甘い声
「なんや、まだ居ったんかいな、?」
市丸ギンがふらりと三番隊詰所に戻ったとき、室内はガランとしていて、残っているのは隊員であるだけだった。
「お帰りなさいませ、市丸隊長」
は立ち上がり、一礼した。
「イズルはどないしたん?だけ残して帰ったんかいな、アイツ」
「吉良副隊長はお疲れのご様子でしたので、お帰りいただきました」
がそう言うと、ギンは『えー?』と子供っぽい声をあげた。
「どー考えても、の方が働いてるやん。はイズルを甘やかし過ぎやで?」
「と言うより、市丸隊長がさっさと書類を決済してくだされば、わたしもとっくの昔に帰ってるんですが」
しゃあないなぁ、とギンは髪をくしゃりとかきあげた。
「ほな書類持ってきて。ちゃっちゃと片付けて帰ろか?」
ギンが隊長室に入っていくのを見届けると、は決済が必要な書類をまとめた。
ドサリ、と目の前に置かれた書類の束にギンは眉をしかめた。
「こんなにあんの?」
「自業自得だと思われますが」
冷たく言いながらも、はコトンと湯気の立つ緑茶の入った湯飲みを机の上に置いた。
「やっぱ気ぃ利くわ、は」
ずずっと熱い緑茶をすすりつつ、ギンはポンポンと書類の決裁の印を押していく。はギンがサボらないように見張るつもりなのか、傍らでその様子を見ていた。
調子よく印を押していたギンの手が不意に止まる。
「なんやの、コレ?」
ギンがヒラヒラと振って見せたのは一枚の書類。チッ、と舌打ちが聞こえたのは気のせいか。
「・・・わたしの除隊願いですが」
「ボク、認める気ぃないって言わへんかった?」
「市丸隊長・・・」
「ふたりきりのときは『ギン』て呼びって言うたやろ、」
ギンにちらりと睨まれ、は表情を固くした。
――除隊願いを出すのはこれで何度目だろうか。
そのたびに同じ会話が繰り返される。は雑多な書類の中に除隊願いを紛れ込ませて、うっかりギンが押印しないものかと狙っているのであるが、適当に押しているようでいて書類には目を通しているだろう、その作戦は失敗してばかりだ。
「ですが、わたしはこれ以上三番隊にいても、市丸隊長のお役には立てませんから」
「なんべん同じ話したら、気ぃ済むん?ボクはを辞めさせる気はないで」
が除隊願いを出し続けて何ヶ月も経つ。そして、その度にギンはそれをの目の前でふたつに引き裂いた。
「それに、ボクはと別れる気もないんやけど?」
「・・・」
ふたりが密かに付き合っていたのを知っていたのは吉良ぐらいだろうか。
ある時、は一人で虚退治に出掛けた。事前にもたらされた情報では大したことのない虚が一匹とのことで、は自分ひとりで充分だと判断したのだった。は死神としては優秀で、最後まで吉良と副官の座を争ったほどだった。自分の力量に過信があったのかもしれない。
そして、不運なことに、その情報は誤っていた。
実際そこには小者の虚がいたが、それだけではなかった。いつの間にか、はたくさんの虚に取り囲まれていたのだ。
・・・自分が死んだら、ギンは悲しんでくれるだろうか?
地面に傷口から溢れた血が吸い込まれていく。ドクドクと自分の命が流れ出ていくような音を聞いたような気がした。
遠のいていく意識の中で、は愛しい男の霊圧を感じた。
「あらまぁ、えらいやられようやね」
「・・・い・・・ちまる・・・たい・・・ちょ・・・・・・?」
「しゃべらんでもええ。すぐ助けたるよって」
じわりと涙が溢れてきた。
「泣かんでもええんやで、。ボクに任しとき」
その声は、が今まで聞いたギンのどの声よりも優しかった。
ギンが駆けつけてくれたお蔭では一命を取りとめたが、そのときのケガがもとで、死神としての能力がほとんど使えなくなってしまった。日常生活に支障はない程度には回復していたが、斬魄刀を使えない死神など存在価値は無い。
ケガから数ヵ月後には復帰したが、実戦部隊から事務方へと回された。そのこと自体は仕方がないと思っていたのだが、これ以上ギンの傍には居られないとは思い、何度も除隊願いを出していた。
「今のわたしは、どんなに弱い虚とも戦えないでしょう。そんなわたしが三番隊に所属している
わけにはまいりません」
「それはまぁその通りやけど、ボクと別れるんは関係ないことやろ?」
「それは・・・」
「それは・・・の続きは何やの?」
まっすぐにギンに見つめられ、は思わず目をそらした。
「・・・わたしでは、市丸隊長には・・・ふさわしくありませんから・・・」
「その『ふさわしい』って何やの?どないな意味なん?」
ギンは立ち上がり、の目の前に立つ。すぅっとその目が細められて、はゾクリと冷たいものが背筋を伝う。
「除隊願いが認められたら、はボクの前から姿消す気やろ?」
「・・・っ!?」
「なぁ、・・・。ボクはそんなに頼りないオトコなん?」
にとって市丸ギンという男は尊敬に値すべき人物だった。彼と共に戦うことを誇りに思っていた。
そして、その思いがいつしか愛情へと変わっていくのに時間はかからなかった。
「それとも、ボクのこと、もうキライになってしもた?」
「そんな・・・っ!」
そんなことありえない、とは思った。
ギンが好きだった。愛していた。
その銀色の髪を梳くのが好きだった。その柔らかな声音で名を呼ばれるのが好きだった。
涙が溢れそうになり、は俯いて、ぐっとくちびるを噛みしめた。
戦えない死神など意味はない。戦えない自分が隊長である市丸ギンの隣にいるわけにはいかないのだ。
・・・離れることを決めたのは自分だというのに、どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。
ハァ〜と深いため息が聞こえ、は顔を上げた。
「強情なコやね、は」
「え・・・?」
不意にギンの両腕が伸びてきたかと思うと、はその腕の中に捕らわれていた。
「もう降参し?素直に『ギンちゃんが好き。ギンちゃんと一緒に居たい』って言い?」
「・・・わたしにそんなこと言う資格ない・・・っ」
「なんでやの?戦えんようになってしもたに存在価値はないん?」
「・・・・・・」
ギンの細くて長い指が、の乱れた髪を梳いていく。
「ボクは『死神の』を好きになったんと違うんよ。がやったから、好きになった」
髪を梳いていた手がの頬に触れた。その指先はほんの少し、冷たかった。
「ボクはが好きや。がボクのこと『好き』言うてくれたら、
ボクはいつまでものそばに居るよ?」
「ギ・・・ン・・・・・・」
ギンの柔らかな声が、甘い毒のようにじわりと沁みこんでくるような気がした。に勝ち目などあるわけがなかった。
「好・・・き・・・・・・ずっと・・・一緒に・・・居たい・・・」
「よう言えました」
ギンはさらに目を細めて楽しげに笑った。の瞳から涙が零れ、ギンの細い指先がそっと涙をぬぐった。
「がはよ言うてくれへんから、ボク、セクハラしてんのかと思うたわ」
ギンの口から零れた意外な言葉に、は目を丸くし、ついで吹き出した。
「なんで笑うん?あ、ボク、の上司やから、パワハラになんの?」
至極真面目な顔で言うギンがおかしくておかしくて、は泣き笑いの表情になった。
「やっぱり、は笑うてるほうが可愛いらしいわ」
「っ!?」
――だから、お願い。わたしの名前を呼んで。
わたしがあなたの隣に居てもいいのだと、何度でも教えて。
【あとがき】
突然関西弁萌えがやってきて、企画そっちのけでギンちゃんを書いておりました。
わたくし、一応関西人でございますが、京の都からは遠く離れておりますので、
ギンちゃんの言葉遣いがよくわからず・・・(^^;)やっぱHさんに添削お願いしたら良かったかなー?(笑)
そして、コミックも読み返さずに書いたため、ギンちゃんがギンちゃんぽくなっているのかいないのか
よくわかりません・・・たぶん、なっていないと思いますが(笑)
新年一発目からチャレンジャーなわたしですが、今年もよろしくお願いします(笑)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年1月3日