やってられません
「柚木先輩と別れてください!」
・・・またですか。
わたしはため息をつきそうになるのをなんとか我慢した。
「あなたみたいな人、柚木先輩にはふさわしくないと思います」
もうちょっと独創性のあるセリフを言えないものかしら、などと余計なことを考えてしまう。正直、もう聞き飽きたというのが本音だ。
「・・・それを決めるのはあなたではなくて、柚木くんだと思うのだけれど?」
名前も知らない音楽科の後輩の女の子に、わたしは中庭へ呼び出されていた。そろそろ行かないと約束の時間に遅れてしまいそうだ。
なんと言ってここを離れようかと思案していると、向こうからわたしを呼ぶ声が聞こえた。
「・・・?そこに居るの?」
ようやくご本人登場――さっきまでキツイ瞳でわたしを睨んでいたコは、目がハートの形に変わってる。
「柚木先輩!?」
「探したよ、。・・・ああ、お話中にごめんね?」
にこやかな微笑を振りまいているのは、音楽科3年生の柚木梓馬。なんというか・・・一応、わたしが『つきあっている』ことになっている相手だ。
「と、と、とんでもありませんっ!」
「そう?なら、良かった」
にっこりと微笑む梓馬にかぁぁっと女の子の頬が真っ赤になる。本当に梓馬のことが好き、というか、憧れの先輩なんだろうな。
「、迎えの車が来たよ。そろそろ出ないと、おばあ様との約束に遅れてしまう」
「ええ、そうね。お話はもうよろしいかしら?そろそろ失礼したいのだけれど」
女の子は悔しそうにわたしを睨んだけれど、ハイと頷いた。
「それじゃ、失礼するわ」
「それじゃあね」
梓馬に背を押されるようにしてその場を立ち去ったのだけれど、彼女の視線が背中に突き刺さるような気がした。
「・・・なにやってるんだ?あんなのに捕まって」
「わたしのせいじゃないわよ」
「もっとうまくやればいいだろう」
誰のせいだと思ってるのよ、と言いそうになるのをわたしはグッとこらえた。
わたしの隣を歩く彼――柚木梓馬――とは遠い親戚にあたる。
だから、子供の頃からよく知っていて、彼のこのウラオモテのありすぎる性格もよく知っていたりするのだ。
高校生になって、2度目の夏休みに入ったばかりの頃だっただろうか。
「俺とお前、つきあってることになってるから、話あわせろよ」
「・・・ハァ?!」
「告白してきた女がしつこくてさ」
「だからって、なんで!?」
「うっとおしいんだよ、次から次へと。お前とつきあってるって聞けば諦めるだろうが」
確かに梓馬はよくモテる。火原くん言うところの『柚木教』の信者の皆さんたちも含めて。
「だからって、なんでわたしが・・・」
「へぇ・・・?俺に口答えしようっていうのか、は?」
コ、コワイ・・・。
「わ、わかったわよ。話あわせればいいんでしょう」
「最初から素直にそう言えばいいんだよ」
そんなわけで、学院内ではわたしは『柚木先輩の彼女』ということになっている。
夏休み明けに学校に行ったときは大変な騒ぎだった・・・。
それ以来、知らない女の子に呼び出されることが多くなった。たいていは、
『柚木先輩と別れてください!』
『あなたみたいな人、柚木様にはふさわしくありません!』
と、わたしに言ってくる。
少しは慣れた・・・ような気もするけれど、やっぱり胸にグサッとくるものはある。
『なんの取り柄もないくせに!』
音楽科のコたちから見れば、普通科のわたしが梓馬の隣にいるのは許せないものがあるのかもしれない。
思わず、ため息が零れた。
「どうしたの、?気分でも悪いのかい?おばあ様に連絡して、お断りしようか?」
「いいえ、何でもないわ」
迎えの車の後部座席に並んで座りながら、わたしは梓馬から目をそらした。
「・・・・・・」
梓馬がわたしを見つめているのはわかっていたけれど、目を合わせる気にはなれなかった。
――なんで、梓馬を好きになっちゃったんだろう。
つきあっているフリをしているだけだったのに・・・。梓馬がわたしに優しくしてくれるのは、そのウソをつきとおすためだけなのに。
ほかのみんなより梓馬に近い位置にいるような気がして、ほんの少し優越感を感じたりしていたけれど、それは全部ウソなのだということが、わたしを落ち込ませる。
「おかしいぞ、お前・・・?具合でも悪いのか?」
運転手さんに聞こえないように、こそりと耳元でささやく。
「そんなことないわ、大丈夫よ。おばあ様はどちらにいらっしゃるのかしら?」
「ロビーで落ち合うことになってる」
「それじゃ、行きましょうか」
今日は梓馬のおばあ様と絵の展覧会に行くことになっていた。梓馬のおばあ様は気を張る必要のある方だけれど、わたしは嫌いじゃなかった。
「遅れて申し訳ありません、おばあ様」
「ごめんなさい、おばあ様。わたしが学校を出るのを遅らせてしまって」
「それほど遅れてはいませんよ、さん。それでは参りましょうか。
この画家はあなたのお気に入りだったわよね?」
「はい、おばあ様。とっても大好きなんです。覚えていてくださって嬉しいですわ」
特に風景画が好きなんです、とわたしは絵の話に夢中になっているフリをした。
せっかくおばあ様が一般公開に先駆けての内覧会に招待してくださったというのに、わたしはぼんやりと絵を見ているだけだった。大好きな画家の作品をゆっくりと鑑賞するチャンスだったというのに・・・。
なんだか気持ちを浮上させることができないまま、数日後、今度は違うクラスの男子に学校の中庭に呼び出されていた。
「・・・好きなんだ」
「・・・・・・」
照れくさそうに告白してきた彼とは、わたしは二、三度くらいしか話したことがなかったと思う。
「柚木と付き合ってるのは知ってる。でも、言っておきたくて、さ・・・」
「・・・ごめんなさい」
それ以外に、わたしが言える言葉は見つからなかった。
「困らせるつもりは全然なかったんだ。・・・って、でも困らせてるか」
無言でうつむくことしかできないわたしに、彼は申し訳なさそうに言った。
「ううん・・・そ、そうじゃないの・・・」
パッと顔を上げたわたしの視界に入ったのは、少し離れたところに立っていた梓馬だった。
・・・今の聞かれてた!?
目が合ったと思ったらフイと逸らされて、梓馬はクルリと踵を返して行ってしまった。
――何も言ってくれないのは、わたしのことなんてどうでもいいから?
わかっていたことなのに、いざ目の前につきつけられると想像以上のダメージだった。
わたしは涙をこらえることができなくなって、ごめんなさいと言い残して、そこから逃げるように立ち去った。
放課後の学院内に人影はまばらだったけれど、ポロポロ涙を流しながら歩いているわたしはかなり注目の的だった。でも、その時のわたしはそんなことに全然気づかずに、ぼんやりと歩いていた。
「ちゃーん!今、帰り・・・えっ?!どうしたの!?」
「・・・火・・・原くん・・・・・・」
とぼとぼ歩いているわたしに声をかけてきたのは、梓馬と仲のいい火原くんだった。本当なら、音楽科の火原くんと友達になることなんてなかったのだろうけれど、梓馬を通じて知り合ったわたしたちは結構仲のいい友達だった。
「ちゃん、こっち!」
「え・・・?」
火原くんはわたしの手をつかんでグイグイと引っ張っていった。
「ここでちょっと待ってて!」
火原くんがわたしを連れてきたのは校舎の裏庭のベンチだった。わたしをそこに座らせると、火原くんはパッと走っていってしまった。
ようやくわたしはハンカチを取り出して、涙をぬぐった。
しばらくすると、何かを手に持って火原くんが戻ってきた。
「ハイ、これ!」
「なぁに・・・?」
火原くんに渡されたのは紙コップ。甘い香りが漂っていた。
「ココアだよ。熱いから気をつけてね!あ、もしかして、キライだった?!」
「ううん・・・ココアは好きよ。ありがとう」
あったかいココアを飲むと、なんだかすこしホッとした。
「柚木とケンカでもしちゃった?」
「・・・ケンカにもならないよ」
ケンカできるほど、わたしと梓馬は近しい関係じゃない。そのことが、今日ほどよくわかった日はなかった・・・。
「おれさ、さっき柚木とすれ違ったんだけど、なんかすっごく機嫌悪そうでさ〜?
屋上に練習に行くのかって聞いたのに、聞こえなかったのかもしれないけど
どんどん歩いて行っちゃったんだよね。
だから、ちゃんとケンカでもしたのかな?って、勝手に思っちゃったんだ」
「そうなんだ・・・」
ようやく泣き止んで落ち着いたわたしを見て、火原くんはちょっとホッとしたような笑みを浮かべた。
「あ・・・ココア、ありがとう。とってもおいしかった」
「どーいたしまして!甘いモノってさ、なんか元気にしてくれる気がしない?」
「うん、そうだね」
「あのさ・・・おれでよければ話聞くよ。あ、もちろん、話したくなかったらいいんだ!」
「・・・火原くんの十分の一でも、梓馬が優しかったらよかったのに」
半分独り言のようにつぶやいたわたしの言葉に、火原くんはちょっと驚いていたようだった。
「えー?柚木は優しいでしょ?ちゃんには特にさ」
「全然そんなことないよ・・・」
わたしたちがつきあってると思っている火原くんなら、そう思って当然なのだろう。ううん、まわりのみんなだって、そう思ってるに違いなかった。
「実は、さっきね・・・」
わたしと梓馬が本当はつきあっていないということは省いて、さっき起こったことを火原くんに打ち明けた。
「・・・わたしのことなんて、本当は全然気にしてないんだよ」
「う〜ん・・・」
火原くんはしばらく考えこんでから、ゆっくりと言った。
「それってさ、ちゃんを信じてる、ってことじゃないのかな?
ほとんどのヤツが、柚木とちゃんが付き合ってるって知ってるだろ?それなのに、告白してくるなんて
そいつも本気ってコトだと思う。
けど、告白されるところを見ていて何も言わなかったっていうのは、ちゃんはOKするはずなんかない、って
柚木は思ってるってことじゃないかな?」
「どうだろ・・・わかんないよ・・・」
「でもさ、ちゃんに告白してきたヤツ、勇気あるよな〜!」
「へ?」
「だってさ、柚木のガードをかいくぐって告白してきたんでしょ?」
「ガード・・・?」
火原くんの言葉の意味がわからなくてきょとんとしたわたしを見て、火原くんはおかしそうに笑った。
「アレ?気づいてなかった?
ちゃんって、男子の間じゃ結構人気あるんだよね。
でも、柚木がいっつも一緒に居てガードしてるから話しかけられないって、みんなぼやいてたよ」
「ウソ・・・」
「ホントだって!おれは柚木と友達で、こうやってちゃんともフツーに話したりするから、
他のヤツから羨ましがられてるんだよ」
「・・・・・・」
「だからさ、柚木と一回ちゃんと話してみれば?」
「あの・・・火原くん・・・わたしたちね、本当は・・・」
もしわたしが本当に梓馬とつきあっていたなら話しをしてみるのもいいかもしれない。でも、付き合っているフリをしているだけのわたしたちは・・・。
火原くんに本当のコトを言おうとしたとき、わたしは誰かに腕をグイと掴まれた。
「きゃ・・・!?」
「・・・悪いけど、コイツは俺のだから」
「え?柚木っ?!」
「行くぞ、」
わたしの腕を掴んだのは、梓馬だった。走ってきたのか息をはずませている。
「ちょっと!何なのよ?!」
「・・・うるさいな。黙って一緒に来いよ」
ジロリと睨まれ、わたしは思わず口をつぐんだ。
わたしの腕を掴んだまま、梓馬はどんどん歩いていく。
「いったい、どこに行くのよ?腕、放して」
「練習室。俺の練習につきあえ」
「なんで、わたしが・・・」
そうこうしているうちに音楽科の校舎について、わたしは練習室へ連れて行かれた。
「なんなのよ、いったい?わたしのことなんて、放っておけばいいじゃないの!」
落ち着いて話さなきゃと思うのに、つい口調がきつくなってしまう。
「うるさいな。ま、ここは防音になってるから、お前がいくら叫んでも外には聞こえないがな」
「・・・っ!?」
「ったく、お前ときたら・・・」
腕を胸の前で組んで、梓馬はさも呆れたといった顔をしてわたしを見ていた。
なんで、わたしがそんな目で見られなきゃいけないわけ・・・!?
「ちょっとでも目を離すと、すぐこれだ」
「何言って・・・」
「俺が目を離すと、フラフラと他の男についていったりするってことさ」
「そんなこと・・・!」
梓馬には関係ない、と言いかけたわたしの言葉は最後まで続けられなかった。なぜなら、梓馬がいきなりわたしを抱きしめたからだ。
「・・・いい加減気づけよ、このバカが」
「っ!?」
――わかりにくいわたし達の恋は、たったいま始まった。
【あとがき】
ネオロマ企画投稿作品。
初柚木様にチャレンジ(汗)柚木様は難しい・・・。
ちょっとでも黒柚木様っぽくなっていたでしょうか?
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年6月16日