お年玉
「ただいま〜」
「お帰り!任務お疲れさま〜」
リビングからの声が聞こえた。『おかえり』とが言ってくれるようになったのはいつだったろうか。
まだ一緒に住んでいるわけではないけれど、いつからかは『おかえり』とカカシに言ってくれるようになった。
の方は何気なく言っているのかもしれないが、カカシは『おかえり』と言われるたびに、なんだか気恥ずかしいような、嬉しいような気持ちになる。
――誰かが自分の帰りを待っている。
それはこんなにも嬉しいことなのだと、カカシは改めて思った。
「あれ、ナルト達は?」
「とっくに帰ったよ〜。今ごろ、サクラんちで晩ゴハンごちそうになってるんじゃないかな」
時刻は午後7時。今日は元旦だが、カカシは急に任務が入ってしまい、ようやく帰宅したのだ。
本当なら、とカカシ、そして彼の教え子達と、の家で新年会をする予定だった。しかし、カカシは急な任務が入ったため、と子供達だけで新年会をしたのだ。
「お昼にみんなでお鍋したの。あの子達あんなに食べて、サクラの家でまたゴハン食べるって言ってたけど」
あたしはまだお腹いっぱいだよ〜、とはこたつでぐったりしていた。
「ああ、なんか匂いがまだ残ってるね」
「ホント?中にいるからわからなくなってるのかな。カニすきしたんだけどね」
カニなんて買ってたっけ、とカカシは思った。カカシは荷物もちとして、お正月の買い物に連れまわされたのだが、の買った品物の中にカニはなかったような気がする。
は、そんなカカシの表情に気づいたのか(もっとも忍服姿のままなので、右目しか見えないのだが)
「ああ、カニはもらったの。いつも買う魚屋さんがね、お正月の注文がキャンセルになって余っちゃったからって。
高いからいい、って断ったんだけど。ナルトが受け取っちゃったのよね〜」
「魚屋ねぇ・・・。それって親父さんの方?」
「ううん、息子さんの方」
「・・・フーン」
まだに手を出そうとするヤツがいたのか、とカカシは思った。忍仲間ではとカカシのことは有名だったし、カカシの恋人に手を出そうとする勇気のある人物はいなかった。まぁ、ちらほらと諦めの悪い上忍もいたが・・・。
一般人とは盲点だったなぁ〜。これはちょっと策を練らなきゃイケナイねぇ・・・。
さてどうするかと、カカシがあーんなコトやこーんなコトを考えてるのを察したらしいは、小さくため息をついた。
「ナニ考えてんのよ?それより、ゴハンは?」
この嫉妬深い恋人にはときどき呆れてしまうが、それも愛情表現のひとつか(かなり行き過ぎているが)とは思うようにしていた。
「お腹空いてないの?」
「空いてる」
「じゃ、着替えてきたら?その間に用意しとくから。あ、ちゃんと手を洗ってうがいもね」
「ハ〜イ」
半ば上の空で返事をするカカシを見ながら、ヤレヤレと思いつつ、はカカシのための食事の用意をした。
お正月らしく、黒豆や数の子を皿に美しく盛り付ける。カカシが気に入るかどうかわからなかったが、少しでも正月気分を味わってほしかったのだ。
「お待たせしました〜」
「うわぁ、スゴ〜い!これ全部作ったの〜?」
「全部じゃないけどね。ちょっと頑張ってみました♪」
料理好きのが頑張ったというだけのことはあって、盛り付けられたおせち料理はどれも美しく、おいしそうだった。
「そういえば、オレ、おせち料理ってちゃんと食べたことなかったかも〜」
何気なくもらしたカカシの一言に、は一瞬、泣きそうな気持ちになった。
今までカカシが生きてきた世界は、のそれとは程遠いものだったのだろう。
カカシの生きてきた世界、これからも生きていくであろう世界をは否定するつもりはなかった。
けれど、自分と共にいるときは、ほんの少しでも、普通の平凡な世界を味わって欲しかった。
「あ、そうだ!忘れてた!」
は慌ててキッチンに戻ると、日本酒のビンを抱えて戻ってきた。
「どうしたの、ソレ?」
の持ってきたのは、大吟醸の日本酒だった。
「ナルトとサクラ、それにサスケから、あたしに『お歳暮』です!」
「お歳暮?」
ふふっとは笑いながら、酒の封を切る。
「いつもあたしにお世話になってるからだって〜♪」
銘柄を選んだのは紅だから期待してイイかもよ、と楽しげには言った。
「・・・で、オレには?」
「え〜?なぁんにも言ってなかったけどなぁ〜」
「・・・アイツら(怒)」
口を尖らせてすねているカカシを見て、は大笑いした。
「サクラはともかく、ナルトとサスケはあたしに餌付けされてるからね(笑)」
大吟醸は辛口で、二人の好みにピッタリだった。暖かなこたつでおせちをつまみながら、うまい酒を飲む。
「おいしいなぁ♪やっぱ料理上手だね、ちゃん」
「ありがと。あ、数の子ちょうだい」
箸で数の子をつまんで、の口に放り込んでやる。お腹がいっぱいだというは、ほとんど料理には手をつけず、酒をちびちびと飲んでいた。
酒ばかり口にしていたせいか、ほどよく酔いがまわったは、ゴロンと横になった。
「もう食べないの?」
「うん。やっぱりお腹いっぱいだから食べれないや」
「じゃ全部食べちゃってもイイ?」
「いいよ〜。まだいっぱいあるし」
おいしそうに黒豆を口に運ぶカカシを見て、は料理を頑張った甲斐があったと思った。
お互いに忙しい立場の二人はすれ違いも多くて。なるべく一緒に過ごせるようにとスケジュールを合わせてはいるが・・・。
「ねぇ、カカシ」
「なぁに?」
もぐもぐと口を動かしながら、カカシがにクッションを渡す。枕にしろ、ということらしい。
ありがたく受け取って、はクッションを頭の下に置いた。
「あのね、あたし、引っ越そうかと思って」
「えー?ココ気に入ってたんじゃないの?」
「・・・そうなんだけど。いい物件があってね、ここより病院に近いし、部屋も一部屋多いの。キッチンもずっと広いし」
「確かに、ここのキッチンはちょっと狭いかもね」
「でもね、家賃が高いの」
「そりゃまぁそうだろうね。それだけ条件がよければ」
「でね、カカシ・・・・・・家賃、半分だしてくれない・・・かな?」
「へ?」
「カ、カカシにも一部屋あげるからッ!」
日本酒のせいなのか、照れているせいなのか、横たわってるの顔は真っ赤になっていた。
「それって・・・?!」
「ど、どうしてもっていうわけじゃなくって(汗)あの、イ、イヤだったらイイよ!」
「イ、イヤじゃないッ!だ、出す!家賃出すよ!!」
慌てて答えるカカシに、はほっとため息をもらすと、えへへと照れ笑いを浮かべた。
「ホントはね、もう契約しちゃったんだ!断られたらどうしようかと思っちゃった」
「オレが断るワケないデショ?」
ふふふ、とは微笑んで、枕にしていたクッションをカカシに近い方へ移動させると、そこにぽすっと頭をのせた。
「どんな部屋にしよっか?考えるの楽しみだね」
「うん♪」
は楽しそうな笑みを浮かべた。
「手、つないでもいい?」
「いいよ」
普段どちらかといえば素っ気ない彼の恋人は、少しアルコールが入ると途端に甘えん坊になる(←そこがまたカワイイんだけどねvv:カカシ談)
カカシの左手をとると、は自分の両手でそれを包み込んだ。
なんとも幸せそうな微笑を浮かべて、ゆっくりと瞳を閉じた。
「来年は、カカシも一緒にみんなで新年会しようね」
しばらくすると、すやすやと規則正しい寝息が聞こえてきた。
「こたつで寝たらカゼひいちゃう、ってオレには怒るクセに(笑)」
しばらくしたらをベッドに運ぼうと、カカシは思った。の作ったおせちをつまみながら、部下達がくれた酒を注ぐ。
「お年玉にちゃんをもらったような気分だよ?」
自分の傍らですやすやと眠る愛しい恋人。自分の手を握るの手を、そっと握り返した。
こんなにも穏やかで満ち足りた日々を送ることができるなんて、思いもしなかった。
昔の自分からは想像もつかない。いつも何かに追い立てられるように生き急いでいた。血にまみれて過ごす毎日だった。
血に酔った身体の熱を放つためだけに、女を抱いた。そこには愛情などあろうはずもなく。
あの頃の自分には出会いたくない、と思う。
触れるものすべてを傷つけずにはいられない衝動・・・暗部としてはそれでも良かったのかもしれないが。
――次第に精神のバランスを取ることができなくなっている自分に気づいて、暗部を辞めた。
自分が大切だと思うものはすべて奪われていく・・・。ならばいっそ、大切なものなどなくていい。
いつの頃からか、そう思って生きてきた。大切なものなど欲しくはなかった。
いつか失うとわかっているものを大切には思いたくなかったのに・・・
に出会い、子供たちに出会って・・・また、大切なものができてしまった。
昔の自分とは違う・・・。今の自分には守るだけの力があるはず。この命をかけてでも守ってみせる。
こんなことを言ったら、きっとは「命なんてかけてほしくない!」と怒るだろう。
でもねぇ、ちゃん?
オレにとって、キミはそれくらいの価値があるんだよ。キミを失ったら、オレはオレでいられなくなる。
――昔の、凶器のような自分に戻ってしまう。
キミたちの存在が、オレをこちら側へ引き止めていてくれるんだ。
『来年は、カカシも一緒にみんなで新年会しようね』
来年のことを言うとオニが笑う、という。忍であればなおのこと、明日も定かではないのに。
はきっと何もかもわかったうえで、そう言っているのだ。確かな未来、などというものは自分達にはない。
けれど・・・だからこそ、約束しよう。
来年も、再来年も、きっとそばにいる。
傍らで眠るの顔を見つめながら、カカシは固く胸に誓った。
――二人きりの元旦の夜は静かに更けていく。
【あとがき】
あけましておめでとうございます♪今年もよろしくお願いいたします。
お正月企画、ご参加ありがとうございました!わたしの駄文を読むためにメールを送っていただけるとは・・・!
『自分も書いてみたいなぁ』という軽い気持ちで作ったサイトですが、やっぱり読んでくださる方がいると
励みになります。
糖度もエロ度(?)も低く、さらには偽者カカシ先生しかいない当サイトでございますが(←自分で書いてて、
ちょっと哀しくなりました・・・)
頑張って更新していくつもりですので、お付き合いくだされば幸いですm(_ _)m
ありがとうございました。
――最後に。
2004年があなたにとって素晴らしい一年になりますように。
2004年1月1日
↑は、このお正月創作を配布していたときのあとがきです。いや〜、超限定企画でございましたよ。
なにしろお二人様のみでしたから(笑)
サイトをオープンして1ヶ月半くらいでしたでしょうか・・・。こういう企画モノにチャレンジするには、
時期尚早でしたね(汗)
ちょっと更新が滞っているので、タンスの奥からひっぱりだしてまいりました(笑)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2004年3月14日