ゆびきりげんまん
「ちゃーん、コーヒー飲まない・・・って、アレ・・・?」
はリビングのソファで穏やかな寝息をたてていた。
久しぶりにふたり揃っての休日、これからどこかへ出掛けようかと話していたのに、はソファで眠ってしまったようだ。
「あーあ、疲れてるんだねぇ・・・」
多忙なふたりはすれ違いが多い。ふたり揃って丸一日オフというのは珍しいのだが、たまにはゆっくり過ごすのもいいだろう。カカシはそう思い、キッチンで自分の分だけコーヒーを淹れた。
コーヒーのよい香りが漂っても、はスヤスヤと眠ったままだ。カカシはを起こさないよう足音を忍ばせてリビングを横切り、ベランダへと出た。手すりにもたれて室内を振り返ると、穏やかな寝息を立てていると、その膝の上で丸くなっているネコの姿が見えた。
「・・・ま、オレも大人になったってコトですか」
少し前の自分なら確実にを起こしていただろうと、カカシは苦笑を浮かべた。
夏の終わりの穏やかな午後――こんなふうに過ごすのも悪くない。
真夏のギラギラとした太陽の光もすこし弱まって、頬を撫でる風にも秋の気配を感じるようになっていた。
「夏も終わりだな」
そう呟いて、コーヒーを啜る。唯一の話相手はぐっすり眠っていて、退屈になってきたカカシはベランダから街の風景を見下ろした。
眼下にひろがるのは木の葉の里――この眺めが気に入って、この部屋を借りたのだ。カカシはふいにそんなことを思い出した。
ベランダの洗濯物が風に吹かれてゆらゆらと揺れている。2枚干されているTシャツが、まるで人間がふたり並んでいるような位置にあって、カカシはクスリと笑みをもらした。
このTシャツを買ったのは確か夏の初めだった。何度も着て何度も洗濯したために少しくたびれてしまっているが、それも味わいがあるといえるかもしれない。2枚のシャツは男物と女物で、当然カカシとのものである。ふたりで一緒に買い物に行ったときに買ったのだけれど、なかなか決まらずにあわやケンカになる寸前だったのだ。
「え〜?こっちの方がイイよ」
「イヤよ、あたし。ペアって丸わかりじゃないの」
カカシが選んだTシャツは一目でペアとわかるようなデザインのものだった。柄が同じで色合いは違うが、一目でペアとわかってしまう。
「だから、それがイイんじゃないの」
「イヤ!恥ずかしいでしょ」
の選んだデザインは、まったく違う柄のTシャツで、袖のところについている小さなタグだけがおそろいのものだった。
「それじゃ、全然ペアってわからないデショ」
「さりげない、って言ってくれる?」
終いには険悪な雰囲気になったのだが、結局はカカシが折れて、の選んだTシャツを買ったのだった。
そして、たまたまこのTシャツを着て、ふたりで出掛けているときに紅と出逢ったことがあった。
「そのTシャツ、選んだのはでしょう?」
「ん?なんでわかるの?」
「だって、カカシだったら、もっとペアってわかるデザインを選びそうだもの」
「・・・・・・」
「を『自分のモノ』って見せびらかしたい気持ちはわかるけど、
それくらいに押さえておきなさいよ」
思わず言葉に詰まったカカシを、紅はクスクスと笑った。
今となっては、それも夏の思い出のひとつか・・・。
自分の独占欲の強さに苦笑を浮かべつつ、カカシは冷めかけたコーヒーを啜った。
ふいに賑やかな子供たちの声が聞こえてきた。どうやら鬼ごっこでもやっているようで、無邪気にキャアキャア騒ぐ声が聞こえてくる。
自分にもあんな頃があったのかと、秋めいた風のせいか、少しセンチメンタルな気持ちになる。無論、無邪気に遊ぶことなどなかったに等しいが。
カカシはふいに、自分がずいぶんと遠いところへ来てしまったような気がした。
振りかえれば、たくさんのものを奪われてきた。失くしてきた。自ら捨ててしまったものもある。
それはほんのすこし寂しい気がするけれど。
――がとなりにいてくれるのなら、オレは今のままのオレでいい。
カカシは視線をめぐらせて、穏やかな寝息をたてているの顔を見つめた。
『ちゃんとあたしのところへ帰ってくるって約束して』
今にも泣き出しそうな顔でが囁く。
『約束するよ』
『ホントに?』
『もちろんデショ。ん・・・?』
が差し出したのは右手の小指だった。
『子供っぽいって笑うかもしれないけど』
『ゆびきり・・・?』
コクリと頷いたはどこか恥ずかしそうに見えた。確かにいつものはクールな雰囲気の持ち主で、こんな子供っぽいことをするようなタイプではないのだ。だから、カカシが好きだと言ってもはそっけない態度で、カカシは焦るのだけれど。
『じゃ、ゆびきりげんまん、ウソついたら針千本飲〜ます!指切った!』
絡めた小指の桜貝のような爪に、カカシはそっとくちびるを寄せた。
『・・・約束する。オレは絶対にちゃんのとこに帰ってくるから』
『約束よ』
そう言ったの、泣き笑いのような顔を忘れたことはない。
冷めてしまったコーヒーを飲み干し、カカシは室内へと戻り、のとなりにそっと腰を下ろした。
子供のように無邪気なの寝顔を見つめ、カカシはふっと微笑んだ。
――オレのとなりに居るのはキミ、キミのとなりに居るのはオレだから。
ふたりで迎えた4度目の夏が過ぎようとしている。
【あとがき】
『カカアスハヤタン’07』のアミダ企画に投稿させていただいた作品です。
締め切りに間に合わないんじゃないかとヒヤヒヤ(笑)
企画サイトにアップしていただいた夜にお友達とメッセでおしゃべりしていたんですが、
「(アミダ企画のSS)ポルノの曲っぽいですね!」
ええ、正解でございますよ(笑)ポルノの『休日』でございます。
出張の移動中に曲を聴きながら考えたお話でした。曲は超素敵なので聞いてみてくださいね!
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2007年10月6日