不器用な、人。
星の美しい夜だった。
景時はなんとなく眠る気になれず、ひとり、濡れ縁に腰掛けて夜空を見上げていた。
3月の初め、夜はまだ冷え込みが厳しい。けれど、そのキンと冷え切った空気は、景時にとっては心地よいものだった。
「・・・・・・」
邸の中はシンと静まり返っていて、皆眠ってしまっているのだろうと思われた。
――まったくの無音の世界で、この世の中でたったひとりのような気がする、と景時は思った。
「・・・景時さん?」
「っ!?」
随分と自分はぼんやりとしていたのだろうと景時は思った。近づいてくる人の気配にまったく気づいていなかったのだから。
「ちゃん?」
そうです、と明るい声がしたかと思うと、が現れた。
「何してるんですか?」
「え?あ、いや・・・なんだか眠れなくて。部屋から出てみたら、星が綺麗でね。
ちゃんこそ、どうしたんだい?こんな遅くに」
「のどが渇いちゃって。お水をもらってきたんです」
そう答えたあと、景時の言葉につられるようにして、は暗い夜空を見上げた。
すっきりと澄み渡った空はまるで濃紺のビロードのようで、輝く星々は散りばめられたダイヤモンドのようだった。
「本当ですね。すごくキレイ・・・」
こちらの世界に来てから、ゆっくりと夜空を見上げたことがなかったとは思った。
「わたしのいた世界は夜でも結構明るいんです。だから、星もちゃんと見えないことが多いんです」
「へぇ〜、夜でも明るいのかい?スゴイねぇ」
時折耳にするの世界はとても平和なのだろう。いまが居るこの世界とは違って・・・。
「でも、星空はこっちの世界の方がキレイです」
は夜空を飾る星々の美しさに目を奪われているようだった。そんなの横顔を見つめながら、景時は気持ちが落ち着いていくのを感じていた。
「あれがオリオン座かな」
「おりおんざ・・・?」
「うーんと確か・・・あの三ツ星と、周りの星の四つでオリオン座っていう名前がついてるんです」
「ふうん・・・」
が指差す先の星を、景時は感心したように見上げた。
「いろいろ名前がついてるんだね」
「そうなんです。こっちでは星に名前はついていないんですか?」
「いや、名前はあるよ。たとえば、ちゃんの言う『おりおんざ』の左上の赤い星、
あれは平家星、右下の青白い星を源氏星って言うんだ。
源平の赤旗と白旗に見立てているんだろうね」
「空にも源平があるんですね・・・」
少ししんみりしてしまったの様子に、景時は慌てた。
「あ、こないだ譲くんが言ってたけど、ちゃんのいた世界では星座占いっていうのがあるんだって?
生まれた日で星座が決まるとか言ってたけど」
「そうなんです。12コの星座があって、生まれた日でどの星座か決まるんです。
その星座で運勢を占うんです」
「ちゃんくらいの年頃だったら、恋占いとか気になるんじゃない?」
「えっ!?そ、そんなこと・・・」
思いがけない景時の言葉に、の頬がかぁっと赤くなった。
戦場での勇ましい様子とは違い、のそれは年相応の女の子の反応で、景時は思わずクスクスと笑った。
「か、景時さんは何座・・・じゃなくって、お誕生日いつなんですか?」
「え?オレの誕生日・・・?」
「そうですよ。お誕生日がわかれば星座がわかるんです」
「オレの誕生日は3月・・・」
「3月・・・のいつですか?」
めずらしく景時は口ごもり、は首をかしげた。
「5日・・・」
「3月5日だったら、うお座ですね」
はハッとした。
「ええっ!?今日がお誕生日なんですか!?」
時刻はもう夜の12時を過ぎているだろう。日付は変わって5日になっているはずだ。
「わわ・・・し、静かに!」
の声がさほど大きいわけではなかったけれど、シンと静まり返った邸ではよく音が通る。
「ご、ごめんなさい・・・」
「オレの方こそ、ゴメンね。なんだか驚かせちゃったみたいだね」
「もっと早くに聞いておけばよかったです」
ちょっとくちびるを尖らせたが小さな声でつぶやく。
「そうしたら、盛大にお祝いしたのに・・・」
「う〜ん、それは嬉しいけど、今はちょっとね」
申し訳なさそうに答えた景時に、はハッとした。
戦奉行である景時が、戦の最中に誕生日祝いをするわけにもいかないのだろう。
「ごめんなさい」
「あ、いや!ちゃんの気持ちは嬉しいんだよ。オレの方こそゴメンね?」
「景時さん・・・」
にっこりと微笑んだ景時の表情に、も表情を緩めた。
「じゃあ、戦が終わったら、みんなの誕生日をお祝いしませんか?」
「みんな?」
景時が尋ねると、は微笑んでコクリと頷いた。
「わたし、みんなの誕生日知らなくて・・・。きっと過ぎちゃったひともいると思うんです。
だから、この戦が終わったら、みんなの誕生日をお祝いしたいなと思って」
「ああ、そうだね。きっと楽しいだろうね」
「はい!」
の笑顔を見た景時は、なにか眩しいものを見るかのように目を細めた。
「ちゃん、そろそろ寝たほうがいいんじゃないかな?
でないと、朝寝坊しちゃうよ」
「はい、もう寝ます。景時さんはまだ寝ないんですか?」
「うん、オレはもう少し起きているよ」
「じゃ、風邪引かないようにしてくださいね」
「ありがとう。おやすみ、ちゃん」
「おやすみなさい、景時さん」
は立ち上がると、静かに自分の部屋に向かって廊下を歩いていった。景時はその後姿を見送っていたのだが、は急にクルリと踵を返すと景時のところへ戻ってきた。
「ちゃん、どうかした?」
「景時さん、わたし、言い忘れてました」
冷たい廊下に膝をつき、は言った。
「お誕生日おめでとうございます、景時さん」
「・・・ちゃん」
景時がお礼を言おうとする前に、はパッと立ち上がると、部屋に戻るのだろうか、二、三歩進んでから足を止めた。
急に立ち止まったに、どうかしたのだろうかと景時が思っていると、は景時に背を向けたまま言った。
「わたし・・・景時さんに、一番に『お誕生日おめでとう』って言えて嬉しかったです」
おやすみなさい、と言うと、は恥ずかしそうにその場を去った。
「ちゃん・・・」
景時は思わず緩んだ自分の口元を手で覆った。
「・・・オレも嬉しいよ、君に祝ってもらって」
いつの頃からか、景時は素直に自分の誕生日を祝う気持ちにはなれなくなっていた。
――いや、正確には頼朝に出会ってからだ。
あの日あの時頼朝に出会っていなければ、自分の人生は違うものになっていただろう。頼朝に出会ってさえいなければ、『暗殺者』として生きていくことはなかったのだから。
武人として、戦場で堂々と命のやり取りをするのは構わない。それによって討ち死にすることになっても覚悟はできている。だが、暗殺は・・・。
自分が手にかけてきた人たちにも愛し愛される人がいて、誕生日を祝ってもらうことだってあったかもしれない。その機会を卑怯な手段で摘みとってしまったのは間違いなく自分で・・・。
今夜、景時が眠れぬ夜を過ごしているのはそのためだった。
『お誕生日おめでとうございます、景時さん』
本当のオレは君に祝ってもらう資格なんてないんだ。
けれど、どうしてだろうか?君の言葉がオレの胸を暖かくしてくれる・・・。
景時は、夜空に輝く星々を見上げた。瞬く光は穏やかに美しく、その美しさが心を癒してくれるような気がした。
君はあの星のように、オレには手の届かない存在かもしれない。
けれど、オレは君を護りたいと心から思う。オレが八葉だからというんじゃない。
――君だから。君だから、護りたい。
オレはオレのやり方で君を護ろう。
たとえ、それが君を傷つけることになっても・・・。
【あとがき】
ネオロマ企画投稿作品。
景時さんのお誕生日にアップした創作です。
というわりには、暗めのお話でごめんなさ〜い!
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年6月16日