Butterfly 第2話




「どうしたの、?ぼんやりしちゃって」
紅は、コトリと湯気の立つ紙コップをテーブルに置いた。テーブルの上には報告書が散らばっていた。
「あ、夕日上忍!すみません!」
人生色々で報告書を書いていたは、窓の外の夕陽の美しさに目を奪われ、ぼんやりとそれを見つめていた。
「『夕日上忍』なんて呼ぶのはやめてよ。『紅』でいいわよ」
そう言って美しい笑みを浮かべたのは、上忍の夕日紅であった。見目麗しく、くの一としての才にも長けた紅は、特別上忍になったばかりのにとっては、あこがれの女性だ。
「冷めないうちに飲んでね」
「いただきます」
紙コップからは、コーヒーの良い香りが漂っていた。コーヒーのほろ苦さが、集中力を取り戻してくれそうな気がした。
「珍しいわね、がぼんやりしているなんて」
この年下の特別上忍は、紅にとっては可愛い妹のような存在であった。修行も任務も真面目にこなす、数少ない信頼できる、そして将来が楽しみな後輩であった。
「ちょっとあの夕陽を見ていたら、子供の頃を思い出しちゃいまして」
「ああ、今日は夕陽がとても綺麗ね」
つられて窓の外に目を向けると、オレンジ色の光が美しかった。紅は眩しさに一瞬目を細めた。
「子供の頃っていえば・・・は、カカシと幼馴染だったわね?」
「・・・ハイ。家が近所でしたので」
「子供の頃のカカシねぇ・・・なんだか想像つかないわね」
は、クスリと笑みをもらした。今では『写輪眼のカカシ』だとか『里一番のエリート忍者』だとか呼ばれている彼にも、当然のことながら子供時代もあり、いたずらを見つかって祖母に叱られたりという記憶がよみがえってくる。
「小さい頃はよく一緒に遊んでもらいました・・・。両親を早くに亡くして祖母と二人っきりでしたが、
 おにいちゃんが・・・いえ、はたけ上忍が面倒を見てくれて、全然寂しくはなかったんです」
「そう・・・。意外に面倒見がいいヤツだとは思っていたけど、子供の頃からそうだったのねぇ」
「はい」
そうだ、今の彼は上忍師となり、下忍の指導を行っていた。
時折、里のなかで下忍の部下たちと共に歩いているカカシを見かけることがあった。子供達と一緒にいる彼は穏やかな雰囲気で、昔の、暗部に居た頃のようなピリピリした感じがなくなって、はホッとした気持ちになる。
「紅?」
「あら、カカシ。何か用?」
「何か用・・・ってゆうか、アスマとオレと、3人で飲みに行く約束してたデショ」
ふと気づくと、いつものちょっと眠そうな瞳で、猫背ぎみのカカシがデスクの脇に立っていた。
「やだっ、いっけない!もうこんな時間なの?!」
バタバタと紅はデスクの上を片付け始めた。
「ひさしぶりだね、
「こんにちは、はたけ上忍」
「あらあら、なんだか他人行儀ねぇ〜?幼馴染なんでしょ?」
二人の固い会話を聞いて、紅は不思議そうに首をかしげた。
「まぁね。でも、いつもまでも子供じゃないデショ」
「そりゃそうだけど・・・」
「アスマが待ってるけど、いいのか?まぁ、ヒゲクマは待たせておいてもイイけど、機嫌悪くなってるかもねー」
「さっ、行くわよ!」
「行くわよって・・・遅れたのはそっちデショ」
「じゃあね、!あんまり根を詰めちゃダメよ」
「はい!お疲れさまでした」
カカシと紅が連れ立って出て行く様を、はじっと見送っていた。
美しい夕日紅とカカシ――とても似合いの恋人同士のように見えて、の胸はズキリと痛んだ。
は子供の頃からずっと、カカシが大好きだった・・・。
幼馴染に対する好意から、異性に対する想いに変わったのはいつからだったろう?
が自分の想いにようやく気づいた頃には、カカシは上忍になっており、『里一番のエリート忍者』となっていた。
『写輪眼のカカシ』『コピー忍者のカカシ』・・・彼を評する言葉は尽きることがなかった。
それに引き換え、自分は・・・?
忍の家系としては名門の家に生まれ、幼くして両親を失ったは次期当主になるべく厳しい教育を受けていた。
自分としては祖母や周囲の期待に応えてきたつもりだが、カカシには並ぶべくもなかった。
どんなに頑張っても頑張っても、カカシには追いつけない・・・。
そんな思いが、にカカシとの距離をとらせていた。さりとて、すっかり離れてしまうこともできない。
想いを告げる勇気も、離れる勇気もない自分を、は自嘲するしかなかった。
そのうえ、自分には祖母の決めた婚約者がいた。顔も年齢も、名前すら、には知らされていない。
の家に相応しい婿だ』としか、祖母からは聞かされていなかった。
――断れるわけがなかった。
の当主としての責任が自分にはあるのだ。それを蔑ろにすることは、にはできない相談だった。
決して通じることのない想いを胸に抱いて、はカカシの後姿を見つめていた。




【あとがき】
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2004年7月21日