花衣 第7話
邸に戻った友雅たちは、シリンからの文を囲んで考え込んでいた。
「でも、やっぱり四方の札を持っていったほうがいいんじゃないですか?
藤姫ちゃんにお願いすれば・・・」
あかねがそう言うと、友雅はゆっくりと首を振った。
「神子殿のお気持ちはうれしいけれど、やはりそれはできないのだよ。
ひとりのために、この京のすべてのひとを危険にさらすわけにはいかない」
「でも・・・」
ひとりの命と大勢の京の人間の命――どちらを選ぶのかと尋ねられれば、数の論理になってしまう。それは頭ではわかっているのだけれど、このままを見殺しにすることはできなかった。
「何か・・・何とかできないのかな?」
くちびるを噛んで考え込んでしまったあかねに、それまでずっと黙り込んでいた天真が口を開いた。
「そんなに悪いほうにばかり考えるなよ、あかね」
「だって」
「まぁ、落ち着けって」
シリンからの文を読めないのだが、天真は手にとってハラリと広げた。
「現実の事件でもいいけどさ、テレビとか映画とかで、誘拐事件の話があるだろ?
ああいうヤツってさ、たいてい身代金の受け渡しで失敗するんだ」
「誘拐事件?」
「状況はちょっと違うかもしれねえが、誘拐事件みたいなもんだろ?
向こうは身代金イコール四方の札が欲しい、こっちはさんを取り戻したい。
なら、まだチャンスがあると思わねぇか?」
「ちゃんす・・・?」
友雅は天真の言葉の意味がわからなかったらしい。
「ん?あー、チャンスってのは・・・そうだな、いい機会ってことかな。
だから、四方の札とさんを交換するときがチャンスだと思うんだ」
誘拐事件、と口の中で小さく呟いていたあかねだったが、ようやく天真の言わんとするところがわかったらしい。
「身代金の受け渡し・・・」
「そーゆーこと。四方の札をエサにさんを取り戻そうぜ!」
「でも、具体的にはどうするの?」
「そうだな・・・四方の札の偽物を作るってのはどうだ?
人質と交換するときの時間稼ぎができるかもしれねえ」
天真の言葉に、友雅はなにやら考え込んでいるようだった。
「そっか・・・そうだよね!」
ついつい悪い方へ悪い方へと思考が傾きがちだったあかねだが、を無事に取り戻せる可能性があることに気づいたらしい。自分に気合をいれるかのように拳をぐっと握り締めた。
「まだ諦めちゃダメだよね」
「・・・神子殿」
ずっと黙っていた友雅がようやく口を開いた。
「はい、なんですか、友雅さん?」
「そろそろ日が暮れる。天真と共に土御門へ戻りなさい」
「え?」
「なんでだよ、友雅?」
「のことは私に任せてほしいのだよ。このようなことで、神子殿を
危険にさらすわけにはいかない」
「でも・・・っ」
友雅は静かに微笑んだ。
「――のことを心配してくれてありがとう。神子殿の気持ちはとても嬉しいよ。
けれど、これは私のなすべき事なんだ。だから、今回は私に譲ってくれるね?」
諭すように言われると、あかねはそれ以上反論することはできなかった。
左大臣邸で見たふたりはとても仲睦まじかった。あかねの知る友雅は、いつも余裕のある大人の男性だ。そこに変わりはないのだけれど、と一緒にいる友雅は自然体で、優しげな、そして穏やかな瞳をしていた。
「わかりました…。でも、友雅さん?」
「なんだい、神子殿?」
「無茶はしないでくださいね。友雅さんが怪我したら、
さんが悲しむから」
「ありがとう、神子殿。肝に銘じておくよ」
あかね達が土御門に戻ったあと、それと入れ替わるかのように泰明が橘邸に戻ってきた。
「怨霊の正体だが、師匠によると『古鏡』ではないかということだ」
「古鏡・・・?」
「術者は古鏡を使うことで、鏡の結界を作れるそうだ。友雅の夢にも合致する。
おそらく、シリンは古鏡を使っているのだろう」
「なるほど、鏡の結界か・・・」
夢のなかで、と自分をさえぎる透明な壁のようなものがあったことを友雅は思い出していた。おそらく、あれが鏡の結界なのだろう。
「では、その結界を解くにはどうすればいいのだい?」
「術者自身が結界を解くか、結界の内側にいる人間が術を破るか、
そのどちらかしか方法はない」
「・・・」
が術を破るなどというのは絶対に無理だろう。それならば、なんとかシリンをうまく操って、結界を解かせる方が可能性が高いと思われる。だが、どうやって・・・?
「――友雅」
すっかり考え込んでしまっていた友雅だったが、泰明の声でハッと我に返った。
「ああ、すまない。なんだい、泰明殿?」
「古鏡の結界だが・・・古鏡は、結界内にいる人間の精気を吸い取るそうだ」
「精気・・・?」
「古鏡は人間の精気を糧としているのだ」
「では、精気を吸い取られた人間はどうなる?」
「精気をすべて吸い取られたならば、死ぬ」
「・・・」
あっさりと答えた泰明に友雅は黙り込んでしまったが、ゆっくりと口を開いた。
「普通の人間が結界に取り込まれてから死ぬまで、どれくらい時間の猶予がある?」
「恐らく、もって二日だ」
「二日・・・」
の姿が見えなくなったのは昨日の午前中だった。そして、今は翌日の夕方だ。まだ時間の猶予が残されていることに、友雅は深い息を吐いた。
「だが、のんびりはしていられない」
「ああ、わかっているよ。今夜を逃すわけにはいかない」
「どうするつもりだ、友雅?」
結界を解かねば、を取り戻すことはできない。そして、その結界を破るには、術者自身が術を解くか、結界内の人間が術を破るかのどちらかしかない。
「――古鏡を手に入れたなら、泰明殿か晴明殿で結界を解くことは可能かい?」
「おそらくは」
簡潔するぎる泰明の回答に、友雅は苦笑を浮かべた。
「では、なんとしても古鏡を取り戻さないといけないね」
「策はあるのか?」
「ないこともない、かな。泰明殿、すまないが協力をお願いするよ」
「わかった」
まだ、時間はある。まだ、機会はある。友雅は自分を落ち着かせるかのように、深く息を吐いた。
は怯えてはいないだろうか、ひとりで泣いてはいないだろうか・・・。
待っておいで、――必ず、お前をこの手に取り戻してみせる。
【あとがき】
カカシ先生のお話が全然すすまないので、0.5話分ほど書いてあったこちらを更新。
とはいえ、またもや全然お話が進んでいませんね。しかも前回更新から2年近く経って
いることに驚愕(滝汗)
あと2、3話で終わると思われる(当初の予定では全体で3話程度だったはず・・・)
ので、なんとかエンディングまで書き終えたいと思います。
リクエスト、ありがとうございました〜!
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2009年9月26日