Butterfly 最終話




結婚式から逃げ出した二人は、里のハズレの林に来ていた。太陽はすでに傾き、周囲はオレンジ色に染まっていた。
「勝手なコトして、ゴメン」
「・・・おにいちゃん」
「昨日、アスマが見舞いに来たんだ」
「アスマ上忍が?」
「そう・・・。そして、の結婚式が今日で、その相手が自分だって教えてくれたんだ・・・。
 それを聞いたら・・・居ても立っても居られなくなっちゃって、さ」
「な・・んで・・・・・・?」
は、胸がドキドキし始めたのがわかった。これは自分の都合のいい解釈なのだろうか・・・?
「――いつの頃からか、を『妹』だとは思えなくなってた」
オレンジ色の夕陽が逆光になって、カカシの表情は見えない。光がまぶしくて、は目を細めた。
「お前にとって、オレはただの『幼馴染のおにいちゃん』なのかもしれない。けど、オレにとって、お前はただの『幼馴染』じゃないんだ」
「・・・!」
をそっと手で制すると、カカシは静かに言った。
「オレは、が好きだ。ずっと前から・・・それこそ、いつからか思い出せないくらい」
の瞳から、大粒の涙がポロポロと零れた。
「うわっ!ナニ泣いてるの?!」
突然泣き出したに、カカシは慌てた。何か涙をぬぐうものはないかと忍服のポケットを探ってみるが、こんなときに限ってなにも見つからない。
「ゴメンッ!そんな泣くほどイヤだったなんて・・・」
ちょっとショックだなー、とカカシは頭を掻いた。恋愛対象として見られていないかもとは思っていたが、まさか泣かれるとは・・・。
「・・・ちが・・・っ!」
「へ?」
「う、嬉しくて、ビックリしちゃって、ドキドキしすぎて、なんか涙腺までおかしくなっちゃって・・・涙が止まらないんだもん!」
よっぽど混乱しているのか、は子供のように泣きながら、ようやく答えた。
「嬉しいって、じゃあ・・・」
溢れだした涙をグイとぬぐうと、はカカシをまっすぐに見つめて、言った。
「――わたしも、ずっと前から好きだったの。子供の頃からずっと・・・特別なヒトだったの」
「・・・
いつも自分の後にくっついてきたあの幼い少女は、さなぎが美しい蝶に羽化するように、いつしか美しい女性になっていた。
ヒラヒラと美しい羽で空を舞い、自分の手の中をすりぬけていってしまう――ずっとそう思っていた。
捕まえようと伸ばされた手は空を切り、美しい蝶はさらに高みを舞う。まるで、手の届かない彼を嘲笑うかのように・・・。
――いつかその蝶が自分のもとに舞い降りるのを願っていた。
一族は木の葉の里でも一、二を争う名門で、唯一直系の血を引くはその跡取り娘だった。
自分とは違う名家の娘・・・将来、祖母の決めた婚約者の元へ嫁がねばならないことは知っていたけれど、諦めの悪い自分がいた。
美しい蝶が自ら選んだ男のもとへ舞い降りるならいい。それなら自分は彼女を祝福してやれるかもしれない。
・・・だが、祖母の選んだ男は、別の女に心を惹かれていた。
そんな男のもとへ、彼女をやるわけにはいかなかった。だから、奪い取った――そして、蝶は彼のもとへ舞い降りた。
「おにいちゃん?」
少しぼんやりしていたのだろうか、は不安げにこちらを見上げていた。
「どうしたの?」
「なんでもなーいよ。それより、?」
「はい?」
「いいかげん『おにいちゃん』は卒業しない?」
「え?!・・・でも、なんて呼んだらいいのか」
「『カカシ』でイイよ」
「・・・カ、カカシ?」
恥ずかしそうに、はカカシの名を呼んだ。自分の名が愛しい女性の口から零れだすことが、こんなにも嬉しいものだとは思わなかった。
「もう『幼馴染のおにいちゃん』は居ない。いま、お前の目の前にいるのは、お前を想っているただの男だ」
情熱的な瞳が、自分を見つめていた。ドキリとした。
・・・」
愛しげに名を呼ばれ、そっと腕の中へ引き寄せられた。
「・・・!」
「好きだ・・・」
そっとくちびるが重ねられた・・・。何度も優しくくちづけられ、は頭がクラクラしそうだった。
「・・・んっ・・・!」
そっと触れるだけだったくちづけが、どんどん深いものへと変わっていく。
「・・・もう止めて・・・誰かくるかも・・・」
「誰もこないよ。それに・・・これくらいじゃ、まだまだ足りない」
熱っぽく囁き、再びくちびるを奪う。甘く柔らかなくちびるはとても魅惑的で、カカシを魅了する。
ずっと思い続けていたをようやくこの腕に抱くことができたのだ。そう簡単に離すことなどできそうにない。
一方は、森の外れとはいえ屋外である。それに、誰かが追いかけてくるかもしれないと気が気ではなかった。
「・・・んんっ!」
身を捩っても、カカシは離してくれそうにない。ジタバタと暴れたは、カカシの胸をトン、と押してしまった。
「・・・クッ!」
カカシの口から苦しげな声がもれ、きつい抱擁が解かれた。
「ご、ごめんなさいっ!大丈夫?!」
「ああ、大丈夫だ」
「傷が・・・!も、もしかして、病院を抜け出してきたの?!」
「え?あー、うん・・・まぁね」
へらっとカカシは笑ってみせたが、はそんなカカシをキッと睨みつけた。
「病院へ戻りましょう!」
は、カカシの手をとって病院へ戻ろうとするが、当のカカシがまったく動こうとしない。
「病院はヤダ」
「なに言ってるの?!そんなケガしているのに!」
「だって病院、つまんないんだも〜ん」
「つまんないって・・・」
がずっと付き添ってくれるなら、入院してもいいよ
「・・・わかりました。任務がないときは病院に行きます」
真っ赤になって答えるが可愛らしくて、カカシは微笑んだ。
真っ白なドレスは夕陽を受けて美しいオレンジ色に染まっていた。その姿を見て、幼い頃のをカカシは思い出していた。
あの時から、どれだけの月日が過ぎたのだろう?そして、自分達はどれだけ遠回りをしてきたのだろう?
里へ戻れば、大騒ぎになっているだろう。あの頑固なばっちゃんを説得するのは苦労するだろう、とカカシはほんの少し憂鬱な気分になった。
けれど、が手に入るのなら、を傍に置いておけるのなら、どんなことでもできる。カカシはそう思った。
「帰ろうっか」
「はい!」
差し出された手をそっと握り、二人で歩き出す。


オレンジ色の夕陽のなか、ふたつの長い影法師は家路へと消えていった。




【あとがき】
『6000hitキリリク』翡翠さまのリクエストでございます。すごーく、ものすごーく遅くなりました(汗)
リクエストしていただいた内容は下記の通り。
・カカシ先生と幼馴染
・名家の跡取娘で、親が決めた婚約者がいる。けれど、カカシ先生が好きで、実は両想い。
・カカシが花嫁(ヒロイン)を奪い去る
これだけ書くと、結構リクエストに沿っているような・・・でも、かなり遠いです(笑)
散々お待たせした挙句、このようなモノになってしまって、申し訳ありませーんっ!

リクエストいただいた翡翠さま、ありがとうございました。


最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2004年7月21日