Valentine Rhapsody




は、休日前の夜をのんびりと過ごしていた。明日は日曜日、まるまる一日オフだ。
コーヒーとチョコレートをつまみつつ、お気に入りの文庫をパラパラとめくっていた。
――カタン。
玄関先で物音がしたかと思うと、忍服姿のカカシが入ってきた。
「あら、どうしたの?」
のその言葉に、カカシはガックリと膝をつきそうになった。しかし、サイドテーブルにチョコレートの包みが広げられているのが目に入った。
カカシはの隣のソファにちょこんと腰掛けると、期待に満ちた眼差しでを見つめた。
「な、なに?」
じぃーっと見つめられ、何も言わないカカシにとまどう。カカシの視線の先には、自分の飲みかけのコーヒー・・・。
「コーヒー、飲みたいの?飲みたいなら淹れなおすけど」
ガクーッ。
「・・・じゃなくて。ちがうデショ、ちゃん?」
「?」
首をひねるだったが、ふとコーヒーの隣のチョコレートが目に入った。
「チョコ、食べたいの?それ食べてもいいよ」
「うん、ありがと・・・じゃなくて!」
わざとはぐらかしているのか、核心に触れないにカカシは苛立ってきた。
「今日はバレンタインでしょ!」
「あ、そっかー。そういえばそうねぇ」
とぼけた調子で答えるに、カカシはガックリと肩を落とした。
とて今日がバレンタインデーだということくらい知っているし、いま自分が食べているチョコレートは実はカカシのために買ったものだった。


今日の昼、たまたま病院の外へ食事にでたは、偶然紅と出会ったのだ。
「あら、。こんな時間にどうしたの?珍しいわね」
「たまには外でお昼ゴハン食べようと思ってね〜。その帰りよ。紅こそ・・・ああ、チョコ配ってるの?」
「ええ、そうよ。哀しいかな、ぜんぶ義理チョコだけどね」
紅の腕には、可愛らしいピンクの紙袋がぶら下がっている。
妖艶で美しい彼女からなら義理チョコだって欲しい、と思う男は数知れないだろう・・・。
「それにしても・・・すごい量ね」
「まぁね。年に一度のことだし、何倍かになって返ってくるかもしれないでしょう」
いたずらっぽく笑って、紅はウィンクして見せた。その様子を見て、も笑みをもらした。
は、カカシにあげるんでしょ?」
「あ、うん・・・一応用意はしたけど」
「さすがに今年はがいるから、チョコの数も減るでしょうね〜」
「?」
キョトンとしている。確かに去年のバレンタインデーに、カカシがどれだけチョコをもらったかは知らない。
その頃は知り合っていなかったから――そういえば今日が二人にとって、初めてのバレンタインだった。
「去年は凄かったのよ、ハンパな量のチョコじゃなかったわね」
「ふ〜ん、カカシってモテるんだ〜」
「まぁね。一応『里一番のエリート忍者』だし、あの頃は『来るもの拒まず、去るもの追わず』の
 見本みたいなヤツだったから。でもまぁ、今年はがいるし。
 にベタ惚れしてるカカシに、チョコあげようなんて女は居ないでしょ」
外でも家でも、ところかまわずくっついてくるカカシ。としては正直恥ずかしいのだが、邪険にしても諦めるハズもなく。
「さぁどうだか・・・。甘いモノはあんまり食べないのに、そんなにたくさん貰ってどうしてたのかしら?」
「あなたのお友達に『超甘いモノ好き』がいるでしょ?」
「・・・ああ、アンコね」
「そうそう、貰ったチョコ、ぜ〜んぶアンコにあげちゃってね。その頃つきあってたオンナと揉めてたわね〜」
「そうなんだ」
急にトーンの下がったに、紅はしまったという表情を浮かべた。
「ごめんなさい、!でも、もう一年も前の話なんだから、気にしないで。ね?」
「ううん、別に気にしてないよ〜。でも、あんな怪しい覆面オトコにチョコあげようっていう、モノ好きな女のコがいるんだねぇ」
「その怪しい覆面オトコと付き合ってるは、よっぽどモノ好きってことね」
うっ、と言葉に詰まる・・・。紅はクスクス笑いながら、にもチョコレートをくれた。
にもお世話になってるからね。ああ、お返しはいらないわよ」
「お返しなんかしないわよ」
ひとしきり笑いあったあと、紅と別れ、は病院へ戻ったのだった。


帰宅したは、簡単に食事を済ませ、コーヒーを淹れて、独りの静かな時間を楽しむことにした。
ソファに座って、お気に入りの文庫本をめくる。しかし、字面を追うばかりで、ぜんぜん内容が頭の中に入ってこない。
無視しようと思っても、ついつい視線はテーブルの上のチョコレートにいってしまう。
綺麗にラッピングされたそれは、がカカシのために買ったものだった。
ふと時計を見ると、時刻は夜11時すぎ。あとすこしで今日が終わってしまう・・・。
「・・・絶対来ると思ってたのに」
カカシのことだ、のチョコレートをねだりにくると思っていたのだが、なかなか姿を現さず・・・。
は次第に苛立ってきた。
「来ないんなら、あたしが食べちゃうよーだ」
昼間の紅の話が、頭をよぎる。もしかしたら、カカシは自分以外の女のコからチョコレートをもらって、その彼女と過ごしているのかもしれない。
いやな想像ばかりしてしまう自分に腹が立ち、その元凶ともいえるチョコレートの包みが目に入った。
赤いリボンをほどき、ビリビリと包装紙を破った。チョコレートをひとつつまんで、口に入れる。
このチョコレートが目の前から消えてしまえば自分の苛立ちもおさまるような気がして、は次々とチョコレートを口に運んだ。
そんなのところへ、カカシはやってきたのだった。
「チョコ、食べたかったの?」
「っていうか、オレはちゃんのチョコが欲しかったの!ちぇーっ、オレ、楽しみにしてたのに・・・」
初めてのバレンタインデーだったのにさ、とカカシはブツブツ言っている。
「カカシはきっと、たくさんもらうだろうって思ったのよ。だから、あたしからまでチョコは欲しくないかと・・・」
「もらってないよ」
「え?」
「ぜんぶ断ったから。ああ、さすがにサクラからのは受け取っちゃったけど・・・もういいよ。オレ、着替えてくるから」
すっかりカカシはおかんむりだ。ドアをパタンと閉めて、向こうへ行ってしまった。
カカシは物欲がない。ヒトはともかく、モノには執着しないタイプだ。
以前、誕生日プレゼントに何が欲しいのかリサーチしようとして、何気なく欲しいものがないか聞いてみたことがあった。
「ん〜、べつにナイよ」
「なんにもないの?」
「うん。ん〜、そうだねぇ、強いて言えば・・・」
「言えば?」
ちゃんかなvv
「・・・(黙)」
「うっわ〜、ナニその目!信じてないデショーッ。オレ、本気だよー?」
「ハイハイ、わかりました(・・・ったく、何が欲しいのかわからないじゃないの)」
高給取りなのだからもっと贅沢な暮らしをしてもいいと思うのだが、カカシは着るものにも食べるものにも全くこだわらない。
の家にいるときも、ひざの擦り切れたジーンズに、クタクタに柔らかくなったシャツを着ている。それでも、サマに見えるのは恋人の欲目かもしれないが。
そんなカカシが『ちゃんのチョコが欲しかった』と言うのだ。
――素直にチョコレートをあげれば良かった。
は後悔したが、そう思っても時すでに遅く、ここにあるのはラッピングの解かれた食べかけのチョコレートだけ・・・。
しばらくして戻ってきたカカシは、の期待もむなしく、不機嫌そうな顔のままだ。
不機嫌な顔つきのまま、カカシはの隣にすわり、むにーっとの両頬を引っ張った。
「ひゃひゃし?(カカシ?)」
「ホントにオレが他の女のコから、チョコレート受け取ると思ってたの?」
「・・・・・・」
「そりゃ、去年までは断るのもメンドーだと思って、全部受け取ってたけど・・・。けど、今年はちゃんが居るし。
 お菓子メーカーの策略だと思っても、『恋するオトコ』としてはやっぱり好きなコからはチョコもらいたいな、
 な〜んて思ったりするワケよ」
カカシが『恋するオトコ』と言った瞬間プッと吹き出してしまったは、またもやカカシにじろりと睨まれてしまった。
「・・・(むにーっ)」
「ひらひっ(痛いっ)」
はぁ、と深いため息をついたカカシは、小さな声で「もういいよ」とつぶやくと、イチャパラを手にとり、フテ寝してしまった。
どうしよう、ホントに怒っちゃったかも・・・。
カカシは滅多なことでは怒らない。しかも、に対しては。当然のことながら、の方でもカカシを怒らせるようなことはしないのだが。
たかがチョコレート。されどチョコレート。
カカシの表情はイチャパラで隠されていて、見ることができない。
「ごめんね・・・。あたし、ちょっと・・・嫉妬してたんだ・・・・・・と思う」
「?」
「あたしの知らないカカシを知ってる女のコがいて、そのコからもチョコもらったりとかするのかなって思って・・・」
ちゃん・・・」
「そう思うと、なんだか悔しくなっちゃって・・・。カカシは、今、あたしのそばに居てくれるのにね」
真っ赤になりながらポツリポツリと呟くの声にカカシは顔を上げ、と向かい合って座った。
「昔のオレは・・・正直、女癖悪かったと思うよ。『つきあってほしい』って言われて、キライなタイプじゃなければOKしてた。
 だけど、ちゃんは特別なんだ。
 ちゃんとは一緒に居たいと思う。ずっと隣に居たいと思う。
 ちゃんの隣にいるのが、ずっとオレだったらいいのにって思う。
 でも、時々・・・」
「時々?」
「――時々、ちゃんの隣にいるのがオレでイイのかな・・・って思っちゃうんだ。オレなんかでイイのかな〜って。
 ちょっと自信がなくって、さ」
「カカシ・・・」
「だから、余計にちゃんからチョコ欲しかったのかも・・・」
ハハハと恥ずかしそうにカカシは笑って、頭を掻いている。
「八つ当たりしてゴメン」
と、カカシは小さな声でつぶやいた。そして、向かい合ったの頬に両手を伸ばし、そっと顔を引き寄せてくちづけた。
もう何回も数えきれないくらい彼女とキスしているはずなのに・・・どうしてこんなに胸がドキドキするんだろう?
まるで初めてキスする少年のようだ、とカカシは思った。
彼女の身体の隅々まで、彼女自身触れたことのないようなところまで、知り尽くしている自分なのに・・・。
彼女が自分の腕の中にいることがとてつもなく幸せで、この腕の中からいつか彼女が消えてしまうのではないかと不安で――愛しくて、せつない。
こんな気持ちになるのは、に対してだけだ。そう思った。
「ゴメンね、痛かった?」
さっきカカシがつねったせいなのか、ほんの少し赤みの残ったの頬を両手で包み込んだ。
「ううん。赤いのはさっきのじゃなくて、ちょっと恥ずかしかったから・・・」
カカシはよく『好きだ』という言葉をに言う。けれど、からは、あまりカカシに言ったことがなかった。
はどちらかというと、自分の感情を表現するのが苦手なタイプだからだ。
言葉にしなくても、通じていると思っていた。通じていることは通じているだろう・・・けれど、ときどきは言葉や行動で確かめたくなる。
それが、カカシにとっての今日――バレンタインデーだったのかもしれない。人の気持ちをモノで量るつもりはないが、の気持ちを『チョコレート』というカタチで確認したかったのだろう。
チョコレートはなかったが、感情表現の苦手なが自分に対する感情を、嫉妬心を告白してくれたのだ。
それはカカシにとって、なによりのプレゼントだった。
自分よりもひとまわり小さなの手がそっと重ねられる。その小さな温もりが愛しくて、涙がでそうな気がした。
・・・」
「あっ!ちょっと待ってて!」
もう一度、にくちづけようとして伸ばされた手は空を切り・・・カカシをガックリさせた。
「ア、アレ?ちゃーん?」
「ちょっと待ってて!すぐ出来るから!」
立ち上がったは食べかけのチョコレートを持って、すっかり気分の盛り上がった(?)カカシを一人残し、キッチンへ行ってしまった。
「ちょっと、ちょっとー!?これからイイところだったのに〜っ(涙)」


は食べかけのチョコレートを持って、急いでキッチンに向かった。冷蔵庫からミルクをだして、小鍋で温める。
「ちょっともったいない、かな?」
が買ったのは、有名なチョコレートのメーカーのもので、それなりにお値段もよかった。う〜ん、とちょっと悩みながらも、チョコレートを細かく割って鍋へ放り込む。
白かったミルクがほんのりチョコレート色に染まり、甘い香りがただよう。チョコレートがきれいに溶けたことを確認すると、それを小ぶりのカップに注ぎ、はリビングに戻った。
「お待たせ
あたりに漂う甘い香りに気づいたのか、カカシが顔をあげた。
「なぁに、ソレ?」
「ホットチョコレートよ。冷めないうちにどうぞ」
「あ、うん・・・」
ふぅ、と一息吹きかけてから、一口飲んでみる。
「あま〜」
うんざり、といったカカシの様子に、は苦笑する。
「あたしの甘〜い『愛』だから、残さないで飲んでね?」
「う゛・・・」
チョコレートとミルクの甘さにうんざり、といった表情をうかべながらも、カカシはちびちびと飲んでいる。
はすっかり冷めたコーヒーを飲み、余ったチョコレートをひとかけら、口に放り込んだ。
「ごめんね?来年は、とびっきりのチョコレートを用意してあげるから」
「ん〜、どっちかってゆーと、オレはチョコよりも、チョコレート味のちゃんがイイなvv
ちゅ、との柔らかなくちびるを奪い、カカシはにへらっと笑った。ふわりと甘いミルクとチョコレートが香った。
驚いただったが、いたずらっぽく微笑み返すと、またひとつチョコレートを口の中に放り込み、自分からカカシにくちづけた。
「じゃあ、これは今年の分ね


甘いキスをあげる・・・・・あなたは、あたしのそばに居てくれるから。
でも、あたしからは『ときどき』にしておこうかな。あんまり甘やかすのもよくないでしょ?
でも、今は0時5分前。今日はまだバレンタインデー・・・・・・特別な日だから、甘やかしてあげる。ねぇ、カカシ?




【あとがき】
管理人の糖度計(?)が壊れた模様です・・・。どこまでが「甘い」で、どこから「激甘」なのか、 わからなくなっています(笑)
ついでに体内時計もおかしくなっているようです。今頃バレンタイン創作だなんてー(汗)
別ヒロインのバレンタイン創作では、チョコをもらえると自信満々のカカシ先生だったので、こちらではちょっと 自信のないカカシ先生でいってみようかなーと。「いい迷惑だよ〜」って声が聞こえてきそうです(笑)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2004年2月29日