夢の中で




カランコロン、とどこか懐かしい響きのドアベルが鳴った。
「あら、ジェイドさん。いらっしゃいませ」
にこやかな笑みで自分を出迎えてくれたに、ジェイドは少しくちびるを尖らせた。
「違うだろう、?俺のことはジェイドと呼ぶって約束しただろう?」
あ、と口元を押さえたは、ついでくすっと小さく笑った。ジェイドの表情が、まるで子供が拗ねているようでおかしかったのだ。
「ごめんなさい、ジェイド」
「うん、それでいい」
ジェイドはにっこりと微笑んだ。

ここはウォードンにある小さな紅茶専門店だ。の父がオーナーだが、彼は茶葉の買付けに世界中を旅しており、実際店を守っているのは娘のだった。いつもは店番の女の子がもうひとりいるのだが、今日はだけしかいないようだ。
「今日は何をご用意しましょうか?」
「たくさん頼まれてきたんだ」
ジェイドがメモを渡すと、はあら本当とつぶやいた。
「ニクスがここの紅茶を気に入ったみたいなんだ」
ジェイドがたまたま見つけたこの店の紅茶を気に入ったらしく、ジェイドが紅茶を買いに行くと言うと、ニクスにも必ず頼まれるようになっていた。
「本当に?それは光栄だわ」
「ここの紅茶はおいしいからね」
は嬉しそうに目を輝かせた。ニクスは篤志家として名を知られ、人々の尊敬を集めている。そんな彼が自分の店の紅茶を気に入ってくれたのが嬉しいのだろう。もちろん、紅茶を気に入ってくれたのがニクスでなくても、はきっと喜んだだろうとジェイドは思った。
「それじゃ、すぐにご用意しますね。お待ちになる間、何かお飲みになりません?」
「ああ・・・そうだな。じゃ、アールグレイをもらおうかな」
「はい、かしこまりました」
さほど広くもない店内だが、落ち着いた雰囲気で、窓からは暖かな光が差し込んでいる。店の中には小さなテーブルがあり、紅茶の試飲ができるようになっている。
ジェイドはイスに腰掛けると、が紅茶を入れる様子をじっと見詰めた。
カップを温め、慣れた手つきでポットにお湯を注ぐ。無駄なところなどひとつもない、流れるような優雅な所作。そして、立ち昇る芳香・・・。
ジェイドはそれを見るのが大好きだった。
「・・・あ、あの、ジェイド・・・?」
「なんだい、?」
「そ、その・・・あまり見つめないでほしい・・・んだけど」
少し頬を赤くして、もじもじしながら言うはとても可愛らしいとジェイドは思った。
「どうして?」
「だって・・・恥ずかしいもの」
初めてジェイドに逢ったとき、はそのあまりの人懐っこさに返って警戒心を抱いてしまったほどだった。今ではそれが誤解だったということは充分わかっているけれど、ジェイドの優しい微笑みはの心臓をドキドキさせるのだ。
「俺はが紅茶を淹れているのを見るのが好きなんだ」
蕩けるような優しい笑みを浮かべてそう言われると、にはそれ以上言い返すことはできない。照れ隠しか小さくコホンと咳払いをすると、はジェイドのカップに紅茶を注いだ。
「ああ、いい香りだ」
ふわりと立ち昇るアールグレイの香りを深く吸い込む。丁寧に淹れられた紅茶は薫り高い。
はメモを片手に、小さな紅茶の缶をトレイに乗せていく。ひとつひとつの量は少ないが、種類が多い。はメモと商品をチェックすると、ジェイドの座るテーブルへトレイを乗せた。
「お待たせしました。メモを確認したつもりなんだけど、もう一度確認していただけるかしら?」
「うん、わかったよ」
がジェイドにメモを渡すと、ジェイドはふいに鼻をひくつかせた。
「ジェイド?」
「・・・ああ、ごめん。なんだかいい香りがしたような気がしたんだけど・・・」
「いい香り?」
は香水をつけているの?」
「いいえ。紅茶の香りを邪魔してしまうから、香水はつけていないの」
の香水はある意味紅茶だともいえる。店の中には紅茶のよい香りが漂っていて、そこに一日中いるのだから。時折、きつい香水をつけたご婦人がやってくると、紅茶の香りを損ないたくなくてこっそり窓を開けて換気をするくらいだ。
時折コーヒーも楽しむが、やっぱりは紅茶が大好きだった。自分の店では最高の紅茶を飲んでほしい――その気持ちからか、は香りのきつい化粧品などは自然と避けるようになっていた。
「そうなんだ。でも、確かに何か・・・」
ジェイドはどうにもその香りが気になるらしい。その香りの元を確かめるためか犬のように鼻をクンクン鳴らしているジェイドを見て、は思わず笑いそうになってしまうのをこらえた。
しかし、その余裕もそこまで。
「・・・やっぱり君だ」
「え・・・?」
からいい香りがする」
キスされるのかと勘違いしてしまいそうなほど近くにジェイドの顔があって、は真っ赤になって思わず後ずさっていた。ジェイドはせっかく見つけた香りの元を逃がすまいと、が一歩引けばジェイドが一歩近づき、ふたりの距離は近いままだった。
「なんだろう・・・ラベンダー?いや、それだけじゃないな・・・」
真っ赤になっていただったが、ジェイドの『ラベンダー』という言葉にハッと気づいたようだ。
「ラベンダーなら、わたしが作ったポプリの香りかもしれないわ」
「ポプリ?」
「ええ。ラベンダーといろんなハーブでポプリを作っているの。それをクローゼットに入れていたから、
 わたしの服から香りがしたのかもしれないわ」
「微かだけれど、すごくいい香りがする・・・」
その穏やかで優しい香りはによく似合う、とジェイドは思った。
「ありがとう、ジェイド。でも、鼻がいいのね、ジェイド?本当に微かな香りなのに」
鼻が慣れてしまっているのかもしれないが、が自分でも気づかないほどの淡い香りだ。
「うん、俺は鼻が利くんだ」
ジェイドがヒクヒクと鼻を動かしてみせると、はクスクスと笑った。
俺は誰かの笑顔を見るのが好きだけれど、の笑顔を見るのは格別に好きだ・・・。
「ねぇ、。もしよかったら、そのポプリを分けてもらえないかな?」
「ポプリを?」
「ああ、少しでいいんだけど」
「クローゼットに入れるの?」
ジェイドのような男性からラベンダーの香りがするのはどうだろうか、とは少し思ったのだ。
「いや、眠るときに枕元に置こうかと思って」
「ああ・・・。そうね、ラベンダーには安眠効果があるものね」
「いや。このポプリを枕元に置いて眠ったら、夢の中でも君に逢えるかもしれないだろう?」
ジェイドがにっこりと微笑むと、は湯気が出そうなほど真っ赤になった。

ごめんよ、。本当は、アーティファクトである俺は夢を見ない。
けれど、もしも夢を見ることができるのなら――夢の中でも君に逢いたいと思う。

ねぇ、
君ならこんな気持ちになんて名前をつける・・・?




【あとがき】
ネオロマ企画投稿作品。
まさか書くとは思わなかったネオアンジェリーク(笑)
ゲームは結構好きでした♪


最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2007年6月16日