甘いワナ
が帰り支度を整えて病院の職員用通用口についたのは、午後7時3分前だった。
辺りはすっかり暗くなり、頬をかすめていく風はかなり冷たい。吹きつける風の冷たさに、はコートの襟を立てた。
・・・・・・ゼッタイ、まだ来てないと思ってた。
「あ♪」
のドアを開ける音に振り向いたのは、紛れもなく銀髪の忍者だった。
「え、なんで・・・?」
カカシの遅刻癖はかなり有名である。よく待ちくたびれた下忍たちの姿が目撃されていたし・・・(笑)
きっと今夜もこない、と密かには思っていたのだが、その予想は見事に裏切られた。
カカシはといえば、いつもの忍服姿なのは変わらなかったが、昼間会ったときの泥ハネやらかぎ裂きがなくなっているところを見ると、いったん自宅に帰って着替えてきたようだ。
ふと気づくと、カカシの右耳が真っ赤になっていた。
は無意識に手を伸ばし、冷えて赤くなっている耳をそっと包み込んだ。
「・・・中で待ってれば良かったのに」
「そ〜だったね(笑)」
くすぐったそうに身をすくめたカカシを見て、ようやく自分が何をしているのか気づいたは顔を赤くして、パッと手を引っ込めた。
それを見て、カカシは口布の下でクスリと笑みをもらした。
「ねぇ、ちゃん。どこ行こっか?」
病院から出たら先生じゃなくてもいいでしょ、とカカシは言った。
「あたしの行きたいお店あるんですけど、そこでいいかしら?」
「りょーかい♪」
二人して寒い夜の街を歩く。
・・・・・・視線が痛い、とは思った。
隣にはスキップしそうな銀髪の上忍・・・それだけでも頭が痛くなりそうなのに、病院での出来事は里内でも有名らしく二人して夜の街を歩いているのは道行く人々の視線を集めていた。
「・・・明日からが思いやられるわ」
「ん〜?何か言った、ちゃん?」
「いえ、別に」
とか言いながら、ちゃっかりのつぶやきを聞いていたカカシである。なるほど、あちこちから視線を感じる。
時には鋭い殺気を感じたりして、里の上忍である自分に対して殺気をなげかけてくるなど
『イ〜イ根性してるねぇ?』
と思うが、相手もに対する想いが本気であるということがうかがえる。
・・・・・・でも、負けるワケにはいかないデショ?オレだって本気なんだから。
「・・・はたけ上忍?」
ふと気がつくと、が下から自分の顔を見上げている。
「ああ、ゴメン。ちょっとボンヤリしちゃった。なぁに?」
「これから行くの和食のお店なんですけど、良かったですか?」
「いいよ、オレ和食好きだし♪・・・でね、ちゃん?」
「ハイ?」
「いい加減『はたけ上忍』て呼ぶのやめない?オレは『カカシ』って呼ばれたいんだけどvv」
うむむ、とは唸ったが、わかりました、と小さな声で答えてくれた。
夜の街を二人で歩きながら、他愛もない話をする。
そんなありふれた普通のことが、こんなにも楽しいと思うのは隣にいる彼女のせいだろう。
がカカシを案内したのは、大通りから一本奥に入った路地にある、小さな料理屋だった。
引き戸を開けると『いらっしゃい!』という威勢の良い声が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ!」
「こんばんは」
「おっ、先生!今日はいいフグが入ってますよ!」
「本当?じゃあ今日はてっちりかな〜」
上品な女将と、威勢の良い大将である。おそらく夫婦で店を営業しているのだろう。は常連のようだった。
「どうぞ、二階のお座敷へ。すぐ注文を伺いに参りますので」
「はーい」
トントンと軽快な足音をたてながら、二人して狭い階段を上がっていく。
「今日寒いから、お鍋とかいいかもしれませんね」
「イイねぇ〜♪ちゃんとお鍋かぁ」
ご機嫌である・・・。カカシの頭の中では、と二人でさしつさされつ鍋を囲む姿がすっかり出来上がっていた(笑)
は慣れた様子で奥の座敷に入っていった。カカシも続いて入ろうとするが、どうにも見知った気配を二つ感じる。
それは相手も同じだったようで、困惑している様子が感じ取れた。
「・・・え?なんで二人がいるの?」
「「なんで、カカシがいるの?」」
そこにはナゼか、みたらしアンコと夕日紅の姿があった。
「紹介しま〜す!本日のスポンサー、はたけカカシ上忍でぇす♪」
「スポンサーって・・・カカシのおごりってこと?なんで?」
紅の問いにはにっこりと答えた。
「ですよね、カカシさん〜?何でもおごってくれるんでしたよね?(にっこり)」
やられた・・・!
「・・・ハハハ、そーね(涙)」
「なんかよくわかんないけど・・・よっしゃあ!じゃんじゃん注文するぞ〜!」
そんな力いれなくてもイイってば、アンコ・・・。
もともと今夜は女三人でうまいものでも食べようと約束してあったらしい。そこにカカシは誘われたというか、ワナにかけられたというか・・・。
スポンサーはカカシ(!)ということで、女性陣は遠慮なく料理を注文していく。
「ん〜、やっぱ冬はフグだよねッ!」
「あ、それイイかも〜」
「じゃぁ、お酒はコレにしよっか」
「カカシは何にする?」
「・・・おんなじのでい〜よ」
と二人っきり・・・という甘い妄想が打ち砕かれ、すっかり気落ちしてしまったカカシ。
そんなカカシを見て、はくすくす笑いながら酒を注いだ。
「どうしたんですか、カカシさん?こ〜んな美女三人に囲まれてるっていうのに」
「・・・オレ、ちゃんだけが良かったのに(涙)」
「こらぁ、カカシ!あたしたちになんかご不満でもあるわけぇ〜っ?!」
「よしなさいってば、アンコ」
カカシはもともとこの二人とも仲が良いほうで、よく一緒に飲みに行っていた。すぐ酔ってからんでくるアンコと、それを止める紅。カカシにはおなじみの光景だ。
「ハイどぉぞ、カカシさん!」
隣に座ったが甲斐甲斐しく酒を注いでくれ、料理をよそってくれる(←単にが鍋奉行なだけなのだが)
・・・ま、こ〜ゆ〜のもイイかもね(笑)
カカシは満更でもない気分になってきた。うまい料理と酒、そして隣にはがいて。
まぁ目の前におジャマ虫が約二名いるが、皆でワイワイ言いながら飲むのも悪くない。
ちょっとゴメンと言ってが席を外した途端、紅とアンコは酒のグラスを置いた。
「さ、どういうことか聞かせてもらいましょうか、カカシ?」
「へ、何を?」
「のことに決まってるでしょう」
「なにすっとぼけてんのよ?!」
さっきまでの酔っ払いぶりがウソのような二人である。ギロリとカカシを睨みつける視線のキツさといったら・・・。
並みの男だったら震え上がっているだろう。
「今日はもともと三人で飲む予定だったのよ。どうしてカカシがと一緒に来たの?」
「ん〜、ちゃんが誘ってくれたからv」
「うっそ〜!?がカカシを誘うワケないじゃん」
信じられないといった風情のアンコとは対象的に、ふぅんと紅は頷くと、妖艶な笑みを浮かべた。
「で、カカシ?のどこが好きなの?」
「あ、あたしも聞きたいーっ!」
二人とも興味津々のまなざしである。なんでこう女ってのはこういう話題がスキなんだろうねぇ・・・と思わないでもないが、答えなければ後が怖そうである。カカシはポリポリと頭を掻きながら答えた。
「う〜ん、どこがって言うか・・・強いて言うなら『見つけちゃった』ってカンジかなぁv」
「なにソレ?意味わかんないよっ」
アンコはその要領の得ない答えに不満そうだったが、紅はヒュウ♪と口笛を吹いた。
「・・・・・・本気ってことよ、アンコ。でしょ、カカシ?」
「まぁね」
○○だから好き、○○だったから好きになった、と人はよく言う。じゃあ、○○じゃなくなったら、もう好きじゃなくなるの?
と紅は思う。
誰かを好きになるのに、本当は理由なんていらないのに。
カカシは『見つけてしまった』のだ、を。・・・理由もいらないほど、心が惹かれてしまう相手を。
「これだけは言っておくわ。を泣かすようなことがあったら許さないから」
「そうよぉ、カカシ。覚悟しときなさいよねっ」
「泣かされてるのはオレのほうだと思うんだけど?(ため息・・・)」
「は超鈍感女だからね〜っ!アンタくらい激しくアプローチしないと、全然っ気づかないんだもん!」
アンコが冷酒をあおりながら豪快に笑う。紅も笑いながら、アンコの意見に賛成、と言った。
「確かに色恋沙汰には鈍いわね、は。カカシも苦労するわね(笑)」
「そ〜思うなら、ちょっとは協力してよ」
カカシは冗談めかして言っているが、結構本気なのがわかっている二人は大笑いした。
「じゃあ、カカシ!をちゃんと送ってくのよ」
が戻ってきたあと、また宴会が始まったのだ。この三人の飲みっぷり食べっぷりには、正直驚いた。
それは急に軽くなってしまったフトコロが証明している。
アンコはもはやへべれけ状態で、紅に抱きかかえられるようにして立っている。
紅もアンコ以上に飲んでいたはずだが、しゃっきりしているのは彼女が酒豪である証拠だろう。
一方はといえば、頬を真っ赤にして『ランラン♪』と鼻歌なぞ口ずさみながら、千鳥足でフラフラと勝手に歩いて行こうとしている。
「ソレって、協力してくれるってこと?」
「さぁ、どうだか。そういえばカカシ、の一番の茶飲み友達って誰か知ってる?」
「へ?茶飲み友達?」
「火影さまよ(クスクス)そういうことだから、覚悟しとくのね。ホラ、早く追っかけないとどこかへ行っちゃうわよ?」
「え?・・・あ!ちゃん、待ってってば〜」
慌ててを追いかけ、夜の街へ消えていく銀髪の忍者を見送って、紅はヤレヤレとため息をついた。
「・・・鈍感なのはどっちなのかしらね?」
ラ、ラララ〜♪
多少音程があやしいのもご愛嬌といったカンジで、は歌いながら夜の道を右へ左へフラフラと歩いていく。
「ちょっとちょっと、ちゃん!そんなフラフラ歩いてたら危ないよ?」
慌てて追いかけたきたカカシを見上げ、はきょとんとしている。
「んん〜と、じゃぁ、これでいい?」
え?とカカシが思う間もなく、の柔らかな手がカカシの手を包み込む。えへへ、とは笑うと、つないだ手を前後に振りながら、カカシの隣で歌いながら歩き出す。
か、可愛いすぎるよ・・・!
ルール違反だと言いたくなるほどの可愛らしさである。
『お持ち帰りしたい!』ところだが、そんなコトをしたら、三代目にどんな目にあわされるかわかったものではない。
カカシは仕方なく、と手をつないだことでガマンすることにした。
どれくらい歩いただろうか。はこぎれいなアパートの前に着くと歩みを止めた。
「とぉちゃく〜!」
ここがの住まいなのだろう。病院に近い、静かな住宅街の一角だった。ポケットを探ってドアのカギを開けたかと思うと、がくるりとカカシを振り返った。
「今夜はごちそうさまでした!」
「・・・どういたしまして(笑)」
してやられたような気もするが(フトコロがずいぶん寂しくなったし)、おつりがくるくらい楽しんだと思う。
「んー、何かお礼しないといけないな〜(ヒック)」
「!お礼なら今度・・・」
二人っきりで、と言いかけたカカシの忍服のベストがグイと引かれたかと思うと、柔らかなものが口布ごしに唇に触れた。
ほんのり甘ったるいアルコールの香りが鼻先を掠めて、離れていった。
「じゃ、ごちそうさま!おやすみ、カカシ」
バタンと目の前でドアが閉じられても、カカシはたっぷり3秒は固まったままだった。
・・・・・・そして、今夜ほど口布をつけていたことを後悔したことはなかったらしい。
さぁ、どうする?
ゲームの賽は投げられた。あたしが勝つか、あなたが勝つか・・・。
ゲームはまだ始まったばかりだけれど、次の作戦を考えなきゃね♪
【あとがき】
うぇ〜、やっと終わりました!長かったっす〜(T_T)
アンコちゃんとか紅先生の口調がわからず・・・みんなタメ口で良かったのかしらん?(汗)
ちょっと逆ハー風味ですね。モテモテのさんです♪
さて、カカシ先生のライバルとは誰なんでしょうね?(*^-^*)
ライバルも出してみたいのですが、みなさんのお好みのキャラはどなたでしょうか?
(・・・ちなみにわたしは、ハヤテさんが好きですvv)
最後まで読んでいただいてありがとうございました
2003年12月7日