Butterfly 第4話
カカシは病室でひとり、ぼんやりとイチャパラを読んでいた。午前中には彼の部下達が見舞いに来てくれたのだが、その喧しさと言ったら・・・。
やはり本調子でないせいか、少し疲れてしまい、彼らが帰ってくれてホッとしていた。
窓から見える里の風景は、彼の心情など知らぬように、穏やかな天気だった。トントンとドアがノックされ、入ってきたのは猿飛アスマだった。
「よぉ、カカシ!傷の具合はどうだ?」
「って、そんなコト聞くんなら、タバコは止めてくれよー。オレが吸ったと思われたら、どーすんのさ」
ここの看護士長ってコワいんだぞ、とカカシが言うと、アスマも看護士長を知っているらしく、慌ててタバコを消し、窓を開けて換気を行った。
「確かに、あのオバサンは怖いな」
「デショ?・・・で、何の用?まさか、ただの見舞いってわけじゃないだろ」
病室の窓から見える里の風景は、穏やかそのものだった。上忍として多忙な日々を送るアスマがわざわざやってくるとは、何か任務がらみの話でもあるのだろう。カカシはそう思っていた。
傷はそれほど深いわけではなかった。ただ出血量がかなり多かったために、こうして入院を言い渡されているのだ。急な依頼が入ったのであれば受けないわけにはいかない。
「ただの見舞いさ・・・ってワケはなくて、な。お前に教えておきてぇ事があってな」
「なんだか、ヤケにもったいぶるね?何の話だ?」
いつものアスマらしくない、とカカシは思った。回りくどいことが大嫌いな彼が、言いよどむとは珍しかった。
「――明日、結婚式だ」
「誰の?」
「俺」
「・・・そりゃ、おめでたいね。で、相手は?」
「」
「・・・?!」
カカシの顔色が変わった。
内心でアスマは、ヒューと口笛でも吹きたいような気分だった。いつでも冷静な、あのカカシが動揺しているのだ。
それほど、カカシにとって『』という存在が大きいのだろう。どう見ても、ただの幼馴染とは思えない。
「驚いたか?」
「まーね」
はやくもカカシはいつもののんびりした口調に戻っていた。
「ウチのばーさんが、のばーさんと親しいらしくてな。そっちのカンケーで、オレんとこに話がきたってワケだ」
「――好きなオンナがいるんじゃなかったか、オマエ?」
「ああ、いるぜ」
思わず口元に持っていった手にタバコがないことに気づくと、アスマはチッと舌打ちした。
「じゃ、なんで断らないのさ?」
「一族の長老の命令だ、ペーペーのオレが断れるワケねーだろ」
カカシの視線がキツい。正直、こんなカカシを見るのは初めてだった。
「オマエがそんなタマとは思えないけどね」
「仕方ねぇだろ、いろいろしがらみがあるんだよ。ま、花嫁がさらわれでもしねぇ限り、結婚式は行われるだろうな」
「・・・・・・何が言いたい?」
「ま、都合がついたら来てくれや。席は空けとくぜ」
「待てよ、アスマ!」
カカシの言葉は無視され、アスマはヒラヒラと手を振って行ってしまった。
「うわー!キレーッ!」
「、すっごくきれいだよー!」
それぞれに美しく着飾った女友達たちが、口々にのウェディングドレス姿を誉めた。シンプルでほとんど飾りのない純白のドレスは、の清楚な美しさをいっそう引き立てていた。
「ありがと、みんな」
小さなバラのブーケを持ったは、友人たちに微笑んでみせた。しかし、友人達が会場へ行ってしまうと、途端にその表情は重苦しいものにかわった。
大きな姿見に映ったウェディングドレス姿の自分――ちっともキレイなんかじゃない。
好きな人のために着るのでなければ、こんなものに何の意味もない。はそう思った。
早くに両親を亡くし、幼い頃から『一族の当主』となるべく教育を受けてきた。そのなかには、よき伴侶を迎えるということも含まれていた。
の血を絶やさぬために。
今日自分の夫となる猿飛アスマも同じだろう。木の葉の里の名家である猿飛家に生まれた彼は、一族の名に負けぬ優れた忍だ。
・・・自分とは違って。
は苦い笑みを浮かべた。ここまで自分なりに努力してきたつもりだが、ようやく特別上忍に昇格したばかりだ。の血を引く自分はもっともっと優れた忍にならなければいけないのだ。・・・そう、あの『写輪眼のカカシ』のように。
子供の頃からずっと『追いつきたい』と思っていた。けれど、彼は一歩も二歩も先を行き、『追いついた』と思った瞬間にはさらにその先に進んでいる。
いつの頃からか、彼の隣にいるのは自分でありたい――そう思っていた。けれど、想いは空回りするばかりで、いまだ自分は彼の背を見送ることしかできないのだ。彼に守ってもらうことしかできないのだ。
「、そろそろ時間よ」
「・・・ハイ」
はギュッとブーケを握り締め、式場へと向かった。
「では、誓いのキスを」
厳かに神父が言った。はギュッとくちびるを噛み締めた。カカシへの想いは封印することができると思っていた。
けれど、病院で眠るカカシのそばに居た時、やはり自分はこの人のそばにいたいと改めて思った。
この想いを伝えても、受け入れてもらえるとは限らない。でも、伝えもしないまま、アスマのもとへ嫁ぐ気にもなれなかった。
やっぱりわたし・・・と言いかけたの前を、一陣の風が通り抜けた。
「きゃ!」
目を開けると、そこには緑色のベストが広がっていた。そして、視線を上にやると、ハデに飛び跳ねた銀色の髪が見えた。
「悪いけど、コレはオレのだから。アスマ、お前に渡すわけにはいかない」
「カ、カカシ?!おまえ・・・!」
「んじゃ、そーゆーコトで。はもらってくから」
「おい!」
「――オレと来るか?」
カカシの差し出した手に、は無意識のうちに吸い寄せられるように手を伸ばしていた。
「行くよ、」
強い風が吹いたかと思うと、カカシとの姿は掻き消えていた。
「やってくれるね、ったく・・・」
「ちょっと、アスマ!いったい何が起こったの?!ここに居たのってカカシ?!」
「紅か」
「紅か、じゃないでしょうっ」
式に参列していた紅が、アスマの元へ駆け寄ってきたのだ。美しく着飾った紅を見て、アスマは目を細めた。
「見ての通りさ」
「見ての通りって・・・。カカシとって、そういう関係だったの?」
「話すと長いからな。ちょっと付き合えよ」
「アスマ?!花婿が・・・」
「花嫁もいねぇのに、花婿がいたって仕方ねぇだろ。いいから来いよ」
いつになく強引なアスマに紅は驚きながらも、アスマが自分を見つめる瞳はとても優しくて、なぜか胸がドキドキした。
ヒトの花婿になにときめいてるのよ、わたしってば・・・!?
「全部話してやるよ。何もかもな」
突如さらわれた(?)花嫁に式場は騒然となり、花婿であるアスマと紅が姿を消したことに気づいた者はほとんどいなかった。
「い、今のカカシ先生よね?!花嫁をさらっていっちゃったのーっ?!」
きゃー、と今にも叫びだしそうなのは山中いの。
「映画みたいだわ!きっと二人は許されぬ恋に身を焦がしていたのよっ」
いのの目はハートマークになっている。おそらく二人を、サスケと自分に置換えているのだろう。
「何がどうなってんだ・・・?」
アスマが姿を消したことに気づいていたのは、おそらくシカマルだけだっただろう。親戚連中はあわてふためき、出席者は騒然となり、式場はめちゃくちゃな状態だった。
「ねー、シカマル?ボクたち、披露宴のごちそう、食べられるのかなー?」
「チョージ、おまえなぁ・・・。この状況見て、なんも思わねぇのかよ?」
担当上忍であるアスマの結婚式ということもあり、部下である三人は式に参列していたのだ。
「あれ?そういえば、アスマ先生は?」
いのがキョロキョロと会場を見回しているが、見つかるわけが無い。とっくの昔にアスマ自身も姿を消していたのだから。
「アスマなら、紅先生と一緒に出てい・・・そうか、そーゆーことか」
「何が?」
「・・・なんでもねぇよ。さ、帰ろうぜ」
ったく、アスマの野郎・・・わざと花嫁をさらわせたんだな。最初からの婿になる気なんてなかったんだ。
とんでもねぇ茶番につきあわせやがって。
「ちっ、めんどくせぇ・・・」
「ボクのごちそう・・・」
「あたし、サクラにすごいもの見たって自慢しちゃおうっと!」
やれやれ、しばらく里は大騒ぎになるだろうぜ・・・。
シカマルは深いため息をついた。
【あとがき】
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2004年7月21日