Moonlight party
ぼんやりと月を眺めていた。

傍らにはよく冷えた辛口の酒――ここ数年誕生日の夜には、自宅の縁側でひとり月を眺めつつ、晩酌をするのが猿飛アスマの習慣となっていた。
いまさら誕生日がめでたい歳でもない。どちらかといえば、今年も一年生き延びたのか、と感慨深く感じるだけだ。
忍という職業柄、大勢の仲間の死を看取ってきた。けれど、自分はこうして生きている。
それは幸運というべきなのだろう・・・。
そんな埒もないことを考えながら、ゆったりと煙草をふかし、アスマは静かに祝杯をあげるのであった。
「・・・ん?」
ふと玄関先に人の気配を感じた。それはアスマのよく知る人物のものだった。
何かあったのかと立ち上がった瞬間、玄関の戸がバンバン叩かれた。
「アスマちゃーんっ!遊びーましょ!」
「・・・ちょ・・・カカシってば!そんな大声だしたら近所迷惑でしょ!」
「いーの、いいの!アスマちゃーんってば〜」
頭痛がしそうだった。せっかく静かな月夜をひとり楽しんでいたというのに、とんだ闖入者だ。
アスマはため息をつきつつ立ち上がると、玄関の方へ向かって叫んだ。
「うるせぇぞ、カカシ!庭へ回れ!」
「ハーイ。、こっちだよ」
「そんな引っ張らないでよ、落っことしちゃうじゃない!」
ったく騒々しい二人だ。アスマはやれやれと思いつつ、縁側へ戻る。
果たして、そこには顔なじみの銀髪の忍者ともうひとり、が立っていた。
カカシやアスマと同じく、も木の葉の里の上忍である。任務帰りなのか、二人とも額当てと緑色のベストという格好だ。
「やっほ〜、アスマちゃん♪」
「『ちゃん』呼ぶな、気色悪い。で、何の用だ、お二人さんよ?」
カカシの方はかなり飲んでいるらしく、鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌だ。
一方、からもぷんぷんアルコールが匂ってくるが、こちらはシャッキリとしている。
「なんだよー、せっかく誕生祝いにきてやったのにさ」
「呼んだ覚えはねぇよ」
「うっわー!聞いた、?どう思うよ、この友達甲斐のなさ!」
「ハイハイ、頼むから静かにしてよ、カカシ」
ぷぅーっとふくれっ面のカカシをがなだめにかかる。
「ほら、コレ!アスマに渡すんでしょ」
「あ、そうそう〜」
カカシの差し出したのは大吟醸。ご丁寧に酒の肴まで用意してきたらしい。
「ひとりで飲んでたの?寂しーいっ」
「ほっとけ」
「ねぇ、アスマ?ほんとに今日が誕生日なの?」
は縁側に腰掛け、アスマに尋ねた。その向こう側にはカカシも腰を下ろしている。
「ああ、まぁな」
「・・・ウソじゃなかったんだ」
おそらくはカカシに、アスマが誕生日だから、と連れてこられたのだろうが、半信半疑だったらしい。
「ひとりでお祝いしてたの?」
「お祝いってわけでもねぇよ。別にめでたい歳でもないしな」
「・・・もしかして、邪魔しちゃった?」
心配そうに聞いてきたに、アスマはちょっと笑ってみせた。
「おまえなら構わねぇよ。アイツは邪魔だがな」
アスマがチロリと見たのは、当然のことながらカカシである。
「なんだよー、オレが邪魔だっていうの?」
「ああ、邪魔だ邪魔だ。とんでもねぇお邪魔虫だ」
「ちぇーっ!」
ぷぅっとふくれっ面のカカシをクスクス笑いつつ、は大吟醸の封を切った。
「ほら、とりあえず乾杯しよ。ね?」
グラス、と思って見回してみても、当然のことながらアスマの使っているグラスが一個あるのみ。
「グラス、借りてもいい?あと、お皿も」
「ああ、台所ならその奥だ。勝手に探してくれ」
「ん、じゃあちょっとお邪魔しまーす」
トントンと軽い足取りで、はグラスを取りに台所へ行ってしまった。
「どういう風の吹き回しだ、カカシ?」
アスマはそう言うと、煙草の煙を吐き出した。
「どういうって?」
「お前が俺の家にくるなんて、珍しいだろーが。しかも、を連れて」
「ヒゲクマがひとり寂しく、誕生日を過ごしてるんじゃないかと思ってねー」
そう言いながら、カカシは勝手にアスマの煙草を一本拝借すると火をつけた。
「ほっとけ」
煙草の煙がゆっくりと立ち昇っていく。アスマはぼんやりとその煙を見つめた。
「ねぇ、ちょっとは掃除しなさいよ」
ブツブツ言いながらが戻ってきた。しかし、その手に持っているのはグラスがひとつのみ。
「あたし、あんなにホコリの積もった食器って初めて見たわ」
「男やもめは悲しいねぇ〜(しみじみ・・・)」
「誰がやもめだ?!俺は独身だっ」
二人のやりとりに、思わずはプッと吹き出してしまった。
「とりあえずグラス一個だけ見つけたから、先に飲んでてよ。お皿は洗わないと使えなさそうだし」
そう言って、はグラスをカカシに渡した。
「ありがと、」
「でも、アスマ?片付けてくれるオンナの一人もいないの?」
「ヒゲクマに彼女なんかいるワケないでしょー」
「うるせぇぞ、カカシ!」
「・・・ホントにいないの?」
「ああ、まぁな」
「そうなんだ」
どこかホッとしたようなの様子に、アスマは気づくことなく、一方のカカシは口布の下でこっそり笑みを浮かべていた。
「じゃ、悪いけど先に飲んでるね」
「うん、どうぞ」
はもう一度立ち上がると、台所へと戻って行った。
カカシは空になっていたアスマのグラスに酒を注ぎ、の持ってきたグラスに自分の分を注いだ。
「じゃ、乾杯〜!」
「乾杯・・・はいいが、お前、飲みすぎじゃねぇのか?」
アスマはよくカカシと連れ立って飲みに行っていたが、ここまで酔っているカカシを見るのは珍しかった。
「んー?まぁね、いつもよりは飲みすぎかな」
カカシとの持ってきた酒は辛口で、アスマの好みにぴったりだった。
「をさ、ちょっと酔わせてみよっかなvなーんて思ったんだけど」
「なっ・・・?!カカシ、テメェ・・・!」
アスマに首根っこをつかまれそうになったカカシだったが、器用にもグラスに注いだ酒を一滴もこぼすことなく、ヒョイとかわした。
「だってー」
「『だって』じゃねぇだろうが!何考えてやがる?!」
「ってさ、普段シャキシャキした感じじゃない?アルコールでも入れば、
『ちょっと酔ったみたい・・・』なんて言って、口説きやすい雰囲気になるかも〜と」
「お、お前・・・を口説くつもり・・・!?」
常になく慌てた様子のアスマに、カカシはクックックと笑った。
「バーカ。オレじゃなくって、オ・マ・エ」
「・・・?!」
「飲み比べしようって言って飲み始めたんだけど・・・。1升くらい飲んだかなー?
でもってば、全然っ変わんないんだよねぇ。ザルよ、ザル!
ありゃ、紅と張り合うね」
「な、なんで俺がを口説かなきゃなんねぇんだっ?!」
カカシはついに耐え切れなくなって笑い出した。
「ぶはっ!ヒ、ヒゲクマが・・・て、照れてるーっ(爆笑)」
「う、うるせぇっ」
照れ隠しなのか、アスマはグイと酒を飲み干した。カカシはまだ笑っていたが、
「いい加減、バレてるよ。オマエと何年付き合ってると思ってるんだ?」
と言った。
「・・・・・・」

「ま、オレからの誕生日プレゼントだと思ってよ。あとはオマエの頑張り次第v」
「カカシ・・・」
「ほんじゃ、邪魔者はこれにて退散するとしますかー」
「オ、オイ?帰るのかっ?!」
カカシは残りの酒を飲み干して立ち上がった。
「あ、無理やりはダメだからね。犯罪者にはなるなよー?」
「誰がだっ!」
アハハハと笑いながら、ヒラヒラと手を振ってカカシの姿は掻き消えた。
残されたアスマは、小さくため息をつき、それからまた酒を口にした。
「おまたせー!って、あれ?カカシは?」
ようやくがグラスと皿を探し出し、酒の肴を盛り付けて戻ってみると、そこにはアスマしか居なかった。

「帰ったぜ」
「え?!ひとりで帰っちゃったの?」
「ああ」
一瞬困ったような顔をしただったが、とりあえずアスマの隣に座った。
「ま、飲めや」
「あ、うん」
アスマはのグラスに酒を注ぎ、それから自分のグラスにも注ぎ足した。
「乾杯」
「あ、お誕生日おめでとう、アスマ」
「おう」
静かな夜だった。虫の音だけが聞こえてくる。しばし二人は無言だった。
その沈黙を破ったのはの方だった。
「あのね、アスマ」
「ん?」
「あたし、ホントに邪魔じゃなかったの?」
「なんでだ?」
「だって・・・」
申し訳なさそうな顔をして口ごもってしまったに、アスマは首をかしげた。
「だって、アスマならお祝いしてくれるヒト、いっぱい居るでしょう?
それなのにひとりで過ごしているなんて、なにか理由があるのかな、って・・・」
「・・・」
アスマは黙ったまま、新しい煙草に火をつけ、深く煙を吸い込んだ。
「邪魔なんかじゃねぇよ、はな」
「ホントに?」
ぱぁっとの表情が晴れやかになっていく。それにつられたのか、アスマもふっと笑みを浮かべた。
「誕生日なんか特にめでたいとも思わねぇが、お前が祝ってくれるなら嬉しいぜ」
「・・・ッ、ゲホゲホッ!」
「何吹き出してんだよ?」
酒にむせたのか、咳き込んだの背中をさすってやる。
「だ、だって・・・!」
は真っ赤になっていた。あれだけ酒を飲んでも、顔色ひとつ変わらなかったが、である。
「ん?」
「そ、そんな風に言われたら、あたしにお祝いして欲しかったのかって思っちゃうじゃないっ」
恥ずかしいのか、一気にまくしたてたはグイと勢いよく酒を飲み干した。
「ああ、そうだが?」
「ア、アンタねぇ、意味わかって言ってんのっ?!」
「ああ、わかってるつもりだ」
「・・・!?」
「顔、真っ赤だぞ?」
はパッと両手で顔を覆った。赤くなった顔を見られたくないらしい。しかし、残念ながらそれは失敗しているようだ。アスマは思わず微笑んだ。
「耳も赤いぞ」
「・・・(ひゃーっ!)」
アスマはクックックと笑いながら、うつむいてしまったの顔へと手を伸ばした。
普段ぶっきらぼうな彼からは想像もつかないほど、その手は優しくの頬へ触れた。
「ほら、顔上げろよ」
うう、と小さくうめきながら顔を上げただったが、恥ずかしいのか視線はそらしたままだ。
「・・・あたしの都合のいいように解釈しちゃうわよ?あとになって『今のナシ!』なんて
言っても遅いんだから」
「お前の誤解でもねぇし、『今のナシ!』なんて言わねぇよ」
アスマの指が優しく頬を撫でたかと思うと、の顎をクイと持ち上げた。
「なぁ、俺に誕生日祝いをくれよ」
「え?・・・んんっ?!」
淡い月の光のなか、ふたつの影はゆっくりとひとつになり、そしてまたふたつに分かれた。
「・・・来年も俺の誕生日を祝ってくれ」
「アスマが嫌って言ってもお祝いしてあげるわよ」
「ああ、楽しみにしてるぜ」
二人は顔を見合わせて笑い、そしてもう一度グラスを重ねた。
ひんやりとした初秋の風は優しく頬を撫で、柔らかな月の光がふたりを照らしていた。
【あとがき】
『アスマ生誕祭』さまのコラボ企画で書かせていただいたものをアップ。
管理人さまおふたりのご好意で、イラストもアップさせていただきましたv(※禁無断転載!)
しかも追加で1枚書いてくださったのですよ〜!!
きゃー、アスマ!!浮気者のわたしを許して、カカシ先生〜(笑)
アスマ先生、お誕生日おめでとう!
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
2004年10月18日