冬の花火
「はい、確かに報告書受領しました。任務、お疲れ様でした」
「おう」
「これから一週間は休暇が与えられますが、緊急の場合は・・・」
「ああ、わかってる。なんかあったら、伝令鳥でも飛ばしてくれ」
「わかりました」
「じゃあな」
猿飛アスマは任務受付所をでると、ポケットから煙草をとりだして火をつけた。
「・・・」
ゆっくりと紫煙が立ち昇っていく。
任務についた頃は秋口だったのに、里はすっかり冬支度だ。久しぶりに見る里はツリーやらリースやらが
飾り付けられ、季節の移り変わりを感じさせた。頬を掠める風も冷たい。
「・・・帰るか」
アスマはぽつりと呟き、自宅への道をたどった。
思ったより家は荒れてもおらず、アスマは少しホッとしていた。
長期任務明けに、荒れた自宅へ帰ることほど辛いことはない。おそらくが家の手入れをしてくれていたに違いなかった。
時計を見ると、まだ午後2時。はまだ任務中だろう。
しばらく考えたあと、アスマはゆっくりと風呂に入り、一眠りすることにした。
それほど疲れているわけじゃない――そう思っていたが、やはり自宅の自分の布団で眠るというのは違うらしい。外はすっかり日が暮れ、アスマは真っ暗な部屋のなかでぐっすりと眠っていた。
「・・・ったく、このヒゲクマ!」
「いででっ」
思いっきりヒゲを引っ張られ、アスマは飛び起きた。
「ナニのんきに寝てんのよっ!?」
「痛ぇだろ、!ヒゲ引っ張るの、よせ!」
ようやくヒゲが放されたかと思うと、パッと寝室の明かりがつけられた。眩しさに眼をしばたたかせていたアスマだったが、ようやく眼が慣れてくると、そこには腕組みしたが仁王立ちになっていた。
「帰ってきたなら、帰ってきたって知らせてきなさいよっ!」
「オマエ、任務だったんだろうが」
「そうよ、たった今帰ってきたのよ!受付所の親切な中忍が教えてくれなかったら、
あたし、アスマが帰ってきたことなんか知らなかったわよ!」
ヤベえ・・・なんか、スゲー怒ってるな、の奴・・・。
アスマはポリポリと頭を掻いた。
「悪かったよ。ちと疲れてたんだ」
「あ・・・ごめん・・・」
さっきまでの勢いはどこへやら、がシュンとうなだれた。アスマと同じく上忍であるには、長期任務の辛さがよくわかっているのだろう。
「起こしちゃってゴメン・・・。あたし、帰るね。ゆっくり休んで」
クルリと踵を返そうとするを、アスマは後ろから抱きしめた。
「オイ、帰んなよ」
「でも」
「いいから、久しぶりじゃねぇか」
「?!」
突如として不埒な動きを見せ始めた右手を、は思いっきりつねった。
「痛っ!」
「・・・そんなコトする元気はあるんだ、アスマ」
氷点下まで下がったの声音にアスマは焦りつつも、その腕を緩めない。
「浮気もしねぇで任務に励んでたんだぜ?ちっとくらいご褒美があってもいいだろ」
「・・・あたしだって、ご褒美欲しいわよ」
抱きしめたの肩が震えていることに、アスマはようやく気づいた。
「・・・」
突然かかった招集で、そのままアスマは長期任務についた。に別れを告げる暇もなく。
必ず帰ってこれるとは限らない――それが忍びなのだから。
たまたまあの時、ふたりはケンカをしていた。もしかしたら、あのまま永遠の別れとなってしまっていたのかも知れないのだ。仲直りのチャンスもないままに・・・。
「悪かった・・・」
「アスマが悪いわけじゃないよ、任務なんだもん。それはわかってるから」
「・・・ケンカなんかするモンじゃねぇな」
「うん・・・」
アスマはもう一度を抱きしめた。自分の腕の中にある温もりが、改めて里に帰ってきたのだと認識させてくれるような気がした。
「もう疲れはとれたの?」
「ああ、ゆっくり寝たからな」
「じゃ、着替えて、庭へ集合!あ、寒いからあったかくしてね」
「ハ?」
「ほら、さっさと着替える!」
いつのまにかはスルリと腕の中を抜け出していた。
「庭で待ってるからねー」
「オイ、?!」
はさっさと上着をきて、庭へと行ってしまった。
ぽつんと独り寝室に残されたアスマは、ワケがわからず首をひねった。
とりあえずアスマは暖かめの上着を羽織ると、の待つ庭へとでた。
夜空はすっきりと澄み渡り、濃紺のビロードの上にダイヤを散りばめたような星空が広がっていた。
ぼんやりと夜空を見上げ、この前夜空を見たのはいつだったろうとアスマは思った。
「あ、遅いよ、アスマ!」
「・・・ナニやってんだ、オマエ?」
アスマがそういうのも尤もで、の手には花火・・・。どう考えても季節外れだ。
「花火よ」
は上機嫌で花火に火をつけた。シュワーと色鮮やかな光が零れだす。
「綺麗でしょ?」
「綺麗なのはわかるが、なんで今頃花火なんか」
「・・・だって、約束したじゃない。夏の終わりに花火しようって」
花火の光に照らされたは、今にも泣き出しそうに見えた。
「約束・・・?」
そういえば、かすかに記憶があるような気がした。あの頃任務が忙しくて、と約束していた花火大会へも行けず終いだった。それでが花火を買ってきて、
『夏が終わるまでには花火しようね』
と指切りをさせられたのだった。
「・・・」
「ほら、アスマ!これなんか綺麗かもよ?」
から花火を受け取り、アスマも火を点けた。
「ケホケホッ!これ、湿ってるんじゃねぇか?」
アスマが火を点けた花火はもうもうと煙を吐き出すだけで、美しい光はなかった。
は咳き込んでいるアスマを見て、クスクス笑っていた。
「アスマが帰ってくるのが遅いから、花火も湿っちゃうのよ〜」
は楽しげに次々と火を点けていく。
花火の光に照らされたはとても楽しげで、外の寒さなどへっちゃらのようだった。
吐く息が白いのを除けば、夏の夜だと言われてもおかしくないだろう光景だった。
楽しげなを見ていると、アスマもどこかしら残っていた緊張感がゆるりと溶けていくような気がしていた。
「はい、これで終わり!」
の手の中の、線香花火の光がポトリと地面に落ちて弾けた。
「花火終了〜♪」
を手伝って火の始末をしていたアスマだったが、ブルッと身震いすると、大きなくしゃみをした。
「うう、やっぱ冷えるな。早く中に入ろうぜ?」
「あ、待って!アスマ、ちょっと目をつぶってくれる?」
「ああ?」
アスマは怪訝そうにしながらも、の言うとおり目を閉じた。
すると、フワリとなにか柔らかくて暖かいものが首に回された。
「マフラー?」
「そうよ。一生懸命頑張って編んだんだから」
がクルリとマフラーを巻きつける。柔らかな毛糸が暖かな空気を包み込み、寒さを遮断してくれる。
「・・・ちっとばかし、長すぎるんじゃねぇか?」
の編んだマフラーはクルリと一周しても、まだまだ長かった。
「だって、アスマが帰ってくるの遅いのが悪いんだもん・・・。クリスマスプレゼントにするつもりじゃなかったのに」
「今日はクリスマスか・・・」
「そうだよ」
アスマは柔らかなマフラーをそっと握り締めた。
「悪かったな・・・。それに、オマエにクリスマスプレゼントも用意してねぇや」
「いいよ」
と、は笑った。
「アスマが無事に帰ってきてくれたのが、一番のクリスマスプレゼントだもん」
「・・・」
アスマは思わずをきつく抱きしめた。
「まだちゃんと言ってなかったな」
「え?」
「ただいま」
「おかえり、アスマ・・・」
はふわりと華のような笑みを浮かべた。
ぐーきゅるるるる。
静かなふたりきりの冬の夜に鳴り響く腹の虫・・・は思わず吹き出した。
「・・・悪い、腹減ってんだ」
ちょっと恥ずかしそうに頭を掻いているアスマを見て、はさらに笑った。
「すっかり冷えちゃったねー。お鍋でもしようか」
「いいな、熱燗もつけてくれよ」
「お鍋に熱燗、それにクリスマスケーキかぁ・・・。なんとも言いがたい組み合わせだわね」
「いいんじゃねぇか、俺たちらしくてよ」
「まあね」
ふたりは顔を見合わせてクスクス笑った。
白い雪がふたりに静かに舞い落ちる。
大切なひとが傍らに居る――それはなによりのクリスマスプレゼント。
【あとがき】
クリスマス企画第4弾。ものすごい勢いで書き上げました(笑)
このお話のネタは、企画の管理人Bさんこと碧さんから頂いたキリリクネタを使わせていただいたのです。
企画の管理人なので「なにか投稿しなきゃ、投稿しなきゃ〜っ!」と慌てまくっていた記憶が・・・
カカシ先生の投稿作品が多かったので「違うキャラ、違うキャラで・・・」と呟いていました(笑)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2005年1月1日