chocolate
「おなか空いたー!今日の晩ごはん、なぁに?」
「・・・他人の家に来て、第一声がソレですか」
「だって疲れたんだもーん」
カブトの冷たい声など、どこ吹く風。は、勝手に自分の指定席と決めたコタツにもぐりこむ。
すっかり冷え切っていたのだろう、コタツの暖かさにの頬がゆるむ。
隣人で幼馴染のは、いつも突然やってくるのだ。里の特別上忍であるはいつも任務に追われ、多忙な日々を送っている。そのための来訪はいつも突然で、カブトを驚かせるのが常だった。
カブトはやれやれと思いつつも、にとりあえず茶を淹れてやる。
「わぁ〜、温かい!」
は差し出された湯飲みを両手で包み込む。冷えて強張っていた指がほどけていくような気がする。
「もう全部配ってきたんですか?」
「うん」
今日はバレンタインデー。カブトが「配ってきたのか」とたずねたのは、当然のごとくチョコレートのことである。
「みんな喜んでくれたよv」
それはそうだろう、とカブトは思った。義理チョコとわかっていても、美しいからバレンタインのチョコレートがもらえるのだ。喜ばない男はいないだろう。
「やっぱりチョコは手作りよねっ!」
「・・・ボクは疲れましたけどね」
カブトは恨めしそうにを見て、中指で眼鏡のフレームを押し上げた。
「うっ・・・」
が思わずピキッと固まる。この年下の幼馴染はあまりご機嫌がよろしくないらしい。
「ご、ごめん・・・。だって、簡単にできると思ったんだもん」
昨日の夜、食後のお茶を楽しんでいたカブトの元へは突然やってきて、
「チョコレートを作るから手伝ってv」
と言ったのだ。
「・・・ハ?」
「だって、明日バレンタインじゃないの!ここは手作りチョコで、みんなのハートをゲットよv」
・・・ハートをゲット・・・?しかも『みんな』とは・・・?
「紅とね、賭けをしたのよ。ホワイトデーにどっちがたくさんお返しをもらえるかって」
「夕日さんと?」
義理チョコを20人に配って、そのうち何人がホワイトデーにお返しをくれるか?というものらしい。
美しい紅と――全員が全員、お返しをくれそうなものだとカブトは思ったのだが、当然その点も考慮しているらしい。
「そう!同じ数だけもらったら、今度は中味で勝負!負けた方が大吟醸を奢ることになってるの」
紅とは飲み友達で、ふたりとも酒豪として名高いのだ。賭けの賞品が酒というのも、この二人らしいといえばらしいのだが。
「紅に負けるわけにはいかないでしょっ」
呆気に取られているカブトを尻目に、は持ってきた紙袋の中からチョコレートの材料をどんどん取り出していく。
ようやく我に返ったカブトが慌てて言った。
「さんがチョコを作るのはご自由ですが、作る『場所』を間違っていませんか?」
「へ?場所?」
「・・・さんのお宅は確かお隣だと思うのですが」
見る間にの頬がぷぅ〜っとふくれた。
「なによぉ、カブトの意地悪〜っ!」
美しく華やかな――里の男たちの間では『紅と、どちらが色っぽいか?』と話題に上るほどなのだ。
ところがどうだ、今カブトの目の前に居るは子供のように頬をふくらませている。
「第一、あたしが一人でチョコレートなんか作れるワケないじゃない!」
料理ができないという自覚があるなら、なんでそんなチャレンジを・・・。
しかも、ボクに他の男に渡すチョコを作るのを手伝えと・・・?
カブトはやれやれと頭を振った。
は料理下手である。・・・おそらくその事実はカブトしか知らないのだろうが。
任務はもちろん大抵のことは器用にこなし、火影からの信頼も篤い・・・。
――ところが、である。
全くといっていいほど、料理ができないのである。
掃除だって、洗濯だって、そつなくこなす。だが、料理だけはどうにもいただけない。
「食べ物からは食べ物ができるハズよっ」
というよくわからないの理論により、カブトは何度も試食させられたのだが・・・。
「・・・コレは何ですか?」
「クリームシチュー・・・のつもり」
クリームシチューが茶色いことを初めて知ったカブトであった・・・。
飽くなきチャレンジャー(←迷惑きわまりない)であっただったが、試食でカブトがお腹をこわしたことを知り、ようやくチャレンジを諦めたのだ。
自分に料理の才能がないと悟ったのか、はそれ以来料理はまったくせず、カブトの家を訪れては食事をねだるようになったのである。
「もちろん手伝ってくれるわよね?」
にっこりと微笑んだに、到底逆らえそうもないカブトであった・・・。
「うわ〜、おいしそう♪」
カブトは手際よくガナッシュクリームを搾り出していく。少し冷えて固まってきたらフォークに挿し、コーティング用のチョコレートをくぐらせて、ココアパウダーをまぶして、トリュフチョコレートの完成だ。
甘いもの(特に洋菓子)に目がないは、それはそれは幸せそうな顔をしている。
「よく自分でチョコレートを作ろうなんて思いましたね・・・」
「だって、本に載ってる写真がすご〜くおいしそうだったんだもーん」
そういう基準で決めないで欲しいですね・・・。
何も手伝わせてもらえないはブツブツ言いながら、持ってきたお菓子の本をパラパラめくっている。
最初はがチョコレートを作るのを黙って見ていたカブトだったが、は失敗の連続で、ついに『大人しく座って見ていてください』と言った。
ガナッシュクリームは、温めた生クリームに刻んだチョコレートをいれて作るクリームである。
普通なら、これと言って失敗する要素は少ないと思われる作業だ。
だがしかし、である。カブトも認める『料理下手』だ。
一回目は生クリームがきちんと温まっておらず、刻んだチョコレートが溶けきらなかった。
二回目は生クリームを温めすぎ、チョコレートが分離してしまった。
三回目は仕上げの洋酒を入れすぎて分離。
「うーん、なんでうまくいかないのかな〜?」
それはこちらが聞きたいほどである。
「貸してください」
これ以上失敗を繰り返すと材料が足りなくなってしまいそうで、が他の男に渡すためのチョコレート作りなど手伝いたくはないカブトであったが、黙ってみていられなくなってしまったのである。
「わぁ〜v味見してもいい?」
「ダメです」
「・・・カブトのけちんぼ」
「子供ですか」
けちんぼ呼ばわりされたカブトであったが、早速出来上がったトリュフチョコレートをひとつ摘み、の口の中へ放り込んでやった。
「おいしいーっ!!」
どれもうひとつ、とそっと伸ばされた手をペシッと叩かれたはカブトを睨んだ。
「つまみ食いなんかしているヒマがあるなら、ラッピングでもしたらどうです?」
「あ、そうだった!」
ものすごい勢いでラッピングをしていくだったが、どれも綺麗に包装され、美しくリボンをかけられていた。
こんな器用にラッピングをこなすのに、どうして料理があんなに下手なのか不思議で仕方がないカブトであった。
結局ふたりがチョコレートを作り終えたのは、日付が変わってから随分時間がたっていた。
カブトの作った夕食をきれいに平らげたは、すっかりご満悦である。
「カブトってホント料理上手だよね〜v」
「これくらい普通ですよ」
「お嫁さんに欲しいなぁ・・・」
カブトの眼鏡がずり落ちた。
「だって、帰ってきたらおいしいご飯が待ってるんだよ〜?最高に幸せじゃないの」
「・・・そんな理由ですか」
「あら、食生活は重要よ!」
それよりもボクはさんが待っていてくれる方が嬉しいですが・・・。
そんなことを思っても口には出せないカブトは小さくため息をつき、茶を淹れるために台所へ行った。
カブトが台所で急須にお湯を注いでいると、居間からの声が聞こえた。
「ごめーん、急に任務が入ったみたいだから、もう行くね!ご飯、ごちそうさま〜!」
「えっ?!さん・・・っ」
慌てて戻ったカブトだったが、そこにはの姿はなく。
――かわりに目に入ったのは、コタツの上に置かれた小さな箱。
「忘れ物?」
というわりにはコタツの真ん中に置かれていて、気づかずに帰ってしまうとは到底思えない。
「これは・・・」
手にとって見ると、どこかで見たことのある包装紙――それはの好きな洋菓子店のものだった。
ペリッと包装紙をはがして蓋をあけてみると、中には生チョコレートが入っていた。
「・・・ボクに?」
カブト自身はあまり甘いものは食べないが、のためにその洋菓子店にはよく通っていた。
お茶うけにその店の菓子をだすと、が喜ぶからである。
そういえば一月ほど前にポスターが貼ってあったのを見た記憶がある。
その日ものための焼き菓子を買うために、カブトはその店を訪れていた。
『シェフの手作り生チョコ!バレンタインデーに大好きなあの人へ贈りませんか?
限定100コ(おひとり様1コまで)予約受付中!』
はきっと食べたがるだろうと思い、一瞬予約しようかと思ったカブトだったが、そのポスターには既に手書きで『予約受付完了しました!』と書き込まれていた。
カブトがじっとポスターを見ているのに気づいたのか、顔なじみの店員がこちらを見ていた。
「すごい人気ですね。バレンタインデーまで1ヶ月はあるのに」
「ええ、去年から発売してるんですけど、口コミで人気がでちゃって」
シェフの手作りなので大量には作れないのだ、と申し訳なさそうに店員が言った。
その時はへぇとぐらいにしか思わなかったカブトだったが、その生チョコが今ここにあるのだ。
おそらくはが予約したのだろうが、それがここにあるということは・・・?
カブトはチョコレートを一粒つまみあげ、口の中へ放り込んだ。
その生チョコはふわりと淡雪のように口の中で溶け、カカオと洋酒の香りを残して消えた。
「・・・」
もう一粒つまみ、今度はゆっくりとそれを味わった。
カブトはふっと柔らかな微笑を浮かべ、小さな声でポツリとつぶやいた。
「――ボクは少しはうぬぼれてもいい、ということですか、さん?」
チョコレートが『恋の媚薬』ということを知っていますか?
きっとあなたは知らないのでしょうね――なら、ボクが教えてあげましょう。
ゆっくりと、ふたりきりで・・・。
【あとがき】
『薬師カブト生誕祭』さまに投稿させていただいた創作です。
カブトのクリスマス創作の続きっぽい感じで書いてみました。
もっとブラックなイメージがあるのですが、なぜか甘い甘いカブちんに・・・(笑)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2005年3月1日