近くて遠いあなた




「暑い・・・」
夕べは熱帯夜になりそうだったから、朝までクーラーつけっぱなしにしてたのに。それなのにとっても暑いし、おなかの辺りが重い気がする・・・。
がぼんやりと目をあけると、銀色のふわふわしたものが目に入った。
「っ?!」
「・・・(すぅすぅ)」
どうりで暑いはずだ。いつの間に忍び込んだのか(?)忍服姿のカカシがぴったりとくっついて寝ていたのである。ちなみに、おなかの辺りが重かったのはカカシの腕が我が物顔で腰に回されていたからである。
はハァ〜と深いため息をついた。隣の男はすやすやと気持ちよさげな寝息を立てている。自分は安眠を妨害されたのにと、はちょっとムッとした表情を浮かべた。
「なにしてんのよ?」
「・・・いでで」
キュウと容赦なくほっぺを捩じ上げると、ようやく目を覚ましたらしい。
「オハヨー、ちゃんv」
「『オハヨー』じゃないでしょっ!なに勝手にひとのベッドにもぐりこんでるのよ!?」
「・・・だってさー、またフラれちゃったんだもん」
だからちゃんに慰めてもらおうと思って、とまだ眠たそうなカカシは言う。
いい年して、なにが『だもん』だ!
心の中ではそう叫んだが、捨てられた子犬のような瞳で見つめられると何もいえなくなってしまう。『里一番のエリート忍者』という通り名を持つこの幼馴染は、彼女にフラれると『慰めてくれ!』と言わんばかりにのところへやってくるのだ。そして、はそんなカカシを甘ったれるなと突っぱねることができないでいる。
「ねぇ、?」
「なに?」
いい加減暑いから離れてほしいと思っているのだが、こんな状態のカカシにそんなことを言おうものなら、反対にもっとくっついてくるのだ。ただの幼馴染なのに抱き合っているようなこの状況はどうしたものかと思わないでもないのだが、はからずも学習済みのはカカシの好きなようにさせている。
「夏バテしてる?」
「え・・・ああ、ちょっとね。でも、なんで?」
「ああ、ちょっと胸のあたりが薄くなったかなーなんて」
「・・・キャーッ?!」
キャミソールとショートパンツという露出度の高い自分の格好に気づいたは悲鳴をあげた。



「痛い・・・」
「自業自得ですっ!このセクハラ上忍がっ」
ドンッと荒っぽい音をたてながら、は青菜の胡麻和えの入った小鉢をテーブルの上に置いた。他にはワカメの味噌汁、あじの干物、ふっくら焼きあがっただし巻き卵、そして山盛りのご飯が盛られた茶碗が並んでいる。
今日は休みだから朝寝坊してのんびりしていようと思ったのに、突然乱入してきたカカシのおかげで180度違った朝になってしまった。自分のあられもない格好に気づいたに、平手打ちをお見舞いされたカカシの頬はほんのり赤くなっている。
「いただきマス」
きちんと手を合わせてから箸を手に取ると、カカシは味噌汁をずずっと啜った。昨夜の残りを温めたので、ワカメが茶色くなってしまっている。
モグモグとおいしそうに自分の作った朝食を食べるカカシを見て、はため息をついた。朝はパン派のの前には、カリッと焼いたトーストとミルクたっぷりのカフェオレが置かれている。夏バテ気味であまり食欲はなかったのだけれど、カカシに無理にでも食べるようにときつく言われたため、自分の朝食もちゃんと準備したのだ。
「で、今度はなんて言われたの?」
いちごジャムを塗ったトーストにかぷっと齧りつく。食欲がないせいか飲み込むのが少々辛い気がするが、無理やりカフェオレで流し込んだ。
「ん〜?なんか思ってたのと違う、だって」
「・・・」
『来る者拒まず、去る者追わず』がモットーなのか、カカシの付き合う相手は向こうから告白してきた女性である。その選択基準はよくわからないのだが、たいていの場合カカシはOKし、付き合いが始まるのだ。
が、それが1ヶ月ともたないのである。そして、フラれたカカシが慰めてくれとの部屋に転がり込んでくるのが、ある種のローテーションとなっていた。
まぁ、カカシから告白してつきあってるだけじゃないだけマシか・・・。
はこっそりとため息をつく。
――幼馴染のカカシを、単なる幼馴染と思えなくなったのはいつからだったろうか。
子供の頃は隣にいるのが当たり前だった。それがカカシが忍者となったことで、ふたりの距離は大きくひらいてしまった。否、ひらいてしまうだろうとはそう思っていた。
しかし、カカシは相変わらずで、忍者となってからも任務明けにふらっと現れては他愛もないことを話しては帰っていく。普通の幼馴染でも、成長すればいつのまにか距離があいてしまったりするものだが、カカシとは昔どおりの距離感を保ったままだった。
の中でカカシとの距離感が変わってしまったのは、くのいちと思しき美しい女性と仲睦まじげに歩くカカシの姿を見かけたときだった。自分でも理由のわからないままは沈んだ気持ちになってしまい、そのあとカカシと会って、ああそうかとようやく自分の気持ちに気づいたのだ。
カカシの隣にいるのはあたし――ってワケじゃないんだ。
そのことには愕然とした。そして、遅まきながら自分の気持ちに気づいたのである。
それと同時に、自分がカカシの隣に立つのにふさわしくないということにも気づいてしまった。カカシの連れは匂うような美しい女性だった。それに比べて自分はどうだろうか?
とりたてて美しいわけでもなく、何かに優れているわけでもない。どこにでもいる平々凡々な自分――そんな自分では、カカシとはつりあわない。卑屈になっているつもりはなかった。けれど、それが事実なのだと、は諦めていた。
「まぁそのうち、そのまんまのカカシを好きだって言ってくれるコが
 現れるんじゃない?だから、あんまり気を落とさないでよ」
何度となく繰り返した言葉・・・。本当にそんなことになったら自分はどうするのだろうと、は胸のうちに苦いものが満ちてくるのを感じた。
「そうだといいんだけどねー」
ふっくらと黄金色に焼きあがっただし巻きたまごにぷすっと箸を刺して口へと運ぶ。ほんのりと甘めの味付けはカカシの好きな味だ。
「大丈夫、大丈夫!カカシのいいところ、わかってくれるコはいるって!」
どよーんと沈んだ様子のカカシを励ましたくて、は力説した。本当にそんなことになったら自分は苦しくて仕方がないのだろうけれど。それでも、カカシが、好きなひとが落ち込んでいるところは見たくはない。
「ま・・・心当たりがないこともないんだけどね」
「え?・・・心当たり・・・って」
驚いて目を見開いたに、カカシはふっと微笑んでみせた。
「ひとりだけいるんだよね〜。素のオレを好きになってくれそうなコ」
「へ、へぇ・・・そうなんだ。うまくいくといいね」
声は震えていなかっただろうか。ちゃんと笑顔を浮かべていられただろうか。は自信がなかった。
これまでカカシには何人も彼女がいたけれど、カカシから好きになった女性はいない。そのことだけが自分の心の拠りどころだったのに・・・。
は普通の態度でいる自信がなくて、この場から逃げ出したくてたまらなくなった。
「あ、あたし、カフェオレ、おかわりしようっと!」
ちょうど空になっていたマグカップを持ってパッと立ち上がり、キッチンの方へ一歩踏み出そうとしたのだが。
「――オレ、いい加減、限界なんだけど?」
「ちょっ!?なによ、カカシ!?」
いつの間に立ち上がったのかカカシはの背後に立っていて、その両腕はの細い腰に回されていた。ちょうどのおなかのところでガッチリと指が組まれていて、とてもではないが逃げ出せそうにない。
「自分の気持ちごまかすのも、ちゃんにはぐらかされるのも、どっちも限界」
いつもはぽやんとした感じでしゃべるカカシなのに、耳元で囁かれる言葉はどことなく甘い雰囲気を漂わせていた。
「あ、あたしは何も・・・っ」
「なんにもオレに言うコトはない?」
は一瞬言葉に詰まった。カカシには気づかれていないと思っていたのに、この気持ちはバレてしまっているのだろうか?
「カカシがなに言ってるのか全然わかんないよ。
 あたし、コーヒー淹れるんだから、もう離して」
もし自分の気持ちを素直にカカシに告げたとしたら、ふたりの関係はどうなるのだろう?うまくいくかもしれない。でも、うまくいかないかもしれない・・・。
『幼馴染』という心地よい距離感が壊れてしまうのが怖かったは、シラを切り通すことにした。。
「昔っから意地っ張りなんだよね〜、ちゃんてば」
腕の拘束が強まって、カカシの広い胸の中へすっぽりと抱き込まれてしまう。
「ちょっと?!」
熱い吐息とともに、甘く誘うような言葉が耳元へと注ぎ込まれる。
「『幼馴染』以外のオレは・・・欲しくない?」
「っ?!」
いま自分は頭のてっぺんまで真っ赤になっているに違いない。カカシには背後から抱きしめられているので、真っ赤な顔を見られていないのだけが救いだ。
「オレは『幼馴染』以外のちゃんも欲しいよ」
「・・・」
カカシを好きな気持ちは誰にも負けないと思う。けれど、一般人の自分とカカシでは釣合わないとは思っていた。
『里一番のエリート忍者』『コピー忍者』『千の技を持つ男』などなど、数々の通り名を持つカカシ・・・。里の上忍で火影の信頼も篤いカカシと、平凡な自分ではカカシの恋人には似合わない。いまの自分がカカシのそばにいられるのは、ひとえに『幼馴染』という関係のおかげなのだ。
「朝っぱらから人をからかうのはやめて」
「ふーん、そんなコト言うんだ、ちゃんてば」
腰に回された腕の拘束がゆるんだかと思うと、くるりと180度回転させられて、至近距離でカカシと見詰め合うことになった。
「・・・こんなトコまで真っ赤になってるのに、まだ認めないんだ?」
カカシ細い指先が耳元の髪をさらりとかきあげ、さくら色に染まったの耳たぶが露わになった。指がかすかに触れて、はビクリと身体を震わせた。
「オレが欲しいって言って?そうすれば、その瞬間からオレはちゃんのモノだよ?」
「・・・なんで?なんで急にそんなこと・・・」
今にも泣き出しそうになっているに、カカシは苦笑いを浮かべた。
「急にじゃないよ。気がつくまでには結構時間がかかったけどね」
「・・・・・・」
子供のころは、が自分の隣にいることが当たり前だった。
成長するにつれ、変わっていく自分――忍者となる道を選んだこともそうだが――から離れていく人も多かった。カカシ自身、変わっていく自分を持て余して荒れている時期もあった。
けれど、そんなカカシからは離れていくことはなく、いつも優しい微笑を浮かべて自分を見つめてくれていた。そのことに気づいたとき、カカシは何か温かなものが胸に満ちていくのを感じたのだ。
無条件に伸ばされる小さな優しい手――その手を離したくないと思った。
「オレはちゃんを独り占めしたい・・・。ダメ?」
「カカシ・・・」
「うわっ!?」
の瞳から大粒の涙がポロポロと零れて、カカシはギョッとしたらしい。慌てて忍服のポケットからハンカチをだして、その涙を拭う。
「じゃあ、なんで次々彼女作ったりしたの?フラれたからって、
 どうしてあたしのとこに来たりしたの?」
「あー、それはねー」
カカシは頭をかいて、どうにも言いづらそうだ。負けじとがじわりと涙の浮かぶ瞳でじっと睨みつけると、カカシは降参したらしい。
「――だって、ちゃんが思いっきり甘やかしてくれるんだもん」
「ハ?」
「オレのこと大事にして、優しくしてくれるデショ?
 だから、ついつい・・・」
「あ、あたしがどんな気持ちで・・・っ!」
「――どんな気持ちだった?オレに教えてよ」
カカシは悪戯っぽい笑みを浮かべて、の瞳を覗き込んだ。真っ赤な顔をしてこちらを睨みつけてくるが可愛くて仕方なかった。
「カカシの意地悪っ!」
「好きなコはいじめたくなるもんデショ?」
ククッとカカシは楽しげな笑い声をたてた。はそんなカカシの顔を見て、何かを決意したように深く息を吸った。
「・・・カカシはずっと遠いひとだと思ってたの」
「こんなに近くにいるのに?」
コクリとは頷いた。
「どんなに近くにいても、あたしには手の届かないひとなんだって・・・」
カカシが上忍になると聞いたとき、それはにとって自分自身のことのように嬉しいことだった。けれど、同時にこれで本当にカカシが遠くへ行ってしまうのだとも思った。
「オレはココにいるデショ?」
カカシは笑いながら、をぎゅっと抱きしめた。
「ほら、1ミリの隙間もないよ」
カカシの言葉には目をぱちくりとしていたが、ぷっと吹き出した。
「――あたしがずっとそばにいてもいいの?」
ちゃんじゃなきゃダメ、ってさっきから言ってるデショ」
蕩けるような甘い微笑みに、はカッと頬に血が上るのを感じた。



「これからはオレが思いっきり甘やかしてあげる。
 ――だから、覚悟しておいてね?」




【あとがき】

お久しぶりのカカシ先生でございました。
『カカアスハヤタン’08』に投稿させていただいた創作です。
お祝いし続けて5年・・・管理人様を尊敬です(笑)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2008年10月26日