please tell me 前編
「ええーっ?!なんで、あたし、ゲンマとチームなのよっ?!」
昼下がりの『人生色々』で大声をあげたのは、特別上忍の。
一枚の紙切れを持った手がプルプルと震えている。
「どうしたのよ、?」
声をかけてきたのは、同じく特別上忍のみたらしアンコ。手にした団子の串はご愛嬌か。
「今度の五月祭の警備なんだけど・・・」
の言う五月祭――毎年、木の葉神社の境内で行われる祭りである。
元々は境内で開催された植木市だったのだが、その人出を目当てに出店が集まり、さらにその出店に人が集まる。
そうしていつのまにか単なる植木市は『五月祭』と呼ばれるようになり、さまざまなイベントも開催されるようになったのである。
「なんだ、五月祭か」
の手から紙切れ――任命書だ――を奪うと、アンコはさっと目を通し、ヒラヒラと振った。
「いいじゃん、警備ぐらい。普段に比べれば楽な任務じゃん」
「それはそうだけど・・・」
通常なら、こういう祭りの警備は下忍が担当するのだが、五月祭の場合だけは違う。
たまには下忍達にもイベントを楽しませてやろうという火影の配慮から、警備は上忍・特別上忍が担当することになっていた。
人出が多ければ、当然のことながらスリやカッパライ、恐喝まがいの事件やら、果ては迷子の親探しまでこまごまとした事件が起こるのだ。
の言う警備というのは、一般人に混ざっての警備である。主として、男女一名ずつがカップルを装って人込みに入り、それとなく警備を行うというものである。
「それに、アンタとゲンマは仲いいじゃない」
「・・・」
アンコの言葉に、は黙り込んでしまった。
「どうしたのよ?ゲンマとケンカでもした?」
「・・・そんなんじゃないけど」
アンコの言うとおり、とゲンマは同じ特別上忍ということもあって仲が良かった。
よく任務明けに連れ立って飲みにいくような付き合いである。
「えー、、任務にあたっちゃったの?」
「あ、カカシ!」
アンコが手に持っていた任命書を横から取り上げたのは、上忍のはたけカカシだった。
「せっかく、オレ休みなのにさぁ〜」
下忍が休みということは、それを担当する上忍師も当然のことながら休みなのである。
「とデートしようと思ってたのに」
ちぇー、とつまらなさそうなカカシ。は笑って、
「あたしとデートしなくても、カカシなら引く手あまたでしょ?」
と言った。
「オレはがいいの」
カカシがそう言っても、は笑うばかりである。
「もう相変わらずね」
「オレ、本気なのにさー」
そう言っての顔を覗き込んだカカシの目は真剣な雰囲気を漂わせていたが、はそれに気づかない。
「おい、!打ち合わせの時間だぜ」
「・・・ゲンマ」
現れたのは不知火ゲンマ。五月祭の警備の打ち合わせが始まるので、を呼びにきたのだろう。
いつものなら笑って応対するのだろうが、今日のはむっつりと黙ったままだ。
「おい、遅れるなよ」
「・・・わかってるわよ」
渋々といった雰囲気では立ち上がり、ゲンマから数歩遅れて、その後をついていく。
残されたカカシとアンコは、不自然なの様子に首をかしげていた。
「なに黙ってんだよ?」
「・・・」
打ち合わせの会議室までの長い廊下、ゲンマと以外の姿は見えない。
「おい」
ゲンマが足を止めても、は無視してスタスタと歩いていく。
「おい!」
イラついたゲンマがの肩をつかんだが、はさっとそれを振り払った。
「なにスネてんだよ?」
「・・・別にスネてなんかないわよ!あたしは怒ってるだけ!」
は、キッとゲンマを睨みつけた。
「俺は謝らねぇよ。オラ、打ち合わせに遅れるぞ」
「っ?!」
いつもどおりのぶっきらぼうなゲンマ――はキュとくちびるを噛み締めた。
ちょうど一週間前のことだったろうか・・・。
長期任務に出ていた友人を囲み、盛大に帰還祝いを催したのだ。それぞれに任務が忙しく、主だった面子が全員揃うなどということはないのだが、その夜はたまたま皆が勢ぞろいし、明け方近くまで騒いだのだった。
会がお開きとなった後、家が同じ方向のとゲンマは、人影のない夜道を歩いていた。
よほど楽しかったのだろう、少々酒を過ごした風のは千鳥足で楽しげに鼻歌を歌っている。
一方のゲンマは、そんなの様子を見ながら、後ろからゆっくりと歩いていた。
いつものように二人が別れる曲がり角へと到着したは足を止めた。
「じゃぁね、ゲンマ!また飲みに行こ」
「・・・待てよ」
いつもなら『おう!』と勢いのいい返事が返ってくるはずなのに、ゲンマの声は妙に低かった。
「何?どうしたの?」
くちびるに笑みを浮かべたままのの腕をグイとゲンマは掴んだ。
「ゲンマ?」
どうかしたの、と最後まで言うまえに、のくちびるはゲンマに塞がれていた。
「・・・っ!?」
咄嗟には逃れようとしたが、がっしりしたゲンマの腕が腰に回されており、もう一方の手はの後頭部をしっかりと押さえていた。
その腕から逃れるのが無理ならばと、せめて顔をそむけようとしたが、それすらもゲンマは許さない。
「・・・っ・・・!?」
所詮は男女の力の差か、はゲンマのなすがままだった。
どうしちゃったのよ、ゲンマ・・・?!
驚きに目を見開いたの視線の先には、瞳を閉じた静かなゲンマの顔・・・。
ドンドンと胸を叩いてみるが、一向に離してくれる様子はない。それどころか、くちづけはいっそう深くなっていく。
それは決して、酔っ払って冗談で済ませられるようなくちづけではなかった。
なにもかも奪いつくすようなくちづけ――は頭がクラクラした。
「・・・・・・」
ようやくゲンマがを離したとき、はガックリと膝をついてしまいそうだった。
「・・・い、いきなり何すんのよっ?!」
ゲンマは、が見たこともないような表情でそこに立っていた。
「・・・・・・」
の瞳から一粒涙が零れた。それを見たとき、ゲンマはハッとしたような表情を見せた。
はくるりと踵を返し、ゲンマの呼び止める声も無視して走り去った。
それから一週間、は極力ゲンマと顔をあわせないようにしていた。それがどうしても無理な時はふたりきりにならないように気をつけていた。
しかし、ゲンマはに話しかけることはなく、特に意識した様子もない。
は、一週間前に起こった出来事は夢だったのだろうかと思うようになっていた。
だが、時折ゲンマの視線に気づくことがあった――それは真っ直ぐで真剣なまなざし。
ゲンマはいつから自分をあんな風に見ていたのだろう・・・?
自分はそれに気づいていなかった?いや、気づきたくなかったのかも・・・。
数歩先を歩くゲンマの背中を見ながら、はわからなくなっていた。
はプルプルと頭を振った。
もうすぐ任務の打ち合わせが始まる。こんなことで、任務に支障をきたすわけにはいかない。
は大きく息を吸い込み、背筋を伸ばした。
「遅いぞ、」
「・・・別に遅れてないわよ」
ゲンマとまともにしゃべるのは久しぶりだ、とは思った。
今日は五月祭当日――すでにたくさんの人が集まっていた。
賑やかな音楽が流れ、客寄せの声があちこちで聞こえている。当然、楽しげな人々のざわめきも。
とゲンマはこれから任務につこうとしていた。
五月とはいえ、夏のような陽気。ゲンマは真っ白なTシャツにジーンズ、そしてスニーカーというラフなスタイル。
一方のも、涼しげなカットソーにプリントのスカート、足元は踵の低いサンダルといういでたち。
一般客の中に紛れ込まなければならないため、いつもの忍服ではない。
「行くぞ」
「・・・」
午後の五月祭は徐々に混雑し始めていた。さまざまな出店が営業を始め、それを冷やかす人々でごった返していた。
油断していると、前を行くゲンマの姿さえ見失ってしまいそうだ。はゲンマを見失わないように気をつけながら、周囲に気を配ろうとしていた。
「」
ゲンマが人ごみの中で立ち止まったかと思うと、左手をに向かって差し出した。
「な、なによ?」
「手。はぐれちまうだろ」
「なんでゲンマと手を繋がなきゃならないのよ?」
「俺を見失わないようにする分、周りが見えてねぇだろ、お前?」
「・・・・・・」
確かにゲンマの言う通りだった。ゲンマの背中を追っている分、周囲への注意が散漫になっているのは認めざるを得ない。
「・・・わかった」
はおとなしく自分の右手を差し出した。
の手を包むゲンマの手は一回り大きくて、の手はすっぽりと隠れてしまう。
周りから見たら、自分とゲンマは五月祭にやってきたカップルに見えるのだろう。いや、そういう風に装っているのだから、そう見えないと困るのだが。
は頬が紅潮してくるのが自分でもわかった。
「おまえ、何で顔赤いんだよ?」
「ちょ、ちょっと暑いだけだもんっ」
「ま、確かに今日は暑いな」
見上げた空はまるで真夏のようだった。
ゲンマとは、スリを三人捕まえ、恐喝しようとしている悪ガキを懲らしめた。
「あ・・・」
「どうしたの、ゲンマ?」
「ちょっと待ってろ」
の手をすっと離すと、ゲンマはわき道にそれて行ってしまった。が慌てて後を追うと、そこには幼い子供の前に膝をつくゲンマの姿があった。
「どうした、ボーズ?ん?」
その男の子――四、五歳といったところだろうか――は、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「は、はぐれちゃったの・・・」
「迷子になっちまったのか。オラ、泣くな」
口調はぶっきらぼうだが、子供を見つめるゲンマの瞳は優しい。ジーンズのポケットを探っているゲンマに、はハンカチを差し出した。
「坊や、お父さんとお母さんと一緒にきたの?」
しゃくりあげながら子供がうなずく。黒目がちの瞳からポロポロと零れる涙をゲンマが拭いてやっていた。
「よし、探しに行くぞ」
ゲンマはやおら子供を抱き上げた。
「探しに行くって、どうするのよ?」
ゲンマは子供を肩車して、人込みの方を向く。
「ボーズ、しっかり父ちゃんと母ちゃんを探すんだぞ」
急に視界が高くなり子供はしばらく目をパチパチさせていたが、うわぁと感嘆の声をあげた。
「よく見えるだろ?」
「うんっ」
さっきまで泣いていたのがウソのようだ。はクスクス笑いながら、子供を肩車したゲンマの隣を歩く。
子供はゲンマの肩の上ではしゃいでいる。
「いいね〜、とうちゃんに肩車してもらってんのかい、坊や?」
出店の主人が威勢の良い声で言った。
「・・・!?」
が思わず吹き出すと、ゲンマが憮然とした表情で睨みつけた。
「お!かあちゃんの方はえらいべっぴんさんだね!」
今度はゲンマの方がニヤニヤ笑いながら、を見ている。
「・・・っ!」
その出店の前を通り過ぎてもまだ笑っているゲンマの背中をパシッとはたいた。
「ゲンマってば笑いすぎでしょ!」
「だってさ、『かあちゃん』って言われた時のお前の顔ったら・・・」
思い出したのか、またプッと吹きだしたゲンマの背中を、はポカポカとなぐった。
「もういいってば!それより、そのコのご両親を探さなきゃ」
「おっと、そうだったな。おい、ボーズ?とうちゃんとかあちゃんは見つかったか?」
「・・・あっち!」
男の子はしばらくキョロキョロしていたが、ある一点を指差した。こちらに気づいた男女がほっと安堵したような表情を浮かべている。
おそらく、あのふたりがこの子の両親なのだろう。
「もう迷子になんかなるんじゃねぇぞ」
「うん!」
両親に手を取られて歩いていく男の子を見送り、とゲンマは任務に戻ることにした。
「さて、任務に戻るか」
「そうね」
いつの間にか太陽は傾き、周囲はオレンジ色の光に包まれていた。夜には花火大会が開催されるため、ますます人が増えていく。
「すごい人だな」
「ホントね」
ゲンマの差し出した手を、は今度は何も言わずに取った。
「・・・しかし、あのときのお前の顔ったらなかったぜ」
「何よ、そう言うゲンマだって『とうちゃん』って呼ばれた時の顔ったら、かなりの見物だったわよ」
軽口をたたきながら、人ごみの中を進んでいく。
少し前の――ほんの10日ほど前の――ふたりに戻れたような気がして、はホッと胸をなでおろしていた。
・・・もう忘れよう。ゲンマは飲みすぎてただけ。ちょっとあたしをからかっただけ・・・。
たった一度のキスに、たいした意味なんてないんだから。
【あとがき】
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2005年7月10日