花衣 第3話




友雅が出仕したあと、は与えられた部屋へと戻り、針仕事をしていた。
可愛らしい布で小さな袋を縫い、中に香料をいれて、匂袋を作っていた。中にいれる香料はの調合によるものである。の好みよりも若干可愛らしい布を選んだのは、あかねと藤姫に贈るためだった。
京を守るべく遣わされた龍神の神子と、身分高き貴族の姫君――本来ならが口をきくこともできないような高貴なふたりなのだ。けれど、ふたりはそんなことを微塵も感じさせず、気さくで愛らしい少女たちだった。
友雅に言った『まるで妹ができたような』という言葉に嘘はなかった。身寄りのいないに朋輩の女房達は姉のように接してくれるから寂しいと思ったことはなかったけれど、あかねと藤姫には別れがたく感じたのだ。
「本当に愛らしい方々・・・」
クスリとは笑みをもらした。いつも余裕たっぷりな友雅もこのふたりには敵わない様子なのがおかしかった。
「もし・・・」
「はい?」
朋輩の女房に呼ばれて、は端近へ出た。
「あなたに文使いさんがきているわよ」
「ありがとうございます」
庭先へ目をやると、水干姿の少年が立っていた。声をかけてくれた女房へ礼を言い、は少年の立っている場所に近い簀子縁(すのこえん)へ進んだ。
「あなたが文使いさん?」
そうですと答えたのはが見たことのない少年だった。
「主人から贈り物を預かってまいりました」
「あなたのご主人様はどなた?」
「藤原鷹通さまです」
はふっと顔をほころばせた。鷹通からの文は教養にあふれていて、は鷹通から文をもらうのがとても楽しみだったのである。
左大臣邸で会った青年は、その文の通り、教養にあふれ穏やかで優しげな雰囲気だった。
「ありがとう。ごくろうさま」
少年は近寄ってきて、箱を差し出した。
「あら・・・文箱ではなくて、鏡箱・・・かしら?」
「はい。主人が旅先で良い鏡を見つけたので差し上げるようにと。御文の方はのちほどと申しておりました」
その箱は美しい漆塗りで、蒔絵が施されていた。一目で高価なものだとわかる。
「・・・」
美しい鏡箱を見つめ、はちょっと困ったような顔をしていた。この中には、美しい鏡箱につりあうような美しい鏡が入っているのだろう。鷹通からの文にはいつも季節の花々が添えられていたが、このような品物をもらったことはなかったのである。
どうしようかしら・・・困ったわね・・・。
の脳裏に友雅の言葉が甦った。
『鷹通はお前に気があるようだったよ』
婀娜めいた気持ちではなく、単に美しい鏡を見つけたからに届けさせたのだろうか。にはよくわからなかった。かといって、受け取らずに返すのも失礼にあたるような気がする。
はしばらく考え込んでいたが、使いの少年がまだそこに居たことを思い出して、慌てて言った。
「素晴らしいものをありがとうございますと、鷹通様に伝えていただける?文はあとから届けさせるから」
「はい、わかりました」
少年がそのまま去っていくのかと思っていたが、もじもじとして、その場から立ち去る気配がない。
「どうかしたの・・・?」
「・・・あの、実は・・・ここへくる途中、鏡箱を落としてしまって・・・」
「あら」
「中の鏡が大丈夫か心配で・・・」
は少年を安心させるように笑みを浮かべ、
「なら、確かめてみましょうか」
と言った。美しい蒔絵を指でそっとなぞってから、思い切って箱を開けてみる。特に傷もなく、大丈夫そうに見えた。
「安心なさいな、大丈夫みた・・・」
パアァァァー!!
「っ?!」
が鏡を持ち上げた瞬間、真っ白な光があたりを包んだ。


「何かあったのか?邸が騒がしいようだが」
「あ、友雅さま!」
友雅が内裏から戻ると、いつもは静かな邸がなんだかざわついている。古参の女房が慌てて駆け寄ってきた。
「大変なんですっ!さんが・・・!」
がどうかしたのか?」
「姿が見えないのです」
「邸の中は手分けして探したのですけれど・・・」
オロオロして取り乱している様子の女房を落ち着かせるように、友雅は静かに言った。
「誰かを訪ねてやってきた者は居なかったか?」
に恋人ができて、その男がさらっていったのかと友雅は思ったのだ。
・・・私の知らぬ間に通う男でもできたのだろうか?
思った以上に衝撃を受けている自分に、友雅は驚いていた。左大臣邸で『恋人を作りなさい』とに告げたのは紛れもなく自分だというのに・・・。
友雅はの私室を訪れてみたが、男が通っているような気配はなかった。それどころか、裁縫道具は散らかしっぱなしで、きっちりした性格のらしくなかった。
「何かあったのか・・・?」
物盗りや人攫い――いやな考えが頭をよぎる。眉をひそめて立ち尽くす友雅を、庭先から呼ぶ者が居た。
「友雅様、庭先に子供が・・・」
「ん・・・?」
声をかけてきたのは友雅の随身であった。彼は、泣きじゃくる水干姿の子供の首根っこを捕まえていた。
「その子供は?」
「あら、その子は・・・!さんのところへ来た文使いですわ!」
声高に叫ぶ女房に、子供はビクリと震えて、さらに激しく泣き始めた。
年の頃なら十ぐらいだろうか。よく見ると、どことなく薄汚れていて、着ている水干も借り物のように見えた。
のところへ文を持ってきたのは君かな?」
友雅は庭へ降り、膝をかがめて、少年と同じ目線で優しく尋ねた。少年は溢れてくる涙を袖で拭い、コクリとうなづいた。
「誰がのところへ文を届けるように言ったのだい?君の主人かな?」
「・・・ううん・・・女のひと・・・が・・・」
涙で声を詰まらせながら話す少年の言葉を整理してみると、町で声をかけてきた女に頼まれたようだった。
少年は流行り病で両親を亡くし、帰る家もなく、腹を空かせて町を彷徨っていたところに、女が声をかけてきたらしい。鏡箱をに届けて、に鏡を見せれば金をくれると言われたのだ。怪しいと思いつつも、背に腹は変えられず、少年は引き受けたのだという。
「お、女の人が鏡を見たら・・・」
「鏡を見たら?」
「ヘンな光がでて、眩しくて目をつぶったんだ・・・しばらくして、目を開けたら、
 女の人は居なくなっちゃって・・・!」
気がついたら鏡も消えており怖くなって逃げようとしたのだが・・・。
「消えた女房が心配になった、と・・・?」
少年は小さく頷いた。両親を亡くしてからというもの、少年に優しくしてくれるような大人はいなかった。誰もが皆、少年を盗人でも見るような目で見た。まだ盗みをしたことはなかったが、そうなるのは時間の問題だった。
『大丈夫よ』
美しいその人は、優しく微笑んでくれた。それなのに自分は・・・怪しい女の口車にのって、その人を酷い目に合わせてしまったのかもしれないのだ。
グズグズと泣き続ける少年に、友雅は優しい声で言った。
「彼女は大丈夫だ」
「・・・ほんとう?」
「ああ、約束しよう」
少年の顔にようやく笑顔が戻る。
「お前に鏡を持っていくようにと言った女はどんな女だった?覚えているかい?」
「きれいな女の人だった・・・白拍子みたいな格好してた」
「ほう・・・」
友雅は少年に食事を与えるように命じ、しばし何かを考えているようだった。
「友雅様?」
「誰か安倍泰明殿に使いを頼む」
「はっ!」
触れれば斬れてしまいそうなほど厳しい顔をした主人に、召使達は驚いていた。いつも優雅な泰然とした様子で、口元に微笑を絶やしたことのない主人だというのに、今の友雅はどうだろうか。
・・・・・・」
――友雅の苦しげな呟きは、夜の静寂へと吸い込まれて消えた。




【あとがき】
あれ〜、なんだか終わる気配がありませんことよ(^^;)
シリンに引き続き、泰明さんとか登場させてしまうわたしってどうなのよ?(汗)
ちなみに、泰明さんのキャラもよくわかっていません(笑)ゲームもクリアしていないし。
なのに登場させる・・・怖いもの知らずです(^^;)

文中に『鏡箱』というものが登場しますが、これは文字通り『鏡』をしまっておく箱です。
で、問題の『鏡』なのですが、実は調べる時間がなくて・・・。落としたら割れちゃうような
現代の鏡のようなものなのか、それとも金属とかでできている(例えば銅鏡とか)のか
調べきれず・・・(^^;)
この創作のなかでは現代の鏡のようなイメージで書いておりますので、ご了承下さい。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2006年1月25日