A man who keeps cat
「こんにちはー!」
玄関の引き戸をガラッと開けて、大きな声で叫ぶ。
「おう、上がってこいよ」
ゲンマの声が奥から聞こえてきた。お邪魔しますと言いながら、あたしは靴を脱いだ。
ゲンマの家に来るのは久しぶりだったから、なんとなくキョロキョロと見てしまう。
子供の頃と全然変わらない・・・。
ゲンマと付き合い始めてしばらく経つけれど、ゲンマがあたしのアパートへやってくる方が断然多かった。だから、あたしの実家とご近所とはいえ、ゲンマの家に来るのはものすごく久しぶりだった。
「お邪魔しまーす」
飴色に磨きこまれた廊下を進んで、奥の和室へと入る。
「よお、」
「おかえり、ゲンマ」
なんとなくヘンな会話だけれど、ゲンマは任務明けで帰ってきたばかりだったから、あたしは『おかえり』と言った。
「お言葉に甘えて来ちゃったけど、疲れてない?さっき帰ってきたところじゃないの?」
ゲンマの髪がしっとりと濡れているのはお風呂上りだからなのだろうと思う。今日のゲンマはジーンズにパーカーというラフなスタイルだ。
「ん?そんなに疲れてねえよ。それよりさ、ホレ」
ゲンマが指差した方を見て、あたしはキャー!と黄色い声を上げてしまっていた。
「・・・よっぽど好きなのな、お前」
ゲンマがクスクスと笑って、あたしはちょっと恥ずかしくなってしまった。
「だって、大好きなんだもん、この作家」
しばらく前にゲンマと一緒に出掛けたときに、たまたま本屋へ入ったのだ。
「あたし、この作家好きなのよ!このシリーズ、とっても面白いの」
「ふ〜ん・・・って、俺、もう全部読んだ。って言っても、出てる分だけだけどな」
「えっ!?」
あたしが好きだと言った作家のシリーズは全100巻の予定という壮大なストーリーで、今は半分くらいまで出てるのかな。あたしはやっと10巻まで読んだところだった。
「ゲンマって、意外に読書家だよね」
「お前な・・・『意外』は余計だろーが」
家にあるから貸してやるというゲンマの言葉に甘えて、任務明けのゲンマのところへお邪魔したのだ。
「ま、ゆっくり選べよ。お茶でも淹れてやるからさ」
「うん、ありがと!」
押入れを改造したと思われる書棚には、たっぷりと本が詰まっていた。
「すごいなぁ・・・」
ありとあらゆるジャンルの本があった。歴史モノから雑学まで、手当たり次第に集めたとしか思えない。
それも、ゲンマらしいと言えば、ゲンマらしいかな・・・?
あたしはなんだか楽しい気持ちになって、本のタイトルをチェックし始めた。
「ん?」
夢中になって本を選んでいるあたしの視界を、何か黒いモノが横切ったような気がした。
キョロキョロと部屋の中を見てみたけれど、何もない。
一瞬、ゴ○○○かと思って、焦っちゃったよ・・・。
「う〜ん、どれから読むかなぁ・・・」
ゲンマの本棚には、あたしも結構好きな作家の本があったりして、ちょっと嬉しくなったりする。
一冊手にとってパラパラと見てみる。そんな時・・・。
「キャー!?」
「オイ、どうした!?」
あたしの悲鳴を聞いて、台所から駆けつけてくれたゲンマにあたしは思わず抱きついた。
「な、何か居る・・・!」
本を読んでいたあたしの足を何かがふっと触っていったのだ。
「ハ?」
「な、何か柔らかいものがあたしの足を触ったんだってば!」
怖くて、気持ち悪くて、あたしはゲンマの背中にしがみついた。
「何かって、なんだよ?」
「そんなの、わかんないよっ」
ゲンマは何かピンときたようで、クックックッと楽しげに笑った。
「え?なに?!」
「ま、ちょっと待ってろよ」
ゲンマは隣の和室へと入っていったかと思うと、すぐ戻ってきた。
「コイツだよ、お前の見たの」
「え?ねこ・・・?」
「そ」
ゲンマが胸に抱いていたのは、艶々と毛並みの美しい黒猫だった。
「ゲンマがねこ飼ってるなんて知らなかった」
「そういや、お前に言ってなかったな」
ゲンマは腕の中のねこを愛しげに撫でながら言う。
「なかなか美人だろ?」
「うん」
真っ黒な毛並みに赤い首輪、そして金色の瞳。うん、可愛いっていうより、綺麗なねこちゃんだ。
そういえば、ゲンマは子供のときから犬とかねことか好きだったんだよな〜と思い出した。
捨て犬とか捨て猫とか絶対ほっておけないタイプで、あたしも里親探しに何度もつきあわされた覚えがある。忍びという職業柄、留守がちだからと自分で飼ったことはなかったのに。
「任務のときはどうしてるの?」
あたしも手を伸ばして、ねこちゃんの背中を撫でさせてもらう。
「受付所の中忍の奥さんが猫好きで、長い任務のときは預かってもらってる。
短い任務のときは、お前んちのおばさんに頼んでる」
「そうなんだ。全然知らなかった」
ゲンマに撫でてもらうのが気持ちいいのか、ねこちゃんはうっとりと目を細めて大人しく抱かれている。
「全然鳴かないんだね」
「そうだな。名前呼んだときくらいか、鳴くのは」
「ふ〜ん。あ、名前はなんていうの?」
「っ?!」
「え?」
聞いたこっちが驚くほど、ゲンマはビクッとなった。
「だから、名前・・・」
「俺、お湯沸かしっぱなしだった。お前、カフェオレでいいよな?」
「あ、うん」
「淹れてくるから待ってろ」
ゲンマはホイとあたしにねこを渡すと、慌てて台所へ戻っていってしまった。
「変なゲンマ」
とっても大人しいねこちゃんで、あたしに抱っこされても逃げようともせずに寛いでいる。
う〜ん、ねこって和む・・・。
「ホント、全然鳴かないね、おまえ?」
「・・・・・・」
ぽかぽかと陽の当たる和室はあったかくて、おまけに膝の上にはねこ。
これはもう日向ぼっこするしかない・・・!
あたしは適当に本を一冊選ぶと、ねこを抱いて、陽の当たる場所に腰を降ろした。
膝の上のねこを撫でながら、ゆっくりと本を読む。ここだけ、時間がゆっくり流れているような気がした。
「うわっ!」
突然、背中を蹴られて(といっても、ポンと踏まれたくらいなんだけど)あたしはびっくりした。
「お前、さっきから呼んでるのに聞こえねぇのかよ?」
コーヒーのいい香りがした。ゲンマがカフェオレを淹れてきてくれたのだ。
「、お前、砂糖入れるんだったっけ?」
「うん、ひとつだけ」
「みゃー」
「え?」
あたしの膝の上のねこちゃんが鳴いた。
「ね、ね、聞いた?今、鳴いたよね?」
「・・・・・・」
ゲンマはプイと横を向いてしまった。
あれ・・・?名前呼ばれたときくらいしか鳴かないって言ってなかったっけ?
もしかして・・・?
「・・・?」
恐る恐る自分の名前を呟いてみる。
「にゃー」
ねこちゃんは金色の瞳であたしを見つめていた。
「ゲンマ?」
カァーッとゲンマの顔が赤くなる。
「このコの名前って、もしかして・・・?」
「ああ、そうだよっ!コイツはっての!」
耳まで赤くなったゲンマがやけっぱちに答える。
「みゃー」
自分が呼ばれたと思ったのか『』が鳴いたので、あたしは思わずプッと吹き出してしまった。
「お前、笑いすぎだろ・・・!」
「きゃー!襲われる〜!」
ゲンマに後ろから抱きつかれて、あたしは笑い声を上げた。
「もしかして、ゲンマって乙女・・・?」
「なっ?!」
これ以上言うとホントにゲンマの機嫌が悪くなってしまいそうなので、あたしはゲンマにギュウと抱きついた。
「でも、嬉しい」
「・・・・・・」
あたしの膝の上にいた『』が、ゲンマの膝の上にするりと飛び乗った。やっぱりゲンマの方に懐いてるんだよね。
それから、あたしたちふたりと一匹は、のんびりと日向ぼっこを楽しんだ。
「うん、贅沢な午後のひとときだわ」
「何だ、それ?」
ゲンマが笑いながらあたしに聞く。
「お気に入りの作家の本と、おいしいカフェオレ。それに綺麗なねこちゃん。
完璧じゃない?」
「おいおい、俺は入ってねぇのかよ?」
う〜ん、とあたしは考えるフリをしてから答えた。
「ま、仕方ないから入れてあげるわ」
「お前な」
あたしたちはクスクスと笑った。
――こんな穏やかな、何にもない一日。
それがとっても贅沢だってことをあたしはちゃんと知ってる。
【あとがき】
どのジャンルが読みたいかこっそりアンケートを設置させていただいたところ、
半数くらいの方が「やっぱNARUTOデショ!」というご回答・・・。
というワケで、久しぶりに書いてみました、ゲンマ兄さん。
いいオトコがにゃんこと戯れてる図っていいと思いませんか?!(笑)
洗いざらしのジーンズで素足。そこにじゃれつくにゃんこv
・・・こんなふうに思うのはわたしだけでしょーか?(^^;)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年2月12日