桜の花の頃に
「ハイ、あ〜んv」
「・・・・・・・・・(汗)」
「あれー?りんご嫌いだった?あ、それともこっちのうさぎさんの方がよかった?」
小さなデザート用のフォークに刺さっているのは、尖った耳もかわいらしい、うさぎに切ったりんごだった。
「ねー、食べないの〜?栄養とって、はやく治さなきゃいけないのにー」
「・・・・・・自分で食べられます」
「あ〜んv」
「・・・・・・(無視するなーっ)」
は、ハァ〜と深いため息をついた。目の前にはニコニコとえらく上機嫌なカカシ・・・。
「あのね!あたしは病人じゃないのッ!」
「えー、でも、先生に『絶対安静』って言われたデショ?」
「それは、足を怪我したから!」
は昨日の任務で左足をかなり酷くひねって痛めてしまい、医者から『3日間は絶対安静。
1週間は休むように』との診断を受けてしまったのだ。
それを聞きつけた、一応恋人であるカカシが『看病してあげるv』と押しかけてきた(?)のが昨日の夜・・・。
昨夜のカカシは、買い物をしてきてくれたり、夕食を作ってくれたりと、なにかとの面倒をみてくれたのだ。
足を痛めたせいで外出するには支障があるので、カカシが買い物をしてきてくれたのは助かったのだが・・・。
夜には『お風呂にいれてあげるv』などと言い出す始末・・・もちろん、の鉄拳が炸裂したのは当然のことである。
昨日の朝などは、ナルトたちとの任務に影分身を行かせようとするし・・・。
としては、やたらとくっつきたがるカカシが迷惑なような、嬉しいような、複雑な気分だった。
恋人といいつつ、このところの激務ですれ違いが多くて。ふたりで過ごすのは、かなり久しぶりだったのだ。
が任務を休んで3日目。今日はカカシも久々の休日で、ふたりでのんびりとの家で過ごしていた。
窓からは、柔らかな春の風が吹き込んでいる。はソファに腰掛けて、春の光をゆったりと楽しんでいた。
ふと見ると、開け放った窓のそばのカーペットに、何か白っぽいものが落ちていた。
「ん?」
痛む足を引きずって近づいて拾い上げてみると・・・それは一枚の花びら。
「ああ、桜か・・・もう咲いているのね」
風のいたずらが、の窓辺に春を運んできたようだ。
「ふふ・・・」
穏やかな笑みをもらし、そっと花びらに触れてみる。優しいピンク色のそれはすべすべとしていて、とても愛らしい。
「ちゃーん、お茶入ったよー」
キッチンからカップを持ってリビングに戻ってみると、ソファに座っていたはずのは窓辺に移動していて。
「コラ!歩いちゃダメでしょー」
「ね、これ見て!」
カカシの注意も耳に入っていないようで、は嬉しそうに手のひらの花びらを見せた。
「なんだか『春』って感じがしない〜?もう桜が咲いてるのよね」
このところ忙しくて、春色に染まりつつある里を見る余裕もなかったのだ。偶然風が運んできた花びらが、春からの贈り物のように思えた。
「あーあ、お花見行きたかったなぁ・・・」
心底残念そうに、が呟く。里の特別上忍ともなれば、いつ何時任務が入るかわからずスケジュールの立てようがないのだ。
気候の良い今の季節せっかくの休みなのに、足をケガしているせいでどこにも出かけられない。
まあ、そもそも、そのケガのせいで休日なのだが。
「・・・連れていってあげようか」
「え?でも、あたし、自力じゃ歩けないよ?」
「何のためにオレがいると思ってるの」
ちょっと待っててと言い残し、奥の部屋へ消えたかと思うとすぐに出てきて、いつもどおりの忍服姿になったカカシがいた。
「さ、おでかけしよっか♪」
「ちょ・・・あたし、歩けないんだってば!」
「ハイハイ、わかってるって」
え、と思う暇もなく、はカカシに抱き上げられていた。いわゆる『お姫さま抱っこ』状態である。
「な!?降ろしてってば!」
「えー?なんでー?お花見に行くんデショ」
「そりゃ行きたいけど・・・でも、抱っこされていくなんて恥ずかしいもん!」
「冷えるといけないから、コレ持ってね」
器用にもを抱き上げたまま、そばにあったストールを手に取る。はジタバタと暴れてみたが、カカシの腕の中から逃れられるわけもなく。
いつのまに呼んだのか、部屋には忍犬が一匹。とも仲良しのだった。艶々とした毛並みの美しい、大型犬だ。
「!?」
「よぉ、。久しぶりだな。オマエ、その足はどーした?」
「ああ、コレ?ちょっと任務でケガしちゃって・・・って、そんなことはどうでもいいのよ。、助けて!」
「あん?」
「、悪いけど、留守番頼んでもイイ?オレはちゃんとお花見に行ってくるからv」
「ああ、わかったぜ」
「、助けてってばー!あたしは抱っこされてお花見なんて行きたくないのよー!」
カカシの腕の中からに助けを求めてみるが、はまったく我関せずといった風情・・・。
「まぁ、そう言うな。カカシに付き合ってやってくれ」
「じゃ、留守番頼んだよ〜」
「承知!」
「ちょっと、カカシッ!ヤダって言ってるのにー!」
ワン!と一声吠えて、は二人を見送った。出掛けにコッソリ自分にささやいた主の、
「見舞い客がくると思うけど、ヤローには噛みついてOKだから」
という言葉には苦笑するしかなかった。
意外に独占欲の強い(それはに対してのみだった)主に驚きつつも、それだけ主にとってが大切な存在なのだろうと思い、は主の幸せが続くようにと願うのだった。
「ハイ、到着〜」
「・・・・・・」
目がグルグル回っているような気がした。さほど長い時間ではなかったのだが、カカシの『瞬身の術』は並大抵ではなく。
自身、くの一なのだから当然『瞬身の術』は使える。しかし、カカシの術はハンパではなく、
男女の差というよりも格の違いを感じさせられてしまった。
「あ、ゴメン!調子悪くなっちゃった?」
そっと地面に降ろされ、はふらつきそうになるのを堪えた。
「速いんだもん〜!もうちょっと手加減し・・て・・・」
言葉が続かない。
――目の前には見渡す限りの満開の桜。
「う・・・わぁ・・・・・・」
「すごいデショ?」
「うん・・・・・・」
少し盛りを逃してしまったのか、すでに葉桜になってしまっているものもあったが、まだまだ十二分に目を楽しませてくれる。
散り際の桜が一番美しいのかもしれない、とは思った。
「昔・・・オレがまだ下忍で、スリーマンセルを組んでた頃に、先生がココを教えてくれたんだ」
「先生って・・・四代目さま?」
ふと見上げたカカシは、額宛も口布もとってしまっていて、穏やかな眼差しで桜を見つめていた。
「そう。ある日突然『サバイバル演習に行くから』って言って、オレたちを連れ出したんだけど・・・
サバイバルの割には、お弁当なんか持っちゃって」
クスクスと笑いながら、が「それって、お花見じゃないの?」と言った。
「たぶんね」
カカシも笑って答えた。
「あれからココは、オレたちと先生の『秘密の場所』だったんだー」
懐かしそうな、それでいてどこか哀しげな笑みを浮かべたカカシが、そこには居た。は、そっとカカシの隣に寄り添った。
「ありがと、カカシ・・・。あのね、『一生忘れられない風景』ってあると思うの・・・。きっと今日がそれなんだと思う」
「・・・ああ、そうかもしれないね」
「こんなに綺麗な桜・・・カカシと見られて良かった。連れてきてくれてありがとう」
「ちゃん・・・」
「これも『ケガの功名』って言うのかな〜?」
クスリといたずらっぽい笑みを浮かべたに、カカシも微笑み返した。
「でも、ケガはしなくていーよ」
「うーん、じゃあ来年も連れてきてくれる?」
「もちろんv」
ふたりで手をつないで、ひらりひらりと舞い落ちる桜色の花びらを見つめた。
おそらく今日は、の言う『一生忘れられない風景』になるだろうとカカシは思った。
自分の胸のうちにも『忘れられない風景』がいくつかある。しかし、それは必ずしも幸せな記憶へとはつながっていない。
思い出すと、今でも胸が張り裂けそうな気持ちになってしまう・・・。
大切なヒトを失ったとき、胸の奥に氷のような冷たいしこりができてしまった。そして、大切なヒトを失うたびにそのしこりはどんどん大きくなり、カカシの胸のうちを占拠するようになってしまった。
――いつしか、大切なひと達の記憶を封印している自分がいた。
楽しかった記憶は彼らの死の記憶へとつながり、カカシを苦しめる――助けられなかった自分を
イヤでも思い出してしまうから。
だから、思い出さないようにしていた。
けれど、に出会って、胸の奥のしこりがゆるりと融けだしていくのをカカシは感じていた。
自身は意識していないのかもしれない。
しかし、彼女の優しさが自分を温めてくれる。凍てついた自分を溶かしてくれる。
穏やかな眼差しで桜を見つめているが、とてつもなく愛しい・・・。
「どうかしたの?ぼんやりしちゃって?」
が心配そうにこちらをのぞきこんでいた。少し冷えてきたのだろうか、偶然にも桜色のストールを巻きつけたは、桜の花の化身のように思えた。
――花に攫われてしまう、と思った。いや、もうすでに自分はもう攫われてしまっているのかもしれない・・・という花に。
「なんでもなーいよ」
カカシは軽く微笑んで、桜色のを抱き寄せた。
「カカシ?」
幸せそうに、でもどこか寂しそうに微笑むカカシを、は心配そうに見上げた。
「なんでもないよ。ただ・・・」
「ただ・・・?」
「幸せってこんな感じなのかな、って思ってね」
自分の言った科白に照れているのか、ちょっと恥ずかしそうに笑うカカシに、も穏やかな微笑を返した。
「うん、そうだね・・・」
風に吹かれて舞い散る花びらはまるで吹雪のようで、幻想的な世界を描き出している。
慌ただしい日常から切り離された異空間――そんな気さえしてくる。
抱きしめたの向こうに、かつての自分たちの姿が映った・・・・・・。
3人の子供たちは桜の木の間をはしゃいで駆け回り、自分たちの師は忍犬をなでてやりながら、それをゆったりと眺めている。
『ここは4人の秘密の場所にしよう。いつかもっと大きくなって、大切な人ができたら、ここに連れてきてあげるといい。
きっと喜んでくれると思うよ』
そう言って、師は穏やかに微笑んだ。
『先生、好きなヒトいないの〜?』
子供たちの興味津々といった瞳に、師はクスリと笑った。
『それはヒミツ』
楽しそうに笑う師を見て、子供心に『きっと好きなヒトがいるんだ』と思った。
自分はまだ幼くて、そんな感情を誰にも抱いたことはないけれど、いつか誰かを想ってあんなふうに笑う日がやってくるのかな、と幼いカカシは思った。
ねぇ、先生・・・。やっと、オレはここへ戻ってくることができました。やっと・・・約束を守ることができました。
もう二度と、心から笑うことなどないと思っていたのに・・・・・・オレはもう一度微笑むことができるようになりました。
彼女が――彼女がそばに居てくれるから、オレは笑うことができるんだと思います。
いまなら、笑ってあなたたちの思い出話をできそうな気がします。
先生、オレはいま、あなたの望んだ『はたけカカシ』になれていますか・・・?
幻影のなかの、かつての師が自分に向かって微笑んだような気がした。
「くしゅん!」
のくしゃみの音で、カカシは過去から現在に引き戻された。
「ああ、ゴメン・・・冷えてきたね。そろそろ帰ろうか」
「う〜、まだココに居たい」
名残惜しそうなに心が揺れるが、カゼをひかせるわけにもいかない。了解も得ず、カカシはを抱き上げた。
「きゃ!」
「カゼひいちゃったらどうするの。今日はもう帰ろう」
「う・・・ん・・・・・・」
ふと何かに気づいたのか、腕の中のが言った。
「ねぇ・・・カカシ?」
「うん?」
「あのね・・・ココって『秘密の場所』だったんでしょう?それなのに、あたしなんか連れてきちゃったりして、良かったの?」
心配そうにが呟いた。
「いいんだ・・・約束は守ったから」
カカシの答えには納得のいかない様子だったが、カカシが楽しそうに笑ったので、自分も微笑み返した。
「じゃ、ウチへ帰りますか〜」
「カカシ、ちょっと手加減してね?」
帰りもまたあんなスピードを出されてはたまったものではない。気分が悪くなるとわかっていて、移動するのはいただけない。
「ハイハイ、じゃちょっとゆっくり帰ろうかーv」
吹雪のように舞い散る桜に見送られて、ふたりはそこを後にした。
「なんでゆっくり歩いてるのよッ?!」
「だって、『ゆっくり帰ろう』って言ったじゃない」
「そりゃ言ったけど、こんなフツーのスピードで歩けって言ったわけじゃないわよ(怒)」
ふたりが、というより、がカカシに『お姫さま抱っこ』されて歩いているのは、里の大通り。
平日の夕刻とはいえ、それなりに人通りは多い。
とっては、ジーンズの裾からのぞく包帯の巻かれた左足が唯一の救い、ではあった。
しかし、自分を抱いているのはあの『写輪眼のカカシ』である。ただでさえ注目の的である彼なのに、そんなカカシが女性を抱っこして歩いているのだ。
イヤというほど人目を引いて、は恥ずかしいことこの上なかった。
「ん〜でもさ、たまには主張しとかないとイケナイかなー、な〜んて思ってね」
「主張?」
「うん。『所有権』をねv」
「所有権って・・・あたしはあたしのもので、誰のものでもありません!」
「それはわかってるよー。そうじゃなくて」
「?」
「まるごとぜ〜んぶ、オレはちゃんのモノだってコトv」
「・・・・・・・っ?!」
を一人で自宅に残しておくのが心配で、実はコッソリ忍犬を一匹見張りにつけていたのだが、忍犬からの報告では見舞い客やら花束などがひっきりなしに届いて、はゆっくり休むヒマもなかったらしい。
しかも、見舞い客の中には顔見知りの上忍たちもいたらしいのだ。
が鈍感で助かっているのだが、ライバルたちに時には牽制も必要で。チャンス到来とばかりに、をいわゆる『お姫さま抱っこ』をして見せびらかすかのように、こうして里内を闊歩しているのだ。
「ご理解していただけましたか、お姫さま?」
「・・・こっ、このバカカシッ!」
「耳まで真っ赤だよ〜v」
ウッと言葉に詰まったはカカシの胸に顔を埋めてしまい、小さな声で『家まで全力疾走っ!』と言った。
「ハイハイ、お姫さまはわがままだね〜」
クックッと楽しそうな笑みをもらすと、お姫さまのご要望に従うべく、カカシはスピードをあげた。
自分がいま腕に抱いているのは『春』――すべてのものに新しい生命の息吹をあたえてくれる季節。
キミと見た満開の桜を決して忘れはしない。『幸せな風景』として、自分のなかに永遠に残っていくだろう。
ふたりで季節を重ねて、たくさんの『幸せな風景』をふたりで見よう。
数え切れないほどの『幸せな記憶』をふたりで紡いでいこう・・・。
春のあたたかな風に吹かれながら、腕の中の愛しい存在を想って、カカシは柔らかな微笑を浮かべた。
【あとがき】
『5000hit感謝企画』に参加していただいた、吹雪さまのリクエストで「お花見デート。カカシ先生のラブラブな休日」で
ございました。リクエストに沿ったものになっているでしょうか・・・?(汗)
でも、なんとかお花見のシーズン中にアップできたので嬉しいです♪
今回初めて忍犬を登場させてみましたvお名前登録をしてから読んでいただけると嬉しいです。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
2004年4月4日