snow




「あ、お茶でも淹れてこよっか?ちゃん、コーヒーより紅茶のほうがいい?」
パコンッ!
「痛ってぇ!参考書の角で殴ったー!」
「さっさと問題を解く!ほら、もう5分切ったわよ」
「ええーっ!こんな難しいの、おれ、解けないよ〜!」
日曜日の昼下がり、は隣人で幼馴染の火原和樹の家庭教師を、なぜだか引き受けていた。


「これ、田舎の親戚が送ってきたんです。少しですけど、良かったらどうぞ」
「まぁまぁ、ありがとう、ちゃん。おいしそうな蜜柑ね」
は、田舎から送られてきた蜜柑を隣家におすそ分けにきたのだ。
「かぁさーん!腹へったー」
「・・・こら、和樹!」
パタパタとスリッパの音を立てながら現れたのは、の幼馴染の火原和樹だった。
「あっ?!ちゃんっ!」
「久しぶり」
「わわっ!どうしたの〜?」
にこにこと笑って子犬みたいなところは変わっていない。『幼馴染の和樹ちゃん』のままだ。さすがに高校生になって『和樹ちゃん』とは呼べなくなって、『和樹くん』と呼んでいるけれど・・・。はクスリと笑みをもらした。
「ちょっとおすそ分けにきただけ。おなか空いたの?」
「・・・あ」
ようやく全部聞かれていたことに気づいたのだろう、パッと和樹の顔が赤くなった。ククと母親にも笑われて、ますます赤くなる。
「ちょうど良かったわ〜!ちゃん、ヒマ?」
「はい?」
「このコったらね、一人っきりにしておくと全然勉強しないのよ〜!でね・・・」
というわけで、家庭教師というよりも、サボらないように見張り役を任されたなのだった。


おばさまの言う通りだわ・・・。この調子じゃ、とても勉強なんかしないでしょうね。
は深いため息をついた。じっと座って勉強しているには、和樹には元気がありすぎるのだ。
「ねぇねぇ、ちゃんに会うの久しぶりだよね〜」
「え・・・?うーん、そう言われればそうかなぁ」
「そうだよー!ちゃん、全然遊びにきてくれないんだもん」
むぅとくちびるを尖らせて拗ねている様はとても高校3年生には見えず、はついつい笑ってしまう。
「ごめん、ごめん。これでも一応社会人だからね」
いつもいつも自分の後をくっついてきた小さな男の子がもう高校生なのかと、はちょっと驚いてしまう。しかも、学校ではかなりもてるようで、バレンタインデーには隣家に女の子が大挙して押しかけていたのを見たことがあった。
素直で明るくて優しくて、ちょっと子供っぽいところも女の子たちの目には可愛く映るのだろうな、とは思った。
「どうしたの、ちゃん?」
「えっ!?」
驚くほど至近距離で和樹がこちらの顔を覗きこんでいた。思わずパッと身体をひいたに、和樹の方が驚いたような顔をした。
「あ!おれ・・・っ!ごっ、ごめんね、ちゃんっ」
「あ、ううん・・・。あたしの方こそ、ぼんやりしちゃってごめんね。さ、残りの問題、やっちゃおうか」
「・・・うん・・・」
和樹はようやく英語の長文を訳し始めた。はふぅと小さくため息をついて、窓の外を眺めた。
部屋の中が暖かいせいか、窓ガラスが少し曇っている。は立ち上がって、窓辺へと進んだ。
「なんか雪でも降ってきそうな天気ねぇ」
「えっ、雪っ!?」
一生懸命英単語を調べていた和樹だったが、のつぶやきにパッと顔をあげて、自分も窓辺へと立った。
「あ、ホントだ〜。今にも降りだしそうだ」
「道理で寒いはずだわ」
鉛色の空からは今にも雪が降ってきそうだ。
「そういえば、今年初めての雪かしら?」
「・・・外行こっ!」
「へ?!」
和樹は慌てた様子でコートを羽織り、にもコートを着せかけた。の手をつかむと、勢いよく玄関へと引っ張っていく。
「和樹くん、どうしたの?!」
「いいから、いいから!ついてきてよ、ちゃんっ!」
和樹はなぜか楽しげな様子で、にはさっぱりワケがわからない。
「ちょっと、和樹!?どこへ行くの?」
キッチンでお茶の用意をしていた母親が驚いたように声をかけた。
「公園!すぐ戻るから」
「公園って、こんな天気なのに?今、お茶淹れるところだったのに」
「こんな天気だから行くんだよ!ほらちゃん、行くよっ」
後ろから母親の呼び止める声が聞こえるが、和樹は無視しての腕をグイグイと引っ張っていく。
玄関をでると、冷たい空気にきゅっと身が縮むような気がした。
「寒いよ、和樹くん!風邪ひいちゃう〜」
「いいから、いいから!ちょっとだけ、おれにつきあってよ」
ねっ、と笑いかけられると、どうにも断れないなのだった。


「さぶーっ!」
公園は閑散としていた。さすがに寒いのと、今にも雪が降り出しそうなせいか人影はない。
「ねぇ、公園に何かあるの?」
風邪ひいちゃうよ、とは抗議してみるのだが、和樹は聞き入れない。
「ちょっと待ってて!」
和樹は楽しそうに空を見上げている。もつられて空を見上げてみると・・・。
「うわぁ〜!」
「雪だよ、ちゃん!」
――天使の羽みたい。
ふわり、と空から白いものが舞い落ちてきた。それはふわりと風に乗って、ゆっくりと天から降ってくる。
「・・・雪が降ってくる瞬間って、初めて見たかも!ね、和樹ちゃ・・・何してるの?」
ずっと天を見上げていただったが、ふと隣の和樹を見ると、和樹は両の手をそっと天に向かって差し伸べていた。
「ちょっと待ってて!」
和樹はしばらくそのままだったが、の方をふりかえり、その手を差し出した。
「ハイ!」
「・・・はい?」
当然のことながら、差し出された手の上には何もない。が首をかしげると、和樹はにっこり笑った。
「初雪だよっ!」
「初雪・・・?」
「その年の最初の雪を捕まえるとね、幸せになれるんだって!」
にこにこと満面の笑みを浮かべている和樹に、は苦笑するしかなかった。
「・・・溶けちゃってるよ?」
「えっ!?」
の言葉に慌てて自分のてのひらを見てみるが、そこには何もなかった。あるのは水滴だけ・・・。
「ご、ごめんっ!おれ、かっこ悪・・・」
途端に困った顔になって慌てだした和樹に、は思わず微笑を浮かべていた。
「ありがと、和樹くん。嬉しいよ!雪が降ってくる瞬間なんて初めて見たよ」
パァァッと和樹の顔が明るくなる。
「あの、おれ・・・ちゃんに言いた」
♪チャララ〜
のコートのポケットでケータイが鳴り出した。
「ごめんね、電話だ」
コートのポケットからケータイを取り出して、もしもしと答える。
声の大きな相手らしく、漏れ聞えてくる声から男だということがわかった。背を向けてしゃべっているには、和樹の瞳に剣呑な光が宿ったことには気づいていなかった。
「・・・え?・・・あ、うん。・・・今度の土曜?別に何もないけ・・・え?」
の手の中のケータイがさっと抜き取られた。驚いて振り返ると、のケータイで和樹がしゃべっている。
「悪いけど、その日はおれと先約があるからっ!(プチッ)」
「え?!和樹くん、なに勝手にヒトのケータイでしゃべってんのよ?」
むぅとした顔の和樹はさらにケータイの電源を切って、自分のコートのポケットへと滑り込ませてしまう。
「あたしのケータイ?!」
「・・・返さない!」
「へ?」
さっきまで機嫌よくにこにこしていたのに、一転して不機嫌になってしまった和樹にワケがわからず、はどうしていいのかわからない。
「今度の土曜、何の日か知ってるの、ちゃん?」
「え?今度の土曜・・・あ!クリスマス・イブか」
忙しさにかまけて、すっかり忘れてしまっていた。の意識のなかでは『3連休なんだ。ラッキー!』くらいのレベルだったのである。
「・・・子供のころは毎年一緒にパーティーしてたのに」
シュンとした顔で、恨めしそうに和樹がこちらを見上げていた。
小さい頃は隣家にお呼ばれして、一緒にクリスマスパーティーをするのが年中行事のようになっていたのだ。けれど、気がつけばいつのまにか行かなくなってしまっていた。
「だ、だって、和樹くん、予定あるでしょ?彼女とか友達とか、騒いで過ごすんじゃないの?」
「彼女なんていないもんっ」
プイ、とそっぽを向かれ、はさらに慌てた。いつもにこにこと元気な和樹が、すっかり機嫌を損ねているのだ。
「・・・ちゃん・・・ちゃんは・・・・・・」
「なあに?」
「付き合ってるヒトとか・・・居るの?」
「別に居ないけど」
「ホントにっ!?」
驚くほど勢いよく聞かれ、の方が戸惑ってしまうほどだった。
「う、うん・・・」
「じゃ、クリスマス・イブは空いてるんだねっ!」
和樹の勢いに押され、はコクコクとうなずくしかなかった。
「それじゃ決まり!クリスマスはおれと一緒にパーティーしようねっ!」
「あ・・・うん、別にいいけど・・・」
は昔から和樹の笑顔に弱いのだ。こんなににこにこ顔で言われては、断りの言葉など言えるわけもなかった。
「ケーキ、どうしようっか?ちゃんは生クリームとチョコ、どっちが好き?」
「どっちでもいいよ。和樹くんが好きなほうで」
「えー?迷っちゃうなぁ」
真剣に悩んでいる和樹はとても楽しげに見えて、ついついも微笑んでしまう。
「ケーキと、あとはチキンかな〜♪」
「そうだね。・・・くしゅんっ」
雪はさっきから降りやまず、静かに空から舞い落ちてきていた。シンと冷えた冬の空気はすっきりとして心地よいものだったけれど、薄手のコートしか羽織っていないから熱を奪ってしまう。
「ごめん、ちゃんっ!冷えちゃったよね?」
――何か温かいものが頬に触れたと思った。
「わー、こんなに冷たくなっちゃって」
「っ!?」
温かいと思ったのは和樹の手だった。和樹の大きな手が、の両頬をすっぽりと包み込んでいた。
なぜか自分の顔が赤くなっていくのがにはわかった。
小さくて紅葉のような手だったはずなのに、いま自分の頬に触れている手はとても大きくて。和樹が『男の子』ではなくて『男の人』なのだとに気づかせる。
「おれのだけど、良かったら使って」
ふわり、と柔らかなものが首にかけられた。冷たい空気がさえぎられて、首筋が暖かくなる。
「マフラーだよ。ちょっとでも暖かいでしょ」
「でも、あたしに貸しちゃったら、和樹くんが寒いでしょ?」
「おれはヘーキ、ヘーキ!」
「けど・・・」
和樹は、の首にかけたマフラーの両端をグイとひっぱった。
「っ?!」
首にかけられたマフラーに引かれて、はバランスを崩し、和樹の胸元へ倒れこんでしまう。
「・・・いつまでも『弟』じゃないから」
「えっ?・・・わぷっ!」
バサリとマフラーが巻かれ、鼻の頭まですっぽり包まれてしまう。和樹がなんと言ったのか聞き返そうとしただったが、マフラーに邪魔されて言うことができない。
「帰ろう、ちゃん!」
「う、うん・・・」
和樹に手を引かれて歩き出しただったが、自分の手を包む和樹の手の温かさと大きさに胸がドキドキしてしまっている自分がいた。
・・・いったいどうしたっていうのよ、あたしはっ!
自分の後をくっついてきた小さな男の子はもう居ないのだ。子供の頃は手をつなぐことなど何とも思ったことはなかったのに・・・。
ちゃん、顔赤いよ?」
「っ?!そんなことないわよっ」
和樹がクスクスと笑う。
「帰ったら、温かいココアでも飲もうかっ!」

――クリスマスまで、あともう少し。
ひらりひらりと白い雪が静かに舞い落ちる冬の一日だった・・・。




【あとがき】
とある御方に押しつけた『金色のコルダ』の火原くんです
ゲーム未プレイなので、コミックとネオロマDVDのイメージで書きました(笑)
ゴ、ゴメンなさい・・・まさに『ちゃれんじ』コーナーです(^^;)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2005年12月22日


ネオロマ部屋へ移動しました。
 2006年9月13日