・。
「ちゃん?」
背後から声をかけられて、驚いたが振り返ると、そこには店の常連でもあるはたけカカシが立っていた。
「うわ?!どーしたの、何かあったの?」
の涙を見て、カカシはかなり驚いていた。店で会うはいつも元気いっぱいで、こちらまで元気になりそうな気がするほどなのだ。
「・・・カ、カカシさん・・・・・・」
の瞳から、またもや大粒の涙が零れた。知り合いの顔を見て、気が緩んだらしい。
「ふーん、そういうワケね」
「・・・ハイ」
二人でベンチに並んで座り、は事の顛末をカカシに全部話した。
「つりあい、ねぇ・・・」
はコクンとうなづき、小さな声で「わかっていたんですけど」と答えた。
「アスマは上忍で、里のエリートだし・・・。それに引き換え、あたしなんか・・・」
「ま、確かにつりあわないねぇ〜」
の身体がビクッと震えた。自分では充分に理解しているつもりでも、あらためて他人から言われると、やはりショックなのだ。
「だってさ、『美女と野獣』デショ」
「・・・ハ?」
きょとんとカカシを見つめるをクスリと笑い、カカシは言葉を続けた。
「だって、アスマだよ?ヒゲだよ?クマだよ?ヒゲクマだよ?可愛いちゃんとはつりあわないって」
あれでオレと1歳しか違わないってサギだよね、などと笑いながら言う。
「やだ、カカシさんたら・・・」
カカシの物言いがおかしくて、もついプッとふきだした。
「ちゃんは笑ってるほうが可愛ーいよv
あんなヒゲクマなんかヤメてさ、オレと付き合おうよ!そうしたら、『美女と野獣』じゃなくって
『美男美女』カップルよ?」
「ありがと、カカシさん」
クスクス笑いながら、は礼を言った。冗談めかしているが、カカシが自分を慰めてくれていることが充分わかったからだ。
「あたし、家に帰ります。アスマが来るかもしれないし。今度、お店にきてくれた時に
お礼にサービスしますね」
そう言って、は立ち上がり、カカシに一礼すると、足早に自宅へと向かった。
残されたカカシは、の姿が見えなくなるまで、その背中を目で追っていた。
「・・・結構、マジだったんだけどな」
好きなコには笑っていてほしいし、ね。
こっそり、アスマの家の冷蔵庫をアスパラでいっぱいにしてやろう、と心に決めたカカシであった。
慌てて自宅に戻っただったが、アスマはまだ来ていないらしく、部屋はガランとしていた。
はため息をひとつついて、お茶でもいれようとお湯を沸かした。
しばらくして、シュンシュンと音を立てて湯が沸いてきたが、考え事をしていたは全然気づかずに、狭いキッチンでぼんやりとヤカンを見つめていた。
「オイ、湯が沸いてるぞ」
「えっ?!あわわっ!」
慌ててコンロの火を消しただったが、ハッと気づいて振り返った。
「アスマ!?」
「よぉ」
先ほど店で会った時よりも、いささかこざっぱりしているように見えるのは、任務受付所で湯でも浴びて着替えてきたのだろうか。
「いつ来たのよっ?!」
「あぁ、ついさっき」
そう言って、アスマは煙草に火をつけた。
「もう!ここじゃ吸わないでって言ってるでしょ」
部屋が煙草くさくなるからと、はアスマにベランダで煙草を吸うように頼んでいたのだ。
暗い部屋にひとりで帰ったとき、ふっと煙草の香りがすると無性に寂しい気持ちになるのがいやだというのが本音でもあったのだが・・・。
「へいへい、わかった、わかった」
勝手知ったる他人の家、アスマは自分専用の灰皿を手にとって、ベランダへ行こうとした。
その背中を見て、はさっきの出来事を思い出した。
「アスマ!」
「ん?なんだよ?」
「あたし、怒ってるんだからねっ」
は怒っていると言ったが、アスマには、が泣くのを一生懸命我慢しているように見えた。
「なんの連絡もなしに居なくなったと思ったら、ふらっと帰ってきて!帰ってきたら帰ってきたで、
あたしに『お帰りなさい』も言わせてくれないまま行っちゃうし!
それに、なによ、あの女?!腕なんか組んじゃって、デレデレしちゃって」
「俺がいつデレデレしたんだ?」
「あたしが後ろに居ることに気づいてたんでしょ?!それなのに・・・」
さっきの光景を思い出して、はギュッとくちびるを噛み締めた。
「さっきのくの一と付き合った方がいいんじゃない?やっぱり、あたしとアスマじゃ合わないもん。
だって、アスマはこの里じゃエリートでしょ。それに引き換え、あたしなんて・・・」
「――ぐだぐだ言ってると、アタマから喰っちまうぞ」
「?!」
アスマは、火をつけたばかりの煙草をもみ消した。
「俺はオマエがいいって言ってんだろ?何べんも同じこと言わせんな」
「けど・・・」
それでもまだ言い返そうとするに、アスマは言葉を続けた。
「オマエに何にも言わないで任務に行っちまったことは謝る。今回のは突然だったしな。
けどな、里へ戻って一番最初に行くのは、オマエんとこなんだぜ?」
わかってるか、とアスマはの頭をポンポンと叩いた。
「いい加減覚えとけ」
「アスマ・・・」
は、アスマの大きな身体にしがみつくようにして抱きついた。
「・・・お帰りなさい」
「ただいま」
アスマの力強い腕が自分の身体に回されて、ようやくはアスマが帰ってきたと思った。
沁みついた煙草の香りが、アスマがここにいることを認識させてくれる。
「カカシさんにも言われちゃった」
「カカシ?」
クスリとは笑った。
「あたしとアスマはつりあわないって」
クスクス笑うに、アスマは怪訝そうな顔をした。
「『美女と野獣』だから」
「・・・カカシのヤロー」
むっとしたようなアスマを見て、はさらにクスクス笑った。
「『オレと付き合えば、美男美女カップルよ』だって」
カカシさんはハンサムだもんね、とは言った。カカシの素顔は、里の女たちの関心事のひとつであるが、当然のことながら、は食事中のカカシを見たことがあるのだ。
その素顔は、女たちがさわぐのも無理はないと思えるほど端整なものだった。
「カカシさんに聞いてもらったら、ちょっと元気になったんだ。今度お店にきてくれたときに
サービスします、って言ったんだけど、カカシさんの好物って何か知ってる?」
「カカシの好物?」
「うん。知らない?」
「・・・いや、知ってるぜ。アイツの好物はな、『天ぷら』だ」
「天ぷら?」
は首をかしげた。カカシはちょくちょく店にやってくるが、天ぷらを頼んでいるところを見たことがなかったのだ。
「ああ、そうだ。アイツの好物は魚の天ぷらだ」
「ふーん、わかった。覚えとく」
ったく、カカシのヤロー・・・。諦めの悪い奴だぜ。俺のいねぇ間ににちょっかい出しやがって。
アスマはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。いくら天ぷらが嫌いでも、が出したものなら食べないわけにはいかないだろう。カカシの受難を思うと、つい笑ってしまいそうになる。
それにしても、だ。一週間ぶりに帰ってきた恋人を前に、他の男の名前を連呼するってのはどうなんだ・・・?
「・・・やっぱ喰う」
「へ?・・・うわぁ!?」
アスマは、をヒョイと肩に担ぎ上げ、寝室に向かった。
「ちょっ、ちょっとアスマ?!どうしたのっ?」
は決して小柄な方ではないが、アスマにかかるとその辺の荷物と変わらないらしい。
「俺は『野獣』なんだろ?だったら、野獣らしくさせてもらおうと思ってな」
「え?!」
「一週間ぶりだからな、手加減できねえぞ」
アスマの言葉には真っ赤になっていたが、突然肩の上でクスクス笑いだした。
「どうした?」
不思議に思ったアスマがを降ろしたが、はクスクス笑い続けている。
「野獣はね、お姫様の愛情で魔法が解けて、王子さまになるのよ。知ってた?
でね、アスマの王子様姿をちょっと想像しちゃって」
「・・・アホか、テメェは」
呆れ顔のアスマに睨まれつつも、は笑うのをやめない。
「ぷっ、くくくっ・・・ヒ、ヒゲの王子さま・・・」
「オラ、いつまで笑ってんだ、?・・・相当、俺に喰われてぇみたいだな、え?」
はまだ笑い続けていたが、笑いを収めるために大きく息を吸い込んだ。
「野獣でもなんでも、あたしにとっては『王子様』なんだから、ちゃんとお姫様のところへ帰ってきてよ」
冗談めかして言っているが、の瞳は真剣で・・・。アスマはをギュッと抱きしめた。
「バカだな・・・。俺がオマエのところ以外に帰るわけねぇだろ」
「うん・・・」
「・・・じゃ、さっきの続きな」
「へ?!」
再びアスマはを抱き上げた。今度はいわゆるお姫様抱っこである。
「野獣の俺が好きなんだろ?」
「だ、誰もそんなコト、言ってなーいっ!」
ジタバタ暴れてもアスマに敵うわけもなく、寝室のドアはバタンッと閉められたのだった。
【あとがき】
野獣なアスマ先生でした(笑)うーん、難しい・・・。
いつも脇役(?)でちょこちょこ登場していただいているのですが。
いざメイン、となると、口調がイマイチわからん・・・(汗)
わたしのイメージ的には、ちょっとぶっきらぼうだけど実は優しい感じなのですが、
うまく表現できているでしょうか・・・?
ここにもカカシ先生が登場しているのは、管理人の愛ゆえということで
v
アスパラのみっちり詰まった冷蔵庫を見たアスマ先生と、天ぷら盛り合わせを
出されたカカシ先生の顔が見てみたい・・・いや、アスマ王子でもOK!?(笑)
お誕生日ネタではないのですが、アスマ先生お誕生日おめでとう♪
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2004年10月1日