薬指の約束




「だーっ、遅いっ!」
草薙一はジーンズのポケットから取り出したケータイをパチンと乱暴に閉じた。
「連絡ぐらいしろっつの・・・」
待ち合わせの時間を30分近く過ぎていた。2回メールを送って、1回コールしてみた。けれど、返事はまだない。
一の目の前を、楽しげな家族連れやカップルが続々と歩いていく。どことなくはしゃいだ雰囲気がするのは、皆の行き先が秋祭りだからだろうか。楽しげな歓声をあげながら、子供たちが駆けていく。
あと3分待って来なければ迎えに行くことにしよう。一はそんなことを思いながら、秋の気配のするオレンジ色の町並みを見つめた。


「秋祭り?」
『うん!今度の土曜日にね、ウチの近所の神社であるんだ。
 もし良かったら、一緒に行かないかなと思って』
電話の相手は、一の年上の恋人だった。まだ学生の一と社会人のではなかなか時間が合わなくて、思うようにデートの時間を取れないのが悩みだ。
「オレはいいけど、仕事はいいのかよ?」
『大丈夫、今度の土日はちゃんとお休みもらえたから』
「働きすぎだっての、は」
『う〜ん・・・そんなこともないよ』
「・・・だって、ここんとこ電話かメールしか・・・してないじゃん」
なんだか自分の言葉が恥ずかしくなって、一はどんどん声が小さくなってしまう。
『ふぅ〜ん?一くん、あたしに逢いたいんだ?』
くすっと小さく笑い声が聞こえたかと思うと、からかうようなの声が聞こえてきた。
「なっ?!バ、バ、バッカじゃねえの!?
 いつオレがそんなこと言ったよ?!」
『なんだぁ・・・一くんに逢いたいって思ってたのはあたしだけかぁ・・・』
そうかぁ、と消え入りそうな寂しげな声でに言われると、一はつまらない意地を張ったことをすぐに後悔する。
「い、いや、オレだって・・・に逢いたいし・・・」
カァと頬が熱くなる。周りに誰もいないのが救いだった。こんなところをB6のメンバーに見られていたら、末代までからかいのネタを与えたことになってしまう。
『ホント!?』
「お、おう・・・」
嬉しい、と弾むような声が聞こえてきた。年上のにいいようにあしらわれているような気もするが、自分に逢いたいと言ってくれるのは嬉しかった。
土曜日の約束をして、一は楽しい気分で電話を切った。



一はの家に迎えに行こうと思っていたのだが、は神社の鳥居のところで待ち合わせようと言ってきた。さほど大きな神社ではないが、立派な鎮守の森があり、境内はかなり広い。
そろそろ陽が傾いてきて、提灯に火が灯されはじめた。どことなく懐かしい風情を感じる。
姉弟なのだろうか、浴衣姿の女の子が弟と思しき男の子の手を引いて、一の前を通り過ぎていく。勝手にどこかへ歩いてしまいそうになる弟の手をしっかり握って逃がさないように頑張っている女の子が可愛らしくて、一は思わずクスリと笑った。
「なに笑ってるの?」
いきなり声をかけられて驚いて振り返ると、そこに居たのはもちろん、だった。
「ったく、誘っておいて30分も遅刻かよ!?待ちくたびれたっつうの!」
「ゴ、ゴメン・・・」
いきなり頭ごなしに怒られては小さくなっていたのだが、一が黙ったままなので、恐る恐る顔を上げてみたのだが・・・。
「・・・・・・」
「どうしたの、一くん?」
「っ!?い、いや、別になんでもねぇよ」
視線をそらせた一の様子がおかしくて、は首を傾げた。じーっと見つめ続けていると、根負けしたのか一がプイと横を向いたままでつぶやいた。
「い、いつもと違うカッコしてるからさ・・・。
 なんつーか、その・・・」
今日のは浴衣を着ていた。濃紺になでしこ柄の落ち着いた風情の浴衣だ。普段は下ろしている髪も小さくまとめてあって、いつもと雰囲気が違う。
「ちょっと見とれてたっつうか・・・可愛いじゃん・・・」
「あ、ありがと・・・」
照れくさそうに呟かれた一の言葉に、の頬はほんのりとピンク色に染まっていた。
反則じゃねぇのか、それ・・・っ!
人目もなにもかも無視して、ぎゅっと抱き締めたい衝動にかられる。普段のはどちらかといえば落ち着いた雰囲気で、その隣にいることはとても心地がいいのだが、時折自分ばかりが甘えているようで苦しくなるのだ。
けれど今、一の目の前で恥ずかしそうにうつむいているはとても可愛らしくて、とても年上とは思えなかった。
「・・・ああ、もう!行くぞ!」
照れくさくてたまらなくなった一はの手を取ると、歩き出した。辺りは薄暗くなり始めていて、自分の赤く染まった頬をに見られずに済むことに一は感謝したい気持ちだった。
「今日は遅れちゃってゴメンね」
「ん?あ、ああ・・・」
「浴衣の着付けに思ったより時間がかかっちゃって。
 せっかく一くんと一緒にお祭に行くんだから、
 浴衣着たいなぁと思ったまでは良かったんだけどなぁ・・・」
カランコロンとの下駄が鳴る。神社の境内に入ると、そろそろ人が増え始めた。
「似合ってるからいいんじゃねぇか。
 ま、メールぐらい送って欲しかったけどな」
「ゴメン・・・。なんかすごく焦っちゃってて」
久しぶりのデートに舞い上がっていたのは自分だけではないとわかって、一はなんだか胸の奥が暖かくなるような気がした。
「お!なんかイイ匂いするぜ」
「あ、ホントだ。なにか食べようか、一くん。
 おわびになんでもオゴっちゃうよ!」
「もう気にすんなって。ホラ、行くぜ!」
「うん」
ふたりは食欲を刺激する匂いに惹かれるようにして、神社の境内を進んだ。



ふたりはソースの焦げる匂いにひかれて、まずはたこ焼きを買っていた。
「これ、すげーうめェぞ!も食えよ」
「う、うん・・・」
は頷きながらも、口元を押さえて肩が小刻みに震えていた。
「なんだ?どうかしたのか?」
気分でも悪いのかと思って一がの顔を覗き込むと、がこらえ切れなくなったように吹き出した。
「なっ、なんだよ?!」
「だ、だって・・・!」
ぷぷっとが吹き出す。
「一くんってば、なんか可愛いんだもん〜!!」
食欲旺盛なところを発揮して、一がリスのように食べ物を口にたっぷりと詰め込んでモグモグしている様子がツボだったらしい。ちょっとムッとしたのか、一がくちびるを尖らせて言う。
「・・・が食わねえんだったら、オレが全部食っちまうぜ」
「あー!だめ、だめ!あたしも食べる〜!」
子供のように騒ぎながら、ふたりで夜店を冷やかすのはとても楽しかった。おなかがいっぱいになった後は金魚すくいをしてみたり、ヨーヨー釣をしてみたりと、久しぶりのデートをふたりは思いっきり楽しんだ。
「あのお店、ちょっと覗いてみてもいい?」
「ああ、いいぜ」
が足を止めたのは、アクセサリーを置いている露店だった。子供向けのオモチャの指輪やネックレス、他にはシルバーのアクセサリーなども置いているようだった。
「わぁ〜、可愛い!」
が手に取ったのは、シルバーのチャームのついた携帯ストラップだった。
「いらっしゃい!おねえさん、可愛いからオマケするよ〜!」
「えっ!ホント!?」
店主はと同じ年頃の男だった。は楽しそうに店主と話し始めた。
おもしろくねぇ・・・。
商売文句だとわかっていても、一は面白くなかった。自分が一緒にいるのに、が他の男と楽しそうに話しているのが気に食わないのだ。
「じゃ、こっちのシルバーのリングは?」
「そっちはね・・・」
「おい、、行くぜ!」
「え・・・?ちょっと、一くん?!」
こんなことで嫉妬するなんて、子供っぽいと自分でも思う。けれど、どうにもガマンできないのだ。
一は強引にの手をひいて、その場所を離れた。
「どうしたの、一くん?あたし、なにか怒らせるようなことした?」
「・・・・・・」
一生懸命に話しかけてみるが、一は振り向いてくれなかった。はじわりと涙が浮かんでくるのを必死にこらえた。
時々、一くんの気持ちがわからなくなる・・・。
一が年下なのを気にしているように、も自分が年上であることを気にしていた。普通なら学生である一の方が自由になる時間があって、に合わせることもできるのだろうが、一は一でサッカーの練習がある。一方のは大量の仕事を抱えていて、デートの約束もままならない。
『仕事なら仕方ねぇな』
そんなセリフを何回言わせてしまっただろう・・・?
今日は久しぶりに時間がとれて一とゆっくり過ごせると思っていたのに、いきなり遅刻はするわ、一の機嫌を損ねるわ・・・。もっとも、何が一の気に障ったのかはわからないままだが。
「・・・?」
さっきから一生懸命話しかけてきていたが静かになってしまったので、一は後ろを振り向いてギョッとした。
「っ!?なに泣きそうになってんだよっ、オマエ?!」
「だ、だって・・・」
涙が零れていないのが不思議なくらい、の瞳は真っ赤になって潤んでいた。
「一くん、口きいてくれないし・・・なんで怒ってるのかわかんないし・・・」
ぽろっと一粒、の瞳から涙が零れた。
っ!?」
――グサリとナイフで胸を切り裂かれたような気がした。
一の知るはいつもにこにこと笑っていて楽しそうだった。時々はケンカして怒ったりもするが、泣き顔を見たことは一度もなかった。しかも、泣かせたのは自分なのだ。
「ごめん・・・・・・」
涙が零れたのをごまかそうとするのか、しきりに目元を押さえているを見ていると、周囲の喧騒が遠くなっていくような気がした。
一はの手を引くと、鎮守の森の少し奥に入っていった。
「ちょっとここで待ってろ」
しわくちゃのハンカチをジーンズのポケットから取り出してに渡すと、一は境内のほうへと戻っていった。
鎮守の森はとても静かで、薄暗いのがにはありがたかった。ハンカチで涙をぬぐうと、今頃になって人前で泣いてしまった恥ずかしさが込上げてきた。
しばらくすると、一が戻ってきた。慌てて走ってきたのか、息が軽く弾んでいる。
・・・」
「・・・・・・」
「コレ、受け取ってくんねーか」
一が差し出した右手のてのひらの上にはシルバーリングがちょこんと載っていた。
「それ、さっきの・・・?」
それは、が露店で見ていたシルバーのリングだった。店主の手作りらしく、世界にひとつしかないと言われて、が熱心に見ていたものだった。
「・・・さっき、があんまり楽しそうに露店のにーちゃんとしゃべってるから、
 なんか腹立っちまって、さ」
「一くん・・・?」
「久しぶりにオレが一緒にいるのに、他のヤローと楽しそうにしてんのが
 ムカついたっていうか、ヤキモチ焼いたっつうか・・・」
照れくさいのかそっぽを向いたままの一に、はパチパチと瞬きをした。
「受け取ってくんねーのかよ?」
「う、ううん!もらう!欲しい!ゼッタイ欲しい!」
一の言葉に呆然としていただったのだが、ハッと我にかえると、一のてのひらのリングに手を伸ばした。
「バーカ。自分ではめるつもりかよ?」
「っ!?」
一はの左手を取ると、シルバーのリングを薬指にはめた。
「・・・ありがとう、一くん。すごく嬉しい」
じわりと先ほどとは違う種類の涙があふれそうになって、は慌てて目元を押さえた。
「なに泣きそうになってんだよ」
一は照れくさそうに笑うと、を抱き寄せた。
「オレが泣かせてるみたいじゃねーか」
「だって、嬉しいんだもん・・・」
の身体は小さくて、一の腕の中にすっぽりとおさまってしまう。この腕の中の小さな生き物がとても愛しいと一は思った。
「それ、虫除けだからな。外しちゃダメだぞ」
「虫除け・・・?」
「そ!に悪い虫がつかないように、ってね」
「あたしに悪い虫なんてつかないよ」
そう言ってクスクス笑うは、自分がどれだけ魅力的なのかわかっていないのだろうと一は頭が痛くなる気がした。
「と・に・か・く!ぜってぇ外しちゃダメだかんな!」
「あたしの方が、一くんに虫除けつけたいよ・・・」
小さくつぶやいたの言葉を一はきちんと聞き取っていたらしい。
「ふ〜ん?オレにも『虫除け』つけたいんだ、は」
「そりゃ、だって・・・」
の方こそ、一に『虫除け』をつけたい気持ちだった。四六時中一緒に居られるわけではなかったし、サッカーをしている一は文句なしにカッコいいのだ。
「じゃ、いい方法があるぜ?」
「え?」
一はニヤリと笑って、自分の胸元を指差した。
「この辺にキスマークのひとつやふたつでもつけりゃ、悪い虫は寄ってこねえんじゃねえの」
「なっ、なに言ってんの!?」
カァと真っ赤になったは、一の鼻先をキュッとつまんだ。
「ふがっ!?」
ふたりして顔を見合わせて、プッと吹き出した。
「・・・もう一回、最初からやりなおそうぜ」
「うん・・・」



どちらからともなく繋がれた手――この手はもう二度と離さない。




【あとがき】
ネオロマ企画100題クリアして、日記に『ネオロマはおなかいっぱいになったので、
次は別ジャンルに行く予定です』って書いたら、お友達ふたりから『次はビタミン?』
っていうツッコミが・・・(笑)
お気づきかと思いますが、ネオロマ100題めの『薬指の約束』と基本的に同じお話です。
深雪さんと100題めのコラボを打ち合わせしているときに、「他のキャラでもいけるんじゃ?」
という会話をしていまして・・・(笑)ネオロマ企画の方は最終的に火原っちに決定。
で、こちらでちょっと遊んでみました(笑)
愛しの一くんぽくなっているでしょうか・・・?(^^;)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2007年9月16日