甘いワナ3−2




「カカシ先生、来ないってばよ〜(ぐーきゅるるる)」
「ったく、カカシの奴・・・」
「ほんと、カカシ先生っていい加減なんだから〜」
はらぺこの子供達は、の手料理を前にして、もう一時間以上もお預けをくらっているのだ。
もう少しもう少し、と子供達を待たせていたのだが・・・。
「・・・う〜ん、先に食べようか」
「「「いっただきまーす!」」」
食べ盛りの子供達の食欲に苦笑しながら、はぐつぐつと湯気を立てている土鍋へ野菜を放り込んだ。
水炊きでは子供達にはあっさりしすぎだろうとちゃんこ鍋風にしてみたのだが、予想以上に好評で、気がつくと鍋はすっかり空っぽになっていた。
「カカシ先生が来たらどうしようかな(全部食べられちゃった・・・)」
「もう来ないってばよ〜」
「そうですよ、先生。だってもう二時間も経ってるし。遅刻してくる人はゴハン抜き!」
「・・・だな」
子供達は口々にカカシの遅刻癖をグチってくれた。だが、意外にも子供達の信頼を集めているようだった。
は、カカシの遅刻の理由を知っていた。朝の通勤途中、慰霊碑の前に立つカカシの姿を見かけていたから・・・。
話しかけたことはなかった。話かけないほうがいいと思った。
遠くからでもあの銀髪と少し猫背ぎみの立ち姿で、カカシだとにはわかった。
おそらく、彼の大切な人たちもあそこに眠っているのだろう。の大切な人たちと共に・・・。
先生?」
「・・・えっ?ああ、ゴメンゴメン、お茶淹れるね」
子供達に食後のお茶を淹れてやりながら、カカシはもう来ないのだろうか、とは思った。


「参ったなぁ〜」
達と別れてから、もう2時間以上経っていた。あの後すぐ任務受付所に戻って報告書を提出したのだが、運悪く火影に捕まってしまい。
『報告書の書き方がなっとらん!』とお叱りを受け、過去の提出分まで修正するようにと言われたのだ。
火影の命に逆らえるわけもなく、人生色々でせっせと報告書を書いていたのだ。
デスクワークは苦手な方ではないが、気ばかり焦ってなかなか進まない。
「なにやってんの、カカシ?」
こないだはご馳走さま、とやってきたのは紅だった。
「見ての通り、報告書!」
珍しく苛立ってるカカシ。書き散らかした報告書の量はハンパではなかった。
「こんなに溜めてたの?」
「ちが〜う!報告書出しに行ったら火影様に捕まっちゃってさ、報告書修正しろだって。オレ、今日予定あるのにさ〜」
「予定って?」
カカシは、任務帰りにと出会い、子供達も一緒に夕食をとる約束をしたことを紅に言った。
「ふぅん、絡みか・・・」
「へ?」
紅はククッとおかしそうに笑った。
「火影様に水晶球で見られちゃったんじゃない?」
「ナニを?」
「だから、と約束してるところよ」
「・・・って、ナニ?!これ、火影様にジャマされてるってこと?!」
紅は肩を震わせて笑っている。
「・・・く、可笑しい!」
「可笑しくなんかナイ!」
プンプン怒りながらも手を止めることなく、カカシは報告書を記入していく。
「じゃあ、との間はちょっとは進展したってことね?」
「・・・・・・あ、うん。まぁね・・・」
わずかに覗いている頬が朱に染まっていく。・・・照れている!あの『写輪眼のカカシ』が、である!
「・・・・・・気持ち悪いモノ、見ちゃった」
「うるさーい!」
照れ隠しに怒ってみせても、全然迫力はない。これは当分惚気を聞かされることになるかもしれないと紅は思いながら、の好きなケーキ屋をカカシに教えた。
「遅れたお詫びに手土産でも持っていったら?まぁ、部屋に入れてくれるかどうかわからないけど」
「・・・やっぱり?(涙)」
「ま、頑張ってね〜」
ヒトの色恋ほどおもしろいものはない。当分退屈はしないわね〜などと思いながら、紅はコーヒーを一口啜った。


「うわ〜、もう9時だよ」
カカシがなんとか報告書を仕上げ、閉店間際のケーキ屋にすべりこみセーフでケーキを買い、こうしての部屋の前に立った頃には、もう夜9時を過ぎていた。
部屋の中にはおそらくだけ。子供達の気配はもうなかった。
これはドアも開けてもらえないかも・・・(汗)
とりあえずチャイムを押してみると、の『ハーイ』という声が聞こえた。カチャリとドアが開く。
「あ、ちゃん・・・」
「遅くなるなら連絡くれればよかったのに。・・・どうぞ、入って」
カカシとしたら『え、いいの〜?』ってカンジである。まだそれほど遅い時間ではないが、若い女性が恋人でもなんでもない男を部屋に招きいれるのはどうか、という時間だ。
「入らないんですか?」
「いえ、お邪魔しますっ!」
初めて入ったの部屋は、シンプルだが暖かな色調で整えられており、居心地がよさそうだった。
「ゴハン、まだですよね?」
「あ、うん・・・。あ、コレ、ケーキ」
カカシの差し出した箱はの好きなケーキ屋のものだったが、そのサイズはかなり大きく、カカシと、プラス子供達が居たとしても大きすぎるサイズだ。
「いくつ買ったんですか?」
「え〜と、端から1個ずつかな〜。ちゃんの好きなのがどれかわからなかったから」
ぷっと吹き出したをみて、首をかしげるカカシ。
「何かヘンなこと言った?」
と焦ってるカカシを見て『可愛い』なんて思ってしまうあたしはもうダメかも、とは思った。
「ココのケーキはどれもおいしくて、全種類制覇しようと思ってるんです」
「じゃあ、食べたことないケーキがあるといいね〜」
二人してキッチンへと向かった。カカシをダイニングテーブルに座らせて、はガサガサと冷蔵庫の中を探り出した。
ちゃん〜?」
「えーっと、お肉とお魚、どっちがいいですか?」
「え?ああ、魚かな」
「じゃ、ちょっと待っててください」
は慣れた手つきで料理を始めた。
「魚焼きますけど、塩焼きと照り焼きとどっちがいいです?」
「塩でお願いします」
「なんで敬語なんですか?(笑)」
「いや、なんとなく(汗)」
クスクス笑いながら、楽しそうには料理をしている。そのあまりにも家庭的な光景に、カカシはなんだか懐かしいような、切ないような気持ちになってしまう。
「なんかヘンですよ、カカシさん?」
「そうかな〜?」
カカシはポリポリと頭を掻いた。口布をずらし、の淹れてくれたお茶をすする。温度も濃さも、カカシの好みにぴったりだった。
「もうちょっと待ってくださいね〜」
と言いながら、は料理の手を止めることはない。魚の焼けるいい匂いがしてきた。
「みんなでお鍋したんですけど、ぜ〜んぶ食べられちゃって」
ちゃんて、あいつらと仲いいんだね?」
「そうですねぇ。ナルトとサスケは一人暮らししてるでしょう?どうしても食事が偏っちゃうから、医者としては心配で。
 機会があれば、一緒にゴハン食べるようにしてるんです」
「へ〜、そうなんだ」
「そういうカカシさんはどうなんですか?」
「へ、オレ?」
「ちゃんとゴハン食べてますか?」
「う〜ん、まぁね。健康管理も任務のうちデショ」
「あの子達も気をつけてくれるといいんですけどね」
そう言いながら、は小鉢をふたつ、カカシの前に置いた。そして、焼きたての魚とゴハンに味噌汁。
よい香りがカカシの鼻腔をくすぐり、ぐぅ〜っとお腹が鳴る。にも聞こえたのだろう、クスクス笑っている。
「お待たせしました〜。大したものはありませんけど、どうぞ。ゴハン、おかわりありますから」
「イタダキマス」
きちんと両手をあわせてから、箸を手に取った。
ちゃんて、料理上手なんだね〜」
小鉢に盛られた煮物を一口味わってから、カカシは言った。
「ありがとうございまーす!でも、褒めてもなんにも出ませんよ?」
カカシが食事を始めたのを確認してから、は自分のためにコーヒーを淹れてケーキを選んだ。
カカシは器用に魚の骨をはずしながら、おいしそうに食べている。
料理屋で皆で飲んでいるとき、は初めてカカシの素顔をマジマジと見てしまったのだ。
いつも診察室にあらわれたときにはお茶も飲んでいるしお菓子も食べているはずなのに、口布に隠された素顔を見たことがなかったのだ。斜めに巻かれた額宛てはそのままだったが、
その顔立ちは端整で、里の女達が騒ぐのもムリはないと思わせるものだった。
そして意外に思ったのは、その食事のマナーの良さだった。キレイにゴハンを食べる人だなぁ、と思った。
魚の煮付けを、骨だけをキレイに残して食べていた。そして今も、魚の塩焼きをキレイに食べている。
「ケーキ、おいしい?」
「うん、ここの抹茶ケーキ、大好きなんです」
ケーキを頬張りながらにこにこと笑うを、カカシはとても可愛いと思った。
仕事中のはどちらかといえばキリッとしていて、近寄りがたそうな雰囲気さえ醸しだしている。
けれど今、こうして寛いだ雰囲気のといると、自分もゆったりとリラックスした気分になってくる。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした。コーヒーはいかがですか?」
「ああ、じゃもらおうかな」
「ちょっと待ってくださいね」
湯を沸かしている間にさっさと食器を洗ってしまい、自分とカカシの分のコーヒーを淹れた。
「カカシさんもケーキ食べます?」
「う〜ん・・・」
「ココの、とってもおいしいんですよ。あんまり甘くないし。あたし、もう一個食べようかな〜♪」
は楽しそうにケーキを選んでいる。
次の餌付け作戦にはこのケーキ屋のケーキを使おうと思ったカカシであった・・・。
「ケーキは別腹って女の子は言うけど、本当みたいだね〜」
は笑いながら、それは本当です、と言った。
「実は夕飯のお鍋、あんまり食べられなかったんですよね。あのコたち、すごい勢いで食べるんですもん・・・。
 あ、カカシさんはどれにします?」
「あんまり甘くなさそうなヤツがいいな」
「えーっと、じゃあこのチョコレートケーキとかどうですか?ビターチョコのだからあんまり甘くないと思いますよ」
「じゃ、それにするよ」
「う〜んと、あたしはこのストロベリータルトにしようっと!」
甘酸っぱい苺と、滑らかなカスタードクリーム。そして、サックリとしたタルト生地に、はご満悦である。
カカシはコーヒーの香りを楽しみながら、幸せそうなを見つめていた。




【あとがき】
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2004年2月15日