White Christmas




「カブト!居ないの〜?」
幼馴染であるが勝手に家に上がりこんでくるのを既に感じ取っていた薬師カブトは、読みかけの巻物をクルクルと巻き取り、引き出しの奥へとしまいこんだ。
「なんだぁ、居るんじゃないの。返事くらいしてよね」
「・・・返事してもしなくても、あなたは勝手に入ってくるでしょう?」
そう言ってカブトは銀色のメガネのふちを指で押し上げた。
「いいじゃん、別に。お隣さんなんだもん」
突然現れたは、ひんやりとした夜の冷気をまとっていた。すっかり冷え切っているのだろうか、の顔色はあまりよくなかった。
「何か・・・」
あったのか、と聞く前に、カブトは微かな血の匂いに気づいた。
「ちょっと怪我しちゃってさ」
は木の葉の特別上忍だった。いつもならサラリと風に揺れているその髪はぐっしょりと濡れており、白い額にぺったりと貼りついている。
の様子に気づかなかった自分にカブトは舌打ちした。黙ってヒーターの温度を上げ、クローゼットから白いタオルをとりだした。
「びしょぬれじゃないですか。風邪ひきますよ」
「報告に行って、シャワーだけ浴びてきたのよ」
は大人しく、カブトに髪を拭かれるままになっていた。
「怪我の具合は?」
「・・・たいしたことない」
「なら、木の葉病院にでも行けばいいでしょう」
だって、とは言いかけて、そしてやめた。その理由が充分すぎるほどわかっているカブトは、小さくため息をついた
「そこに横になってください」
「うん。ごめんね、カブト」
そんな科白はもう聞きたくない。カブトは奥歯をキュッと噛み締めた。


と初めて会ったときのことを今でもよく覚えている。
「アンタ、なんて名前?」
「・・・カブト」
屈託のない笑顔を浮かべた少女は、これからよろしくね、と言った。
お転婆だった少女は成長し、美しい女性へと変わっていた。いつのまにやら特別上忍などという地位にまで出世した彼女は任務に明け暮れる毎日だったが、ことあるごとに隣家のカブトの元へと訪れていた。
任務は器用にこなすだったが、家事全般にはまったく向いていないらしく(やればできるが時間がもったいない、とは本人の弁)、カブトの家へとやってきては食事を供にしていた。
戸棚から消毒薬とガーゼをとりだし、カブトはの居る部屋へと戻った。
――そこには、無防備な白い素肌をさらしたが居た。
上に着ていたベストとアンダーシャツを脱ぎ、はカブトのベッドに横たわっていた。露わになった白い背中に斜めに走る刀傷・・・。
カブトは眉をひそめ、ベッドの脇へと腰掛けた。
「そんなに深くはないと思うんだけど」
「・・・ええ、そうですね」
応急処置はしてあるのだろうが、じわりと血が滲んでいた。
「すこし香でも焚きましょうか。気分が落ち着きますよ」
はうつむいたまま、かすかに頷いた。カブトはベッドサイドの引き出しから小さな香のセットをとりだすと、赤いコーンに火をつけた。
「・・・いい香り」
さんはこの香りがお気に入りでしたね」
「うん。あまりキツいのは苦手だけど、これは好き。でも、なんだか眠くなっちゃうのよね、このお香」
「リラックス効果があるんですよ。眠っていてもいいですよ」
の身体から徐々に力が抜けていく。白く滑らかな肌や丸みを帯びた肩先に、脇からのぞく柔らかそうなふくらみに、カブトはついつい眼を奪われてしまう――それから、背中に咲いた赤い華に。
「・・・」
カブトは小さく頭を振って、背中の傷の消毒を始めた。薬がしみたのだろうか、が少し身じろぎした。
「傷を塞ぎますから、リラックスしていてくださいね」
「・・・ん」
半分夢うつつの状態なのだろう、の答えははっきりとしなかった。カブトはゆっくりとチャクラを練り上げ、指先へとその力を集中させた。
綺麗に爪が整えられた指先が白い肌にふれると、蒼い光がこぼれた。カブトの指が触れたところから、どんどんと傷口が塞がっていく。
「・・・ふぅ」
ホッとため息をもらすカブト・・・。の治療には人一倍神経を使うのだ。
「あなたに醜い傷跡なんか残すわけにはいきませんからね・・・」
香のせいか、はすっかり眠ってしまっているようだ。カブトはそれを確認すると、そっとの肌に触れた。
しっとりと濡れているような、指先に吸いついてくるような肌・・・。
滑らかな肌をなぞっていたカブトの指先が、ある一点で止まった。
「・・・」
白いの肌の上に、たったひとつ咲いた赤い華。おそらくは、今宵のターゲットがつけたくちづけの跡・・・。
カブトは眼をすがめた。
もう一度指先へとチャクラをあつめ、そっと触れた。すると、赤い華は跡形もなくスッと消えた。
「あなたに触れる資格なんて、ボクにはないんですよ・・・」
そう呟きながらも、カブトはその同じ場所にくちづけ、同じ赤い華を散らした。


「眼が覚めましたか?」
「・・・うん」
カチャカチャとカップの触れ合う音では目覚めた。濡れていた髪はすっかり乾き、冷え切っていた身体も温まっていた。
「どうぞ、コーヒーですよ」
「ありがと」
ベッドから起き上がると、自分がアンダーシャツを身に着けていることには気づいた。
「・・・見たわね」
「ええ、見ましたよ。ボクに見られたくないのなら、怪我なんてしないでください」
「・・・」
はむっとした表情をしたが、おとなしくコーヒーを啜っていた。この年下の幼馴染は優しげな風情だが、実はかなりの毒舌家であることをはよく知っていたからだ。
何気なく窓の外を見てみると、白いものが舞っていた。
「わぁ、雪だ!」
「そうみたいですね」
興味なさげにカブトが答える。
「もう、カブトったら!明日はクリスマス・イブでしょ?『ホワイトクリスマス』になるといいですね、ぐらい言えないの?」
「生憎、ボクはキリスト教徒ではないので」
「ったく、そんなだから、いつまで経っても彼女のひとりもできないのよ」
さんに言われたくありませんね」
しれっと答えたカブトを、はギロリと睨みつけた。
「誰かひとりを選んだらカドがたっちゃうでしょ?だから、誰ともつきあわないの」
華やかで妖艶なには、里の男たちの視線が集中する。しかし、は艶やかな微笑を浮かべるだけで、特定の誰かとつきあおうとはしなかった。
「そうなんですか、それは知りませんでしたね。・・・まぁ、そういうことにしておきましょう」
むぅっとした顔でがこちらを睨んでいたが、カブトはどこ吹く風・・・。
「あたし、今年はブッシュ・ド・ノエルがいいなぁ
「・・・今年もボクにケーキを焼け、と?」
「うん!だって、去年カブトが作ってくれたクリスマスケーキ、とってもおいしかったんだもん!」
去年のクリスマス、カブトはにねだられて、いちごのたっぷりのったクリスマスケーキを作ったのだ。
「クリスマス、ボクに予定があるとか、考えないんですか?」
「え?あるの・・・!?」
ちょっと不安そうにこちらを見たに、カブトはなぜか嬉しい気持ちになったが、それを表情にだすことはしなかった。
「残念ながら、何も予定はありませんよ。ブッシュ・ド・ノエルのほかに何か作りましょうか?」
途端にパァッとの顔が輝く。
「えっとね、ローストビーフが食べたいな
「わかりました。そのかわり、すっぽかしたら許しませんよ」
「大丈夫〜!ちゃんとその日は空けてるもん」
子供みたいな笑みを浮かべて、は嬉しそうに答えた。
彼女の・・・の、こんな子供っぽい一面を他の男も知っているのだろうか・・・?
は楽しげに窓の外を降る雪を眺めている。
――その美しい横顔を、カブトはじっと見つめていた。まるで記憶に焼きつけようとでもするかのように。


来年のクリスマスには、おそらく自分はここには居ないだろう・・・。
周囲を偽り、自分自身をも偽って、ずっと生きてきた。だが、それももう終わる。
嘘で固めた生活の中で、たったひとつだけ見つけた光・・・それがだった。
計画を実行に移せば、とは敵対関係になるだろう。
誰よりもこの里を愛している・・・カブトはそれをよく知っていた。
この手の中の暖かな光は消え去り、自分はまた暗闇の中でひとりぼっちだ。
――いや、違う。
あの日、自分で決めたのだ。すべての光から眼をそむけ、闇の中で生きていくことを自ら望んだ。
だからこそ、自分はここにこうしているのだ。
「どうしたの、カブト?なんだか怖い顔してる」
「なんでもありませんよ」
意外には鋭いところがある。誰にも本心を読み取られないように気をつけているカブトだったが、にだけはそれも通用しない。
「コーヒーのおかわりはどうです?」
「うん、もらう。今度はカフェオレがいいなー」
「ハイハイ、わかりましたよ」
「あ、それから・・・」
「クッキーでしょ。一緒に持ってきますよ」
「ありがと、カブト。だーい好き
「ハイハイ。もう聞き飽きました」
とこんな会話を交わすのもあと少し・・・。カブトは妙に感傷的になっている自分を戒めた。


神の存在などカケラも信じていないカブトだったが、今だけは神に祈りたいような気持ちだった。
あなたと過ごす最後のクリスマス――白い雪がすべての醜いものを覆い隠してくれますように、と・・・。




【あとがき】
あわわ、いったいわたしは何を書いているんでしょう・・・?!(汗)
クリスマス、クリスマス・・・とブツブツ呟きながらカカシ先生を書いていたのですが、行き詰ってしまって(笑)
そして、なぜだか初カブト・・・。カブトって、こんな感じでしょうか?(汗)
クリスマス企画サイトへアップしようかと思ったのですが、カブトって木の葉キャラ?(笑)
それにちょっと暗いめなので、こちらにアップしました。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
 2004年11月21日