目は口ほどにモノを言う



「いただきまーす」
誰もいないガランとした三番隊の詰所で、はにこにこしながら小さな箱のふたを開けた。
「わぁ〜!どれから食べようかなー?」
箱の中には、見た目も美しいトリュフチョコが詰まっていた。虚退治に現世に出かけたときに、こっそりと買ってきたのだ。
は三番隊の隊員である。あまり感情が顔に出ないタイプのため、周囲にはクールな女性と思われているが、実は甘いものには目がなく、さらには可愛いモノも大好きだったりするのだ。
けれど、今さら他の隊員に自分の嗜好がバレるのも恥ずかしいような気がして、ここではいつも『クールな』女のフリをしている。幸い、他の隊員は皆帰ってしまったため、とっておきのチョコレートをつまみながら、たまっている書類仕事を片付けようとしているところだった。
そういえば、今日はバレンタインデーだったっけ・・・。
ふと、そんなことを思い出した。現世では女性から好きな男性に告白する日だという。脳裏にひとりの男の顔が浮かんだが、は慌ててそれをかき消した。
好き…っていうより、そう、憧れよ!憧れてるだけなんだから…!
無理やり自分にそう言い聞かせ、はトリュフチョコをカリッと齧った。


「おいし〜!」
コーティングされたチョコに歯を立てると、中からヘーゼルナッツ風味のクリームが出てきた。幸せでたまらないという表情をして、はなみなみとカフェオレが注がれたマグカップへと手を伸ばした。
「あれー?しかおらへんの?」
「っ!?」
突然、背後から間延びした声が聞こえて、はびくっと震えた。
「い、市丸隊長!?」
「なんや、そないにびっくりして?油断しすぎやで、自分」
市丸ギンはへらりと笑う。
「も、申し訳ありませんっ」
先ほどまでのにこやかな表情はどこへやら、は固い表情で答えた。
確かに、市丸ほどの霊圧を感じないとは、いくら詰所に居るとはいえ気が緩みすぎだとは反省していた。あまり表情には出ていないだろうが、市丸はそれに気づいたらしい。
「かまへん、かまへん。詰所に誰か残ってたら、ちょっと驚かせてやろ思うて
 わざと霊圧消してきたんや」
市丸は悪戯っぽく笑うと、周囲を見回した。
「そやけど、以外おらへんのか。イズルは帰ってしもうたん?」
「あ、はい。今日はもうお帰りに・・・。
 隊長はこのような時間にどうされたのですか?」
「ボク?ああ、つまらん会議に出とったんよ。
 だらだら長いだけで、なんも意味あらへん」
肩が凝ったのか、市丸は自分で肩をトントンと叩いている。
「よろしければ、お茶でもいかがですか?
 それとも、もうお帰りになりますか?戸じまりはしておきますが」
「そやな・・・。ほな、茶でもいれてもらおか」
「はい」
は慣れた手つきで茶をいれると、あまり座られることのない隊長席にコトンと湯呑を置いた。
「おおきに。ええ香りや」
軽く会釈をし、は自分の席に戻った。カフェオレを一口飲んでから、また書類仕事に取り掛かる。そして、無意識に左手でチョコレートをつまみあげていた。
「・・・なんや、甘いにおいがすると思うたら『ソレ』やったんか」
気がつくと、市丸が目の前に立っていた。
「っ?!」
つい書類仕事に夢中になりすぎていたらしい。市丸の存在をすっかり忘れ、は甘いチョコレートを口に運ぼうとしていた。
「こ、これは・・・っ」
市丸もきっと自分のことを『クールな女』だと思っているに違いない。そんな部下が、幸せそうな顔をしてチョコレートに齧りついているとは想像もしなかっただろう。はとても恥ずかしくてたまらなかった。我知らず、頬が朱に染まる。
「そんな顔もできるんやね、自分」
市丸の細い目がさらに細められ、ひやりと冷たい指先がの頬を撫でた。ビクリとの身体が震えた。
「あ、あの・・・」
「ん?なんや?」
市丸の指先はの頬に触れたままで、その甘い囁きは恋人同士の睦言のようにも聞こえた。の心臓は早鐘を打つように高鳴っていた。
こんなときはどうしたらいいの・・・!?
世慣れた女性であればこんなときに気の利いたことを言えるのだろうが、はそのような方面には疎い。どうしよう、どうしようと悩んでいるうちに、口をついてでたのはこんな言葉だった。
「た、隊長もおひとついかがですか?」
左手でつまんだチョコレートはすこし溶けかけていたが箱に戻すこともできない。は左手でチョコレートをつまんだまま、右手で市丸にチョコレートの詰まった箱を差し出していた。
市丸は一瞬目を丸くし、そして、小さくぷっと吹き出した。
「え?ええ?あの、わたし、何かおかしなことを言いました?」
「・・・ホンマ、おもろいわ、自分」
肩が小さく震えている。どうやら、市丸は必死に笑いをこらえているようだった。
「なぁ、。今日はなんの日か知っとるん?」
「今日、ですか?」
一瞬、なんと答えるべきか悩んだのだが、この状況で知らないと答えるわけにもいかないだろう。は素直に答えることにした。
「今日は・・・現世ではバレンタインデーという日らしいですね」
「そや。ほな、バレンタインデーはなにする日か知ってるん?」
「ええと・・・その、女性が好きな男性にチョコレートを渡して、
 愛を告白する日だとか・・・」
はこれ以上ないというほど真っ赤な顔をして答えた。その答えをきいた市丸は、満足そうにくちびるの端をあげた。
「なんや、ちゃんと知っとるんか。そんならええ」
市丸はにやりと笑うと、の左手首をつかんだ。
「たいちょ・・・?」
市丸は何をするつもりなのだろうか。はわけがわからず、ぼんやりとそれを見つめていた。市丸はつかんだ左手を上にあげさせると、人差指と親指でつままれたチョコレートを自分の口元に近づけた。
「ほんなら、イタダキマス」
「っ!?」
市丸は、溶けかけたチョコレートと一緒にの指を口に含んでいた。熱い舌先がの指をちろりと舐めた。
「甘いナァ・・・」
「・・・!!」
市丸は満足そうにつぶやき、名残惜しそうにの指先に軽くくちづけてから、くちびるは離れていった。予想外の展開には驚いて、真っ赤になったまま硬直している。
「来月のホワイトデーは楽しみにしといてな」
市丸の甘い囁きに、ようやくはハッと我に返った。
「あ、あの、わたしはそのようなつもりでは・・・」
「えー?違うん?」
さきほどまでの艶めいた雰囲気とは一転、不満そうに子供っぽくくちびるを尖らせた市丸には眼を瞬いた。
「そやけど、はいっつもボクのこと、見つめてたやろ?」
「っ?!」
うっとは言葉に詰まる。
「『目で殺す』っていうん?この目で見つめられて、ボクはドキドキしとったのに」
至近距離で顔をのぞきこまれて、の瞳には市丸の姿が映っているに違いない。違うん?と尋ねられると、はもう否定することはできなかった。
――確かに最初は憧れだった。
市丸の強さがまぶしくて、自分もあんなふうになりたいと思ったのだ。それがいつの間にか変化していたことに気づいていたのに、気づかないふりをしていたのだ。
「ち、違いません・・・」
なけなしの勇気を振り絞ってが答えると、市丸は細い目をさらに細くして、嬉しそうに笑った。
「ホンマに可愛らしいなぁ、は・・・」
「か、可愛いなどと言われたことはありませんが」
『クールだ』とはよく言われるが、『可愛い』と言われたことは一度もない。は素直に答えたのだが、市丸にはそれがまたツボだったらしい。くくっと楽しげに笑って、市丸は赤く染まったの頬をそっと撫でた。
「そんな可愛らしい顔、ほかのヤツに見せたらアカンで?」




【あとがき】
えーと、失礼ですが、どちら様ですか?って感じです←デジャブを感じる(笑)
こちらもサイトの4周年記念リクエストでいただいた市丸隊長です。
京都弁が激しくあやしいです(笑)大阪弁とは違うと思うんですけどね。
コミックを読み返していないというダメっぷりですが、お許しくださいませ(汗)
バレンタインに滑り込みセーフ…(汗)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2009年2月14日