星に願いを




「あー、お腹いっぱい!」
「ホントだね〜。俺もつい食べ過ぎちゃったよ」
「とってもおいしかったです。ごちそうさまでした、景時さん」
「いえいえ、どういたしまして」
食事のときに飲んだワインのせいか、俺はほろ酔い気分でちゃんとふたり、夜の公園を歩いていた。

こちらの世界へ来てからもう1年が経っていた。
荼吉尼天を追って、ちゃんと白龍と、八葉のみんなとこの世界へやってきた。そして、無事に荼吉尼天を倒すことができ、鎌倉の龍脈が正されたとき、俺はひとつの選択をした。
――もとの世界へは帰らない。
そんな俺の選択を皆は戸惑いながらも受け入れてくれた。朔は『兄上をひとりにするのは心配ですわ』と言い、九郎は『達者でな』と言ってくれた。
向こうにいる家族のことは心配だったが、あちらに戻ったら俺はただの『梶原景時』ではなく、『源氏の戦奉行』として生きていかなければならない。頼朝様の許へ戻り、もう一度『暗殺者』として生きたくはなかった・・・。
「どうしたんですか、景時さん?」
「ん?いや、なんでもないよ」
「そうですか・・・?」
少し心配そうな顔で俺を見上げているのは、白龍の神子だったちゃんだ。
鎌倉からやってきた俺達の面倒を何くれとなく見てくれたのは彼女だった。慣れない暮らしに四苦八苦していた俺達に根気よくつきあって、いろんなことを教えてくれた。
――そんな彼女に俺が惹かれるのに時間はかからなかった。いや、本当は気づかないフリをしていただけで、もうずっと前から彼女に心惹かれていたのだと思う。
彼女と一緒にいると、まるで陽だまりのなかにいるように、暖かで穏やかな気持ちになれる。あちらの世界にいた時に自分が何をしてきたのか忘れてしまいそうなほど・・・。
鎌倉で俺がやってきたことを思うと、こんな綺麗な彼女に俺の汚れた手を伸ばす気持ちにはなれなかった。けれど俺は彼女から離れてしまうこともできず、時々一緒に映画を見たり食事をするような関係を保っていた。
「景時さん、仕事には慣れました?」
「まあね。ときどきは失敗するけれど、なんとかね」
よかった、とちゃんは微笑んだ。その優しい微笑が俺だけのものだったらいいのに・・・と埒もないことをつい考えてしまう。
「本当はね、ちょっと心配していたんです」
「え?俺が仕事辞めちゃうってこと?」
「違いますよ」
今夜彼女を誘ったのは『ちゃんにはお世話になりっぱなしだから、夕飯でも一緒に』という口実だった。本当は口実なんて何でも良かった。ただ俺が彼女と一緒にいたいと思ったからだった。
「そうじゃなくて・・・『やっぱり元の世界に帰る』って言うんじゃないかと思って。
 わたし・・・景時さんにはこの世界にずっといてほしいから・・・」
「え・・・?」
彼女の言葉に、思わず俺は足を止めていた。後ろからきた通行人が迷惑そうにしながら、俺達をよけて追い越していく。
「っ?!あ、あの・・・今のはわたしのワガママなので忘れちゃってください!
 景時さんが帰りたいんだったら、わたしに引き止める権利なんてないしっ」
公園の街灯に照らされたちゃんの頬は赤く染まっていた。慌ててそう言った彼女は歩調を速めて、俺から離れようとしていた。
――咄嗟に俺はいままで一度も触れたことなかった彼女の手をつかんだ。
「景時さん・・・?」
驚いたように彼女が振り向く。俺はまっすぐに彼女の瞳を見つめた。
「・・・俺を引き止めてくれる?」
「・・・・・・」
「いや、ゴメン。何でもないんだ、忘れて」
そして思わず捕まえてしまった彼女の手を俺は離そうとした。触れたくて、その手に触れたくてたまらなかったはずなのに・・・今は彼女の手に触れたことを俺は後悔していた。
頼朝様に命ぜられるままに人の命を奪ってきた俺の手・・・。それは時に戦というかたちではなく、暗殺という汚い手段で。
俺も武人の端くれだから、戦で堂々と戦って勝敗が着くのはかまわない。だが、暗殺は・・・。
「引き止めても・・・いいんですか?」
ちゃんは今にも泣き出しそうな顔をして俺をじっと見つめていた。
ちゃん・・・俺は・・・俺は君に引き止めてもらえるような人間じゃないんだ」
「景時さん・・・?」
俺はちゃんの手を離した。この手の中にあったぬくもりが消えていく・・・。
「向こうの世界で俺が何をしてきたか、ちゃんは知っているよね・・・。
 だったら、俺を引き止めようなんて思わないはずだ」
そうだ、俺は望んではいけないのだ。ちゃんのそばにいると忘れてしまいそうになるけれど、本当は俺はちゃんの隣にいる資格なんてないんだ。
「・・・わたし、景時さんに言いたくて、ずっと言えてなかったことがあるんです」
「え?」
「景時さん、わたしを助けてくれてありがとう」
ちゃん・・・?」
ずっと言いたかったんです、とちゃんはちょっとホッとしたような笑みを浮かべた。
「ずっと言いたくて・・・でも、なかなかチャンスがなくて」
「けど、俺は・・・!」
結果的には彼女を助けたことになるのかもしれない。でも、俺は皆を裏切ろうとした・・・。
「・・・君は、俺がどんな人間か知っているだろう?」
「でも、景時さんはわたしを助けてくれた・・・」
「俺は・・・君に優しくしてもらう資格なんてない人間なんだ!」
きつく握り締めた俺の手を、ちゃんはその柔らかな手でそっと包み込んだ。
「過ぎてしまった時間を変えることなんてできません・・・。
 でも、未来は変えることができるでしょう?」
ちゃん・・・」
「景時さんもわたしも、他の誰にだって『幸せになる権利』はあるんです」
「・・・」
――どうして君は俺の欲しい言葉を言ってくれるんだろうか。
「だから、しっかり前を向いて歩いていけばいいんですよ、景時さん」
そう言った彼女の笑顔は眩しくて。俺は思わず彼女の柔らかな身体を抱きしめていた。
「っ!?か、景時さんっ!?」
「ありがとう、ちゃん・・・」
――俺はやっと、本当にこちらの世界にやってきたような気がしていた。
「・・・あ、あの、景時さん?」
「ん?」
俺はちゃんを抱きしめて、とても満ち足りた気持になっていた。
「は、恥ずかしいんですけど」
俺の腕の中で恥ずかしそうにモジモジしているちゃんはとても可愛らしくて。
「ゴメンね。でもね、もう離せそうにないんだ」
「!?」

見上げた空には満点の星――いつか皆で見た勝浦の夜空を思い出した。
俺はずいぶんと遠いところへきてしまったけれど、ようやく自分らしく生きていける場所を見つけることができた。
願わくば、君の隣にいるのが俺でありますように。願わくば、君といつまでも共に生きていけますように。
俺は夜空に瞬く星々に願うのだった・・・。




【あとがき】
ネオロマ企画投稿作品。
初めて景時さんを書きました(^^;)
でも、なんとなく暗いお話になっちゃうような気が・・・。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2007年6月16日