瞬きの瞬間
「景時さーん、コーヒー入りましたよ〜?」
「はぁーい・・・」
「もうっ!」
キッチンから何度声をかけても、景時は生返事で一向にやってくる気配がない。
せっかく景時の好きなコーヒーがうまく淹れられたというのに、このままだと冷めてしまそうだ。は小さくため息をついて、トレイにマグカップをふたつ載せた。
「景時さんったら、さっきから何度も呼んだんですよ?」
「・・・・・・」
景時のいるリビングにコーヒーを運んできたのに、景時はまだの存在に気づいていないらしい。さきほどから何に夢中になっているのかと思い、は景時の手元を覗き込んでみた。
「取扱説明書・・・?」
「わっ!?」
景時はようやくの存在に気づいたようで、飛び上がらんばかりに驚いていた。
「あ〜、ビックリした!ちゃん、ずっとキッチンに居るんだと思ってたよ」
「何度も呼んでました!」
はちょっとおかんむりのようだ。景時は困ったような笑みを浮かべた。
「ゴメン、ゴメン!ついコレに夢中になっちゃってさ」
景時が手にしているのは古いカメラだった。いまどきのデジタルカメラではなく、フィルムを使って撮影するタイプのカメラだ。
「それって・・・わたしが将臣くんから預かってきた荷物ですか?」
「うん、そう。将臣くんが新しいカメラに買い換えるからって、古いのを譲ってくれたんだ」
がマグカップを渡すと、景時はいい香りだと呟き、コーヒーを口にした。
「それで取扱説明書を読んでいたんですね」
「使い方がよくわからなくてね。ちょっと勉強しようかと思って」
夢中になっていたことが恥ずかしいのか、景時は照れくさそうに頭をかいた。は思わずクスリと笑ってしまった。
景時さんがこちらの世界に残ってくれてよかった・・・。
あちらの世界では、こんなふうに寛いでいる景時の姿は見ることができなかったから。
いつもニコニコとして笑みを絶やさず、周囲に気を使い・・・。けれど、心には葛藤を抱えていた。
『暗殺者』である自分を憎み、嫌い・・・。だが、身内を人質にとられ、それに抗うこともできない。景時の抱えていた苦しみを思うと、はいつも景時を抱きしめたくなってしまう。
――もう誰もあなたに命令することなどできない、あなたは自由の身なのだ、と。
戦の最中でも人当たりの良い笑顔を浮かべていた景時だが、本当は油断なく周囲に気を配っていただろう。けれど、いまは、ある一つのことに夢中になることができるのだ。
「ちゃん」
マグカップにくちびるを押し当てたまま、物思いにふけっていたは急に声をかけられ、ハッとした。
「・・・え?」
パシャ!
「え?!いま、写真撮ったんですか?!」
「シャッター、押しちゃった」
景時はいたずらっこのような無邪気な笑みを浮かべていた。一方、はというと、完璧に素の状態の顔を撮られ、焦っていた。
「だ、だめです!恥ずかしいから消してください!」
「なんで?可愛い顔してたのに」
景時の言葉には思わず顔が赤くなる。
「だ、だって・・・油断してましたもん!
撮るなら撮るって、ちゃんと言ってくれなきゃ」
「んー、でも、自然な表情でいいと思うんだけどな。
それに、残念だけど『デジタル』じゃないから消せないんだよね」
「あ!フィルム・・・!」
ガックリと肩を落としたを、景時はクスクス笑った。
「でもさ、写真っていいね。
こう四角い枠のなかにさ、その一瞬の風景を切り取るわけでしょ?
写真を見たら、その一瞬が甦ってくるような気がするんだ」
「わたしもそう思います。
ビデオもいいかなとは思うけど、写真の方がその時のことを思い出せるような気がして」
「うん、そうだね」
それからふたりは取扱説明書を読みながら、カメラの基本的な使い方を勉強していった。
「結構、難しいもんだね」
「習うより慣れろですよ、景時さん。
今度、どこかへ出掛けるときには持っていきましょう」
「そうだね、それがいいね」
景時は取り扱い説明書を閉じて、カメラをテーブルの上に置いた。
「ちゃん、あとで買い物につきあってくれないかな?」
「いいですけど、何を買いに行くんですか?」
「えーと・・・アルバムをね、買いたいなと思って」
「アルバム?」
「うん・・・。これからふたりで撮った写真をアルバムに貼っていきたいな、と思って」
「景時さん・・・」
ちょっと照れくさそうに微笑む景時に、は思わず抱きついていた。
「わわっ、どうしたの、ちゃん?!」
「・・・ふたりでいっぱい写真撮りましょう。
一冊だけじゃなくて、何冊分もいっぱい」
「ああ、そうだね・・・」
景時はの柔らかな髪を梳いてやりながら、囁くように言った。
「ずっと『ふたり』で、ね?」
「はい・・・」
流れていく時間のなかの、一瞬の風景を写真の中に切り取ろう。
そして、一瞬、一瞬を積み重ねて、ふたりの永遠をみつけよう。
【あとがき】
ネオロマ企画投稿作品。
景時さんはきっとメカ好きに違いない!と思って書きました(笑)
いろんなモノを分解して調べそうじゃありません?
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年6月16日