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最悪の任務だった。

「ぼくを殺しにきたの?」
少年はオレにそう言った。



その夜、オレはSクラスの任務を受けて、とある大名の屋敷に忍び込んでいた。
任務の内容は『暗殺』。
よくある話だ。ある大名には正妻と側室が一人居た。側室は男の子を産み、正妻はなかなか子宝に恵まれなかった。
側室の子も十を超え、正式に家督を継ぐ者として周囲にも認められはじめていた。そんな時、正妻が身ごもったのだ。
・・・・・・そして生まれたのは男の子。
正妻の子と側室の子の家督争いだ。正妻の子はまだ3歳、側室の子は15歳になっていた。
15といえば、もういっぱしの大人だ。加えて聡明で気さくな側室の息子は、城下の人々に人気があった。
今夜オレが受けた任務はその正妻からの依頼で、彼女の息子が家督を継ぐのに目障りな側室の息子を殺せというものだった。
側室の息子には他の里の忍が護衛についている、という情報があったから、このオレに任務が巡ってきたのだ。
だが、実際屋敷に忍び込んでみると、たしかに護衛はついていたが、どうみてもそれは中忍クラスの者ばかりで。
奴らはたぶん、自分に何が起こったか気づくヒマもなく気絶しただろう。
オレが静かに部屋に入ると、かの少年は何か察するものがあったのか、真夜中だというのに起きていて、
「ぼくを殺しにきたの?」
と静かな声でオレに問いかけてきた。
「・・・そうだ」
「お兄さんは・・・木の葉の人だね。それも暗部とは、奥方様もずいぶんな念の入れようだね」
フフッと笑いながら、聡明そうな瞳がまっすぐにオレを射抜く。
「外の人たちはどうしたの?」
「朝になれば目覚める」
よかった、と少年はホッとため息をもらした。自分のせいで誰か巻き添えになるのはヤだからね、と言った。
「お前は恐ろしくないのか?」
「怖いよ。死ぬのは怖い」
弟が生まれるまでは正妻も自分を可愛がっていてくれた、と少年は言った。それが弟が生まれた瞬間から、手のひらを返したように、彼に辛くあたるようになったそうだ。
「あんなにぼくを可愛がってくれていたのに、今はぼくに死んでほしいんだね・・・」
少年は目を伏せ、哀しげにつぶやいた。しばらくして、少年は顔を上げると、オレを真っ直ぐにみた。
「一瞬で終わる?」
「・・・ああ」
「良かった・・・・・・」
オレは、少年の喉を真一文字に切り裂いた。
ゆらり、とその華奢な身体がゆれたかと思うと、後ろへ静かに倒れていった。
吐き気がした。眩暈がした。訳のわからないものが胸の奥からこみ上げ、叫んでしまいそうだった。
オレが殺した!この国を導くはずだったかもしれない光を消し去ってしまった!
その命を、その未来を、この手で摘みとってしまったのだ!
「・・・くそっ!!」
オレは血塗られた短剣を一振りして、その場から立ち去った。


里へ戻る途中、見つけておいた小さな泉で少年の返り血を洗い流した。
全身を血臭がとりまいているような気がした。なんど洗い流しても、血の臭いが鼻をつく。
少年の静かな眼差しが思い出される。
・・・今までオレはたくさんの人を殺してきた。その中には、女や子供もいた。暗部の面を被ったオレを誰もが恐れた。
逃げ惑い、オレに命乞いをする。何十人となく人を殺めてきた盗賊でさえも、オレに命乞いをしてきた。だが・・・
あの少年のように、視線を逸らさず、オレを真っ直ぐに見据えた人間はいなかった。
オレが刃を振り上げた時の、少年のなにもかも諦めたような、静かな表情が忘れられない。
・・・・・・ああ、オレは・・・オレは・・・・・・どうして・・・こんな・・・・・・・
胸の奥に鉛の塊を押し込まれたような気がした。
オレは忍なのに!木の葉の里の上忍ともあろうこのオレが、どうしてこんなに動揺してるんだ!?
感情などとうの昔に捨ててしまったはずだ!捨ててしまえたはずなのに・・・!


火影様への報告が済んだあと、オレは冷え切った自分の部屋に帰る気にはならなかった。
ちゃんに逢いたい。
・・・唐突にそう思った。もう眠ってしまっているかもしれないけれど、その寝顔だけでも見たいと思った。
そうすれば、この胸の、ジリジリと焼かれるような痛みが少しは治まるかもしれない。・・・そう思った。
オレはフラフラと何かに導かれるように、ちゃんの部屋へと向かっていた。そして、ようやくたどり着いた彼女の部屋はまだ明かりがついていた。
けれど・・・ちゃんに逢いたくて来たはずなのに、オレは彼女の部屋に入っていく勇気がでなかった。
・・・・・・オレが何をしてきたのか、彼女が知ってしまったら?気づかれてしまったら?
いつも優しげにオレを見つめてくれるあの瞳が、恐怖の、拒絶の、嫌悪の色を浮かべたら・・・耐えられない。
信じられないほどの恐怖心がオレを支配していた。
「カ、カカシ?」
ああ、ちゃんの声だ。逢いたい・・・でも、立ち去らなければ。彼女には逢えない。
立ち去るべきか否か、オレは一瞬迷った。
その迷いがオレの動きを鈍らせ、窓を開けたちゃんに見つかってしまった。
ちゃんはオレの腕をとると、半ば強引に部屋に招きいれた。


ちゃんちの狭いベッドの中、彼女はオレに暖かい手を差し伸べ、抱き寄せてくれた。
オレが何をしてきたのか、彼女は気づいている。
けれど、彼女は何も言わない。そして「彼女が気づいている」ことに気づいているオレのこともわかっているはずなのに、何も言わない。
それは、彼女の優しさなのだろうと思う。
オレが彼女に逢いたいと思うのは、彼女だけがオレを赦してくれるような気がするからだろうか?
「カカシが好きよ」
暗闇の中、ちゃんはそっとオレの手をとり、その指の一本一本にくちづけをくれる。
「・・・ダメだよ、ちゃん・・・・・・」
「どうして・・・?」
「オレの手はッ・・・」
だって、オレの手は血に染まっているんだよ?
本当はキミに触れる資格なんてないんだ。キミに触れてもらう価値なんてない・・・
「・・・あたしはカカシが好き。どんなカカシでも好き、大好き」
ちゃん・・・」
「あたしのところへ戻ってきてくれたカカシが好きよ」
彼女の柔らかな手が、オレを抱きしめる。オレの髪を優しく梳いてくれる・・・。
胸の奥にあった冷たい塊が、ゆるりとほどけて溶けていくような気がした。
彼女が愛しげにオレの名を呼んでくれるたびに、その塊はどんどん小さくなっていく…。


ちゃんが何度もオレの名を呼ぶ。
彼女が名を呼んでいてくれる限り、オレはこちら側へ戻ってこれる。ただの「はたけカカシ」に戻れる。
オレの大切な人たちは皆、オレを置いて逝ってしまった。大切なモノを守るために戦い、そして死んでいった。
オレにはその気持ちが痛いほどわかる・・・・・・今のオレには守りたいモノがあるから。
それを守るためなら、命を賭けられる。それを守るためなら、この命と引き換えてもいい。
こんな時代に、こんなにも愛しく思える存在に出会えたオレは幸運なのだろう。
この幸運を誰にもゆずる気はない。手放す気もない。
ちゃんがオレの手を取ってくれる限り、オレはオレでいられるのだから。
ねぇ、ちゃん?
どうしてこんなにキミが愛しいのだろう?……答えなんてないのかもしれないけれど。


静かな夜だった。
ちゃんの穏やかな寝息を聞きながら、オレはゆっくりと目を閉じた。




【あとがき】
え〜、カカシ先生sideです。暗いですよね〜(^^; )
でも、いつものイチャパラな先生だけでなく、忍の先生も書いてみたかったんです。
他人に弱い部分や汚い部分を見せたいと思うヒトは少ないでしょう。私ももちろんそうです。
でも、そういう弱い部分もひっくるめて自分を好きでいてくれるヒトがいる、って
ものすごく安心しませんか?
残念ながら、わたしにはそんな大切なヒトはいませんが(T_T)
友人との会話で「人を好きになるのって、どんなんやったっけ?」というようなことを
言ってるようではねぇ・・・(ため息)
はやくそういうヒトを見つけたいものです・・・(v_v)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2003年11月23日