月夜




その部屋は、蒼い月の光で満たされていた。

決して広くはない彼のベッドの半分は、恋人に占領されていた。うつぶせになり、手を顔の下に敷いて、気持ちよさそうに眠っている。
白いシーツからのぞくその滑らかな背中や、腕の下の柔らかそうなふくらみは、ハヤテの目を愉しませるには十分だった。
任務から帰ったばかりの彼女と抱き合ったのは、ついさっきのことだ。


蒼い光が彼女を照らし、もともと白い肌をさらに青白く見せていた。
青白く光るその肌はあまりにも美しくて、ハヤテを落ち着かない気持ちにさせる。
「・・・どうしたの?」
さっきまでまどろんでいた彼の恋人はパッチリと目をあけ、こちらを見ていた。
「すみません、起こしてしまいましたか」
「・・・」
「まだ寝ていても大丈夫ですよ」
はこちらをじっと見つめている。ハヤテがきちんと答えるまで、は視線をそらさないだろう。
には、ハヤテのポーカーフェイスも通用しない。
「――あなたが月の光に溶けて消えてしまいそうな気がしたのです」
「わたしはココにいるわよ?」
「ええ、わかっています。ただ・・・なんとなく、あなたがかぐや姫のように、月に還ってしまいそうな気がしたのです」
「かぐや姫?」
はクスリと笑うと、ハヤテの方へ身を寄せる。
「ねえ、ハヤテ?」
「はい?」
「かぐや姫は、月に還りたくなかったんだと思う?」
「さあ、どうでしょう・・・」
「わたしは、月に還りたかったんだと思うわ。だから、貴公子たちに解けないような難問をだして、月に還ったのよ」
「最後は、月からの使者が迎えにくるんでしたっけ・・・」
「ええ、そうよ。かぐや姫は月に恋していたの。だから還りたかったの・・・」
「月に恋を?」
ふと見上げた窓辺には銀色の月。あまりにも美しいそれは、永遠に手にすることができないものの象徴のように、ハヤテには思えた。
どんなに月に恋焦がれても、己のものとすることはできない。
それではまるで、かぐや姫に恋した貴公子たちのようではないか。
「わたしがかぐや姫なら、『月光』に惹かれるのはあたりまえね」
キョトンとしているハヤテに、もう、とは笑った。
「・・・?」
「わたしは『月光』に恋しているの」
ちゅ、と軽くくちびるを重ねる。
「わたしが還ってくるところはあなたのところだけ・・・」
「では、私はあなたが帰ってくるのを待っていましょう」
の、白く柔らかな身体を抱きしめる。抱きしめた温かな身体が、彼女がここにこうして存在していることを認識させてくれる。


自分と同じ特別上忍であるは、火影の信頼も篤く、それゆえ危険な任務を受けることが多かった。
今夜もはAクラスの任務をこなし、ハヤテのもとへ戻ってきたのだ。さっと湯を浴びて汚れを落としたあと、何かに急かれるように抱きあった。
それは二人のあいだでは、すでに儀式のようになっていた――互いに生きていることを確認しあうような、もっとも原始的な行為。
自分の腕のなかで、熱い吐息をもらすを見て、ハヤテは初めてが戻ってきたことを認識する。
「愛しているわ、ハヤテ・・・」
「私もです、

月は満ちて、欠ける。そしてまた、満ちる。
しかし、決して夜空からその美しい姿を消すことはない――ならば、自分は待とう。あの月のように・・・。
彼女を照らし、この場所へ戻ってくる標となろう。蒼い光に導かれ、がここに戻ってこれるように・・・。




【あとがき】
『月光ハヤテ』って、キレイな名前ですよね。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
 2004年2月1日