color 前編




カラン、コロ〜ン♪
ドアにつけたベルの音に、は伝票の束を閉じると、慌てて店の奥から出てきた。
「いらっしゃいませ!」
グリーンと花の香りにふっと包まれる。毎日嗅いでいる香りだけれど、飽きることはない。
ここは木の葉の里の商店街にある一軒の小さな花屋。両親は早々に引退してしまい、今は悠々自適の生活を送っている。
店は一人娘のが継いで、アルバイトの女の子とふたりで切り盛りしていた。
「久しぶりだな、
「カカシお兄ちゃん、お久しぶり」
店に来た客は、の幼馴染でもあるはたけカカシであった。ただし、彼はひとりではなく、華やかな連れがいた。
「ね、わたしが好きな花、どれでも選んでいいの?」
カカシの腕に手を絡ませているのは、大輪の薔薇のような美女・・・。
彼女の甘ったるい香水のかおりが、自然な花の香りをかき消してしまいそうだ。
「いいよ〜。お花買ってあげるって言ったデショ」
「嬉しいっ!」
連れの女性は今にもカカシに抱きつきそうな勢いだ。はついついムッとした顔になってしまいそうなのを我慢していた。
――子供の頃から、はずっとカカシが好きだった。
どちらかといえば大人しくて引っ込み思案の性格だったは、よく近所の悪ガキたちに苛められていたのだ。
悪ガキどもに苛められて泣いているを、少年だったカカシはいつも助けにきてくれた。
「ほら、もう泣くなって。あいつら、もう行っちゃったよ」
「・・・ひっく・・・カカシ・・お兄ちゃん・・・」
なかなか泣き止まないの涙を、カカシはしわくちゃのハンカチで拭ってやる。
を苛める悪ガキどもとは違って、カカシはいつも優しかった。
そんなカカシは、のなかでヒーロー的存在といっても過言ではなかった。
大人になってからもカカシは何かとのことを気にかけてくれ、もカカシのことを慕っていた。
兄を慕うような気持ちから異性へ対する想いへと変わっていくのに、さほど時間はかからなかった・・・。
、あのバラで花束作ってくれる?」
「えっ?!あ、ハ、ハイ!」
ぼんやりとしていたはカカシに声をかけられハッとした。
カカシが指差しているのは真紅のバラ――カカシの連れの女性にはピッタリだった。
はテキパキとバラを選び出し、手際よく花束を作っていく。
バラとバラとの隙間を埋めるようにカスミソウを配し、美しい花束の完成だ。
花束の形を整えながら、は思う。自分はまるでこのカスミソウのようだと・・・。
もともとオシャレに熱心なタイプではない。必要以上に流行を追ったりしないし、メイクだって必要最低限のものだ。
一方、カカシの連れの女性は華やかに着飾り、美しくメイクされている。
美しいバラのような女性の引き立て役の自分・・・。
カカシがこうして時折店にやってきてくれるのは、カカシにも会えるし、店の売上にもつながるし、非常に嬉しいことなのだが、カカシの連れの女性を見るたびに、は落ち込んでしまう。
「大丈夫か、?熱でもあるのか?」
カカシの少し冷たい手が額に触れて、はハッと我に返った。また少しぼんやりしてしまっていたらしい。
「う、ううん!だ、大丈夫よ、カカシお兄ちゃん。あとリボンをかけるだけだから、もうちょっと待ってね」
「そうか?無理するんじゃないぞ」
心配げなカカシに、は無理やり笑みを浮かべた。
は手早く花束を仕上げ、カカシから代金を受け取った。の作った花束はカカシの手から、連れの女性へと渡る。
「わぁ〜!ありがとう、カカシ!すごく嬉しいわ」
「ハイハイ、じゃ行こうか」
は店の表まで出て、ふたりを見送った。まるで恋人同士のように腕を組んで歩いていくふたり。
連れの女性はいわゆる水商売の女性だと思われたが、それでもの心中は穏やかではない。
カカシの連れている女性は華やかな美女ばかり――自分とは正反対だ。
は、すこしくたびれたエプロンを手に取り、ため息をついた。
こんな自分だから、カカシはいつも自分を子ども扱いするのだろう。無論、恋愛対象外だ。
はもう一度深いため息をついた。
「なんて顔してんの!」
「えっ?ひゃあ!」
いきなりほっぺたをむにっとつねられ、は小さく悲鳴をあげた。
「アンコちゃん!それに紅さんも!」
「よっ!」
「久しぶりね、
慌てて振りかえると、そこにはみたらしアンコと夕日紅が立っていた。このふたりはの店の常連だ。
店の常連という以上のつきあいがあって、ふたりはを妹のように可愛がっていた。
「暗い顔して・・・」
の視線の先にカカシが居たことを、ふたりとも知っていた。もちろん、のカカシに対する想いもわかっていた。
「あ、カカシが来たんだ!」
アンコの指摘に、は力なく頷いた。
「ったく!あんなヤツのどこがいいんだかねぇ〜?」
「忍びとしては一流かもしれないけれど、にはあまり薦めたくはないわね」
手厳しいふたりのくの一の評価に、は弱々しい笑みをうかべた。
「仕方ないんです。あたしはこんなだし・・・。カカシお兄ちゃんの好みのタイプとは程遠いし・・・」
落ち込んでいる様子のを見て、アンコと紅は顔をみあわせた。
は優しい性格だし、見た目だって捨てたモンじゃない。けれど、いつまでもカカシに片想いをして、幸せになるチャンスを逃しているように、ふたりには思えた。
思い切って告白して、想いが通じたなら良し、はたまた玉砕したとしても新しい恋へと踏み出すことができる。
紅はそう考えた。
「ねぇ、?カカシのことが好きなら、告白してみたら?」
紅の言葉に、はプルプルと頭を振った。
「カカシお兄ちゃんにしたら、あたしなんて妹ぐらいにしか・・・」
「でもさぁ、言わなきゃいつまでも気持ちは伝わらないよ?」
「けど・・・」
紅は何事か考えているようだった。
「紅さん?」
「じゃ、カカシにを『大人の女性』として見てもらえればいいのね?」
「そりゃそうだけど、どうするの?」
「アンコも協力する?」
「するするっ!」
目の前で盛り上がっていくふたりのくの一に、は目をパチクリとするばかりだった。


「へ?とデート?」
「う、うん・・・」
夕暮れの商店街で、はようやく任務帰りのカカシをつかまえることに成功していた。
「あるひとからデートに誘われたんだけど、あたし、男の人とちゃんとデートってしたことなくって・・・。
 だから、練習っていうか、予行演習っていうか・・・」
「・・・ふぅん」
「カ、カカシお兄ちゃんだったら、そういうのも慣れてるかと・・・・」
「・・・」
がこんなことを言い出したのは、紅とアンコの入れ知恵であった・・・。
カカシとのデートにオシャレをして出かけ、カカシにを『大人の女性』なのだとわからせようという作戦だ。
そのデートで脈があればいいし、なかったときはキッパリ諦めろと、は紅に言い渡されていた。
「いつまでも片想いじゃダメよ、?」
「そーよ、!『花の命は短くて』よ!」
ふたりの勢いに押され、は無理やりウンと言わされたのだ。
「いーよ。明日なら、オレ、休みだから」
なかなか用件が言い出せず、恥ずかしさも相まってモジモジしていただったが、カカシの承諾の言葉にパッと顔を上げた。
「ありがとう、カカシお兄ちゃん!」
恥ずかしさに頬を染めているを見て、カカシは、が相手の男のことを真剣に好きなのだろうと思った。
「じゃぁ明日ね!」
カカシは、走り去っていくの後姿をいつまでも見送っていた。


今日のはいつもと違って、大人っぽいスタイルだ。
全体的には可愛らしい雰囲気のスタイルだが、大きめの襟ぐりやスカートのスリットからチラリとのぞく白い肌が色っぽい。
コーディネイトはアンコ、メイクはもちろん紅担当だ。
いつもよりずっと丁寧に施されたメイクは、を大人っぽく見せている。
どちらかというとナチュラルなカラーの口紅が多いだったが、今日は紅の選んだワインカラーの口紅・・・。
なんだかとても自分が大人になったような気がして、は嬉しかった。
これなら、カカシにつりあうかも知れない・・・。
は鏡を覗き込み、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう、アンコちゃん。ありがとうございます、紅さん」
そんなを、紅とアンコは心配そうに見ていた。いつまでも告白できないをじれったく思っていたせいで、こんなことを提案したのだが、いざとなるとが傷つくのではないかと心配になってきた。
、無理することないのよ?」
「そーよ、そーよ!」
心配げなふたりに、は首を振る。
「大丈夫です、あたし。こんなに綺麗にしてもらって・・・それだけでも嬉しいんです」
「綺麗よ、。頑張ってらしゃい」
「カカシに振られたら、ヤケ酒につきあってあげるからね〜!」
アンコのあまりありがたくない声援に苦笑をもらしつつ、は待合せの場所へ急いだ。


が待ち合わせ場所に行くと、カカシはもう来ていた。
今日はいつもの忍服とは違って、カカシはブラックの洗いざらしのジーンズに白っぽいコート、額宛のかわりにサングラスをかけていた。
長身でスラリとしたカカシは道行く女性の視線を集めている。
そんなカカシとこれからデートするのだ。は有頂天になっていた。
お決まりの映画とウィンドウショッピング、その後オシャレなイタリアンレストランで夕食を取った。
カカシの選んだ白ワインは軽い口当たりで飲みやすく、普段あまりアルコールを飲まないでもおいしく感じた。楽しい夕食が済んで店を出る頃には、はすっかり酔いが回っていた。
酔い覚ましもかねて、カカシとは夜の公園を通り抜けて帰ることにした。
「コラ、!オマエ、飲みすぎだぞ?」
「えー、そんなことないも〜ん!」
は上機嫌だった。大好きなカカシが自分をエスコートしてくれるのだ。嬉しくないはずがなかった。
いつもカカシの連れの女性がしているように、その肩にもたれかかるようにして腕を絡ませ、カカシにピッタリと寄り添う。
そして、アルコールでほんのり上気した頬を肩にもたせかける。
「あたしだって、いつまでも子供じゃないんだから」
「大人なら、自分の酒量くらいわきまえてるハズでしょ」
額をツンと指ではじかれ、はぷぅっとふくれた。
「いつだって、あたしのこと、子ども扱いするんだから・・・!」
いっそうギュッとしがみついてきたから、ほんのりと甘ったるいアルコールと、花の香りが漂った。
人工的に作られた香りではなく、自然な花の香り・・・。甘い花の香りが、カカシの鼻腔をくすぐる。
「・・・じゃ、大人だってところを見せてもらおうか」
「え?」
突然グイと抱き寄せられ、驚いたの目の前にはカカシの端正な顔があった。
「もう子供じゃないんだろう・・・?」
サングラスに隠されたカカシの表情は読めない。は何が起こっているのか、まだ理解できていなかった。
カカシの左腕はの細い腰に回され、右手はその柔らかな頬に触れている。
「カカシお兄ちゃん・・・?」
「・・・」
カカシのくちびるが近づいてきて、キスされているのだと気づくまでに時間がかかった。
「・・・んーっ?!」
がいくらもがいても、カカシの腕の戒めから逃れることができない。
すぅっと酔いが醒めていくような気がした。背筋を冷たいものが伝っていく。
「やっ・・・!」
はなんとか顔を背けようとするが、カカシはそれを許さない。の目尻から涙が零れた。
カカシのことがずっと好きだった・・・。けれど、こんなことを望んでいたワケじゃない。
大好きなヒトから優しいキスをされる――そんな想像をしたことだってあった。
だけど、それはこんな風にじゃない。
「大人扱いして欲しかったんデショ?」
「違っ・・・!」
「その口紅はには似合わないね」
キスされて滲んだ口紅を、カカシの指がグイと拭った。の瞳からまた涙が零れた。
紅が選んでくれたワインカラーの口紅・・・。ほんの少し、自分が大人になったような、女らしくなったような気持ちにさせてくれた口紅。カカシに釣合う大人の女性になったような、華やかな気持ちにさせてくれたのに・・・。
には似合わない』
カカシのその一言に、自分の想いまでも否定されたような気がした。
「・・・カカシお兄ちゃんなんか大キライッ!」
ようやくカカシの腕から抜け出したは、振り返りもせずに駆け出した。
カカシはを追いかけることはせず、静かにその場に立っていた。
「子ども扱いさせているのは、の方だろ・・・」
カカシの呟きを聞いているのは、夜空に輝く月だけだった。




【あとがき】
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2005年2月20日