頬を撫でる、指




「ふぁぁ〜。もう寝ようかなぁ・・・」
は大きく伸びをして、読んでいた本をパタンと閉じた。
そろそろ日付が変わろうとするこの時刻、普段なら寝支度をする時間だが、夏休みの今はまだまだ宵の口だ。だが、夏休みとはいえ、風早はいつも通り学校へ行くので、朝は起きて一緒に朝食を取るようにしていた。
「明日の朝ごはんは・・・アスパラを茹でて、ベーコンとチーズが余ってたからオムレツにでもしようかなぁ」
冷蔵庫の中を思い出しながら、朝食のメニューを決めた。そろそろ買い物に行かなければ、冷蔵庫の中がすっかり寂しくなっている。連日の暑さで、ついつい買い物に行くのをサボっていたせいだ。
そんなことを考えていると、コンコンと、控えめにドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」
がドアを開けると、そこにいたのは風早だった。
「なぁに?どうしたの、風早?」
「よかった、まだ起きていたんですね」
いつもなら『夜更かしはダメですよ』と注意されるのに、今夜の風早はにこにこと楽しそうな笑みを浮かべていた。
「もしよければ、一緒にペルセウス座流星群を見ませんか?」
「流星群?」
「ええ、今晩がピークなんですよ」
そういえば、今朝のニュースでやっていたような気がする。
「場所によっては、1時間に50個も流れ星が観測可能だそうです」
「へぇ〜!すごいっ」
「ピークの時間にはまだ早いんですけどね」
「そうなんだ。・・・うん、わたしも流れ星が見てみたいな」
がそう答えると、風早は嬉しそうに微笑んだ。



風早はすでに準備していたらしく、あまり広くない庭にはビニールシートが敷かれ、さらにたくさんのクッションが置かれていた。
「ああ、そうだった。はい、これ」
ポンと手渡されたのは小さなスプレー缶だった。薄闇のなかで目を凝らしてみると、それが虫よけスプレーだとわかった。
「ちゃんとスプレーしてくださいね。でないと、あとでかゆくなって困りますから」
「ありがとう。風早は?」
「私はさっき使いましたから」
プシューと勢いよくスプレーしていると、ふと気付いたことがあった。
「あれ、那岐はどうしたの?」
「一応声はかけたんですが、断られてしまいました・・・」
風早が小さく肩をすくめると、はため息をついた。
「どうせ『面倒だ』とか言われたんでしょ」
「ハハ・・・まぁそんなところです」
ビニールシートとクッションの上に寝転がって、夜空を見上げる。今夜は月もなく、夜空に星が瞬いている。
「きれい・・・」
「ええ、そうですね」
こうしてのんびりと夜空を見上げていると、はなんだか自分がとてもちっぽけな存在のように思えた。
「あ!今、流れましたね」
「えっ!?どこ、どこ!?」
ぼんやりと夜空を眺めていたせいか、せっかくの流れ星を見逃してしまったらしい。慌てて目を凝らしてみたが、当然見えるわけもなく。のそんな様子を見て、隣の風早はクスッと小さく笑い声をもらした。
「そんなに慌てなくても、これからどんどん流星が見られるはずですよ」
「ホントに?」
今度は見逃したくないと真剣に夜空を見つめているの横顔を見つめながら、風早は静かな声で言った。
「・・・は、流れ星に何か願い事はしないのですか?」
「流れ星に願い事を3回唱えるってヤツ?」
「ええ、そうです」
うーん、とは一瞬考えてから、夜空を見上げたまま答えた。
「お祈りするなら・・・風早と、那岐とわたし、3人でずっとこのまま穏やかに暮らせますように、って感じかな」
「・・・」
「でも、流れ星が消えるまでに3回も願い事を唱えられないと思うんだけど」
「ふふっ、確かにそうですね」
流れ星は一瞬で消えてしまう――それは、願い事はなかなか叶うものではないということだろうか。
「流れ星は、神様が天国のドアを開けた時にもれる光だと言われているんです」
「神様が?」
「ええ。流れ星が消えるまでに願い事を3回唱えるというのは、神様に願い事を聞いてもらうためなのかもしれませんね」
「じゃあ、神様はドアが開いているときにしか、願い事を聞いてくれないってこと?」
「さぁ、どうでしょうね」
「・・・でも、わたしなら、神様にお願いするよりも、自分で願い事を叶えたいな」
「自分で?」
「うん。流れ星が神様が天国のドアを開けたときの光なら、いつドアが開くかわからないってことでしょう?」
「・・・」
「それなら、神頼みをするよりも、自分で叶えるほうが願いが叶う確率が高そうな気がするんだもん」
「――確かにそうかもしれません。神は気まぐれですから」
「風早?」
少女は、風早の声音が沈んだものに変わったことに気付いたのだろうか。気遣わしそうに自分を見つめる少女に気づき、風早はにっこりと微笑んでみせた。
「そうだ、アイスレモンティーを用意していたんです。喉が渇きませんか、?蜂蜜も入っていますよ」
「あ、飲みたい!」
「そうですか。それでは準備してきますから、少し待っていてください」
「うん!」
楽しげに夜空を見上げるを見つめ、風早は口元を緩めた。


静かになったな、と思っていると、隣から穏やかな寝息が聞こえてきた。そっと音を立てぬように身体の向きを変えて隣を見てみると、子どものように無邪気な寝顔が目に入った。
「・・・大人になったと思っていましたが、寝顔はあの頃と変わりませんね」
頬にかかる髪を払って、柔らかな頬をそっと撫でた。は相変わらず、幸せそうな顔をして穏やかな寝息を立てている。
そんなを寝顔を見て、風早は微かな笑みを口元に浮かべ、輝く夜空を再び見上げた。




ゆったりと流れるこの時間がいつまでも続くものではないと、風早は知っていた。
神とは気まぐれなもの・・・。命じられるまま、さまざまな時空を渡り歩いて、ここにたどり着いた。

――が望むのなら、この穏やかな日々がすこしでも長く続くように、俺は戦おう。

夜空に瞬く星を見上げ、風早はひとり密かに心に決めるのであった。




【あとがき】

パソコンのハードディスクをお掃除していたら、発見したテキストです(^^;)
たぶん、企画用に書いたヤツだと思うのですが、9割方書いて放置プレイすること1年(笑)
久しぶりすぎて、どうやってUPしたらいいのかわからなくて困りました(-_-)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2011年10月2日