Butterfly 第1話
夕暮れのオレンジ色の光のなか、ひとりの少女がうずくまって泣いていた。
年の頃は5、6歳だろうか。白いワンピースは泥だらけで、その柔らかそうな膝は見事にすりむけており、じくじくと血が滲み出していた。
涙をぬぐうその手も泥にまみれており、相当ハデに転んだようだ。
「また泣いてるのー?」
「・・・おにいちゃん」
背後から現れたのは、少女より2、3歳年長と思しき少年で、その銀色の髪は夕陽に照らされ、綺麗なオレンジ色に染まっていた。
「あーあ、またハデにやっちゃってー」
「・・・ひっく」
少年に涙を見られるのが恥ずかしいのか、手でぬぐおうとするが、すでに目は真っ赤に腫れており、少女がかなり長い間泣いていたことは隠しようもなかった。
「そんな汚い手でふいたら、バイ菌がはいっちゃうだろ」
少年はポケットからハンカチをとりだすと、少女の涙をぬぐってやった。
「ホラ、これ!ちゃんと取り返してきたから」
少年の手のひらには、見事な銀細工のネックレスが渦を巻いていた。
「あっ!」
少女は嬉しそうにそれを受け取ると、胸の前でぎゅっと握り締めた。いじめっ子たちにとりあげられ、それを追いかけている途中で転んでしまい、結局いじめっ子を見失ってしまったのだ。
「黙って持ち出しちゃダメだろ?また、ばっちゃんに叱られるぞ」
「・・・だって」
少女が大事そうに握り締めたネックレスは、少女の母の形見だった。つい先だって、少女は二親をなくしたばかりだった。
少女の両親はともに忍で、任務に出たまま還らぬ人となってしまったのだ。
「だって、これをもってたら、ママといっしょにいるみたいなんだもん・・・」
うつむいてしまった少女に、少年はそれ以上注意する気にはなれなかった。とりすがって泣く遺体もなく、ただ『死んだ』という事実を告げられただけの少女には、幼いという理由以上に理解しがたい現実だろう。
「そっか・・・。でも、家の外に持ち出すのはヤメておいた方がイイよ」
「うん、そうする。おばあちゃまがいってたけど、がおっきくなって、ケッコンしたら、このネックレスをくれるんだってー。
ねぇ、おにいちゃん?」
「ん〜、ナニ?」
「『ケッコン』ってなぁに?」
黒目がちのクリクリとした瞳がこちらを見上げている。なんと答えてよいものか、少年は困ってしまった。
このかわいらしい少女は外見に似ず、意外に頑固なところがあり、彼がキチンと答えるまであきらめないだろう。
少年はしばらく考え込んでから、ようやく答えた。
「えーと、『ケッコン』っていうのはだな〜、えー、大好きなヒトとずっと一緒にいられる約束みたいなモンかな」
夕暮れのオレンジ色の光が、朱の昇った頬を隠してくれていることに少年は感謝したい気持ちだった。
「じゃあ、はおにいちゃんと『ケッコン』する!」
「えっ?!」
「・・・おにいちゃん、ヤなの?のこと、キライー?」
せっかく止まりかけていた涙がまたあふれてきそうだ。少年は慌てて答えた。
「え、いや、その・・・えーと、じゃこうしよう!おっきくなったら、と『ケッコン』する」
「うん!」
少年はポリポリと頭を掻いた。少女がわかって言っているのかいないのか、おそらく後者なのだろうが、それでも少女にとって自分が『大好きなヒト』であることには変わりなく。嬉しいような、気恥ずかしいような、照れくさい気持ちになった。
「じゃ、帰ろっか。そのネックレスは、オレがこっそり元の場所に戻しておいてやるから」
「ありがと、おにいちゃん!おにいちゃんはニンジャだから、おばあちゃまにみつからないですむよね!」
まだ幼いと思われる少年だったが、その額にはすでに木の葉の額宛があった。
「そーだよー。ももうすぐアカデミー入学だろ?がんばらなきゃダメだよ」
「うん。、がんばる!」
「よし。早く帰ろー?ばっちゃんにもっと怒られちゃうからな」
「うん!」
なんのためらいもなく差し出された少女の手に、一瞬少年は照れくささを感じたようだったが、その小さくて柔らかな手をそっと握り締めた。
オレンジ色の夕陽のなか、ふたつの長い影法師は家路へと消えていった。
【あとがき】
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2004年7月21日