遠回りしてるから。




揺れてる・・・?

ゆらりゆらりと身体に伝わる振動は、なぜだかとても心地良くて。

あたしはまだ夢見てるのかな・・・?確かに木の葉の里に帰ってきたと思ったのに。



木の葉の里の上忍であるは、夢うつつのなかでそんなことを思っていた。
里を離れて一年――無事にSクラスの諜報任務を終えて里に帰ってきたのだ。が潜入していた国はとても遠く、いくつもの山を越え、川を越え、ようやく懐かしい木の葉へと帰ってきたのだ。
途中、何度か川を下るために舟に乗った。自分はまだ舟に揺られていて、里にはたどり着いていないのだろうか・・・。
「アレ〜?起きたの、?」
のんびりとしたこの声――が絶対に聞き間違えるはずのない声。
「カカシ・・・?」
「んも〜、いくらなんでも飲みすぎデショ」
重いまぶたをむりやり開けると、里には珍しい銀色の髪が目に飛び込んできた。
「寝癖ついてる」
「あのね・・・」
どうやら自分は飲みすぎて、カカシに背負われているらしい。膝下がぶらぶらと揺れている。
「一年ぶりの再会だっていうのに『寝癖』はないんじゃない?」
「じゃ、なんて言えばいいの?」
「『タダイマ』とか言えないワケ?」
「ただいま・・・」
「おかえり」
の一年ぶりの帰還を祝って、主だった特上・上忍が集まってくれた。間者として一時も気を許すことができなかった日々から解放されて、は久しぶりに酒を飲んだ。もともと強い方ではないのに、皆が勧めるものだから、ついつい杯を重ねてしまったのだ。
――酔ってるんだから仕方がない。
はそう自分に言い訳をして、ゆっくりと目を閉じ、カカシの背に頭をもたせかけた。



『出立は一週間後じゃ。後悔のないようにな』
三代目火影から新しい任務を言い渡され、は人生色々でそのための準備をしていた。諜報任務には何度か就いていたが、一年にも渡る長期の、しかもSクラスの任務は初めてだった。
資料を読んでいたに声をかけてきたのは、任務帰りのカカシだった。
、今度は長期任務だって?」
「あ・・・うん」
とカカシは同じ任務に就いたことがキッカケで親しくなり、今では飲み仲間であった。がサッパリした性格だったこともあって、同性の友人のような関係であった。
「一年間なんだ」
「ふぅ〜ん。ま、気をつけてな」
「うん、ありがと」
カカシはの隣の席に腰掛けると、報告書を書き始めた。はぼんやりとその横顔を見つめていたが、不意に三代目の言葉を思い出した。
『後悔のないようにな』
これから長期任務に就くのに心残りがあってはいけない――三代目はそういう意味でに言ったのだろうと思う。
「ん?どうかしたのか、?」
「・・・ううん、なんでもない。カカシ、そこ間違ってるよ」
はカカシに気づかれぬように小さくため息をついた。
心残り、か・・・。
あと一週間しか時間がない。そんな時になって初めて、はカカシに対する自分の気持ちに気づいたのだ。
仲のいい男友達――最初はただそれだけだったのに。
自分の鈍感さ加減に呆れる。どうせなら気づかないままだったら良かったのにと、はくちびるを噛んだ。
そして、そんなをカカシが見つめていたことに、当のは気づかぬままだった。



「お月さま、キレイ〜」
「あー、ハイハイ、大人しくしてね」
「なによぅ〜?カカシには月を愛でるっていうこの風流さがわかんないわけ?」
「ハイハイ、暴れないで。落っことしちゃうよ」
夜空に浮かぶ月はまんまるで、手を伸ばせば届きそうな気がした。すっかり寝静まった里はとても静かで、この世の中に自分とカカシしか居ないような気さえする。
夜を往く風はひんやりと冷たくて、それとは反対にカカシの背はとても温かいとは思った。
「一年間、どうしてたの?」
「オレ?オレは相変わらずの子守だよ〜」
それを聞いて、はクスクスと笑った。
「ちょっとは成長したんじゃないの、あのコたち?」
「さあ、どうだかねぇ」
は無意識のうちに、一年間の空白を埋めるには他愛なさ過ぎる話題を選んでいた。
――あたしの居ない一年の間に、好きなヒトはできた?恋人はできた?
そう聞いてみたいのに、言葉はのどの奥に詰まったまま出てこない。
「あたしは全然成長してないや・・・」
帰ってきたら――生きて木の葉の里に帰ってこれたなら、カカシにこの胸の想いを告げようと決めていたのに、いざとなるとその勇気が出ない。ふたりきりの今、告白するには最高のチャンスだというのに・・・。
「そんなコトないデショ。おまえはちゃんと任務を果たして帰ってきたんだから」
「・・・そうだといいんだけど」
ため息混じりに答えただったが、ふとあることに気づいた。
「ねぇ、カカシ?」
「うん?」
「あたしんち、もしかして忘れちゃった?」
周囲を見回してみると、どう考えてもの家とは反対方向で。カカシの背におぶさって道案内もせずに来てしまったせいだろうか。
「んー?覚えてるよ」
「覚えてないじゃない。あたしんち、反対方向だよ?」
「知ってる」
「じゃ、なんで・・・」
「そりゃ、遠回りしてるからデショ」
「はぁぁ?!」
思わずカカシの背中からずり落ちそうになる。
「コラ、落ちちゃうデショ」
よっ、という掛け声で背負いなおされたは驚いて、思わずカカシにしがみついた。
「な、なんで・・・」
「んー?そりゃ、一年間の空白を埋めるには時間が必要デショ」
 それに――」
「それに・・・?」
「オレがに告白するのに、なかなか勇気がでないから、
 こーして延々と遠回りしてるワケ」
「っ?!・・・な、何言ってんのよ!カカシってば酔っ払ってるの?」
「ま、多少はね」
こちらが拍子抜けしそうなほど、カカシはあっさりと答えた。
「いざとなると緊張するもんだね〜」
「なんか全然意味わかんない・・・」
緊張感のカケラもない声で答えられ、は思わず頭を振った。酔っ払ってるせいで理解できないのだろうか?
「じゃ、こう言えばわかる?
 ――オレはが好きだよ」
「な・・・っ?!」
「ま、気づいたのは一年前なんだけどね」
そうやってのんびりと話す口調はいつも通りで。カカシが自分をからかっているのか、それとも本気で言っているのか、には判断がつかなかった。
「オマエが一年間の諜報任務に就くって聞いたときにさ、『アレ?』って思ったんだよね。
 はずっとオレの隣にいるはずなのに、ってさ」
「カカシ・・・」
「隣に居るのが当たり前すぎて、気づくのに時間がかかっちゃって。
 オマエが里を離れる前に告白しようかと思ったけど、
 任務の邪魔はしたくなかったから」
カカシの穏やかで、そして静かな声――にはそれでもう充分だった。
「・・・降ろして」
「ん?」
「いいから、ここで降ろして」
「あ、ああ・・・」
はカカシの背から降りると、スッとその隣に立った。
?」
「・・・ずいぶん遠回りしちゃったね、あたしたち」
は、カカシの大きな手を自分の手でそっと包み込んだ。
「一年もムダにしちゃった」
キュッと手を握られ、カカシは驚いたようにの顔を見つめた。
・・・?」
照れくさそうな笑みを浮かべたを見て、カカシはふぅ〜と息を吐いた。
「あーあ、すっごく緊張しちゃったよ・・・」
「あたしだって、すごくビックリしたわよ」
つないだ手から、互いの想いが伝わっていくような気がした。
「じゃ、これから、一年間の空白を埋めなきゃいけないよね〜?」
「え?」
グイと手を引かれて驚く間もなく、ニヤリと笑うカカシの形のよいくちびるが目の前にあって。
「っ!?」
カッとアルコールとは違う熱が頬に上ってきて、は思わず自分のくちびるを手で覆った。はカカシを睨んだけれど、当の本人は楽しげに笑った。
「そんな顔して睨んでも、全然迫力ないよ?
 っていうか・・・」
「何よ?」
耳元で密かに囁かれた言葉に、はさらに真っ赤になった。
「カカシ?!あんたってば、そんなコトばっかり考えてんの?!」
「そりゃ考えちゃうデショ。一年も離れてたんだしさ」
「も、サイテー!イチャパラの読みすぎだっての!!」
プンプン怒って先に行こうとするの手をカカシは器用に捕まえた。
「――もう逃がさない」
「!」
甘く囁くようなカカシの声に、ドキリとして思わず足が止まってしまう。
「ここまで待ったんだから、焦るつもりはないしね。
 ま、とだったら、遠回りするのも楽しいし?」
「・・・そんなこと言うなんてズルイよ、カカシってば」
照れくさくて、思わず拗ねてくちびるを尖らせたを見て、カカシは楽しそうに笑った。




【あとがき】

『カカアスハヤタン’07』に投稿させていただいた作品です。
うぉー!久しぶり過ぎて、カカシ先生がわかんねー!?(汗)
去年のお誕生日企画以来ですね・・・。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2007年10月6日