夜、歩く




「夜歩きにはピッタリの晩ですねぇ〜♪」
深夜というにはまだ少し早い時刻、浦原喜助は人通りのすっかり途絶えた夜の街をフラフラと歩いていた。
見上げた夜空にはまんまるのお月さま――月明かりに照らされた街をのんびりと歩くのが喜助は好きだった。
「あれは・・・?」
深夜のゴミの集積場に、うずくまってる女がひとり・・・。しかも、彼女は喜助の良く知る人物だった。
「――もしかして、サン?」
カランコロンと下駄を鳴らして近づいてみると、微かに香る甘ったるいアルコールの香り。
「・・・え?」
突然声をかけられて驚いたのか、女がパッと顔を上げた。
「やっぱり、サンだ。何してるんスか、こんなトコで?」
「・・・お月見」
そう言いながら、彼女――は持っていたハンカチで目を拭った。
こんなところで泣いていた・・・?
月明かりでも、彼女の頬が涙に濡れていたのが喜助にはわかった。
「なーんてね、本当はオトコと別れてヤケ酒飲んでたのよ」
サン・・・」
喜助がと知り合ったのは、今夜のような月夜の晩。痴漢に襲われそうになったを助けたのがキッカケで、浦原商店にもよく遊びにくるようになっていた。
ジン太や、人見知りしやすいウルルもにはよく懐いており、二人ともの訪れを楽しみにしていた。それは喜助にとっても同じことで・・・。
「別れたって、あの営業マンの彼ですか?」
「わたしってば、二股かけられちゃってたのよね」
「二股とは・・・そりゃまた怖いもの知らずな」
喜助がそう言うと、にジロリと睨まれた。
は大手メーカーに勤めており、部下も何人か居て、次期課長候補らしい。
それだけに気の強さも一級品で、並みのオトコじゃ敵わないだろうと喜助は思っていた。
「どーせわたしは怖いですよっ!」
じわり、との瞳に涙が浮かぶ。
「なんて言ったと思う、あのオトコ?『オマエは一人でも大丈夫だけど、彼女にはオレが
 いなくちゃダメなんだ』ですって。バッカじゃないの!」
「ハァ・・・」
「そんなオトコ、こっちから願い下げよねぇ?熨斗つけて相手の女にくれてやったわよ!」
数ヶ月前、彼女の指には彼からもらったというリングが輝いていた。それを嬉しそうに見せてくれた彼女の笑顔を喜助は忘れられないでいた。そのとき感じた胸の痛みも・・・。
そして今、そのリングは彼女の手には無かった。
「わたしって、そんなに気が強そうに見えるのかな・・・」
そうぽつりと呟いたは、今にも儚く消えてしまいそうに喜助には思えた。
たまらなくなって、喜助は思わずの手をとった。
「喜助さん?」
サンは優しすぎるんですよ・・・。自分が身を引くのが一番だと思ったんでしょう?」
「・・・そんなんじゃないわ」
「そうですよ。さ、そろそろ帰りましょう」
喜助は自分の帽子をとると、に被らせた。
「?」
「泣きたいときはガマンしなくていいんでスよ」
「・・・泣いたりなんかしないわよ」
「強情っぱりなんだから、サンてば」
酔っ払って歩けないというを無理やり背におんぶすると、カランコロンと下駄を鳴らして歩き出した。
「帰ったら、とびきり甘くておいしいカフェオレを淹れてあげますよ」
「わたし、コーヒーはブラックしか飲まないわよ」
「ホントは『苦い』コーヒーは嫌いなのに、いつもはムリしてブラックを飲んでるんでしょう?」
「・・・」
「砂糖とミルクのたっぷり入ったカフェオレが好きなんじゃないんスか?」
「・・・なんで知ってるのよ?」
「そりゃ、好きなヒトのコトなら何でも
「冗談は格好だけにして」
「ヒ、ヒドい・・・」
クスクスと耳元で笑う声がする。喜助はほんの少しホッとした。
「ねぇ、サン?」
「んー、なに?」
「失恋の痛手を癒すイチバンの方法、教えてあげましょうか?」
「だーかーら、失恋したんじゃないって言ってるでしょ〜?わたしが振ったのよ!」
「まぁ、どっちでもいいんスけど」
「良くない!」
「ちょ、ちょっと!背中で暴れないで下さいよ」
「で?」
「『で?』?」
「だから、『失恋の痛手を癒す方法』ってなに?」
「教えて欲しいんですか?」
「・・・(むぅ)」
「ぐぇっ!ギ、ギブアップです!」
ギュッと首に回された手が締めつけられて、息苦しくなった喜助だったが、の口調にいつもの明るさが戻ってきたようで、喜助はすこし嬉しくなった。
「素直でよろしい」
「・・・とっておきの方法はですね、『新しい恋』を見つけるコトですよ」
「ありきたりね」
「・・・う」
酔っ払っているせいなのか、ケラケラとは笑った。
「まぁいいや。いいオトコがいたら紹介してよ、喜助さん」
「紹介なんかしなくても、目の前にいるじゃないスか
「へ?ドコに?」
「・・・ワザとやってませんか、サン?」
「ゴメン、ゴメン(笑)でもさ、喜助さん?あんまり優しくしないでよ。本気でホレちゃうじゃない」
「望むトコロです!」
「ありがと、喜助さん。喜助さんて優しいね」
「――アタシは、誰にでも優しいワケじゃありませんよ」
答えはなかった。はいつのまにか眠ってしまったらしい。
耳元で穏やかな寝息が聞こえてくる。温かくて柔らかなの身体をしっかりと背負いながら、
喜助は夜の街を歩いていく。


ねぇ、サン・・・これでもアタシは結構本気なんですよ?
いまはまだ、残念ながらオトコとして見られてないみたいですけど・・・。
これから覚悟しておいてくださいよ、サン。
アタシはそこらのオトコと違って、一筋縄じゃいきませんからね?


――月だけが、二人を見ていた。




【あとがき】
違うと言われても、喜助サンですッ!誰がなんと言おうと(笑)
ああ、ホントにチャレンジャーですね、わたし・・・ちょっと反省が必要かも。
スミマセン、修行してきます・・・。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2004年7月19日