致命的
「あ〜、疲れた」
そろそろ日付が変わろうかという時刻、『人生色々』に詰めている人間は少なかった。
上忍のは四人掛けのテーブルを陣取り、任務報告書を一生懸命書いていた。Bランクの任務だったが、事前の情報が誤っており、結構やっかいな任務だったのだ。そのおかげで里への帰還が遅れ、こんな時間に報告書を書くはめに陥っているのである。
「諜報部に文句言ってやるんだから」
ブツブツと愚痴をこぼしながら、眠気覚ましのブラックコーヒーを口に運ぶ。淹れてからずいぶん時間が経っているのだろうか、酸味がきつすぎて正直好みではないのだが、カフェインを摂取しないと睡魔に負けそうなのだ。
「なにか買ってくればよかったな〜」
本当なら今頃はバスオイルをたらしたお風呂にゆっくりと浸かって、なにか消化のよいものを食べて、暖かいベッドに潜り込んでいたはずなのだ。けれど、この報告書を仕上げてしまわないことには帰ることができないのだ。ついつい深いため息がもれる。
眠いし、お腹も空いているし、鉛のように身体が重い。気分は最悪だが、真面目な性格のは報告書をほったらかして帰ることもできなかった。
「あ〜、もう!さっさと書いて帰ろうっと」
気を取り直して、ペンを取る。
「あ!、はっけ〜ん!」
「・・・」
背後から間延びした声が聞こえて、はがくりと力が抜けるのを感じた。正直、振り返りたくない気持ちだったが、振り返らずともその声の持ち主はわかっている。
「もぉ〜、間に合わないかと思ったよー」
「は?なにが?」
なにかカカシと約束していただろうかとは首をかしげた。
「あー、なんでもない、なんでもない」
カカシはちょっと慌てたように答えると、の向かいの席に腰を下ろした。
「・・・ちょっと!だれも座っていいなんて言ってないでしょ」
「まぁ、まぁ。そうカリカリしなさんなって」
カカシとは何度もチームを組んで、一緒に死線を潜り抜けてきた仲間だ。カカシが背中を預けるに足る男だとよく知っているが、イライラしている今のには、へらりとしたカカシの様子が癇に障るのだ。完全に八つ当たりだとわかっているが、ついきつい口調になってしまう。
「相当、疲れてるみたいだネ」
「見てわかるんなら、邪魔しないでくれる?」
不機嫌そうに答えてみたが、カカシは一向に堪えたような様子はない。それどころか、口布に隠されていてよくわからないが笑っているようだ。
「そう邪険にしないでヨ。いいモノ、持ってきたんだからさ」
「いいもの?」
ハイ、とカカシが差し出したのは、かわいらしいさくら色の小箱だった。淡いさくら色の小箱に、それよりも少し濃いめの色のリボンがかけられ、結び目には白い小花の造花が飾られている。
「なぁに?」
「いいから、いいから。とくにかく開けてみてよ」
にこにこと笑っている(と思われる)カカシを胡散臭く思いつつも、言われたとおり、はリボンをほどいて箱を開けた。
「・・・チョコレート?」
「そ、生チョコ。食べてみてv」
小箱の中には仕切りがあって、二種類のチョコレートが入っていた。カカオと洋酒のよい香りが漂う。
少々不審に思いつつも、はキューブ型のチョコをひとつ、つまみあげた。
「そっちはね、ラム風味。もうひとつのはコアントローと
オレンジピールをいれてみたv」
「いれてみた・・・?」
チョコレートをつまんだ手を口元に近づけていたの動きがぴたっと止まった。
「だって、オレの手作りだも〜んv」
「て、手作り・・・?」
「いやぁ、チョコレート菓子って難しいんだねー。
何回、失敗したかわかんないよ」
「・・・」
「早く食べないと溶けちゃうよ?」
「あっ」
生チョコというだけあって、かなり柔らかめに仕上げてあるのだろう。指でつまんだところが、すでに柔らかくなりつつある。
早く早く〜と、カカシにせっつかれ、は渋々チョコレートを口元へ運んだ。
「・・・ヘンなもの入ってないでしょうね?」
じろりとカカシを睨みつけてやったのだが、カカシはどこ吹く風でにこにこと笑っている。
「ヤダなぁ〜、どんな心配してるワケ?
チョコと生クリームに洋酒、それから・・・」
「それから?」
「オレの愛情がたっぷりとv」
「あ、愛情・・・」
は思わず絶句してしまったのだが、そうしているうちにも生チョコはどんどん柔らかくなっていく。
「ホラホラ、チョコ溶けちゃうよ」
「あっ」
は反射的に生チョコを口の中に放り込んだ。
「あ・・・おいしい」
生チョコは口の中で淡雪のように溶け、あとにはカカオとラムの香りが残る。とても素人が作ったものとは思えなかった。
「ホント?良かった〜v」
目が弓なりに細くなって、カカシが嬉しそうに笑っているのだとわかる。その笑顔に思わずドキッとした自分には驚いた。
「でも、なんで急にチョコレートなんか作ったの?」
それをごまかすかのように慌てて訊ねたに、カカシはがっくりとテーブルに突っ伏した。
「・・・あのさ、今日は何の日か知らないってワケはないよねぇ?」
「今日?今日って、何日だっけ?」
「・・・」
「え?なに?なんで、そんなに落ち込んでるのよ?」
は任務に手こずったおかげで、里への帰還が遅くなったのだ。任務を終わらせることに必死になっていて、今日が何日か意識していなかった。
「・・・だって、オレ、結構必死に頑張ったのに。
家に帰ったら、無残なチョコの残骸が山ほどあるんだよね」
カカシがなにやらぶつぶつ言っているが、は軽くそれを無視して、日にちを指折り数えていた。
「もしかして・・・今日って、2月14日?」
「そーゆーコト」
苦笑を浮かべているに違いないカカシと、綺麗に作られた生チョコを交互に見る。
「えっと・・・バレンタインって、女のコが渡すものじゃないの?」
「そうなんだけど。はオレにチョコ渡そうとか絶対考えてないだろうし、
オマケに任務に出てたからね。で、『逆チョコ』ってことで、
オレから渡そうかな〜って」
「逆チョコ・・・?」
カカシによると、逆チョコというのは男性から女性にチョコレートを渡すことらしい。はこういうイベント事には疎いタイプなので知らなかったのだ。
「それにしても、どうしてあたしにチョコレート?
普段、お世話してるから『義理チョコ』?」
「『お世話』ってねぇ・・・」
「してるじゃない」
キッパリと言い切られ、カカシは苦笑いした。は治癒術に優れていて、任務中、何度も治療してもらっているのだ。そういう意味では『お世話になっている』と言えなくもない。
「まぁそうなんだけどね・・・」
の鈍感さは筋金入りだというのを、カカシは改めて認識していた。カカシがに必死にアプローチしているのは周知の事実だったが、当の本人はまったく気づいていなかったらしい。こんな気合いの入った手作りチョコレートをもらっても『義理チョコ』としか思わないのだ。いっそ、らしくて笑ってしまう。
――けど、こっちもそろそろ限界なんだよね。だから・・・逃げ道なんて残してあげない。
「けど、ソレ、『本命チョコ』だからヨロシクねv」
「えっ!?」
「あーあ、チョコ、ついちゃってるよ?」
カカシはひょいとの手首をつかむと、口布を下ろして、チョコとココアパウダーのついたの指先をぺろりと舐めた。カカシの予想外の言葉と行動に、は真っ赤になって硬直してしまっている。
「なっ!?」
口布を下ろしたカカシがじっと自分を見つめながら、チョコのついたの指先を舐めている。時折、端正な口元からチロリと赤い舌が見えた。
その時、壁掛け時計が午前0時を告げるボーンボーンという音が聞こえた。その音にハッと我に返ったに、カカシは艶めいた微笑を浮かべてみせた。
「返事は来月のホワイトデーでいいから。じゃ、オレ、そろそろ行くね。
いい加減行かないと、ヒゲクマが暴れてそうだからさ」
ヒラヒラと手を振りながら去っていくカカシを、は茫然と見送ることしかできなかった。
あとに残されたのは生チョコレート・・・。
はまじまじとさくら色の小箱を見つめ、もうひとつの方のチョコをつまんで口に放り込んだ。ふわりとオレンジの風味が口の中にひろがる。
「あ・・・こっちもおいしい」
カカシが必死に頑張ったというのも頷ける味だ。指先に残ったココアパウダーを無意識に舌先で舐めとって、はハッとした。カカシに同じことをされたのを思い出したのである。カァッと頬が赤くなる。
「あ・う・・・」
自分の鈍感さ加減がイヤになる。今にして思えば、カカシは行動にも言葉の端々にも自分の気持ちを表してくれていたのに、まったく気づいていなかったのだ。
イヤだ、あたし、ドキドキしてる・・・。
――ホワイトデーまであと1ヶ月。
なんと返事をしようかと考えながら、必死でチョコレート菓子のレシピを思い出そうとしているだった。
【あとがき】
世間の『逆チョコ』ブームに乗っかってみました(←嘘です・笑)
一応サイト名に『バレンタイン』とつくので、がんばってみました(^^;)
が、久し振り過ぎてキャラがよくわかりませんでした。。。
バレンタインに滑り込みセーフ…(汗)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
2009年2月14日