遅れてきたサンタクロース




「うわー、もうこんな時間だよ」
チラリと時計を見てみると、もう10時過ぎ。夜勤の人もいるから、この任務受付所は賑やかだけれど。
あたしはガチガチになった首をグルグル回した。
「お疲れさまです、さん」
「あ、イルカ先生!」
「どうですか、集計の進み具合は?」
どうやら今夜の夜勤はイルカ先生なのかな?
「一応、完成しました!」
「そうですか、良かったですね」
今夜、あたしは残業をして、一生懸命アンケートの集計をしていたのだ。
それは時間さえあれば誰にでもできるような単純作業だったのだけれど、たまたま予定の空いているひとが居なくて、あたしが買って出たのだ。
だって、クリスマスイブだもん。みんな予定あるよねー?
・・・って、予定のないあたしって寂しいヤツ?(笑)
でも、いつもは堅物の上司が『今夜は早く帰って、サンタ役をやらなくちゃならないんだ』なんて言ってるのを聞いちゃうとね、待ってる子供たちが可哀想かなぁ〜なんて思っちゃって。自分でも、ちょっとお人よしだったかな、とは思ったけど。
そのかわり、明日はお休みもらえたから、まぁいいかな。
あたしは机の上を片付けて、コートを着込んだ。
「じゃ、送っていきましょうか?」
「え?ああ、ありがとうございます、イルカ先生。でも、これから受付なんでしょう?」
「ええ、そうなんですけど・・・。こんな時間にさんを一人で帰すワケには」
「大丈夫ですってばー」
あたしはケラケラと笑ってみせた。
「アパートまで近いですし、ひとりでも大丈夫です」
イルカ先生ってば心配性なんだから・・・。
何回も断ったのにイルカ先生は受付所の入り口までついてきて、あたしを「送っていく」と言って聞かなかった。
「ホント、大丈夫ですって」
「でも、やっぱり」
入り口で押し問答。イルカ先生には悪いけど、こうしてる間にも早く帰りたいんだけどなー。
どうしよう、とあたしが考えていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「何やってんだ?」
振り返ると、そこに居たのは特別上忍の不知火ゲンマだった。
「何そのカッコ?」
「・・・サンタだよ。見てわかんねぇのか?」
ゲンマとはたまたま飲み会で席が隣になって以来、今じゃすっかり飲み友達だったりするのだ。
「オマエ、ちっこいのに酒強ぇな」
「そっちがおっきすぎるんでしょ?それにあたしは『オマエ』じゃなくて、ちゃんとっていう名前があります」
長楊枝をくわえた彼はびっくりしたような顔をしたけれど、おもしろそうにニヤッと笑った。
「悪かったな、俺は不知火ゲンマ。よろしくな」
たしかそんなやりとりから始まったんだと思う。それから時々ふたりで飲みに行くようになったのだ。
ゲンマはいつもの長楊枝はそのままで、例の真っ赤なサンタの衣装を着ている。
「不知火特別上忍!任務お疲れさまです」
「おう」
「・・・ゲンマがサンタ・・・」
「笑うなっ!」
ご丁寧に大きな白い袋を持ってたりして、白ヒゲはないけれど、すっかりサンタさんのスタイルだ。
「ったくよ、いまどきのガキどもときたら、夜更かしなんだな!眠るのを待ってたら、すっかり遅くなっちまったぜ」
木の葉の里では毎年、里から子供たちにクリスマスプレゼントが配られるのだ。
サンタクロース役は上忍か特別上忍――だって、万一子供たちに見つかったら大変でしょ?夢が壊れちゃうもん。
「サンタ役、お疲れさま」
「ああ。・・・ところで、オマエなんでこんな時間までいるんだ?」
あたしが残業していたと言うと、ゲンマはちょっと人の悪そうな笑みを浮かべた。
「寂しいねぇ〜、いい歳したオンナがさ。クリスマスイブに仕事なんてさ」
「ほっといてよ!あたしだってね、誘ってくれる人はいっぱいいたんだから!」
「・・・マジ?」
ちょっとびっくりしたようなゲンマに、ムカっとした。
「そうよ!全部断っちゃったけどね」
「なんで?」
「なんで・・・って・・・」
そんなこと言えるワケないじゃない。
「答えろよ」
「ゲンマには関係ないでしょ!」
あたしはどうにもうまい言い訳が見つからなくて、プイとそっぽを向いた。
――全部、アンタのせいなんだから!


あたしは、どうして素直になれないんだろう・・・?
大抵いつもこのパターンだ。友達になって、どんどん仲良くなって、そのうちにその人が好きだと気づく。
でも、あたしが気づく頃には、すっかりいい友達になってしまっていて・・・。
今更好きですとも言えず、いい友達をやってたりすると、ある日突然彼女を紹介されたりするのだ。
『コイツとはいい友達なんだ』
そんな風に言われてしまうと、あたしにはもう何も言えなくなってしまう。
ゲンマとだってそう・・・。
ぶっきらぼうで口が悪いけど、意外に優しいところもある――そんなゲンマのことを『好きだ』と気づいた頃には、恋愛相談をされるような女友達になっていた。
意地っ張りなあたしは『いい友達』をやっていくしかなかった・・・。


「送ってくから、ちょっと待ってろ」
「え?いいよ、あたしひとりで帰れるから」
「報告書出してくるだけだから、ちょっと待ってろよ」
そう言うと、ゲンマはスタスタと歩いていってしまった。
「不知火特別上忍が送っていってくださるなら、オレも安心です!じゃ、オレも任務に戻ります。
 お疲れさまでした、さん」
「あ、お先に失礼します」
イルカ先生っていつも優しいよなぁ・・・なんて思いながら、ぼんやりと後姿を見つめていたら、頭をポカリとやられた。
「イルカ先生に見とれてんのか?」
「そーよ、どこかの誰かさんと違って、いつでも優しいもの」
「フン!」
戻ってきたゲンマはサンタの衣装のままだった。
「帰るぞ」
「あ、ちょっと待ってよ!」
送っていくって言ったわりにはスタスタ歩いていっちゃうんだから!


夜の街はとても冷え込んでいた。吐く息が白い。
結構夜も遅い時間だけれど、さすがにクリスマスイブということもあって、すれ違うのはカップルが多い。
あたしとゲンマもそういう風に見られてる・・・のかな?
「オイ、腹減らねぇ?」
「へ?」
ゲンマが指差したのは一楽。途端におなかが空いてきた。
「食いにいこうぜ。俺、はらぺこなんだ」
せっかくのクリスマスイブにラーメンか・・・とは思ったけど、胃は正直だ。おいしそうなラーメンの匂いを嗅いで、腹の虫が騒ぎ出した。
「あたしもおなかぺこぺこ」
そして結局、ふたりで向かい合って、チャーシューメンなんかすすっているワケなんだけど。
「なぁ」
「ん?」
「付き合ってるオトコからさ、クリスマスに会えねぇって言われたら、オマエどうする?」
「理由は?(もぐもぐ)」
「んーと、仕事・・・っていうか、任務だな」
「あの和菓子屋の看板娘にでも言われたんでしょ?」
「アタリ」
和菓子屋の看板娘というのは、ここ最近ゲンマが付き合っていた女の子だ。看板娘というだけあって、なかなか可愛いコだった。
「仕方ないんじゃないの?『任務』なんだったら。危ない任務なら心配だけど、サンタ役なら安心だし。
 みんな喜んでくれるじゃない」
「・・・オマエらしい答えだな」
ゲンマはそう言って、ちょっと微笑んだ。優しい微笑みに、あたしはちょっとドキドキしてしまう。
「だよな。オマエだったらそう言うよなぁ」
彼女がいるオトコにときめいてどうする、あたしっ!?
「か、彼女はなんて言ったの?」
「ん?そりゃもう犯罪者扱いよ」
ゲンマには悪いけれど、あたしはプッと吹き出してしまった。
「挙句の果てに、『わたしと任務と、どっちが大事なの?!』だぜ?」
「そうかぁ・・・。でも、任務が入ったら仕方ないもんねぇ」
忍と一般人が付き合うのは難しい――それはよく言われていることだ。確かに難しいんだろうな、と思う。
急な任務が入れば会えなくなるのは当然だし、何よりも危険な任務に送り出さなきゃいけないときもある。
受付嬢なんかやってるあたしだって、知り合いの忍者さんが無事に帰ってくるとホッとする。
そして、反対に送り出すときは『どうかご無事で』と祈ってしまう・・・。
ましてやそれが、大切なひとだったら尚更だ。
「だろ?ま、そんなワケで別れたんだ。結構前だけどな」
「・・・そうだったんだ」
「オンナってのはめんどくせぇなぁ」
「ちなみに、あたしも『オンナ』なんですけど?」
「悪ぃ、忘れてた」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべたゲンマの足を、テーブルの下で思いっきり踏んづけて、あたしは溜飲を下げたのだった。


すっかり満腹になったあたしたちは一楽をでて、また寒い夜道を歩き出した。
「ねー、ゲンマ」
「ん?」
「任務から帰ってきて、すぐ会いにいけば間に合ったんじゃないの?」
「かもしんねぇな」
「今から行けば、日付が変わる前に会えるんじゃないの?」
時計を見ると、まだ12時にはなっていなかった。
「いいんだよ」
そう言って、ゲンマはあたしの頭をポンポンと叩いた。
「けど・・・」
「・・・クリスマスに一緒なのが俺じゃイヤなのかよ?」
「え?」
驚いてゲンマを見たけれど、ゲンマはそっぽを向いていて、どんな表情をしているのかわからなかった。
「そ、そんなコトないけどっ」
うう、どうしてあたしってば素直に『嬉しい』って言えないんだろう・・・。
結局、なんとなく無言のまま、あたしとゲンマは並んで歩いていた。
「着いたぜ」
「・・・へ?」
「自分ち、通り過ぎてるぜ」
うつむいて歩いていたせいだろうか、あたしは自分のアパートの前を通り過ぎそうになっていた。
「お、送ってくれて、ありがと、ゲンマ!」
「おう」
「早く彼女のとこ行ってあげなよ」
「・・・」
いつもなら軽口を叩いて別れるのに、ゲンマは無言で、あたしはちょっと不思議に思いながらも、自分のアパートのドアの前に立った。
「なんだろ?」
ドアのノブに、紙袋がかけられていた。ヒョイと手にとってみると、中にはクリスマスケーキと小さなツリーが入っていた。
それから、箱の上には『Merry Chirstmas』と素っ気なく書かれた一枚のカード。
「これ・・・」
「ったくよ、任務をサボって様子を見にきたら、部屋は真っ暗だし」
驚いて振り返ると、そこにはまだゲンマが立っていた。
「他のヤローとデートでもしてんのかと思ったら、残業なんかしてるしさ。オマエって、マジでお人よしだよな〜」
「わ、悪かったわね」
「・・・ま、俺はオマエのそんなトコも好きだけどよ」
「っ!?」
かぁぁぁと頬が熱くなってくるのが自分でもわかった。
うわぁ、顔上げられないよ〜!
・・・いや、ちょっと待て、あたし。落ち着け、あたし!
ゲンマがそんなつもりで言ってるワケないじゃない。相手はあたしだよ?
哀しいけど、ゲンマがあたしを恋愛対象として見てないことはよくわかってる・・・。
今のだってきっと『友だちとして』好きってことだ。
あたしはプルプルと頭を振って、顔を上げた。
「・・・!」
じっとこっちを見つめていたのか、ゲンマとバッチリ目が合ってしまった。
「な、なんだよ?」
ゲンマはプイと視線をそらしたけれど、ちょっと赤くなっているのがわかった。
・・・ウソみたいだ。
あたしは慌ててバッグの中を探って、カギを取り出してドアを開けた。
「入らないの?」
「?」
「ケーキ、あたし一人で食べちゃうわよ」
「・・・買ってきたのは俺だろーが」
「もらったのはあたしだもーん!」
あたしが笑いながらそう言うと、ゲンマも笑った。
「オマエにだけ食わせるのはもったいねぇな」
「どうぞ、サンタさん!」
そして、あたしは恭しくサンタクロースを部屋に招きいれたのだった。


不器用なあたしたちのクリスマスは今始まったばかりだ・・・。




【あとがき】
クリスマス企画第5弾。日にちがなくて、かなりあせっておりました(^^;)
ゲンマさん、好きなんだけどなー。どうにも難しいっす(汗)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2005年1月1日