甘いワナ3−3
時計の時報が午後11時を告げた。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう、とカカシは思った。自宅にいるせいなのだろうか、いつもより肩の力の抜けたと他愛もない話をするのはとても楽しくて。
ついつい時間が過ぎるのを忘れてしまう。カカシは重くなりがちな腰をようやくあげた。
「じゃあ、オレ、そろそろ帰るね」
「ごめんなさい・・・っ!あたし、おしゃべりしすぎでしたね」
「いや、オレの方こそ遅れてきたうえに、夕飯までごちそうになっちゃったし」
「ケーキ、おいしかったです。残りは病院のみんなといただきますね」
「そうだね〜。ひとりじゃ食べきれないだろうし(笑)」
決して広いとは言えない玄関先で会話を交わす。は下駄箱の上に置いた観葉植物の葉がしおれているのに気づいて、乾いた葉に霧吹きで水をふきかけてやる。
帰宅後のいつもの日課だったが、今日はバタバタしていて忘れていたのだ。
「ねぇ、ちゃん」
「ハイ?」
カカシの声に顔をあげると、なにか柔らかいものがくちびるを掠めていったような気がした。
微かに香ったのはチョコレート・・・?
「ナ、ナニするんですかぁーっ!?」
かあぁっと見る間にの顔が紅潮し、手で口元を押さえている。口布を下ろしたままのカカシは、にこにこと笑っていた。
「このまえのお返しvv」
「こ、このあいだのは酔っ払ってたから・・・ッ!」
「ふ〜ん。ちゃんって、酔っ払うと『キス魔』になっちゃうんだ。へぇ〜、覚えとこ」
「だれが『キス魔』なんですか!たとえ酔っ払ってたって、あたしは好きでもない男にキ・・・」
「『好きでもない男にキ・・・』の続きは?」
ハッと気づいた時にはすでに遅く・・・紡ぎだされた言葉を消すことはできない。
真っ赤になって口を押さえているを、カカシは人の悪い笑みを浮かべて見つめていたが、フッと真顔になった。
「ちゃんと言ったことなかったと思うけど、オレはちゃんのことが好きなんだ」
「・・・・・・!」
カカシは自分の頭へ手をやると額当ての結び目をするりとほどき、左目をまっすぐ走る傷跡を露わにした。
緋色に彩られた瞳が静かにを見つめている。
「オレは忍で、しかもこんなの持ってるし・・・。面倒なヤツだと自分でも思うよ。
だけど・・・ちゃんとは友達ではいたくないんだ」
大きく見開かれた瞳が自分を見上げていた。この『写輪眼』をに見せるのは初めてだった。
気持ち悪いと思われたかもしれないと、カカシは思った。
「――痛かった、でしょう?」
温かなの指先が、そっとカカシの頬の傷跡に触れた。
「もう痛くはないよ」
クスリと笑うと、カカシは自分の手をの手に重ねた。
自分の手の中にすっぽりと納まってしまう小さな手――オレはこの手が欲しいんだ、とカカシは思った。
泣きそうな顔でカカシを見つめていたは小さな声で呟いた。忍者なんて好きになるはずじゃなかったのに、と。
「ちゃん・・・」
あたしの負け、とは思った。いろいろ考えすぎてしまう自分より、酔っ払って自制心の薄れた自分の方が、自分の感情に素直だった。
――とっくに好きになっていたのに、認めたくなかっただけ。忍者なんて好きになりたくなかったのに・・・。
自分はかつて大切なひとを失った。そして、ふたたび失うことを恐れている。
いつかの雨の夜、慰霊碑の前で暗部の男に出逢った。あれはおそらく、カカシだったのだろうと思う。
慰霊碑の前で立ち尽くす彼を見たとき、直感的に思った。彼の大切な人もここに眠っているのだと・・・。
「あなたは・・・怖くないの?忍として生きていくことは・・・・・・怖くはないの?」
「――怖いよ」
カカシは、頬に触れたままのの手をそっと握り締めた。
「怖いけど・・・オレは『忍』として生きていくことしかできないから」
はもう片方の手をカカシの背に回した。哀しげな微笑を浮かべたカカシを、抱きしめずにはいられなかった。
「――約束してくれる?」
浮気しないでくれだとか、遅刻しないでくれとか、今までつきあった女の子は約束を欲しがった。
きっともそうだろう、とカカシは思った。
「浮気もしないし、遅刻もしなーいよ」
カカシの胸に顔を埋めているの表情は見えない。しかし、その両肩が震えたのがわかった。
「そんなことも約束しなきゃいけないの?」
は肩を震わせて笑っていたのだ。
「え、違うの〜?」
「違います」
は顔をあげて、真っ直ぐにカカシを見つめた。笑顔は引っ込んで、真剣な眼差しでカカシを見つめていた。
「ひとつだけ約束して――必ず、生きて帰ると」
「ちゃん・・・」
「生きて帰ってきて、あたしのところへ・・・。どんな怪我も病気も、あたしがきっと治してあげる。だから・・・!」
今にも泣き出しそうなの瞳からカカシは視線をそらせない。
「約束する・・・約束するよ。絶対に生きて帰ってくるから」
自分もも、大切なひとを失う悲しみを知っている。
そんながもう一度、自分を好きだと言ってくれた。忍である自分を好きだと言ってくれた。
それは、どれほどの勇気が必要だったろうか・・・。
は再び、カカシの胸に顔を埋めた。
「・・・もちろん、浮気もダメだからね」
「わかってるよ」
優しい微笑を口元に浮かべながら、カカシはそっとの柔らかな髪にくちづけた。
「あれ〜、みんな!任務の帰りなの?」
買い物袋を提げたと、カカシ率いる第七班はまたもや夕暮れ時の里の商店街で遭遇していた。
「あ、先生、今晩は!」
「よぉ、」
「いったいいつになったら『先生』って呼んでくれるのかしらね、サスケ?」
「ねぇねぇ、センセー、今日こそ一楽へラーメン食いに行こうってばよ!」
「ダメに決まってるでしょ、ナルト!」
懲りもせずナルトはを一楽に誘い、のお説教を受けている。その様子をサスケとサクラが面白そうに見ていた。
カカシも面白そうにそれを見ていたが、の買い物袋をヒョイと奪い取ると、その中を覗き込んだ。
「ねぇ、ちゃん。今日の晩ゴハン、なぁに?」
「えっとね、今日は肉ジャガだよ」
「オレ、ちゃんの作る肉ジャガ、大好きなんだよねv」
「そうなの?」
にこにこと微笑みあうとカカシに、サスケが怪訝そうな表情を浮かべた。
「オイ、ちょっと待て」
「ん〜、どうした、サスケ?」
「どうして、カカシがに晩メシのメニューを訊くんだ?」
「あれ?そう言えばそうだよね・・・。先生の晩ゴハンのメニューを、カカシ先生が訊いても意味ないわよね?」
「ナニ、ナニ?!なんの話だってばよ?」
サスケの言わんとすることをサクラは理解したようだが、ナルトはさっぱり解っていないらしい。
サクラは首をひねっていたが、ピンときたらしい。
「も、もしかして・・・先生とカカシ先生って、付き合ってるとか・・・?」
「大正解〜♪」
そう答えたカカシはちゃっかりに抱きついている。はジタバタ暴れてその腕を振りほどこうとするが、そんなことで離れるカカシではなく。
「ちょっと、カカシ!道の真ん中で抱きつかないでよ!」
「え〜?じゃ、家に帰ってからだったらイイの〜?」
カカシはに頬擦りしかねない勢いである。
「「「あり得ねぇ・・・」」」
子供達は目をまん丸にして、呆気にとられている。商店街をゆく里の人たちも目を丸くしていた。
「ほ、ほんとにカカシ先生と付き合ってるんですか・・・?!」
「あ・・・うん、まぁね」
ほんのり頬をピンク色に染めて答えるは、なんとも可愛らしい。いつものキリッとしたイメージは欠片もない。
「「「なんでこんなのとーッ?!」」」
見事にハモった子供達は一斉にを取り囲み・・・。
「なんで、カカシ先生なんかと付き合ってるんですかっ?!(先生モテるのに、なんでカカシ先生となんか!)」
「そうだぜ、。上忍がいいなら、他のヤツを紹介してやる!(・・・って言うか、俺が上忍になるまで待ってろ!)」
「そうだってばよ、センセ!よりによってカカシ先生なんか(そりゃカカシ先生は強いけどさぁ〜)」
「こんな『歩く18禁オトコ』のどこがいいんだ?!」
「先生、考え直したほうがいいですよ!」
「やめといたほうがイイってばよ!」
子供達の剣幕に、は苦笑するしかなかった。対するカカシも、頭を掻きながら苦笑いしている。
「あのね〜、オマエら・・・オマエらが、オレのことをどう思ってるのかよ〜くわかったよ・・・」
ハッと気づくとの姿は子供達の前から掻き消え、再びカカシの腕の中にいた。
「いつのまに・・・!?」
自身、いったいいつ移動したのかわからず、眼をパチクリとしている。一方カカシはというと、
腕の中にを抱いて満足げである。
「じゃ、今日はこれで解散。明日は任務受付所の前に朝9時集合だから。遅れんなよー」
「「「オマエが言うなーっ!!」」」
子供達のツッコミに苦笑するしかないカカシだった。も笑いながら、背後のカカシに報告書はいいのかとたずねた。
「さっき影分身に行かせたから、だいじょ〜ぶv」
それはチャクラの無駄遣いというのではないだろうか・・・と思ったのはだけではなかっただろう。
「じゃあな」
カカシに手をとられ、ズルズル引きずられていく・・・。子供達の方をふりかえりながら、何度も手を振る。
「じゃあね、みんな!今度また一緒にウチでご飯食べようね」
そう言ってからカカシの方に向き直ったの横顔はとても楽しそうで、子供達は何も言えなくなってしまった。
「なんか・・・センセってば、すげぇ楽しそうだった・・・」
「うん・・・。なんだかカカシ先生もすごく楽しそうだった気がする」
「・・・チッ」
夕暮れの人込みの中に消えていく幸せそうな二人の後姿を、子供達は見送るしかなかった。
この世の中に『絶対』なんて存在しない。そんなことはイヤっていうほど知ってる。
ああ、そうだ。『絶対』って言えるコトがひとつだけあった。それは――人はいつか必ず死ぬ、ということ。
でも、オレは約束したから。
オレはどうしようもない男だけど、この手の中の温もりの価値がわからないほど馬鹿でもない。
この柔らかな手がオレの手をとってくれる限り、オレはここに帰ってくる――この手の持ち主の居る場所が、オレの死ぬ場所だから。
「どうかした?」
「ううん、なんでもな〜いよ、ちゃん。オレ、おなか空いちゃった〜」
「じゃ帰ったらすぐ支度するね。早く帰ろう♪」
彼女の細い指がオレの指と絡みあって、解けなければいいのにと思う。
もっとも、この手を離すつもりなんて、さらさらないけれど、ね。
オレはいつまでも彼女と手をつないで歩いていく。最期のその日がやってくるまでは・・・。
【あとがき】
な、長すぎる・・・っ(汗)
今年の元旦に書き始めたのですが、ようやく完成いたしました!一応このタイトルでのお話はこれで完結です。
なんだかさんの性格が最初と違ってきているような気がしないでもないのですが・・・まぁ、カカシ先生の
愛情(?)にほだされたということにしておいて下さい。。。
サスケくんのセリフが難しいーっ!ナルトは「・・・だってば」ってつければわかっていただけますが(笑)
もっと精進いたします。。。
長いお話におつきあいいただき、ありがとうございました。
2004年2月15日