爆弾発言
『私の秘密、知りたいですか・・・?』
昼下がりの人生色々、待機中のアンコと紅がお茶を飲みながらおしゃべりをしていた。
「ねえねえ、ちょっと聞いた?」
「なにをよ?」
さほど興味なさそうに、コーヒーを啜りながら紅が答えた。
「ハヤテがさぁ、中忍だか下忍だかわかんないけど女のコに告白されたんだって」
「ふ〜ん、って別に驚くことないじゃない」
話題の月光ハヤテは、忍とは思えないような穏やかで優しげな雰囲気の持ち主で、そこが女子には人気らしい。
「話は最後まで聞いてよ!
いつもならさ、『誰ともお付き合いする気はないので。ゴホ』とか言って断ってるじゃん。
でも、今回は違ったらしいのよ・・・!」
「へぇ」
「『好きな方がいるので、お付き合いできません。ゴホ』って
言って断ったらしいのよ!」
「ホントに?ハヤテって好きなコいたんだ」
アンコの話を聞き流していた風な紅だったが、他人の色恋は気になるらしい。
「気になるでしょ!」
「そうね、誰かしら・・・?」
しばらくふたりは考え込んでいたが、思いつかなかったらしい。
「ね、は知ってる?ハヤテの好きなコ」
隣のテーブルで一生懸命報告書を書いていた特別上忍のに声をかけた。
「へっ!?うわぁ!コーヒー、こぼした!」
いきなり話しかけられて驚いたのか、はほとんど書きあがっていた報告書の上にコーヒーをぶちまけた。
「見直したら完成だったのに・・・」
隅っこを指でつまんで持ち上げたのだが、ポタポタと茶色い液体が滴り落ちてくる。ガックリと肩を落としたはびしょぬれになった報告書をグシャッと丸めた。
「ごめん、。そんなに驚くと思わなかったのよ」
「え?あ、ううん、大丈夫よ」
大仰に頭を横に振るに、紅は首をかしげた。前に座るアンコをちょいちょいと手で招くと、こそこそと話をする。
「ねぇ、の様子、なんだかおかしくない?」
「ん・・・そうねぇ。なんか妙に焦ってる感じ?」
「なんかアヤシイわね」
ふたりのヒソヒソ話が耳に入っているのかいないのか、はテーブルを綺麗に拭くと、新しい報告書を取り出した。ようやくホッと一息ついて、改めて報告書を書き始めたのだが。
「さん・・・?ゴホ」
「うわぁっ!?」
普段のはどちらかといえば落ち着いた雰囲気の持ち主なのだが、今日はどこかおかしいらしい。背後から現れたハヤテに声をかけれられて、飛び上がらんばかりに驚いている。
「ハ、ハヤテ・・・!?」
オロオロと慌てふためくを見て、ハヤテはクスリと笑った。それからの傍にスッと近づくと、その耳元でこそりと囁いた。
「・・・こんなところでは何もしませんよ、ゴホゴホ」
「っ!?」
慌てて飛び退ったに、ハヤテはひらりと一枚の報告書を差し出した。
「先週の任務の報告書なんですが、確認していただきたいと思いまして」
「えっ!?あ、ああっ、そうね!わかった!」
とハヤテは同じ特別上忍なのだが、の方が年上で先輩なのだ。は報告書を受け取り、目を通そうとしたのだが。
「・・・何よ?」
「なんでもないわよー」
「そうそう」
アンコと紅のふたりが、マジマジとを見つめていたのだ。これ以上ここに居るとマズイと思ったのか、
「ゴメン、向こうでチェックするわ」
とは言い、少し離れた衝立に囲まれたテーブルへと移動した。
「なんかおかしくなーい?ってば」
「そうね・・・。ハヤテもなんだかいつもと雰囲気が違うような・・・?」
同じ特別上忍ということもあって、チームを組むことの多かったとハヤテは仲が良かった。そのことをアンコも紅もよく知っていたのだが、どうにも普段のふたりと雰囲気が違うような気がするのだ。
「アヤシイわね・・・」
「戻ってきたら、問い詰めてやらなくちゃ!」
妙に気合のはいったふたりに、は逃げ出して正解だったかもしれない。
打ち合わせ用に仕切られた衝立は結構高さがあり、紅やアンコの方からでは頭のてっぺんくらいしか見えないだろう。はようやく落ち着いてハヤテの差し出した報告書を読み始めた。
「どうでしょうか?」
ゴホ、と近くで乾いた咳が聞こえたかと思うと、驚くほど近くにハヤテが居て、は目を見開いた。
「ちょ・・・っ?!ち、近い・・・ってば!」
「そうですか?」
の慌てぶりをクスリと笑い、ハヤテは楽しげにを見つめた。が自分を睨みつけているが、真っ赤な顔をしているので全く迫力はない。
「誰でも、好きなひとの少しでも近くにいたいと願うものでしょう?」
「・・・・・・」
ね、とハヤテが微笑みかけると、はますます真っ赤になった。
――あれは10日ほど前のことだったろうか。
とハヤテが任務から帰還し、とりあえずの結果を三代目に報告に行ったときのことだった。
「ふむ、そうか。ご苦労じゃったの」
ひとしきりふたりの労をねぎらったあと、三代目はニヤリと笑った。
「ところで、ちょうどよいところに来てくれたの。二人にちょっと頼みたいことがあるんじゃが」
とハヤテは顔を見合わせた。三代目火影直々の頼みごととはなんだろうか?
自然と力の入ったふたりの様子に、三代目はハッハッハッと笑った。
「なに、ちょっと資料を探し出して欲しいのじゃよ」
三代目の頼みとは、三代目専用の書庫からある巻物を探し出すというものだった。だが、その書庫というのが・・・。
「えーと、その辺に転がってるのって『禁断の書』じゃないんですか・・・?」
恐る恐るが尋ねてみると、三代目はあっさりと頷いた。
「私たちがここに入っても問題はないのでしょうか?ゴホゴホ」
「おまえたちは『禁断の書』を盗み読みするつもりかの?」
「いえ、そんなことは・・・」
とハヤテが顔を見合わせつつ答えると、三代目は満足そうな笑みを浮かべた。
「それでは頼んだぞ。1時間ばかりしたら戻ってくるからの」
あとに残されたとハヤテは、打ち合わせたわけでもないのにふたりして深いため息をついた。
「・・・では、巻物を探すとしますか。ゴホゴホ」
「そうね」
ふたりは手分けした頼まれた巻物を探すことにしたのだが。
「これって、ジャンル分けされてると思う?」
「いえ・・・めったやたらに書棚に突っ込んだように見えますね」
ありとあらゆる書物が雑多に並んでいる。いわゆる『禁断の書』が無造作に積まれていたり、思いがけないところからイチャパラがでてきたり・・・。
「くそぅ!こんな本、捨ててやる・・・っ!」
は18禁のエロ本を発見し、それを壁に投げつけた。
「三代目に叱られますよ、さん」
「1冊くらい、わからないわよ。あ、捨てるよりもカカシさんにあげようか」
の口からカカシの名が出ると、ハヤテはピクリと反応した。
「ハヤテ?どうかした?」
「いえ、別に」
そっけなく返事をしたハヤテは巻物探しを続けていく。は首をかしげながらも、自分も巻物探しに戻った。
「う・・・!また『禁断の書』だよ・・・」
いったいこの書庫はどうなっているのだろうか。その辺にゴロゴロとすごい巻物が転がっているのである。
「私達はよほど三代目に信頼されているようですね、ゴホ」
「まぁ・・・そうかもしれないわね」
こんなに管理が甘くてよいものなのか。は三代目が戻ってきたら、一言注意しなければと考えていた。
「――さんは『禁断の書』を見たいと思いますか?」
「え?」
ひとつ向こうの書棚を探していたはずのハヤテがいつのまにか傍に居た。は少し驚きながらも、ホコリまみれの手をパンパンと叩いた。
「うーん・・・正直、何が書かれているか見てみたい気もするけどね。
まぁ『禁断』なんだから、見ないほうがいいんじゃないかな?
知らなければ良かったのに、って思うようなことが書かれていそうだし」
「では、さんは他人の秘密にも興味がないタイプですか?」
「他人の秘密・・・?」
「ええ」
はどちらかといえば噂話に興味がないタイプだった。アンコと紅が隣で話しているのを耳にする程度だ。
「例えば――私の秘密、とか」
「ハヤテの・・・?」
なんだかハヤテの様子がいつもと違うような気がするのは気のせいなのだろうか。にとって、ハヤテは気のおけない後輩で、任務では欲しいところにサポートしてくれる優秀な仲間だ。
とまどっている風なを見て、ハヤテはクスリと笑った。その様子は常とは違って、どこか艶めいて見え、はドキリと鼓動が跳ねるのを感じた。
「教えてあげましょうか、私の秘密」
「た、例えば、いつも咳き込んでいるのに任務中は咳がでない理由とか?」
は少々焦っているらしい。自分でもどうしてそんなことを思いつつ、つい口に出してしまった。ハヤテはまたクスリと笑う。
「ゴホ。もっと重要な秘密ですよ。誰も知らない・・・秘密」
知りたいですか、と訊ねられ、は自分でもよくわからないうちに頷いていた。
ハヤテのことはよく知っていると思っていたのに・・・。
けれど今、自分の目の前にいるハヤテは、の知らないハヤテのような気がした。
「いい・・の?あたしに教えても・・・?」
「さんになら」
「・・・・・・」
大きく目を見開いたままのに、柔らかな笑みを口元に浮かべたハヤテが近づいてくる。
――ハヤテのサラリとした黒髪がの頬に触れた。
「っ!?」
「あなたが好きです」
は自分の口元を手で押さえ、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。真っ赤な顔をして、信じられないといった表情でハヤテを見上げている。
ハヤテはクスリと笑い、そして軽く咳払いをして、の前に膝をついた。
「――みんなには秘密ですよ」
窓から差し込むオレンジ色の光がふたりを包んでいた。
「報告書、それでよろしいですか?ゴホ、ゴホ」
熱心に報告書を読んでいたはハッとして顔を上げた。
「あ、うん・・・いいと思うよ」
「それでは、これで提出しておきますね」
先ほどまでとは違って、これまでがよく知っていたいつものハヤテの様子だったので、は首をかしげた。
「どうかしましたか?」
「ハヤテって、よくわかんないよ・・・」
あれから約10日間、の頭のなかはハヤテのことでいっぱいだった。
ハヤテはいったいどんなつもりであんなことをしたのか言ったのか?そもそも、本気で言ったのだろうか?自分をからかっているだけなのだろうか?
頭のなかがグルグルして、他のことが考えられないのだ。
「・・・ゴホ」
腕組みをして自分を睨みつけているを見て、ハヤテはふふっと楽しげな笑い声を立てた。
「私のことを知りたくなりましたか?」
「・・・」
「さんになら、私の秘密をもっと教えてあげてもいいですよ。ゴホゴホ」
「っ!?」
――私の『秘密』は、あなたの心にどんな波紋を投げかけましたか?
【あとがき】
「ハヤテって、よくわかんないよ・・・」とは文中のヒロインのセリフでしたが、
わたしにもよくわかりませんでした・・・(汗)
好きなひとには自分に興味を持って欲しいですよね。
かなりの策士だと思われます、ハヤテさん(笑)
今年で4回目のお誕生日企画に投稿させていただいた作品でした。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年12月1日