甘いワナ3−1




「・・・・・・い?」
なんであんなコトしたのかなぁ〜?
「・・・・・・せい?」
ん〜、でも酔っ払ってたしなぁ、かなり。絶対あんなコトしそうにないタイプだけど、酔っ払ったら豹変しちゃうって可能性もあるし・・・。
「・・・・・・先生!」
・・・ていうか、オレ口布してたし、みたいな?あれもキスしたうちに入るのかなぁ〜?
惜しかったカモ・・・いや、かなり惜しい!
「カカシ先生ってばよ!」
「ん〜?なんだ、ナルト?」
カカシがろくすっぽ読んでいないイチャイチャパラダイスから顔を上げると、子供達が腕組みして自分を見下ろしている。
「さっきから何回も呼んでるってばよ!」
「そうよ、全然聞いてないんだから!」
「・・・チッ!」
ああ、そうだった。今日は子供達とDクラスの任務にきているんだった。
ヒョイと子供達の背後をのぞいてみると、畑の冬野菜はすっかり収穫され、畑の持ち主がこちらに会釈していた。
「任務、終わったのか〜?」
「だ〜か〜ら!さっきから言ってるってばよ!」
「そーよッ!先生が遅刻してこなきゃ、もっと早く終わってたわよ!」
ハハハと頭を掻きながら、カカシは立ち上がり、忍服のホコリを払った。
冬の日暮れは早い。太陽はすでに傾きつつあった。
「ん〜、じゃ帰るか」
ふと見ると、子供達は冬野菜のいっぱい詰まった籠を持っていた。
「どしたの、それ?」
「畑の持ち主のおばあちゃんがくれたんです。みんなで食べなさいって」
「そっか。じゃ、ありがたく貰っとけ。特にナルト、ちゃんと食べるんだぞ〜」
カカシの担当する、このひよこ頭の下忍はなかなかの野菜嫌いで。少年の主食はカップラーメンだったりする。
「ええ〜っ!?オレ、野菜キライだってばよ〜」
「知ってるから言ってるの!」
「ちぇ〜っ!」
文句を言いつつ、貰った野菜を抱えて子供達がカカシの前を歩いていく。
カカシは少しおくれて、イチャイチャパラダイスを片手にトボトボと歩いていく。
子供達は後ろのカカシの様子を窺いつつ、小声で話し合っていた。
「カカシ先生ってば、なんかおかしくねぇ?」
「・・・アイツはいつもおかしいがな」
「でも、この一週間、特にヘンじゃない?だって、いつも読んでるあの本、逆さまだよ」
そっと後ろを盗み見てみると、今もイチャイチャパラダイスは逆さまだった・・・!


先生、お茶どうぞ〜」
「あ、ありがとうございます」
はカルテを書く手を止め、お茶を受け取る。午後の診療が始まるまでのわずかな休憩時間、手の空いている者達でお茶をするのが日課になっていた。
「そういえば最近、カカシ上忍、来ませんねぇ〜?」
「アンタはおやつが無いから、そう言ってるんでしょ?」
ドッと笑い声が起こる。ここにいる看護士達は、カカシがに差し入れるお菓子の恩恵に与っていた者ばかりで。
「ね〜、センセ?何かあったんですかぁ?」
興味津々といった視線がに集中する。そうくるか、と思っていたはポーカーフェイスを崩さず、にこやかに答えた。
「なんにもありませんよ。・・・ああ、ゴハンは奢ってもらいましたけど」
下手に隠しておくと突っ込まれるのがわかっていたので、適当に真実を織り交ぜて答えておく。
「えっ!?じゃあ、やっぱり二人で飲みに行ったっていうウワサは本当だったんですかーっ?!」
おそらく聞きたくて聞きたくて仕方がなかったのだろう。は、ヤレヤレと思いつつ答えた。
「飲みに行ったのは本当ですけど、二人じゃなくて、あたしの友達と四人でした」
「なんだぁ〜、つまんな〜い!」
つまんないってアナタ・・・と、は思ったが口には出さなかった。このところ木の葉の里は平和そのもので、それはそれで良いことなのだが、皆が退屈しているのも事実。
里一番のエリート忍者『はたけ カカシ』のスキャンダル(?)は、格好の退屈しのぎなのだ。
これ以上ここに居たら質問攻めにされることが簡単に想像できたので、はお茶を飲みほし、礼を言ってそこを離れた。


「さむ・・・」
病院の屋上には誰もいなかった。白いシーツがパタパタと風に揺れているだけだ。の白衣も風に揺れている。
日差しは暖かいが、やはり頬を掠めていく風は冷たい。
「どうしちゃったんだ、あたし・・・」
カカシと飲みに行った次の日から、の頭の中は混乱の極みであった。
「・・・いくら酔ってたとはいえ、キスしちゃったんだよね・・・・・・」
がカカシにキスしたのは事実で。酔っ払っていたせいで『ちょっと驚かせてやれ』という悪戯心もあったのだが・・・。
なんとも思っていない人間に対して、そんなコトができる自分ではないことはよくわかっている。
「マズいよねぇ・・・」
いくら邪険に扱っても、ヘコたれずに毎日やってくるカカシ。診察室にヒョイとあらわれたかと思うと、ちゃっかりの隣に腰掛けて、いつのまにか彼専用となってしまったカップにお茶を淹れてもらい、他愛もない話をする。といっても、しゃべっているのは主にカカシなのだが、が二言三言返すと、とても嬉しそうにする。
そんな彼がしばらく姿をあらわさない時があって。任務で2〜3日留守にするとは聞いていたが、それ以上の期間姿をあらわさず。
カカシが久しぶりに病院へ現れたとき、その姿を見て、ホッとして喜んでいる自分に気づいた。
予想以上に、自分の日常へ入り込んでいたカカシ――それが改めてわかってしまった。
そして、久しぶりにあらわれたカカシを飲みに誘ってしまったのだ。
「反則だよね、毎日来てたくせに」
カカシを交えて四人で飲むのは存外に楽しくて、ついつい酒を過ごしてしまった。かと言って記憶をなくすほどではなく(いっそ記憶がなかったほうが良かったのだが)
自分が何をやったかはキチンと覚えていた。
「ああ、もうっ!」
はグシャグシャと頭を掻き毟った。


カカシ率いる第七班が里に戻った頃にはすでに日は沈み、商店の軒先の光が夜空を照らしていた。
「ん?」
夕食の買い物客でごった返す商店街のなか、カカシは買い物をしているの姿を認めた。
の姿を見るのは、あの夜以来だった。
暖かそうな厚手のニットのセーターとジーンズ姿のは、商店主や道行く客達に軽く挨拶をしながら、買い物をしていた。
「あ、先生だってばよ!」
彼の部下達もようやくの存在に気づいたようで、我先にと駆け出していった。
先生〜!!」
「あら、みんな!任務の帰りなの?お疲れさま」
泥だらけの子供達を労いながら、ふと後ろに目をやると、上忍師たるカカシがぼんやりと立っていた。
「お疲れさまです、カカシ・・・先生」
「・・・どーも」
一瞬二人の視線が絡み合ったが、先に目をそらしたのはの方だった。
というより、ひよこ頭の少年がの注意を引いたためだったのだが。
「なぁ、先生!一楽へラーメン食いに行こうってばよ!」
「ラーメン?」
「俺、はらぺこだってばよ〜!・・・イテッ!」
のゲンコツがナルトの頭を直撃していた。
「ナルトッ!何回言えばわかるのッ!!ラーメンばっかりじゃ身体に悪いって言ってるでしょ!
 野菜を食べなさい、野菜をッ!」
だいたいあんたは・・・と、のお説教が始まった。あとの二人の子供達はに加勢していた。
「そうよ、ナルト〜。だから、いつまでたっても背が伸びないのよ」
「・・・どチビ」
「なんだと、サスケ!」
サスケに飛びかかろうとしたナルトの首根っこをカカシがヒョイとつまみあげた。
「ハイ、そこまで〜。ケンカはダメだぞ〜」
「でも、カカシ先生ってばよ・・・!」
「つまんない挑発にのらないの。先生の言うとおりだろ、オマエはちゃんと野菜を食べなさい」
「ちぇーっ!」
「・・・・・・ちゃんと先生してるんだ」
カカシがナルト達の担当をしているのは知っていたが、彼が子供達と一緒にいるところを見るのは初めてだった。
「あのねぇ〜、ちゃん?オレだって、ちゃんと先生してるよ〜」
そういって話すカカシは以前とまったく同じ様子で、をほんの少し、ホッとさせた。
「「「今日だって遅刻してきたクセにー!」」」
「いや、それはだな〜、通りすがりのおばあちゃんに道を聞かれちゃってだね・・・」
子供達に突っ込まれ、たじたじのカカシ。堪えきれずに、はぷっと吹き出した。笑ってはいけないと思うと、さらに笑えてきてしまうのだ。
ちゃーん?ちょっと笑いすぎ〜」
「だ、だって・・・」
笑いすぎて涙が出てきた。涙をぬぐうためにハンカチを探そうとしたとき、ふと子供達の足元の荷物に目がいった。
「どうしたの、その野菜?」
「ああ、コレ?今日の任務でもらったんだってばよ。そーだ、おれの分、先生にあげるってばよ」
「ふ〜ん、そして、自分は食べないでおこうって魂胆ね?」
「ち、ちがうってばよ!」
「「「「・・・(図星か)」」」」
「う〜ん、じゃ、その野菜、あたしがもらう。そのかわり、アンタたち、今日の夕飯はウチへ食べにきなさい」
「え、行く、行く!行くってばよ!」
「サスケもおいで。サクラは、おうちの人に聞いてからね。それから・・・」
の視線の先にはカカシがいた。
「良かったら、カカシ先生もどうぞ。大したものはできないと思いますけど」
「え?!オレもいいの?」
「ええ、お口にあうかどうかわかりませんけど」
ちょっと視線を外して、恥ずかしそうに言う。それを見てカカシは、もあの夜のことを覚えているのだと思った。
酔っ払って覚えていないかもしれない、と思っていたのに。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな〜vv
カカシはくるりと子供達の方を向いた。
「オレは報告書の提出に行ってくるから、今日はここで解散。あんまり騒ぎすぎて、先生に迷惑かけないようにな」
ハーイと返事だけは良い子供達との後姿を見送って、カカシは任務受付所へと向かう。
子供達の会話から時々の名前が聞こえてくることがあったが、あそこまで懐いているとは予想外だった。
ナルトやサクラはともかく、あのサスケまでもが素直にについていったのだから。
里の大人たちは、ナルトに冷たい――それは、皆が『九尾の狐』のことを知っているから。おそらく、も知っているだろう。
けれど、その態度は変わらない。変わらないからこそ、自分はに惹かれたのだろうと思う。
は、物事のプラスの面もマイナスの面も、平等に見られる数少ない人間だと思う。
それは簡単なようで、非常に難しいことだ。
初めてと出会ったとき、カカシは暗部の姿をしていた。しかし、暗部姿のカカシを怖れることなく、は治療を行った。
カカシは、の強い眼差しに惹かれた。さまざまな悩みや苦しみを越えてきた、強い瞳――そこに惹かれた。
その瞳に自分を映したい、と思った・・・。
「さて、さっさと報告書を出して、ちゃんちへ行くとするか〜vv




【あとがき】
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2004年2月15日