illness of Love




カチャリと音を立ててドアを開けると、そこには腕組みしたが仁王立ちになっていた。
「あ、・・・」
ドカッ!
「イタッ!病人になにするんだよ〜(涙)」
いきなり蹴りをいれられたパジャマ姿のカカシが抗議すると、ジロリとに睨まれた。
「病人なんだったら、大人しく寝てなさいよっ!」
「だって、が来てくれたから起きただけで・・・いててッ!」
にぎゅっと耳を引っ張られ、カカシはベッドへ連れ戻された。
、ヒドイ〜!」
「ヒドイのはどっちよ?!あたし、久しぶりの休暇だったのよ!」
カカシは柄にもなく熱を出してしまい、昨日任務を休んでしまったのだ。今日になってもまだ熱が下がらず、の元へ忍犬を使いに出したのだった。
「熱は?」
「38.5度」
「いつから?」
「昨日・・・かな」
「ったく・・・。あたしを呼ぶより、木の葉病院へ行ったほうが良かったんじゃないの?」
「んー、でも、前ににもらった薬、よく効いたし」
は木の葉の里の特別上忍で、カカシが部下を持つまではよく任務で組んでいたのだ。
香使いのは薬草などにも詳しく、薬も自分で調合していた。カカシも以前、その薬の世話になったことがあったのだ。
忍というものは良くも悪くも、薬品には抵抗力がある。その目的は毒薬対策なのだが、皮肉なことに通常の薬も効きにくくなってしまう。しかし、自身が忍であるせいか、彼女の作る薬は忍にも良く効くと評判だった。
の少し冷たい手のひらが、カカシの額に当てられた。
「食欲は?」
「あんまりない、かな」
「でも、何か食べてから薬飲んだ方がいいわね。キッチン借りるわよ」
はキッチンへ行ってしまったけれど、その表情はムッとしたままだ。
ヤバいなぁ・・・なんか機嫌悪いみたい・・・・・・。
熱のせいで力の入らない身体をベッドに横たえ、カカシは小さくため息をついた。
カカシが部下を持つまでは、とよくチームを組んでいた。とは気が合う、とでもいうのだろうか。
何も指示しなくてもカカシの望むサポートをしてくれるは、ベストパートナーともいえる存在だった。
任務以外でも、サバサバした性格のとは付き合いやすく、よく二人で飲みにいったりしていたものだ。
だが、カカシが部下を持ったことで、上忍としての任務は少なくなり、と組むことも自然と少なくなっていた。
互いに多忙な二人は、里内で偶然出会っても、軽く挨拶する程度の仲となってしまっていた・・・。
30分ほど経って、が戻ってきた。その間すこしウトウトしていたのだろうか、カチャカチャという食器の触れ合う音でカカシは目を開けた。
「ゴハン作ってみたけど、食べれそう?」
「うん・・・いい匂いがする」
カカシのその言葉に、も少し表情を緩ませた。カカシが身体を起こすのを待って、トレイを渡す。
「おかゆにしようかと思ったんだけど、さんざん食べてたみたいだから、違うものにしてみたんだけど」
ちょっと人の悪そうな笑みを浮かべたに、カカシは苦笑するしかなかった。自分の食生活はどうやらお見通しらしい。
「うん、おかゆはもういいや」
この二日、あまり食欲もなかったのだが栄養補給も必要だと思い、レトルトのおかゆをむりやり流し込むように食べていたのだ。
まずくはなかったが、何回も食べたいものでもない。
が持ってきたトレイには、具たくさんの野菜スープと柔らかそうなロールパン、そしてふわふわのオムレツが乗っていた。
「おいしそう」
「残してもいいけど、なるべく食べてね」
「うん。イタダキマス」
ふわふわのオムレツを口に運ぶと、微かにバターの風味がしてトロリと溶けてなくなってしまう。
「おいしい」
「そう?良かった」
はベッドサイドに手近なイスを引っ張ってきて腰掛けると、自分のバックの中をガサガサを漁って、薬を選び出していた。
って、やっぱり料理上手だね」
「ありがと」
が嬉しそうに笑う。カカシもホッとして、食事を続けた。
「もう一回キッチン借りるね」
しばらくして戻ってきたは、食事を終えたカカシにグラスを差し出した。
「うっわー、何ソレ?!」
「何って、解熱剤よ」
の差し出したグラスには、何とも言いがたい色の液体が入っていた。例えて言うなら、12色の絵の具を思うままに混ぜあわせた色、とでも言うべきか。
「なんか嫌がらせしてない?」
「へぇ・・・そんなコト言うわけ?ふーん」
「あ!ゴメンなさい!嘘です、嘘ッ」
「じゃあ、さっさと飲みなさいよ」
「・・・」
カカシはものすごく嫌そうな表情で、グラスを見つめた。幸いなことに匂いはないのだが、どんな味がするのやら・・・。
の方をチラッと見てみると、腕組みしてこちらを睨んでいる。カカシはため息をついて、それを一気に飲み干した。
「・・・、コレ飲んだことある?」
「あるワケないでしょ。はい、口直し」
の差し出したアップルジュースを奪うようにして、カカシは飲み干した。
「例えようもない味だね、コレ」
「ったく、文句言わないの。その薬、ものすごーく高い薬草使ってるんだから。
 一眠りすれば、熱は下がってるはずよ」
「ふぅん」
はグラスを受け取り、カカシをベッドへ押し込んだ。
「さ、早く寝なさいよ」
「うん・・・。、帰っちゃうの?」
心細そうにこちらを見上げるカカシに、はため息をついた。
「帰らないわよ、まだ。ほら、さっさと寝ちゃいなさいな」
「うん!」
嬉しそうに答えたカカシに、は少し首をかしげた。
やっぱり病気になると、カカシくらい強い人間でも心細くなるのかしら・・・?
それにしても、どうしてあたしを呼んだのかな?カカシなら、看病してくれるオンナはたくさんいるでしょうに。
「ねぇ、カカシ?」
「んー?」
「なんで、あたしを呼んだの?カカシなら、喜んで看病してくれるオンナいっぱいいるでしょ?」
「ああ、全部別れたー」
「・・・(『全部』ってどうよ・・・)」
「それに、オレの看病してくれそうなコなんていなかったよ」
「そうなの?」
「そ。彼女達はオレの金が愛しいだけ。オレは人肌が恋しいだけ。ただそれだけの関係だったし」
「ミもフタもない言い方ねぇ・・・。そういうつきあいがラクで良かったんでしょ?」
「そうだったんだけどね。気がついちゃったんだよねー」
「?」
「ニセモノが10コ集まっても100コ集まっても、たったひとつのホンモノには敵わないってコト」
「・・・?なんかよくわかんない」
「そっか」
柔らかく微笑んだカカシに、はドキッとした。二人で飲みに行くことも多かったから、カカシが口布を降ろしているところを何度も見たことがある。けれど、任務以外で額宛をとっているカカシを見たのは初めてだった。
「は、早く眠りなさいよ」
「うん」
「でも、あたしが居ても眠れるの?」
「大丈夫。気配消さないで、そのままでいてよ」
「カカシがそう言うんなら・・・」
そう言って、はキッチンへと行ってしまった。
カカシはゆっくりと目を閉じた。トロリとした睡魔が徐々にやってくる。
がパタパタと忙しそうに動き回っているのがわかる。
独りのほうが落ち着いて眠れる、ずっとそう思っていた。けれど今は、自分以外の人間の気配を感じることでホッとしている自分がいた。そして、そこにいるのがなら尚更・・・。


しばらく後片付けをしてから、はカカシの様子を見に行った。
そろりと足音を忍ばせて、ベッドへ近寄ってみる。すると、規則正しい寝息が聞こえてきた。薬がよく効いているのだろう。
はそっとベッドの脇へ腰掛けて、濡れタオルで汗をぬぐってやった。カカシの睫が一瞬震えて、目を覚ますかと思ったが、またそのまま眠りつづけている。
さっきよりは呼吸もラクそうになってきたのがわかって、はホッとした。
額にかかった髪をかきあげてやりながら、は思った。
ねぇ・・・?どうして、あたしを呼んだの?やっと忘れられそうだったのに・・・。

――は、カカシのことがずっと好きだった。


ずいぶん前に、カカシに聞いたことがあった。どうして特定の恋人を作らないのか、と。
が里内で見かけるカカシは、毎回違う女性を連れていた。華やかな美女が多かったが、パッと見て夜の蝶とわかる女性ばかりだった。
「本気で好きなオンナはいないの?」
「・・・オレはもう『大切なモノ』は欲しくないんだよ」
ぽつり、と呟くように答えたカカシに、は哀しい気持ちになった。
「でも、あたしは、失いたくないモノがたくさんある人生の方が素敵だと思うけど」
「いつかそれを失ってしまうとしても、か・・・?」
「いつか失ってしまうとしても、それが自分の手の中にある幸せをあきらめる気にはならないの」
「・・・強いな、は。でも、オレにはそう思えないんだ」
そう言って、カカシは寂しげな笑みを浮かべた。
は告白する前に失恋したようなものだった。がカカシに想いを告げれば、カカシはを遠ざけるだろう。
の想いなど、カカシにとっては邪魔なモノでしかないのだから。
想いも告げられず、さりとてカカシから完全に離れてしまうこともできず、は『仲のいい女友達』という位置に甘んじていた。
互いに多忙な上、任務で組むことも少なくなって、カカシから距離を置けるようになり、はこのまま自分の想いを忘れてしまうことができるかもしれない、と内心思っていたのだ。
想いの通じない相手を想うことほど辛いものはない。この気持ちを忘れられるものなら忘れてしまいたいと、は願っていたのだ。
だが、そんなの元へカカシの忍犬はやってきた。そして、一も二も無く駆けつけてしまう自分に苦笑いするしかなかった。
自分の心をかき乱す元凶はスヤスヤと、気持ちよさそうに眠っている。
は小さくため息をついて、キッチンヘ戻った。


後片付けも終え、夕食の下ごしらえも終わったは、キッチンでコーヒーを飲みながら、雑誌をパラパラとめくっていた。
ふと人の気配を感じて顔を上げると、カカシがぼーっと立っていた。汗をかいたせいか、いつもならあちこち飛び跳ねている
銀色の髪がぺったりと額にはりついている。
「あれ、起きたの?」
「うん・・・ノド渇いた」
「ちょっと待ってね」
カカシがキッチンに入っていくと、なにかおいしそうな匂いがした。が夕食を作ってくれているのだろう。
冷蔵庫を開けて、がミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。
「ありがと」
よく冷えた水が、乾いたのどを潤してくれる。
「汗かいて気持ち悪いや。ちょっとシャワー浴びてくる」
「でもあんまり長い時間はダメよ。あ、シャワー浴びてるあいだにシーツとりかえておくわ」
「悪い。シーツは左側のクローゼットに入ってるから」
「了解」
汗ですっかり湿ってしまったシーツをはぎとり、清潔なものと取り替える。それからキッチンへと戻り、
は夕食の支度に取り掛かった。


のエプロン姿って、ソソるなぁ〜
「ひゃぁ!?」
シンクで洗い物をしていたは、突然のカカシの気配に驚き、皿を一枚割ってしまいそうになった。
「驚かさないでよ!」
パッと振り返ったのすぐ目の前に、カカシは立っていた。シャワーを浴びてきたのだろう、温かな石鹸の香りがした。
「!」
「あー、サッパリした
「そ、そんなカッコしてないで、ちゃんとパジャマ着なさいよ!また熱上がるわよ」
カカシはパジャマのズボンははいていたが、上半身は裸で、バスタオルでわしゃわしゃと髪を拭いていた。
「熱ならもう下がったよー」
あ、と思う間もなく、カカシの顔が近づいてきて、額がコツンと当たった。やっぱり睫が長い、とはぼんやりと思った。
「ね?」
「・・・!?」
かぁぁと頬に血が昇る。赤くなってしまったことが恥ずかしくて、カカシと目をあわせられない。
「も、もう元気になったみたいだから、あたし、帰るね!」
はエプロンを外し、脇を通り抜けようとしたが、カカシの腕が邪魔をする。
「っ!?」
気がつくと、はシンクとカカシの間に閉じ込められていた。
「ちょっと!もう熱下がったんでしょ?からかうのはヤメてよ」
「熱はね。でも、オレ、病人なんだよね」
「何の病気よ?」
「『恋の病』」
呆気にとられたをクスリと笑い、かなり重症なんだ、とカカシは笑った。
「だ、誰か好きなひとでもできたの?!」
「・・・この体勢で、『オレ、紅のことが好きなんだ』なーんて言うハズがないデショ」
「・・・っ?!」
一瞬言葉に詰まっただったが、カカシがの反応を面白がってからかっているのだと思い、段々と腹がたってきた。
「好きなオンナなんか要らないんじゃなかったの?あたしをからかうのはヤメてちょうだい!」
「――オレは本気だよ」
まっすぐにこちらを見つめるカカシから、は目をそらせなくなった。
「三日ぐらい前、オレの知らないヤツと一緒に歩いてただろ?仲良さそうにさ」
「え?」
「それ見てたら・・・こう、なんて言うか・・・胸の奥がジリジリするような感じがしてさ。
 の隣にいるのはオレのはずなのに、って」
「カカシ・・・」
「オレの隣にいるのはがいいんだ。いや、オレの隣にいて欲しいんだ・・・」
言葉もなくカカシを見上げるに、カカシはちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
「――治せるのは、だけなんだけど?」
「・・・」
「治してくれる?」
「・・・・・・どうやって?」
「んーと、そうだねぇ・・・を処方してくれたら治るかもしれない」
これ以上ないというほど真っ赤になったは、チラリとカカシを上目遣いで見上げた。
「――三日前に一緒に居たひとは、木の葉病院の研究員なの。こないだの任務で珍しい薬草を見つけたから、
 分析を頼んでて・・・。その結果を聞きに行ってただけよ」
「・・・てコトはオレの誤解?」
「そ」
カカシはちょっと恥ずかしそうに頭を掻いた。その様子を見て、はクスリと小さく笑った。
「・・・わかった。あたしが治してあげる」
の小さな声が聞こえたかと思うと、カカシのくちびるに柔らかなものが押し当てられて、ふっと離れていった。
「・・・これで治った?」
「どうしよー?ますますひどくなっちゃったカモ」
「もう・・・どうしてくれるのよ?あたしにもうつっちゃったじゃないの」
頬を桜色に染めて、ちょっと拗ねたような口調でいうが可愛くて、愛しくて・・・。カカシはそっとくちびるを重ねた。
「じゃ、にはオレを処方してあげる


キミがいつか言っていた。
『失いたくないモノがたくさんある人生は素敵』だと。
その時のオレは、正直そんな風には思えなかった。オレの手の中の大切なモノはどんどん奪い去られ、そこに残ったのは悲しみだけだったから・・・。
でも、ふと気づくと、また大切なモノができてしまっていた。
それを失うのはすごく怖い・・・。けれど、もう手離すことはできなくなっていた。

ねぇ、

ずっとオレの隣にいてよ。の隣にオレをいさせてよ。・・・でないと、オレの病気がひどくなっちゃうんだ。
が足りなくて、足りなくて・・・ものすごく苦しいんだ。
だから、お願い。ずっとオレのそばにいて・・・。


二人のくちびるがもう一度重なった。




【あとがき】
皆さまのおかげで、当サイトもめでたく10000hitを迎えることができましたーっ!
ありがとうございますー!感謝感激雨あられでございます(笑)
へたれなカカシ先生しかないというのに、いつも遊びにきてくださる皆さまに感謝の言葉もございません(涙)

最後まで読んでいただいてありがとうございました
 2004年6月9日