please tell me 後編




太陽は西の空に沈み、辺りにはすっかり夜の気配が満ちていた。
昼間より混雑は幾分緩和されている。もうすぐ河川敷で花火が打ち上げられるから、そちらへ流れていっているのだろう。
「・・・・・・」
「どうした?」
「な、なんでもない」
は、つながれた手をどうするべきか悩んでいた。人通りも少なくなってきて、昼間のようにゲンマを見失ってしまう心配もない。
それなら手をつないでいる必要もないのだが、離すタイミングを見失ってしまい、あれからずっとふたりの手は繋がれたままだ。
一度、スッと手を引き抜こうとしてみたのだが、瞬間ゲンマの手に力がこめられ、の手を離そうとはしなかった。
ゲンマは静かにを見つめたが、何も言わずにフイと視線をそらし、また歩き始めた。
には、ゲンマが何を考えているのか、まったく見当がつかなかった。
――でも、それもあと少しの時間。
とゲンマの任務は夜7時まで。そこから後はまた別のチームが任務につくことになっている。
今夜、最初に打ち上げられる花火の時間が夜7時――それまでのガマンだ、とは自分に言い聞かせていた。
一瞬以前のようなふたりに戻れたような気がしたが、それも一時だけのことで、ふたりの間には奇妙な空気が流れていた。
が意識しすぎているだけなのかもしれないが、ゲンマと前のように気軽に話すことができない。
任務中なのだから無駄口を叩いているわけにもいかないのだが、不自然な沈黙が続いていた。
ヒュールルルル〜、パーン!
パァッと夜空が明るくなる。驚いて振り返ると、夜空には光の滝が流れていた。
「・・・綺麗・・・・・・」
「ああ・・・」
わぁ、と遠くから歓声が聞こえてきた。それから次々と、花火が打ち上げられる。
しばし光の饗宴に見とれていただったが。
「任務、終わりだね」
そっと手を離そうとしたが、再びそれはゲンマに阻まれた。
「ゲンマ?・・・もう任務終わったんだから、離して」
「離さねぇ・・・離せるワケねぇだろ」
「え?ちょっ・・・?!」
ゲンマはの手をつかむ手に力をいれ、グイグイと人気のない方へと歩き出した。
「どこ行くのよっ?!」
花火大会の方へ人が流れたのだろう、木の葉神社の広い境内にはチラホラとしか人影はない。
そんな中を、ゲンマはさらに人の居ない方へと歩を進めた。
「なんなのよ、いったい?!」
境内の森のなかへやってくると、ゲンマはようやくの手を離した。
「ゲンマってば、いったいどうしちゃったのよ?最近のゲンマ、全然ワケわかんないよ!」
「別にどうもしねぇよ」
「おかしいわよ!だって・・・っ」
は例のキスのことを言おうとしたが、恥ずかしくなって真っ赤になっていた。が言おうとしていたことに気づいたのか、ゲンマがぽつりと言った。
「・・・アレはお前が悪い」
「あ、あたしが何したってのよ?」
「お前さぁ・・・」
「な、なによ?」
「俺のこと、どー思ってるわけ?」
いつになく真剣な眼差しで、ゲンマが自分を見つめていた。内心の動揺を押し殺しながら、は平静を装って言った。
「ゲンマとはいい友達だか・・・」
「マジでそう思ってんのか?お前、俺の気持ちに気づいてんだろ?」
「・・・!?」
――時折、ゲンマが自分を見つめていることには気づいていた。そして、それがひどく熱っぽい視線であることも。
は、自分の誤解だ、と思おうとしていた。ゲンマは何かを言葉にしたこともなく、行動に移したこともなかったから・・・。
自分はそれを都合よく解釈しようとしているだけなのだ、と。
「『俺の気持ち』って何よっ?!そんなの知らないわよっ」
?」
は真っ赤になって叫んだ。
「あたしはね、心理分析は苦手科目だったのよ!言葉にしてくれなきゃわかんないのよっ」
「言葉にするまえに、お前が逃げ出しちまったんだろーが!」
「なっ・・・」
ゲンマが真剣な瞳で自分を見つめていた。
「――お前が好きだ」
「・・・」
「なんだ、今度は逃げねぇのか?」
クッ、と人をからかうような笑みを浮かべたゲンマをは睨みつけ、その頭をペシッと叩いた。
「なにすんだよっ」
「ゲンマが悪いんだもんっ!」
はなみだ目になりつつ、ゲンマを睨んだ。
「普通はコトバが先でしょ!それをいきなり・・・」
「だから、あれはお前が」
「あたしがなんで悪いのよ!」
「だから・・・っ」
真っ赤な顔でこちらを睨みつけているから、ゲンマはフイと視線をそらした。
「・・・お前が野郎どもに囲まれてチヤホヤされてて、なんか腹が立ったというか」
ゲンマの頬がうっすらと赤いのは、の見間違いではないだろう。
「あの飲み会のときは、あたし、確かにはしゃいでたけど、チヤホヤなんて・・・」
酔っ払っていて記憶はあまり定かではないが、ゲンマの言うような記憶はなかった。
「お前の周り、野郎ばっかだったろーが!」
ムッとしたような顔でゲンマが言い、はカチンときた。
「そういうゲンマだって、女のコに囲まれて、鼻の下伸ばしてたじゃないのよ!」
「俺がいつそんな・・・」
ふと何かに気づいたように、ゲンマはニヤッと笑った。
「・・・お前も俺のこと、見てたんだ」
「!?」
かぁぁとさらに真っ赤になったは恥ずかしくてたまらず、思わずその場から逃げ出そうとしたが、それよりも早くゲンマの手が伸びてきての腕をつかんだ。
「二度は逃がさねぇよ」
「!」
「ったく、いつまでも意地張ってるんじゃねぇよ。いい加減認めろよ?
 俺に惚れてるってことをさ」
「・・・なんかすっごく悔しいんですけど!」
恥ずかしさと悔しさが相まって、ゲンマを視線を合わせられないはプイとそっぽを向いたままだ。
クスリと楽しげな笑い声がしたかと思うと、はゲンマの腕の中にいた。
「素直じゃねぇなぁ」
「お互い様ですっ!」
クスクス笑っていたゲンマだったが、やがて真剣な声音で言った。
「なぁ、お前の気持ちを教えてくれよ。ハッキリと、お前の口から聞きてぇ」
「・・・・・・あたしも・・・好き」
それは花火の音にかき消されてしまいそうな小さな声だったけれど、ゲンマの耳にはしっかりと届いた。
「そうか・・・。ありがとよ」
ゲンマは、の頭のてっぺんにチュと軽くキスをした。
「ひゃ!」
「おい、行くぞ」
「え、え?」
「花火見に行くのに決まってんだろ」
はやく行かねぇと終わっちまうぜ、と言いながら、ゲンマはに手を差し出した。
はちょっと恥ずかしそうにしていたが、ゲンマの手を取った。
「・・・あたし以外の女と、手なんか繋いだら許さないからね」
「バーカ」
夜空に咲く光の花を見上げながら、ゲンマは楽しげに笑った。




【あとがき】
企画の『今日のひとこと』用に書いたセリフから、お題は『おてて繋ぎましょ?』でゲンマ兄さんを書いてみました。
ゲンマ兄さん・・・いつもいつも悩みながら書いているのです(笑) 
ゲンマ兄さんてこんな感じでいいのかしら?・・・それでも懲りずに書いているわたしです(^^;)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2005年7月10日