花衣 第6話
「おーい、あかね!友雅!」
静かに桜を眺めていたあかねと友雅の許に天真が戻ってきたのは、天真が出かけてから小一時間ほど経ってからだった。
「天真、こちらだよ」
土御門に比べれば幾分手狭だが、橘邸もそれなりの広さがある。あかねと友雅は庭のかなり奥の方まで来てしまっていたので、天真にはふたりの姿が見えなかったのだろう。
「お、いたいた!」
「天真くん、お帰り!」
おう、と挙げた天真の右手には白い紙が握られていた。目敏い友雅はそれに気づいた。
「それは?」
「ああ、コレか。お前宛の手紙だぜ」
天真が言うには、橘邸の門前で子供がうろうろしていたのだそうだ。不審に思って問いただしてみると、ここの主人に手紙を渡すように頼まれたと言うのだ。
「その手紙を渡すように頼んだヤツってさ、白拍子の格好した女だってさ」
「・・・シリン、か」
「ああ、間違いねぇだろうな」
「友雅さん・・・っ」
あかねが不安そうな面持ちで友雅の直衣の袖をつかんだ。友雅は安心させるように穏やかな笑みを浮かべてから、手紙を広げた。
「・・・・・・」
「なんて書いてあるんですか、友雅さん?」
「早く読めよ」
「娘を返してほしくば今宵神泉苑まで来られたし、と」
「そんだけなのか?」
友雅の手から手紙を奪ってはみたものの、天真の目にはミミズがのたくったような線にしか見えない。
「・・・四方の札と交換、だそうだ」
「チッ!汚ねぇ手使いやがって」
天真はクシャリと文を握りつぶした。
「天真くん・・・」
あかねが心配げに天真を見上げていた。それに気づいた天真は表情を緩めた。
「悪ぃ、こういう時こそ落ち着かないとダメなのにな」
「天真くん・・・」
あかねもようやくホッとしたような表情を見せた。天真は妹の蘭を鬼の一族に攫われているのだ。と蘭を重ねて見ているのかもしれなかった。
「で、どーするよ、友雅?」
「神泉苑へ行く」
「って、それ当たり前だろ?!じゃなくて、どうやってそのさんを取り返すつもりなんだ?
まさか、みすみす四方の札を渡すわけじゃねぇだろ」
「無論、せっかく手に入れた四方の札を渡すわけにはいかないだろうね」
「ダメです、そんなのっ!」
天真と友雅はあかねの剣幕に驚いた。
「神子殿・・・。だが、札を渡すわけにはいくまい」
「だって、だって・・・もしお札を渡さなかったら、さんはどうなっちゃうの?!」
「あかね・・・?」
いまにも泣き出しそうになっているあかねに、天真は困ったように頭をかいた。
「お札なら、また取り返せばいいでしょう?
でも、さんの代わりはいないもんっ」
「神子殿・・・」
一緒に過ごしたのはほんの短い時間だったけれど、穏やかで優しげなのことをあかねは大好きになっていた。
「ありがとう、神子殿。君の気持ちは嬉しいよ。
けれど、と四方の札を交換することはできない・・・」
「友雅さん・・・っ!?」
「四方の札はこの京の都を護るためには欠かせぬもの――そんな重要なものを
ひとりの命と引き換えるわけにはいかないのだよ」
友雅の言うことが正しいのは頭では理解できる。けれど、感情は納得できない。
「どうしてそんなことが言えるんですか?
友雅さんは、さんが大切じゃないんですか!?」
「・・・」
押し黙った友雅の表情は苦悩にゆがんでいて、天真は堪らずあかねの肩を軽く叩いた。
「あかね、友雅だって本当はどんなことをしてもさんを取り戻したいはずだ」
「あ・・・」
昨日今日知り合った自分よりも、幼い頃から供に過ごしてきた友雅のほうが辛いのは当たり前だ。そんなことにも気づかない自分は、とあかねはじわりと浮かんだ涙をぐいと拭った。
「ごめんなさい、友雅さん・・・。
いちばん辛いのは友雅さんなのに」
「いいんだよ、神子殿。君がのことを心配してくれているのは
よくわかっているから」
友雅が優しく微笑んでみせると、あかねはホッとしたような表情を浮かべた。
「さて、ここでこうしていても仕方がない。そろそろ邸のほうへ戻ろうか」
あかねと天真が前をゆくのを見送って、友雅は満開の桜の花を見上げた。
「・・・」
はらはらと雪のように降るはなびらが友雅の肩にとまった。無意識にそのはなびらに手を伸ばしたのだが、ザザッと強い風に吹かれて薄桃色のはなびらは空を舞い、友雅の手から飛び去ってしまった。
――それはまるで、自分の掌中から攫われてしまった娘のように見えて。
「もう少し待っておいで。すぐに助けにゆくから・・・」
友雅はぐっと拳を握り締めた。
【あとがき】
なんか全然お話しが進んでいませんが・・・(汗)
ちょっとリハビリ中で、むかしの書きかけのテキストを引っ張り出してきました。
しかし・・・いったいいつから書いてないんだよ(滝汗)
一応エンディングは決まっているので、ガンバリマス。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年11月25日