風邪
「ゲホッ、ゴホゴホッ!ハックション!(ずぴーっ)」
「・・・ハイ、立派な風邪!」
先生はヤレヤレといった様子で、サラサラとあたしのカルテを記入していく。
「ついてないわねぇ〜、ちゃんたら。大晦日だっていうのに」
・・・なんで大晦日にカゼひいちゃうのよ、あたしってばーっ!
今日は大晦日。
・・・だけれども、すっかり風邪を引き込んでしまったあたしは木の葉病院に診察にきていた。
年内に片付けてしまいたい仕事が山ほどあって、ちょっとムリをしていたのが祟ったらしい。その上、大掃除をがんばりすぎちゃったのが昨日。
疲れてしまって、つい転寝をしてしまったのだ・・・そして、立派な風邪ひきさんの出来上がり。
市販のカゼ薬を飲んで昨日は寝たのだけれど、一向に回復する気配はなく。知り合いの女医さんに連絡すると、診察してくれると言ってくれたので、調子の悪い身体をひきずって、なんとか木の葉病院までやってきたのだ。
「はい、38度ね」
「・・・っ!」
仲良しの女医さんが体温計を見て、そう言った・・・途端に、めまいがした。
「ちょっと大丈夫?!熱測らなかったの?」
「うん・・・」
そりゃ、ちょっとは具合悪いかな、ぐらいは思っていたけれど。大したことない、と自分に言い聞かせていたのに。
でも、ですよ?『38度』なんて聞いちゃったら・・・途端に『あたしって病人』モードに突入してしまうのだ。
「あたし、もうダメ・・・」
「大丈夫!お薬飲んで、暖かくして寝てれば治る!疲れがたまってるみたいだし、身体が『休め』ってサインを
だしてるの。だから、ね?」
先生の言葉に頷きながらも、頭がクラクラしてくる・・・きっとハナが詰まってて、脳に酸素がいってないんだわー!
「ちゃんって、一人暮らしだったよね?」
「うん(ずぴーっ)」
「う〜ん、誰か看病頼めそうなひとは?」
「友達には・・・でも大晦日だし。あたしなら、ひとりでも大丈夫(ハックション)」
「そう?私もまだ診察があるからなぁ・・・。でも、熱が上がってきたりとか、具合が悪くなってきたら、
病院へ連絡してね。すぐ行くから」
あたしはお礼をいって、薬をたっぷり貰って病院を後にした。
里の商店街もお正月ムード一色だった。軒先に飾られた注連縄や門松がキレイだ。
ついこないだまでクリスマス一色だったのに・・・。
クリスマスかぁ・・・結局、ひとりぼっちだったんだよね。そりゃあたしにだって、クリスマスを一緒に過ごしたいヒトくらいいたけど・・・。
そのひと――月光ハヤテさんと知り合ったのは、3ヶ月くらい前のことだった。
その夜、あたしは仕事が長引いて、そろそろ日付が変わろうかという時刻に帰り道を急いでいた。
もう少し早い時間なら街灯も明るいし、それなりに人通りのある道なのだけれど、そんな遅い時間には誰もいるわけもなく、あたしはどんどん早足になって、家路を急いでいた。
「えっ?!」
突然暗闇からぬぅっと手が伸びてきて、あたしが肩にかけていたショルダーバッグをグイと掴むと、そのまま闇の中へ駆け出していく。
「ド、ドロボーッ!」
我ながら、よく声が出せたものだと思う。けれど、当然のことながらバッグの中には家のカギやら、お財布に身分証明書etcが入っていて、家にも入れない、という状況になってしまうのだから、叫ばずにはいられなかったのだ。
「ドロボーよッ!誰か捕まえてー!!」
慌てて駆け出したのだけれど、運動不足&パンプスじゃ当然追いつけるハズもない。
ゼェゼェ息を切らしながら追いかけたけど、曲がり角でついに見失ってしまった。
「ハァハァ・・・ウソ・・・でしょッ・・・ハァ」
こんな時間にこんなところでひったくりに遭っちゃって、どうしたらいいのよ、あたしーっ?!
ガックリとあたしは地面に座り込んでしまった。お財布どころか、家のカギもなくって、どうしたらいいのか・・・頭の中真っ白(汗)
「大丈夫ですか?・・・ゴホゴホ」
「ひゃぁっ?!」
誰もいないと思っていたのに突然声をかけられて、あたしは悲鳴をあげた。
「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが」
恐る恐る顔をあげてみると、月光を背にしてひとりの男のひとが立っていた。
そして、彼が持っているのはあたしのバッグ。
「あ、あたしのバッグ!」
「やはり、あなたのでしたか。立てますか?・・・ゴホゴホッ」
彼に手を取られ、なんとか立ち上がる。
「お怪我は?」
「あ、いえ。大丈夫です」
あたしを助け起こしてくれたのは、木の葉の里の忍者さんだった。カゼ気味なのか、ゴホゴホと咳き込んでいるのが気になったけれど。
「ありがとうございます。財布もカギも盗られちゃってどうしようかと・・・」
あたしが慌ててお礼を言うと、彼は優しく微笑んで『任務ですから』と言った。そして、フッと怖い顔になった。
「犯人は捕まえましたが・・・あなたのような若い女性がひとりで夜歩きとは関心しませんね」
「はぁ・・・今日は仕事で遅くなっちゃって」
「とりあえず、ご自宅までお送りしますよ」
そして彼に家まで送ってもらったわけなのだけれど、その道すがらずーっとお説教され続けたのだ(汗)
しかし、彼の言うこともごもっともだったので、あたしは大人しく聞いているしかなかった・・・。
ときどき咳き込みながら穏やかに話すその人は『月光ハヤテ』と名乗った。
最近この界隈で痴漢やらひったくりが横行していたそうで、彼は犯人を捕まえるべく見張っていたらしい。
そんなこととは露知らず、のん気に通りかかったあたしはいいカモだったのだ。そんな事件が起こっていたことを全然知らなかった、とあたしが言うと、彼はまた渋い顔をした。
「・・・まったく。女性の一人暮らしなのですから、もっと気をつけなければいけませんよ」
「・・・ハイ(ごもっともです)」
ようやく自宅についてあたしがお礼を言うと、彼は『戸締りはしっかりしてくださいね。ゴホッ』と言い残して、ふっとその姿は掻き消えた。
ふぇ〜っ、やっぱり忍者さんなんだ!
ゴホゴホと咳き込みつつも穏やかに話すものだから、とても忍者さんには思えなかったのだけれど。
――これが、あたしと彼との出会いだった。
その後しばらくして、会社帰りに偶然彼と再会したのだ。ちゃんとお礼がしたかったのだけれど、
どうやって連絡をとればいいのかわからなかったあたしには、とってもラッキーな再会だった。
そしてあたしはお礼に彼を食事に誘い、それ以来ときどきお茶をしたり食事をしたりするようになっていた。
忍らしからぬ穏やかなハヤテさんといると、とってもホッとできるのだ。穏やかで優しい彼に、どんどん惹かれていく自分に気はついていたけれど・・・
ハヤテさんは、里の『特別上忍』だそうで、忍のエリートらしい。穏やかな彼からは想像もつかないけれど、優秀な忍者みたいだ。
そんなエリートさんが、あたしを好きになんてなってくれるワケないし・・・。クリスマスだって、お誘いはなかったし。
思い切って誘ってみようかと思ったけれど『先約があるので。ゴホッ』なんて断られたら、目も当てられない。
お正月だって初詣に誘ってみようかと思ったけど、断られるのが怖くて誘えなかった・・・。
はぁ・・・どっちにしてもカゼひいてたら、意味ないか・・・・・・。ああ、なんだか、さらにヘコむわ(涙)
あたしはだるい身体を引きずって家に帰る途中、スーパーによってスポーツドリンクを買った。
カゼの時は水分補給しなきゃね。
とは言うものの、熱でフラフラのあたしには、ペットボトルはとっても重くて。なんだかもうココに置いてっちゃおうか、っていう気になってきていた。
細いビニール袋の持ち手が喰いこんで、手が痛い。もう限界、と思ったとき、フッとその重みが消えた。
「こんにちは、さん」
そこには、あたしの荷物をさりげなく持ってくれているハヤテさんが立っていた。
「ああ、ハヤテさん・・・」
今年最後にハヤテさんと偶然逢えるなんて、すごくラッキーかも・・・だけど、体調はどんどん悪くなる一方で。
「どうしたんです?顔色がすごく悪いですよ」
心配そうにハヤテさんがあたしの顔を覗き込む。顔色の悪いアナタに言われると、なんだかものすご〜く具合が悪いような気持ちになってきますわ(←ヒドイ?)
「ハハ、ちょっとカゼひいちゃったみたいで・・・」
ああ、ヤバイ・・・と思った瞬間には、もうあたしの目の前は真っ暗になっていた。
「さんっ?!」
倒れこむをなんとか抱きとめると、必死で呼びかける。いつも冷静沈着なハヤテらしくなかった。
慌てて抱きかかえると、をアパートまで運んだ。の部屋のカギを難なく開けると、ベッドへ寝かせる。
額へ手をやると、驚くほどの熱さだった。
そのままの格好で寝かせておくわけにもいかず、ハヤテは大家の夫人に頼んで、を着替えさせてもらった。
大家夫人の興味津々といった視線には正直辟易したのだが・・・。が質問攻めにあうのが想像に難くなく、すこし申し訳ない気がした。
の荷物の中から薬を見つけたが、何度起こしてもは起きる気配がない。ぐったりとして、かなり具合が悪そうだ。
ハヤテはを抱き起こしてみたが、それでも反応はない。しかし、薬は飲ませなければならないし・・・。
「起きなければ、口移しで・・・飲ませます・・・よ?」
ハヤテは錠剤と水を口に放り込んで、のくちびるを塞いだ。
ゴクリとの喉元が動いて、薬を飲み込んだのを確認する。・・・名残惜しそうに、くちびるが離れた。
「イ〜ケナイんだ、イ〜ケナイんだ♪ハヤテくんたら、意外と手が早いんだぁ〜」
「・・・っ?!」
名前負けしないねぇ〜、などとニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている、銀髪の上忍が背後に立っていた。
全く気配を感じ取れなかった自分に腹が立つのだが、どうして彼がここにいるのかというコトの方が問題で。
「カカシさん!どうしてあなたが・・・?」
「ああ、アイツがちゃんのコト、心配しちゃって。オレに様子を見に行けってさ。診察に来たとき、
結構熱が高かったそうだから」
「先生が?」
「うん、ちゃんと仲いいんだよ、アイツ」
カカシが『アイツ』と呼ぶのは彼の恋人で、木の葉病院の女医である。カカシの彼女へのアタックぶりは有名で、すったもんだの挙句にくっついたのだ。
「でも、ま、ハヤテがいるんならダイジョ〜ブだな」
薬も飲ませてたしね、とまたニヤニヤ笑っている。
マズイところを、マズイ人に見られたものですね・・・。
ハヤテは頭痛がしてきそうだった。
「ん〜、ところでさ、ハヤテとちゃんって付き合ってんの?」
「・・・いえ」
「へ〜、そうなんだ。オレはてっきり付き合ってるんだと思ってたけど。アイツがさ『ちゃんにイイ男を紹介してあげて』って
言うから、オレは『ハヤテと付き合ってるんじゃないの?』って聞いたら、『あんな煮え切らない男はダメ!』って
スゴイ剣幕でさ〜」
「・・・『煮え切らない男』ですか」
ハヤテは苦笑を浮かべた。ハッキリとモノを言う、かの女医殿には、ハヤテの気持ちはすっかりお見通しらしい。
「・・・・・・大切なものなど、私は欲しくないのです。大切なものができて、弱くなりたくない。
いざという時に、自分の命を惜しんでしまいそうな気がするのです」
自分は忍で、しかも特別上忍なのだ。里の道具である忍は、時としてその命を賭けて任務を遂行しなければならない。
――けれど、大切なものができてしまったら?
ギリギリのその瞬間、もしかしたら自分は任務よりも己の命を選んでしまうかもしれない。ハヤテはそれが怖かった。
「アイツに出会うまでは、オレもそう思ってたよ。でも、逆もまた真なりでさ、大切なものがあるから強くなれる、
と思うけどね〜、オレは」
そして、カカシはおかしそうに笑った。
「っていうかさ〜、もう手遅れデショ?もうとっくに、ちゃんはお前の『大切なもの』になっちゃってるよ」
「・・・!」
「潔く諦めたら、ハヤテ?
オレは、欲しいものを『欲しい』って言えるヤツのほうが好きだね。たまには、考えるのをヤメて、
感情のままに行動するのもイ〜イんじゃない?」
「・・・それはアナタのことでしょう」
「喰えないヤツだね、お前?
まぁ、いいや。お前、今夜任務だったろ?代わってやるから、ちゃんの看病をしっかりやっとけ。
ま、オレからのお年玉だね〜」
「・・・ですが」
「アイツもどうせ夜勤なんだ。ん〜、じゃあ、オレがちゃんの看病してもイイけどvv」
「ダメですッ!」
ハヤテの即答に、カカシは堪えきれないといったふうに一頻り笑って、『よいお年を』と言い残して帰っていった。
カカシを見送り、ハヤテは小さくため息をついた。
ベッドに寝かせたの様子が気になり、覗き込んでみたが、顔色も呼吸も先ほどよりは随分良くなっていた。
額に汗で張りついた髪をかきあげて、その柔らかな頬にそっと触れてみる。
カカシに言われるまでもなく、自分にとってはとっくに『大切な存在』になっていることは明らかだった。
ただ、それを認める勇気が自分にはなかっただけ・・・。
ハヤテはまた、小さくため息をついた。
「目が覚めましたか?」
ひんやりとしたものが額に触れて、あたしは目を覚ました。見上げた天井はいつものあたしの部屋。
・・・って、この声は?
「ハヤテさん?」
「ああ、そんな飛び起きたらまた・・・」
クラリとめまいがする。あたしはお布団に倒れこんでしまった。
ア、アレ?なんで、あたしパジャマに着替えてるのーっ?!
「着替えさせたのは私ではありませんよ」
「え?」
「大家さんの奥さんにお願いしましたから」
私が着替えさせても良かったんですけど、とハヤテさんはちょっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ハァ〜ッ?な、なに言っちゃってるんですかっ?!」
パッと時計を見ると、時刻は夜10時。あたしってば、どれだけ熟睡しちゃってるの〜(ToT)
ハヤテさんと出会ったのは夕方だったハズ・・・!
「食欲はありますか?何か食べてから、薬を飲んだほうがいいと思いますが」
ハヤテさんが優しく聞いてくれるけれど、あたしはすっかりパニックに陥ってしまっていた。
「あ、あの、あたし、ゴメンなさい!迷惑かけちゃって・・・。もう一人でも大丈夫ですからッ」
「・・・私がいてはご迷惑ですか?」
ハヤテさんたら、なんでそんな捨てられた子犬みたいな瞳で、あたしを見るんですかーっ?!
あたしはさらにパニック状態。
「と、とんでもないですっ!迷惑どころか、かえって嬉しいっていうか・・・いや、そうじゃなくて!
ハヤテさんにも予定があるでしょう?お友達とか、その・・・か、彼女とか・・・」
うわぁ〜、あたしってば墓穴掘ってるよ(涙)ナニ余計な質問してるのよ〜!
ハヤテさんは、あたしの慌てまくってる様子を見て、くすっと笑った。すっかりぬるくなってしまった
額のタオルを取り替えながら、彼はまた笑った。
「予定はありませんよ。彼女も、今のところはいませんし・・・あなたが『ハイ』と言ってくれれば、すぐにでもできるんですけど」
「え・・・?」
あたしはキョトンとしてハヤテさんを見上げると、いつもは顔色の悪い彼の頬がかすかに赤いような気がした。
「返事は急ぎませんから・・・。まずは風邪を治さないと」
ゴホッと咳払いをしたハヤテさんの顔はまだ赤い。これって、あたしの都合のいい誤解じゃない・・・よね?
「・・・あ、あの・・・あたしの返事は『ハイ』です・・・・・・」
「・・・ありがとうございます」
恥ずかしそうに微笑んだハヤテさんに、あたしは完璧ノックアウト・・・。ああ、また熱が上がっちゃうよ〜!
その後、ハヤテさんは甲斐甲斐しくあたしの世話をしてくれた。ゴハンも食べて薬も飲ませてもらったあたしは、またウトウトしかけていた。
「もうすぐ、年が明けますね」
そういえば、遠くから除夜の鐘が聞こえてくる。
「風邪が治ったら、二人で初詣に行きましょうか」
暖かなお布団の中で、ハヤテさんの声を遠くに聞いていた。
これが夢じゃありませんように・・・。そう思いながら、あたしは深い眠りにおちていった。
【あとがき】
今年ももう終わりですねぇ・・・。月日が経つのは早いです。
私がこのサイトを始めてはや2ヶ月。カウンタも1000を越えたのは、ひとえに皆さまのおかげです!
わたしのカカシ先生Loveの勢いはまだまだ止まりそうにございません。
↑ハヤテさん主人公のハズなのに、カカシ先生がでしゃばっているのも愛ゆえでございます。
だってウチはカカシ先生メインだも〜ん!・・・じゃカカシ先生で書けよ、って感じですが(^^;)
カカシ先生は『お正月企画』で書いてしまったので、正月ネタが切れてるのですよ〜。
え〜、これからも頑張って、糖度少なめエロ度皆無(?)の名前変換小説を書いていく所存です。
皆さまが来てくださるのが励みになりますので、ご声援よろしくお願いいたします。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2004年12月31日