助けてあげてもいいよ。




『助けてあげてもいーよ』
そんな男の言葉にすがってしまった自分をいくら反省しても――もう遅い。



「あ、カカシさん!これ、来月の新刊リストです。適当に発注しておきましたけど、
 いらないのがあったら教えてください」
「ん、ありがと〜」
ここは大通りから一本奥に入ったところにある小さな書店だ。店舗スペースはさほど広くはない。というよりも、狭いといって差し支えないだろう。
カカシは渡されたリストをパラパラとめくって確認すると、満足げな顔をした。
「さっすが、ちゃんだね〜!完璧にオレの好みをわかってるねえ」
「褒められたって嬉しくありません・・・」
憮然とした表情で答えたのは、この書店を切り盛りしているだった。この店はもともとの両親が経営していたのだが、ある日突然『引退宣言』をされ、が跡を継いで店主となったのだ。
狭い店内だが、忍術書から一般向けのハウツー本まで取り揃えており、なかなか繁盛している。忍の里という場所柄か、忍者の常連客も多く、忙しい彼らに代わって新刊をチェックして発注したりするのもの役目だ。
両親が店をやっていた頃からの常連客のひとりが、この『はたけカカシ』だ。にしてみたら、顔を半分以上隠して胡散臭いことこの上ないといった感じなのだが、読書家なのか結構な量の本を買ってくれるお得意様だ。
「だってさ、この忍びの書はともかく、こっちの18禁なんて、
 オレの好みを完璧に押さえてるじゃな〜い?」
「・・・・・・」
18禁本の予約までさせるな・・・!
内心ではそう思いつつ、とりあえず商売用の笑顔を浮かべてみせる。
ピクピクと口元が引きつっているの表情を見て、カカシはプッと小さく吹き出した。
「なんですか?」
「いや、ちゃんてわかりやすいなぁ〜と思ってさ」
「――じゃ、発注しておきますんで」
いつまでも相手をしているわけにはいかない。はペコリと頭を下げると、別の客に発注リストを渡しに行ってしまった。その後姿を見送ったカカシはヤレヤレと肩をすくめた。



相手は客だ。相手は客だ。相手は客だ・・・!
もう100回以上は頭の中で繰り返しただろうか。は引きつった笑みを浮かべつつ答えた。
「ですから、いま仕事中ですので・・・」
「いいじゃないの、俺以外に他の客いないし。
 だから、ちょっとくらい付き合ってくれてもいいんじゃない?」
店のレジの脇で帳簿付けをしていたの手を、男はギュッと握り締めてきて、は思わず悲鳴をあげそうになった。
の手を握ってきた男は最近よく店にやってくるようになった忍者で、どうしたことかを気に入ったらしく、しつこく言い寄ってくるのだ。これまでは運良く他の客がいるときだったのだが、今日はたまたま店にはしか居ない。
そのことが男を大胆にさせているのか、これまでより一層しつこく迫ってくるのだ。
「いや・・・っ」
が怯えていることがわかったのか、その忍者は嫌な笑みを浮かべてさらに近寄ってくる。が恐怖のあまり思わずギュッと目をつむると、この場にふさわしくない間延びした声が聞こえてきた。
ちゃーん、オレの注文してたイチャパラの最新刊、届いてる?」
「っ!?」
誰かがやってくる気配をカケラも感じなかったというのに、そこに立っていたのは銀色の髪をした忍者だった。
「カカシさん・・・っ!!」
は男の手を振り払って、カカシへ駆け寄った。いまほどカカシの存在をありがたく思ったことはなかった。
「何かあったのか?」
「え・・・っ?!い、いえ、何もないですよ、カカシさん」
カカシの方を向いていたは気づかなかったが、男は見るからに怯えているようだった。
「ふーん?」
「じゃ、じゃあ、俺はこれで・・・!」
男はカカシの目に宿った剣呑な光に怯えたらしく、早々に姿を消した。
一方のはというと、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。ペタリと床に座り込んでしまったに視線をあわせるように、カカシもその場に膝をついた。
「大丈夫、ちゃん?」
「・・・・・・」
こういう客商売をしていればいろんな客が来て当然なのだが、ああいったタイプの客は初めてだったのだ。
「ゴメンね、オレがもうちょっと早く来てれば・・・」
カカシの言葉に、はゆっくりと頭を横に振った。
「いえ・・・。来てくれて助かりました」
「で、あの男ってダレ?」
「最近よく来るお客さんなんです。あたしなんかのどこがいいのか、
 付き合ってくれってしつこくて・・・」
「・・・・・・」
うつむいていたは、カカシの表情が険しくなったことに気づかなかった。カカシはの腕を取って立ち上がらせると、座り込んだために汚れたジーンズの膝を払ってやった。
「・・・ちゃんは、全然付き合う気はないんだ?」
「当たり前ですよ・・・!」
「ふーん。でも、あの様子じゃ、またやってきそうだね」
「・・・・・・」
は深いため息をついた。あまり考えたくはなかったが、あの男はまたやってくるだろうと思われた。たまたま今日はカカシが来てくれて助かったが、そういつもいつもタイミングよく助けがくるとは思えない。しばらく両親に店番を代わってもらおうかとも思ったが、まずいことに二人は火の国へ観光旅行に出掛けてしまっている。
なんとかひとりでこの状況を乗り切らねばならないが、どうしていいかわからない。
「――助けてあげてもいーよ」
カカシはにっこりと微笑んだ。


「えーとですね、カカシさん?こういうのが必要なんですかね?」
「そりゃ必要デショ」
書店が定休日の今日、は里の大通りをなぜだかカカシと並んで歩いていた。それも、カカシと腕を組まされて、だ。
あちこちから視線を感じるのはの気のせいではないだろう。里には珍しい銀色の髪と、口布でほとんど顔を隠した忍服姿の男と並んでいるのがそんなに珍しいのだろうか。
「妙に視線を感じるんですけど・・・?」
「そのためにこうして歩いてるんじゃない」
にこにこと笑っている(と思われる)カカシに、は早まったことをしたかもと後悔し始めていた。
あの時はカカシの提案が最良に思えたのだが・・・。
カカシの提案というのは、に彼氏がいるように相手の男に思わせる、ということだった。
「さすがに彼氏持ちだったら、あの男も諦めるんじゃな〜い?」
「はぁ・・・彼氏ですか・・・」
確かにそのアイデアは良さそうな気がする。けれど、には付き合ってる人はいなかったし、恋人のフリをしてくれるような男友達もいなかった。仮に頼める相手が見つかったとしても、相手の男は忍者だ。万一暴力沙汰になった時に、一般人では危険すぎる。
「いいアイデアですけど・・・肝心の相手がいないし・・・」
ハァ〜と深いため息をついたの目の前に、やたらとニコニコ顔のカカシが居た。
「じゃ、オレなんてどう?ぴったりだと思わない?」
「ハ・・・?」
「さっきのヤツ、一応忍者だし?一般人に頼んだら、何かあるとマズイでしょ」
「・・・・・・」
うむむ、とは唸った。カカシは見るからに怪しい風体だが、一応は忍者だ。さっきの男と比べてどちらが強いのかわからないが、何か事が起こった場合でも多少はマシかもしれない。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ
――そんな訳で、はカカシと腕を組んで大通りを歩いているのである。
「あの〜、カカシさん?質問があるんですけど」
「なぁに、ちゃん?」
「あのですね・・・こう、やみくもに里の中を歩いていても仕方がないかと思うんですけど」
そもそもこの作戦は、カカシとが付き合ってるというところを、あの男に見せるという計画だったはずだ。それなのに、カカシとは里の中をブラブラと歩いていただけだ。というよりも、単にデートしていた、といったほうがいいかもしれなかった。
「あれ?オレと一緒じゃ楽しくなかった?」
「いえ、そういうわけでは・・・」
書店の経営を引き継いでからというもの、休日も帳簿付けやら雑多な仕事を片付けるのに費やして、は遊びに出掛けることもすっかり少なくなってしまっていた。
だから今日、こうしてカカシと遊びに出掛けて予想外に楽しかったのは事実だ。
「じゃ、楽しい?」
「・・・ハイ」
少々複雑そうだったががそう答えると、カカシは満足げな笑みを浮かべた。
「じゃ、次、お茶でもしよーか
「ハイ」
「っと、その前に・・・来たみたいだよ」
「え?」
カカシの視線の先に目をやったは思わず身体を固くした。あの男――にしつこく迫っていた忍者がそこに居たのだ。
「あっれ〜?こないだ本屋で会ったヒトでしょ?
 奇遇だね〜」
「ど、どうも・・・」
カカシとが腕を組んでいることに気づいた男は、明らかに驚いているようだった。
「カ、カカシさんは今日は非番なんですか?」
「ん、オレ?そう、今日は非番でね〜。
 久しぶりにカノジョとデート中なんだ
ねっ、と同意を求められたは、ブンブンと頭を振って慌てて頷いた。
「まだ付き合い始めたばっかりなんだけどさ」
いきなりグイと抱き寄せられたはピキッと固まっていたが、カカシの腕をふりほどくことはしなかった。
「ラブラブなんだよね〜
「・・・そ、そうですか・・・・・・」
かなりの衝撃を受けたらしく、男はヨロヨロとよろめきながらその場を去っていった。
男の姿が見えなくなると、は深いため息をついた。
「お疲れサマ、ちゃん。ま、あれで大丈夫デショ」
「ありがとうございました、カカシさん。おかげで助かりました」
深々と一礼しては帰ろうとしたのだが、カカシにガシッと腕を掴まれた。
「アレ〜?これからお茶しに行くんじゃなかったの?」
「え?あ、ああ・・・でも、最初の計画はうまくいったし・・・」
「まぁまぁ、もうちょっとオレに付き合ってよ〜♪」
「ええ?!ちょ、ちょっと、カカシさん・・・!?」
グイと腕を取られたの悲鳴が里の中に響いたとか、響かないとか・・・。



「・・・・・・」
「ねぇねぇ、ってばカカシとつきあってんの?」
「・・・・・・」
「アンコさん、ちょっとストレートに聞きすぎじゃないですか?・・・ゴホ」
は深々とため息をついた。いったい何人に同じ質問をされただろうか。
今日の質問者は、常連客のハヤテと、それなりに常連客のアンコだった。どうやら『じゃんけん』に負けて、確かめにきたらしい。
「あのですね、どうしてみんな同じコトを聞きにくるんです?
 っていうか、なんであたしとカカシさんが一緒に歩いてたって知ってるんですか?」
「そりゃ知ってて当然でしょ」
「ええ、まあ・・・。知らない方はいないでしょうね、ゴホ」
「??」
あの日、結局は丸一日カカシとデートしてしまったのだけれど。そんなに目立つことをしたわけでもないのに、皆が知っているのが不思議で仕方なかったのだ。
「まぁ、あの風体じゃ目立つのかもしれませんけど・・・?」
が首をかしげているのを見て、アンコはプッと吹き出した。
「里一番のエリート忍者が真昼間から女と腕組んで歩いてりゃ、
 ウワサになるってもんでしょ」
「もしかして、カカシさんが『コピー忍者のカカシ』だと
 ご存知なかったのですか、さん?ゴホゴホ」
「えっ、ウソでしょ!?」
あんなにボーッとしてるのに、と思わず口に出してしまいそうになり、は慌てて口元を押さえた。
「そのぶんだと知らなかったみたいね」
「そのようですね、ゴホ」
顔色の変わったを見て、ハヤテが気の毒そうに言った。
「・・・何やってんの、キミ達?」
「っ?!」
「あら、カカシ」
「カカシさん」
茫洋とした声が聞こえてくる。それはもちろん話題のカカシだ。
「ねぇねぇ、カカシとってマジで付き合ってんの?」
興味津々といったアンコに、カカシは肩をすくめてみせた。
「どーせ『人生色々』の連中で賭けでもしてるんだろ?
 その件についてはノーコメント」
「えーっ?!ちゃんと教えてよ」
「お客じゃないなら、とっとと帰った、帰った」
「ちょっ?!」
カカシは無理やりアンコとハヤテを追い返すと、顔面蒼白なままのに向き合い、ちょっと困ったように頭をかいた。
ちゃん、あのね・・・」
「し、知らぬこととはいえ、失礼しましたっ!
 カカシさんがそんなすごい方だとはつゆ知らず・・・!」
今にもひれ伏してしまいそうなに、カカシは苦笑いを浮かべた。
「ま、おかげで、あの男もさっさと引き下がってくれたけどね。
 もうちゃんにはちょっかい出さないと思うよ」
「そうですね、ありがとうございました」
そう言われれば、あのしつこかった男があっさり引き下がったのも納得できた。
「っていうかさ、この先ずっと、ダレもちゃんには言い寄らないと思うケド」
「ハ・・・?」
「『里一番のエリート忍者』の恋人に手を出すオトコはいないってこと」
「えっ・・・!?そんなの困りますっ」
今回のように無理やりアプローチされるのも困りものだが、一切恋のチャンスがないというのも困る。さっきまでは自分の選択に満足していただったのだが、どうしたものかとオロオロし始めた。
「というワケで」
「何か解決策があるんですか・・・?」
期待に満ちた瞳でカカシを見ただったのだが、カカシの人の悪そうな笑みにイヤな予感がした。
「ないこともないかな〜?」
「?」
「オレと付き合いなさい」
「ハァ!?」
「ま、諦めるんだね〜」
涙目になっているの耳元で、カカシは「幸せになろうね」と囁いたのだった。



神様、あたしが何か悪いコトをしたのでしょうか・・・?




【あとがき】

『カカアスハヤタン’07』に投稿させていただいた作品です。
うぉー!久しぶり過ぎて、カカシ先生がわかんねー!?の2作品目(笑)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2007年10月6日