花衣 第4話




「待たせたな」
「・・・泰明殿」
めずらしく憔悴した様子の友雅に、泰明は眉をピクリと動かした。今夜泰明は左大臣邸に居たのだが、友雅の使いの者と行き違いになってしまい、泰明が橘邸を訪れたのは深夜も近い時刻であった。
「使いの者からあらましは聞いた。女房がひとり消えたそうだが」
「ああ・・・」
、と言ったか」
「なぜそれを?」
「神子が心配していた」
「そうか・・・。神子殿の御耳に入ってしまったか」
おそらく使いの者と泰明が話しているのを聞いてしまったのだろう。内密にと指示するのを忘れていたことに思い当たる。
「友雅のことも心配していた」
「私のことを?」
「その女房は友雅にとって大切なひとだから、と言っていた」
「・・・そうか」
友雅は静かに答えた。
自分で考えていた以上に、を大切に思っていたのだろう。神子がそれに気づいてしまうほど・・・。
「微かだが、怨霊の気配が残っている」
「それではやはり・・・」
「うむ。子供に使いを頼んだという女だが」
「ああ、おそらくシリンという鬼の女だろう」
鬼に対して何の手立ても講じていなかった自分に腹が立って仕方がなかった。土御門ほどではないにしても、自邸に結界をはるなり何なり、鬼への対抗手段をとっておくべきだったのだ。
友雅は血がでそうなほど、強くこぶしを握り締めた。
その様子を見ていた泰明は、いつもの友雅らしくない振る舞いに少し驚いていた。いつもの友雅なら、自分になど頼らずとも自ら作戦を立て、対抗手段を見出していただろう。だが、今の友雅はいつもの冷静な仮面がはがれてしまっている。
「友雅、いずれ鬼から何らかの接触があるだろう。それまで少し休んでいろ」
「休んでなど・・・っ!がどんな目にあっているかしれないというのに」
「いざという時、お前が倒れたらどうする?今のうちに休んでおけ」
「・・・すまない。どうにも今の私は普段の私とは違うようだ」
友雅は自分を落ち着かせるかのようにゆっくりと頭を振った。だが、の行方が知れぬ今、眠ろうと思っても眠れるものではない。
「友雅」
「?」
トン、と泰明の指が友雅の額に触れた。
「な、にを・・・?」
「お前が眠れるように、少し手助けをした」
グラリと視界が揺れ、ありえないほどの睡魔が襲ってくる。
「その女房も眠っているのなら、夢が通い合うかもしれぬ」
「・・・夢・・・が・・・・・・?」
泰明の答えを聞く前に、友雅の意識は途切れた。


桜の花びら・・・?ここはどこだ?
ひらひらと風に吹かれて舞い落ちてくるのは桜の花びらだった。友雅は落ちてくる花びらを手で受けとめようとしてみたが、花びらはなぜか友雅の手をすり抜けていってしまう。
『・・・ひっく・・・おかあちゃま、どこ・・・?』
どこからか女の子のすすり泣く声が聞こえてくる。赤い着物を着た幼い女の子が目を真っ赤に泣き腫らして、とぼとぼと歩いてくる。
友雅が声をかけようかと思っていると、どこから現れたのか少年の声が聞こえてきた。
『迷子になってしまったのかい?一緒に母君を探してあげるから、泣くのはおやめ』
『おかあちゃまはどこ・・・?』
少年は女の子の涙を自分の袖でぬぐってやり、その小さな手をそっと引いてやる。
『すぐに見つけてあげるから』
あれは・・・あの少年は私・・・か・・・?
――驚いたことに、友雅が見ているのは在りし日の自分であった。
『ほんと・・・?』
『ああ、約束しよう』
だとすれば、少年が手を引いているあの女の子は・・・。
色褪せていた記憶が一気に鮮明な色彩をもって甦ってきた。
『まって、おにいちゃま!』
『そんなに走ったら転んでしまうよ』
覚束ない足取りで自分を追いかけてくる童女が可愛らしくて、友雅もまわりの女房達も柔らかな笑みを浮かべて見守っている。
『おにいちゃま、つかまえた!』
満面の笑みを浮かべて自分に抱きついてきた童女を抱き上げてやると、きゃっと弾んだ声をあげて笑う。無償の信頼でもって自分を慕ってくる子供が愛しかった。
そうだ、私のことを『おにいちゃま』と呼んでいたか。あの頃はどこへ行くにもついてきて、離れようとしなかったな・・・。
友雅がそんなことを懐かしんでいると、また場面が変わる。
『お兄さまのうそつき!わたしに碁を教えてくださるって約束したのに』
見る間に桜色の頬がぷぅっとふくれっつらに変わる。拗ねている様子も愛らしくて、友雅がクスリと笑みをもらすと、ますます頬をふくらませるのだ。
『すまないね、許しておくれ』
『・・・・・・』
ポロポロと大粒の涙が頬を伝う。しかし、周りの女房たちにたしなめられて、は涙をぬぐった。
『いってらっしゃいませ、お兄さま』
そういうそばから涙が溢れてきて、は袖で涙をぬぐう。友雅はやれやれといった表情で小さくため息をもらした。
『泣くのはおやめ。今宵はもうどこへも出掛けないから』
『ほんとう?お兄さま?!』
パァァと表情が明るくなる。さっきまで泣いていたのが嘘のようだ。
『ああ。今宵はお前に碁を教えて過ごすことにしよう』
友雅は控えていた女房のひとりに言った。
『皆に今宵は下がってよいと伝えておくれ』
『ですが・・・』
『あちらへは謝りの文でも出すことにしよう』
今宵、友雅は恋人のもとを訪れる予定であった。しかし、こんな愛らしい少女を残して出掛けることなどできそうになかった。
少女に碁の手ほどきをしてやりながら友雅は思う。どこの誰がこんな愛らしい少女を手離したのかと・・・。
迷子の少女を連れ帰った友雅に家の者たちは驚き、あちこち手を尽くして少女の親を探したのだが、ついに見つけることはできなかったのである。身元の定かでない少女を邸に置くことに大人たちは反対したのだが、友雅も譲らず、また少女があどけなく愛らしい様子だったので、ついに家人も折れたのである。
こうしては友雅の妹のような存在として、ずっと一緒に暮らしてきたのである。
懐かしい思いで見つめていると、碁をさしている友雅との姿がふいに掻き消えた。
・・・っ!どこにいる!?」
慌てて周囲を見回すが、誰もいない。ここがどこかもわからないのに、自分はがここにいると思っているのが不思議だと友雅は思った。
!返事をしろっ」
頼むから返事をしてくれ・・・っ!
いやな汗が背を伝っていく。自分が取り乱していることはわかっているが、それを押さえることができないのだ。
「・・・・・・!」
ふと何かの気配を感じたような気がして、友雅はぱっと後ろを振り返った。
っ!」
そこに居たのはうずくまって泣いているだった・・・。




【あとがき】
ちょっと短めですが、続けて友雅さんをアップ。アラモード2参戦記念で(←ウソです)
いつもの余裕た〜っぷりな友雅さんでなくてごめんなさい(^^;)
3話か4話で終わる予定だったのに、だらだらと続いておりますが、
最後までおつきあいいただければと思います。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2006年2月3日