over the moon 前編
月光ハヤテは悩んでいた。
クリスマス風に綺麗に飾りつけられたショーウィンドウをのぞきこみながら、ハヤテは悩んでいた。
ショーウィンドウの中にはさまざまなアクセサリーが飾られているのだが・・・。
「彼女へのプレゼントでも探してるの?」
「・・・さん!」
ハヤテの背後から声をかけてきたのは、同じく特別上忍のだった。
「ハヤテって彼女いたんだー」
「ゴホ・・・残念ながら、そういう方はいませんよ」
ハヤテが覗いていたのは宝石店のショーウィンドウ――が誤解するのも仕方なかった。
ウィンドウには『大切なあの人に贈りたい』などとロゴが書かれ、恋人に贈るようなジュエリーばかりが展示されている。
「あ、もしかしてクリスマスに告白しようとか?」
「・・・ええ、まぁそんなところです。ゴホ」
へぇぇ、とが驚いた顔でマジマジとこちらを見ている。照れ隠しのためか、ハヤテは視線をそらした。
「入らないの?」
「ちょっと入りにくいなと思いまして・・・ゴホゴホ」
確かに店内はカップルばかり。もともと、宝石店などに縁のないハヤテとしては、入りづらいことこの上なかった。
「ふーん・・・じゃ、一緒に入ってあげよっか?」
「え?」
はグイとハヤテの腕を取ると、店の扉を開けた。
「わー、綺麗〜」
ショーケースの中には、ネックレスやらリング、ピアスなどが美しくディスプレイされている。
「・・・ゴホ」
「なによ、ハヤテ?」
「いえ、楽しそうだなと思いまして」
「まぁね。アクセサリーを見るのは好きよ」
は楽しげにショーウィンドウをのぞきこんでいる。その様子を意外そうに見ているハヤテに気づくと、はムッとした顔でハヤテを睨んだ。
「普段、あまりこういうモノをつけているところを見たことがなかったので」
「どうせ、あたしには似合いませんよーだ」
プッと頬をふくらませたを見て、ハヤテはクスクスと笑った。
はハヤテよりも年上だが、時折見せる子供っぽさがハヤテは嫌いではなかった。
「そんな意味ではありませんよ。ゴホゴホ」
「いいのよ、自分でもわかってるから」
スラリとした立ち姿のは、女性らしい、というよりは中性的な雰囲気の持ち主だった。
本人もそれはわかっているらしく、ボーイッシュなスタイルが多く、好んで女性らしい服を着ようとはしなかった。
ほんの少しだけ自嘲的な笑みを浮かべただったが、すぐにまたショーケースの中を熱心に見始めた。
ハヤテは、に気づかれないように小さなため息をついたが、本来の目的を思い出したらしい。
ショーケースを端から眺めつつ、お目当ての品を探し始めた。
はショーケースをのぞいているようなフリをしながら少し離れた位置に移動して、ハヤテの穏やかな横顔を盗み見た。
――初めて会ったのは、どこかの戦場だった。
自分はその光景を忘れることはないだろう、とは思う。
それはまるで、優雅な舞でも見ているのかと錯覚さえ起こしそうな光景だった・・・。
スラリと細身の剣が月光を受け、鈍く輝いていた。その光が敵の中を駆け抜けていったかと思うと、後に残るのは敵の屍のみ・・・。
それを操っているのがハヤテだった。
剣を構え、敵の間を舞うように進んでいく。敵の攻撃を交わしたかと思うと、すかさず攻撃に転ずる。
鮮やかな剣技で相手を翻弄し、次々と倒していく・・・。
すべての任務が完了したあと、は思わずハヤテに声をかけていた。
「今度、手合わせしてくれる?」
「ええ、いいですよ。ゴホゴホ」
ハヤテも、の剣技を見ていたらしい。
はハヤテとは違い、二刀流だ。左手の剣で敵の斬撃を受け止め、右手の剣で斬り結ぶ。
女性ゆえの非力さをその身のこなしとスピードでカバーし、次々と敵を倒していく。
同じ道を極めようとする者同士、どこか通じるところがあったのだろうか。それ以来、ふたりは共に鍛錬をしたり、時々は飲みに行ったりするような間柄となっていた。
どちらにしても色っぽさのカケラもないなぁ、とは心のうちでため息をついた。
――は、この穏やかな年下の青年に心惹かれていた。
宝石店の前にいるハヤテを見かけてつい声をかけてしまったけれど、今は後悔していた。
誰かのためにアクセサリーを選んでいるハヤテを見ていると、チクリと胸が痛む。
ハヤテの好きなヒトって、どんなコなんだろう・・・?
それを知りたいような、知りたくないような複雑な気持ちだった。
熱心にショーケースの中をのぞきこんでいるハヤテに、またチクチクと胸が痛んだ。
ほんのちょっと『いいな』と思っていただけのはずなのに、予想外に自分はハヤテに心惹かれていたらしい。
「ハヤテの好きなコって、どんなタイプ?」
「・・・可愛らしい方ですよ、ゴホ」
「ふーん」
きっとハヤテよりも年下で可愛らしくて、守ってあげたくなるようなタイプなんだろうな・・・。あたしとは正反対だ。
穏やかな、それでもちょっぴり楽しそうなハヤテの横顔を見て、はキュとくちびるを噛み締めた。
「・・・」
「ん?」
ハヤテが足を止めた隣に、も寄っていってみる。
「あら、可愛いじゃない」
ハヤテが熱心に見ていたのは、ブルームーンストーンのプチネックレスだった。
コロンと丸い形にカットされたブルームーンストーンのペンダントトップが、くもの糸のように細いチェーンの先についている。
はクスリと笑った。
「・・・?さん、どうかしましたか?」
「ううん・・・っていうか、ハヤテからのプレゼントにはぴったりすぎる石だと思って」
月の名を持つハヤテからプレゼントされるのに、これほど相応しい石はないだろう。はそう思った。
「よろしければ、お試しになりませんか?」
二人が熱心に見ているのに気づいたのか、店員が近づいてきて、ショーケースの中からネックレスを取り出した。
「どうぞ、ぜひ」
の方に鏡を向け、ネックレスを差し出す店員に、は困ったような笑みを浮かべた。
「あ、あの、あたしのじゃな・・・」
「つけてみてくれませんか、さん?」
「え?でも・・・」
「どんな感じなのか見てみたいんです。ゴホ」
ハヤテにもそう言われ、店員にも熱心に勧められ、は断りきれずにネックレスに手を伸ばした。
ゆらりゆらりと蒼い石が揺れている。蒼い石を見つめながら、は複雑な気分だった。
あと何日か経ってクリスマスがきたら、このネックレスはハヤテの想い人の首を飾るかもしれないのだ。
「よくお似合いですよ」
「ええ、そうですね。ゴホ」
は曖昧な微笑を浮かべた。店員に鏡を勧められたが、は見ようとはしなかった。
ハヤテはすっかりそれが気に入ったようで、の胸元を飾るネックレスを熱心に見ていた。
は泣きたいような気分だったが、なんとかガマンすることに成功していた。が、あまり長くはもちそうになかった。
泣きだしてしまう前に、ここから離れなきゃ・・・。
「もう外してもいい?」
「ええ、すみませんでした、さん。ゴホ」
はネックレスを外し、店員に返した。ハヤテはそれに決めたようで、プレゼント用にラッピングしてくれるように頼んでいた。
「ハヤテ、悪いけど用事思い出しちゃった。あたし、帰るわ」
「あ、さん?!」
ハヤテの呼び止める声にヒラヒラと手を振り、は宝石店をあとにした。
街はすっかりクリスマスカラーの装いだ。あちこちにツリーやらリースが飾られ、なんとなく心が浮き立つような雰囲気だ。
街を行く人々も、慌しい中にも楽しげな様子がうかがえる。そんな中、だけがどんよりと暗い空気を纏っていた。
「ちょっとそこのシケた顔のおねーさん!オレと遊ばない?」
「『シケた顔』は余計でしょ!」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこに居たのはカカシだった。
不機嫌そうな顔のに、カカシはニコリと笑いかけた。
「じゃ、そこの可愛いおねーさん!このカッコいーい青年にお付合いしてもらえませんか?」
「カッコいい青年って、自分で言う?!」
カカシの軽口に、の顔がほころんだ。それを見て、カカシはちょっとホッとしたような顔をした。
「ね、ヒマだったらちょっと付き合ってよ?の好きなモノ、なんでも奢ってあげるからさ」
「カカシの奢りかぁ・・・。なんか後が怖そうだけどなー」
カカシは、の親しく付き合っている友人のひとりだ。落ち込んだ風の自分に気づいて、慰めようとしてくれているのだろう。
「そう言わずにさ〜」
「わかった!じゃ、栗ぜんざいが食べたい!」
「えー?甘そうだなぁー」
「なによ!?なんでもいいって言ったじゃない」
「ハイハイ。了解〜!」
カカシはの右隣に立つと、左肘をちょっと曲げて、少しだけ上にあげた。
「なぁに?」
「お嬢さんをエスコートしないとねv」
きょとんとカカシを見上げていただったが、やがてクスクス笑いながら、カカシの左肘に手を沿わせた。
「じゃ、エスコートしてもらいましょうか」
甘味屋に向かってふたりは歩き出そうとしたのだが、ふと、カカシが背後を気にするようなしぐさを見せた。
「どうしたの、カカシ?」
「んー?なんでもナーイよ。早く行こ」
「うん」
は、追いかけてきたハヤテの姿を見ることはなかった・・・。
「んーっ、おいしいっ!」
「そりゃ良かった」
熱々の栗ぜんざいをフーフー言いながら嬉しそうに口に運んでいるを、カカシは楽しそうに見ていた。
甘いものがあまり得意ではないカカシは磯辺焼きを頼み、熱い緑茶をすすっている。
「って、クリスマスイブはどうしてるの?」
「クリスマスイブ?」
「ほら、コレ!」
カカシがポケットから取り出したのは一枚のチケットだった。
「クリスマスイブにパーティーがあるんだ。一緒に行かない?」
「ちょっと見せて?」
カカシの持っているチケットをマジマジと見てから、は『これ持ってるよ』と言った。
「え、なんで?!」
このパーティーの開かれるレストランは結構オシャレな店で人気が高い。広い庭があって、毎年そこにクリスマスツリーが飾られ、人気スポットとなっているのだ。それだけに、この店のクリスマスパーティーのチケットはかなりの人気で、
手に入れるのもなかなか難しいのだ。
「こないだ、ゲンマにもらったんだ。余ってるから、って」
「ゲンマに?!」
「うん。行けるかどうかわかんないよって言ったのに、絶対来いって言われちゃって」
「・・・アイツ、抜け駆けしやがって」
「え?」
カカシの呟きはには聞こえなかったらしい。カカシは手をヒラヒラと振った。
「なんでもナイよ。ね、?オレと一緒に行こうよv迎えに行くし〜」
「うーん・・・。クリスマスイブか」
クリスマス――またハヤテのことを思い出してしまい、は暗い気持ちになってしまった。
きっとハヤテは想いを寄せている女性を誘い、あのネックレスをプレゼントするのだろう・・・。
「他のヤツらも来るから、きっと楽しいよ」
「そうねぇ・・・」
ひとりぼっちでクリスマスイブを過ごすよりは、大勢でワイワイ騒いでいた方がいいかもしれない。
幸い任務も入っていないことだし・・・。
「わかった。行くよ」
「ホントに!?」
「うん。でも、迎えに来てくれなくても大丈夫だから。現地で合流しよ」
カカシは不満そうだったが、渋々了承した。
「じゃ、とびっきりお洒落してきてねv」
「お洒落って・・・あたし、ドレスなんか着ても似合わないわよ?」
「もーっ!はせっかく可愛いのにさー」
「・・・アンタって、ホントに口うまいわね」
呆れ顔のを、カカシはむっとした顔で見つめた。
「本気だよ、オレ!」
「あー、ハイハイ。ちゃんとお洒落していくから」
はクスクス笑いながら答えた。
「わー、やっぱり外は寒いね」
「せっかく、ぜんざいで暖まったのになー」
店に入ったのは夕方にもなっていなかったのに、ずいぶん長い間しゃべっていたせいか、すっかり日が暮れていた。
「こんなことなら、飲みに行けば良かったな。どう、今から飲みに行く?」
「うーん、でもまだお腹空いてないし・・・。また今度ね」
「そっか。いい店見つけたんだよねー。今度付き合ってよ」
「楽しみにしてるわ」
は改めてカカシの方を向いて、礼を言った。
「・・・ありがとね、カカシ」
「ん?なにが?」
「ううん、なんでもない」
カカシのさりげない優しさが、には嬉しかった。沈んでいた気持ちも少しは上昇したような気がする。
ハヤテに会ったら、また胸がチクリと痛むかもしれない。
・・・でも、大丈夫。あたしは大丈夫。大丈夫なんだから・・・。
は自分に言い聞かせるように、何度も何度も心のうちで呟いていた。
【あとがき】
なぜだか今ごろクリスマスのお話です。
クリスマス企画でカカシ・アスマ・ゲンマと書き上げたのに、ハヤテだけ間に合わず(^^;)
ゴメンよ、ハヤテ・・・。
後編はもうしばらくお待ちください。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2005年3月31日