Be Happy! 前編




「うう・・・頭イタイ・・・気持ち悪い・・・」
はベッドの中で頭を抱えていた。頭はガンガンするし、吐き気もする。
「自業自得でしょう!毎回毎回、あなたというヒトは・・・ご両親からお目付け役を命じられているというのに、
 わたくしは・・・!」
「も・・・もういいってば。、頼むから静かにして・・・」
「いいえ、黙りません!」
のベッドの脇で文字通り吠えているのは忍犬のである。の両親はともに中忍で、十数年前から外国での諜報任務についているのだが、ひとり木の葉の里に残すのことを心配して、忍犬のをお目付け役として置いていったのである。
「昨夜はへべれけになるまで酔っ払って、アスマ上忍に背負われて帰ってきたうえ、二日酔いになるなんて・・・!
 わたくしは、ご両親になんとご報告すればよいのか・・・」
「ちょ・・・?!そんなことまで報告してるの?」
「もちろんでございます!」
さも当然であると言わんばかりのに、は二日酔いとは別の頭痛を感じた。
「で、昨夜飲みすぎたのは、またカカシ殿絡みですか?」
「・・・っ!」
の沈黙を肯定ととったのだろう、は静かに言葉を続けた。
「今度は誰だったんですか?」
「・・・中忍のかわいい女のコ」
「相変わらずカカシ殿はおモテになるのですね?」
「・・・」
は、カカシとは幼馴染だった。
そして、特別上忍に昇格し、人生色々に出入りするようになったに、カカシとの橋渡しを頼む女のコが以前にも増して多くなったのだ。
「カカシに手紙渡して、って言われたの」
「お断りになればよろしいでしょう?」
「・・・だって・・・・・・・」
主人の性格は知り尽くしている。気が強く負けず嫌いな面もあるが、基本的に面倒見もよく、しかも頼まれるとイヤと言えない性格だった。
「・・・ったく、あなたという方は」
は深いため息をついた。
「・・・だって、一生懸命なんだもん。カカシを好きなんだ、っていう気持ちが伝わってきて・・・」
断れないよ、と、は小さな声で呟いた。
――主人の想い人も、あの『写輪眼のカカシ』であった。
おそらく主人は、頼みにやってくる女のコと自分とを重ねているのだろうと思う。
素直に気持ちを伝えればいいじゃないか、となどは思うのだが、どうにもそう簡単にはいかないらしい。
橋渡しを頼まれればイヤとは言えず、カカシとその女のコの仲をとりもつことになり・・・。
いまだカカシが誰かと付き合い始めたというウワサを聞いたことはなかったが、は気が気でなく、また橋渡しを断ることのできない自分に嫌気がさし、ついつい気を紛らわせるために酒を過ごすことになってしまうのだ。
その酒につきあわされる、アスマが気の毒といえば気の毒なのだが・・・。
飲みすぎて自力では歩けなくなってしまったを背負って、アスマは家まで送ってきてくれたのだ。
迎えに出たに、アスマはタバコをふかしながら言った。
「おめぇも大変だな。やっかいなご主人でよ」
「はぁ・・・アスマ殿にはご迷惑をおかけいたしまして・・・」
しっぽの垂れたの頭をわしわしと撫で回し、アスマは豪快に笑った。
と飲みに行くのは楽しいから別にかまわねぇよ。だがまあ、さすがにじれってぇよ、なぁ?」
「ハ?」
「俺がと飲みに行くと、グチグチうるせぇ野郎がいるんだよ」
キョトンとしているに、アスマはまた笑った。
「ちょいと勇気を出せば済むことなのになぁ〜?任務についてるときは大した度胸の持ち主だと思っていたが・・・」
「・・・勇気、でございますか?」
「『勇気』か『きっかけ』か、どっちでも構わねぇけどよ。いい加減にケリつけねぇと、俺の身があぶねぇんだよ。
 アイツときたら、とんでもねぇヤキモチ焼きだからな」
「はぁ・・・?」
「アイツに見つかると厄介だから、俺はそろそろ行くぜ。の面倒を見てやってくれよ」
「あ、ハイ!アスマ殿、どうもありがとうございました!」
「いいってことよ。ま、は明日は二日酔い決定だろうがな」
タバコの煙とともに、アスマは帰っていった。は深々と一礼し、その後姿を見送った。
の主人は、幸せそうな顔で眠っている。はその寝顔を見つめながら、ため息をついた。
アスマ殿のおっしゃっていた『グチグチうるせぇ野郎』というのは、どなたのことなのでしょう・・・?
それは、やはりあの方のことなのでしょうか?
あの方は、あの頃から変わらずに主人を想っていてくださったのでしょうか?
の思考は堂々巡りに陥り、結局朝まで眠れずにの寝顔を見て過ごしたのだ。
「今日の待機は夕方からでしたね。間に合うように起こしてさしあげますから、もうすこしおやすみに
 なってはいかがですか?」
「うん、そうする。ゴメンね、・・・」
「よろしいのですよ」
しばらくするとすやすやと穏やかな寝息が聞こえてきた。
にとって、は自慢の主人である。誰がなんと言ったって、自慢の『ご主人さま』なのである。
見た目も可愛い(ハズだ)し、性格はまぁ意地っ張りなところもあるが、基本的には良い(ハズだ)。
それに最近では、忍としても認められつつあり、先ごろ特別上忍に昇格したのである。
そんなが幼い頃から想いを寄せているのが、幼馴染でもあるはたけカカシであった。
幼い頃の二人の姿を思い出すと、は微笑ましい気持ちになる。


ある日のこと、幼いを残して、両親が共に任務で家を空けることになってしまった。
近くに親戚でもいれば別なのだが、あいにく近所にを預かってくれそうな親戚はなく、また本人が『ひとりで留守番できるもん』と言い張ったため、しぶしぶ両親はと忍犬を残して、任務へ出かけてしまった。
さま、少し早いですが、もうおやすみになられてはいかがですか?風がきつくなってきたようですし」
「うん・・・」
不安そうに少女は窓の外を眺めた。灰色の雲が飛ぶように流れていく。今夜の天気は荒れそうだ。
は不安そうな少女のそばに寄り、その鼻先を少女にこすりつけた。
「大丈夫でございますよ、がついております」
、一人でも大丈夫だもん!」
強がって言う少女が愛しい。は、夜着に着替えた少女を布団へと追いやった。
風が強さを増してきたのだろう、ガラス窓がカタカタと音をたてている。
「大丈夫でございますよ」
「べつにこわくなんかないもん!」
といいつつ、少女は早くも涙目になっている。
両親がいなくて、この広い家にひとりぼっち――やはり不安なのだろう。
さてどうやって少女を寝かしつけようか、とが思案していると、ふと玄関先に見知った気配を感じた。
「おや、様!どうやらお客様のようでございますよ」
「おきゃくさま?」
きょとんとしているの夜着のそでをひっぱり、玄関先へと連れて行く。
「だ、だれ?」
玄関のガラス戸ごしに見慣れたシルエットが映っている。
「オレだよ、カカシー」
「カカシ?!」
少女は嬉しそうな声をあげて、素足のままたたきへ降りて、玄関の鍵をあけた。
「今日はひとりで留守番してるって聞いたから、遊びにきたんだー」
少年はと同い年だったが、すでに木の葉の額宛を持っていた。おそらく今夜も任務の帰りなのだろう。
「あれー?もしかして、もう寝るところだったの?オヤツ持ってきたのになー」
「ううん、まだ寝ない!ねぇ、上がって!」
少女は嬉しそうに少年を迎え入れた。さっきまで泣きそうだった少女が笑っていることに、はホッとしていた。
「どうぞ、カカシ殿」
「うん、お邪魔しまーす」
カカシはの頭をひと撫でして、の部屋へと向かった。


オセロやらトランプやらいろんなゲームをやって、の気を紛らわそうとするのだが、強風吹き荒れる外の様子が気になるのか、はビクビクしながら外を見やっている。
カカシは、のそんな様子に気づいていて、なにやら思案している。このまま自分が帰ったら、はきっと怖がって、今夜は眠れないだろう。
「ねー、
「ハイ、なんでしょうか?」
「オレの忍犬、呼んでもイイ?」
おや、とは思ったが、カカシがの気を紛らわせようとしているのがわかったので、快く了承した。
「ええ、どうぞどうぞ。わたくしも、皆さまにお会いするのは楽しみでございます」
「ありがと。じゃあ呼ぶね。・・・忍法口寄せ!」
ボワン!と白い煙とともに、カカシの忍犬たちが現れた。
「お久しぶりでございます、皆さま」
「おお、じゃねぇか」
突如現れた忍犬たちには驚いたようだったが、パァッと明るい笑顔になって、忍犬たちと遊び始めた。
きゃぁきゃぁ言いながら、まるで自分自身も子犬のように転げまわりながら、はしゃいでいる。
「ありがとうございます、カカシ殿」
「ううん、騒いでごめーんね?」
「今夜はどなたもいらっしゃいませんので、構いませんよ」
さっきまでの不安な様子などどこかへ行ってしまったように楽しげな・・・。は目を細めて、幼い主人の楽しげな様子を見守った。
「たぶん、そのうち疲れて寝ちゃうとおもうケド」
「そうでございますね」
カカシの言うとおり、小一時間もすると、は忍犬にもたれてウトウトし始めた。
ー?寝ちゃったの?」
少女から返事はない。どうやら遊び疲れて眠ってしまったらしい。カカシは呼び出していた忍犬たちを帰すと、を起こさないようにそぉっと布団に運んだ。
「ありがとうございました、カカシ殿」
「ううん、そろそろ、オレは帰るね」
「雨が降っているようですので、お気をつけて」
「うん、じゃあね」
少年の姿は夜の雨の中に消えていった。
幼馴染のカカシは、何かというとのことを気にかけていてくれた。6歳にして中忍となり、将来を嘱望されている少年だ。その才を驕ることもあるだろうと思われたが、その態度はずっと変わらなかった。
は、そんな二人をずっと見守ってきたのだ。


「絶対いやだってば!」
「お願い!にしか頼めないんだってばー!」
「そんなの、自分で渡せばいいじゃない!」
「自分で渡せたら苦労しないよ!」
お願い、と、アカデミー時代の親友はを拝み倒した――17歳のは、中忍となっていた。
同じく中忍の親友の手には、可愛らしい封筒・・・。いわゆるラブレターだ。
「ねぇ、お願い!は、カカシくんと幼馴染なんでしょう?ちょっと渡してくれたらいいの!」
あまりにも熱心に頼み込まれ、とうとう断りきれずにはその手紙を預かってしまった。
頼まれるとイヤと言えない自分に自己嫌悪を感じつつ、はカカシの姿を探して里の中を歩いていた。
隣ではが心配そうに、を見上げている。
様・・・よろしいのですか?」
「・・・・・・・」
様もカカシ殿のことを・・・お好きなのでしょう?なら、そんな手紙を渡す役目など・・・」
「な、なんでっ?!」
「『なんでわかったのか』とおっしゃりたいのですか?このが、何年様にお仕えしていると思われるのですか」
「だって、誰にも秘密にしてたのに!」
は真っ赤になっていた。ほんのり桜色に染まった頬を見ながら、あの小さなお嬢様がここまで成長したのかと、は妙に感慨深かかった。
「そのようなこと、このにはお見通しでございますよ」
「!」
これ以上無いというほど赤くなった主人を見上げつつ、は続けた。
「それなら尚のこと、そのようはお役目はお断りになればよろしかったのに!どうして、そんな・・・」
「だって・・・あたしじゃ、カカシには釣り合わないよ」
幼馴染のあの少年は、いつしか『写輪眼のカカシ』と呼ばれ、優れた忍者として注目を集めるようになっていた。
ようやく中忍となった自分では、カカシにはふさわしくない――はそう思っていた。
「そのようなことはありません!」
「ありがと、。でも、わかってるんだ・・・。今のあたしじゃダメだってことも。もっともっと強くならなきゃ、ね?」
悲しげに微笑む主人に、は何も言えなかった。
「ねぇ、?カカシがどこにいるか、わかる?」
「ええ、まぁ・・・」
「悪いけど、案内して。ね?」
「・・・わかりました」
は鼻をひくつかせ、風の匂いを嗅ぐ。その中に懐かしい匂いを感じ取り、は走り出した。


・・・?どうしたんだ、こんなところまで?」
カカシが居たのは、演習場の外れだった。おそらく、ひとりで鍛錬を行っていたのだろう。
「何かあったのか?」
「ううん、なんでもないんだけど・・・」
いつもと違い、歯切れの悪いに、カカシは首をかしげた。わざわざこんな外れまでやってくるからには、何か用があるのだろうが。
足元では、が心配そうにを見上げている。
「どうした?具合でも悪いのか?」
カカシは熱でもあるのかとの額へと手を伸ばしたが、はパッとその手を払いのけた。
「なんでもないって言ったじゃない!」
・・・?」
いつもと違うの様子に、カカシはとまどった。普段はハキハキとしている、人懐っこいらしくなかった。
「あ、ごめ・・・」
カカシの傷ついたような表情に、はハッとして、慌てて謝った。
「あの・・・ね、コレ、受け取って」
は忍服のポケットから、ピンクの封筒を取り出し、カカシに差し出した。
「オレ・・・に?」
「じゃ、渡したから!」
「あ、オイ!?!」
親友から預かった封筒をカカシに押し付けるように渡すと、を残して、素早くその場を立ち去ってしまった。
「・・・?」
自分の手の中にあるのが可愛らしいピンクの封筒だと気づくと、カカシは嬉しそうな表情をした――と、は思った。
口布と額当てでカカシの表情は掴みにくいが、そこは長年の付合いである。
しかし、封筒の裏の差出人の名を見た瞬間、カカシの眼差しは一変して悲しげなものに変わった。
「カカシ殿?」
「・・・コレって、の友達?」
「ハイ。お友達から頼まれて・・・」
「・・・そっか。返事しておくから、ってに言っておいて」
乱暴に忍服のポケットに押し込まれた封筒は、くしゃりとイヤな音を立てた。
「じゃ、オレも行くよ」
と言うが早いか、カカシの姿は掻き消えていた。ひとり残されたは、呆然としていた。
様はとんでもない間違いをしてしまったのでは・・・?
カカシ殿の様子から察するに、カカシ殿も様のことを・・・?
気を取り直して、は主人の姿を探した。気配を消すことはできても、匂いまで消すことはできない。
自慢の鼻を活かしてようやく探し当てた主人は、声も出さずに泣いていた・・・。は、その頬を伝う涙を舐めてやることしかできなかった。
悪いことは重なるもので、それまでそういった類の手紙を全く受け取ろうとしなかったカカシが、からは受け取ったという噂が広まり、は見知らぬ女のコからも手紙を託されることとなってしまった。
それはが特別上忍に昇格してからさらに回数が多くなり、断りきれないは配達人よろしくカカシへと手紙を届けるのだった。




【あとがき】
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2004年5月27日