花衣 第1話
「友雅さま、いい加減起きてくださいませ!」
「・・・」
「朝餉の仕度も整っておりますのよ!」
「・・・ゆうべは遅かったのだよ、」
友雅は眠そうな瞳でを見上げた。
ここは友雅の寝所である。は友雅の身の回りを世話する女房のひとりだ。幼い頃から一緒にいるせいか、友雅に対して遠慮がないのである。
「あら、ゆうべはお役目は何もなかったと思いますけれど。夜歩きもほどほどになさいませ」
「独り寝がさびしくて、ね・・・。なら、が慰めてくれるかい?」
「え?きゃぁー!」
傍らに座っていたの腕をグイとひっぱり、自分の腕の中へと抱き寄せてしまう。ふわり、との薫物が香った。
「とっ、友雅さまっ?!」
「おや、どうしたの?顔が赤いよ、」
真っ赤になったは、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている友雅を睨みつけた。
「友雅さまーっ!!」
――これが、ここ数年の橘家の朝の光景であった。
「おはよう、神子殿。それに藤姫」
「あ、おはようございます、友雅さん」
「おはようございます、友雅どの」
友雅が左大臣邸を訪れると、龍神の神子と星の一族の姫君は絵巻物を広げ、貝あわせに興じていたようだった。
「今日は物忌みで出掛けれられないんです。ごめんなさい、せっかく来てもらったのに」
「私は構わないよ。神子殿さえよろしければ、話し相手でも務めさせていただこうか」
友雅はそう言って二人の傍らに腰を下ろし、絵巻物を手に取った。
「ほう・・・これはまた美しいね」
「友雅さんも絵が好きなんですか?」
「私は美しいものはなんでも好きだよ」
「まぁ・・・」
控えている女房たちから忍び笑いがもれる。
「しかし、これは本当に見事だね」
さすがは左大臣家所蔵の品、というべきだろうか。美しいしつらえも華美ではなく、あくまで上品だ。もちろん、描かれている絵もすばらしい。名のある画家の手によるものと思われた。
「友雅さん・・・?」
あまりにも熱心に絵を見ていたせいだろうか、あかねが不思議そうに友雅を見ていた。
「これは失礼を、神子殿。私の乳兄妹が絵がたいそう好きでね。彼女にも見せてやりたいと思ったのだよ」
「その方は絵巻物がお好きなのですか?」
「ええ、我が家にあるものは全て見てしまうほどでしてね、藤姫。自分自身でも絵筆をとるのですよ」
「――そのお方は、絵だけではなく歌も見事な方でございますよ」
「あ、鷹通さん!」
遅れて申し訳ありません、と入ってきたのは藤原鷹通。優雅な所作で友雅の隣に腰を降ろした。
「を知っているのかい、鷹通?」
「ええ。季節の折々に、時候の挨拶の文を交わす程度ですが」
「・・・なかなか隅におけないね、鷹通も」
チラリと不機嫌そうな視線を友雅に投げかけられ、鷹通は慌てた。
「いいえ、そのような・・・。以前、友雅殿に文を差し上げた時に、殿に代筆を頼まれたでしょう?
その手蹟があまりに美しくて」
知り合いの女房を通じて、文のやりとりをするようになったのだという。
「そんなに綺麗な字を書くひとなんですか?」
「ええ、神子殿。とても趣味の良い方だと思いますよ」
手蹟はもちろん、使っている紙や墨の濃さにまで人柄は表れるものだと、鷹通は言った。
「あたし、そのさんてひとに会ってみたいです!」
「神子殿?」
「だって、鷹通さんがそんなに褒めるんですもの。一度会ってみたいって思うじゃないですか?
あたし、こっちの世界にはずいぶん慣れたけど、また字を読んだり書いたりは苦手で・・・。
だから、そのさんに教えてもらえたらなぁ、なんて」
「ですが、神子様・・・」
「ダメ・・・?」
ちょっと小首を傾げたあかねに、藤姫は小さくため息をついた。ついぞワガママなど言ったことのない神子の望みを断ることは、藤姫には難しかった。
そうそう外部の者に『龍神の神子』の存在を知らせるわけにはいかないのだが、友雅の乳兄妹でもあり、鷹通とも知り合いであるという。そのような者ならば信用しても良いだろう。藤姫はそう結論をだした。
それに、に会ってみたいというのは、に絵巻物を見せてやりたいという神子の優しさだろう。そんな望みを退けるわけにはいかない。
「わかりましたわ、神子様。その様さえよろしければ、我が家にお出でいただきましょう」
「ホントに!?ありがとう、藤姫ちゃん!」
にっこりと微笑んだあかねに、藤姫も嬉しそうな顔をした。
「ということで、友雅さん!今度、さんを連れてきてくださいねっ」
「・・・神子殿のおっしゃるとおりに」
友雅はくちびるの端に笑みを浮かべていた。
優しい神子――龍神の加護を受けるにふさわしい清らかな心。いつかそれが元で傷つかねば良いがと思うのは、自分の考えすぎだろうか・・・。
だが、ここは神子殿のお言葉に甘えることにしよう。左大臣家の絵巻物を見られるとなれば、が喜ぶだろう。
さて、左大臣家に招かれたと告げたら、はどんな顔をするだろうか。
「ええーっ?!さ、左大臣家にわたしが・・・!?」
「はしたないよ、。そんな大きな声を出すなんて」
「で、でも・・・!」
の慌てぶりに他の女房達がクスクス笑っている。皆に笑われて恥ずかしいのか、の頬は赤く染まっていた。
友雅もクスクス笑いながら言う。
「そういうことだから、支度をしておきなさい。ああ、そうだな、衣装は私が見立てよう」
「でも、そんな」
「天下の左大臣家にお伺いするのだから、美しく装わなければ」
は困ったような顔をしていたが、友雅は他の女房に指示して、色とりどりの美しい布地を持ってこさせた。
「お前にはどんな色が似合うだろうね・・・?」
「友雅さま、わたしに衣装を仕立てていただくなんて」
「私の見立てでは気に入らないのかな?」
「そ、そんなことありませんっ」
シュンとした感じの友雅に、あわてては首を横に振った。
「そうかい。なら、私が選ぶことにするよ」
友雅はにっこりと笑って答えた。
・・・やられた!
はちょっと悔しくて、くちびるを噛んだ。友雅にはいつも騙されてしまうのだ。
女房として仕えてはいるが、友雅の乳兄妹ということで他の者より優遇されているのだ。同じように友雅に使えている朋輩たちになんだか申し訳ない気がしてしまうなのだった。
友雅の言うとおり、左大臣家といえば政治の中枢を担っている権力者だ。どんなにか絢爛豪華な邸だろうか。
そんな邸に招かれて、いつもの袿(うちぎ)という訳にいかないのもわかっているのだが・・・。
「これとこれ・・・そうだな、あとはこれを」
さすがの趣味人というべきか、友雅の選んだ布はとても趣味が良かった。これを仕立てれば、素晴らしい十二単になるだろう。
華やかな布地に目を奪われているを見て、ふと思い出したように友雅が言った。
「ああ、そうだった。鷹通もぜひお前に逢いたいと言っていたよ」
「たかみち・・・?」
一瞬きょとんとしていただったが、思い当たる人物がいたようだ。
「藤原鷹通さま、のことですか?」
「ああ、そうだよ。鷹通とはどのような知り合いなのだい?」
「どのような・・・と言われても、時折文をいただく程度ですわ。とても教養深い御方ですわね」
は至極あっさりと答えた。
「ほう・・・だが、私は初耳だったよ」
「あら、そうでした?でも、わたしがどなたと文を交わしても、友雅さまには関係ないことですわ」
「あまり軽々しく文の返事を出すものではないと言っているのだよ、私は」
ツンと冷たく言い放ったに、さすがの友雅もカチンときたのだろう、いつになく荒々しい様子で友雅は立ち上がった。
「出掛けるから、支度をしておくれ。今夜は戻らないから」
身支度をするために隣室へ行ってしまった友雅の後姿を見送り、は小さくため息をついた。
「どうかしたの、さん?」
年嵩の女房が声をかける。
「だって・・・友雅さまが、いつまでもわたしを子供扱いするんですもの」
ぷうっと頬をふくらませたを皆がクスクスと笑った。
「友雅さまはあなたが心配なんですよ」
「でも・・・」
それでもは不満そうな顔だ。
「ほらほら、左大臣さまのお邸へお伺いするんでしょう?さっそく衣装を仕立てなければね」
「え、ええ・・・」
女房達は華やかに笑いながら、の衣装の支度を整えていくのであった。
【あとがき】
久しぶりに友雅さんです。
いつものオリジナル神子ちゃんではなく、幼馴染のヒロインです。そして、続きます(^^;)
正直なところ、遥か1ってあんまりプレイしてないんですよね(汗)ですので、各キャラの
偽者度はかなり高いです(笑)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2005年9月2日