夏の時間。




「年甲斐もなく、ナニやってるんスか・・・」
「『年甲斐もなく』は余計だってのっ!!」
ちゃぷん、と水音をたてながら、が喜助を睨みつける。
ここは浦原商店――喜助の部屋である。は白いジーンズを膝までまくりあげ、その両足を水の入ったタライに漬けて冷やしているのである。
「だって、ジン太に負けるわけにいかないじゃない!」
とジン太そしてウルルは、この真夏の炎天下のもと、バトミントンに興じていたのだ。
「だからと言って、そこまでムキになることは・・・」
「うう、痛いよぉ・・・」
の足は真っ赤に腫れあがり、あちこちにマメができている。しかも、マメが潰れている
ところもあり、かなり痛そうだ。冷やせばすこしは良くなるかと、こうして喜助の部屋にタライを持ち込んで、足を冷やしているのだ。
「その足はともかく、この暑さの中でバトミントンなんて・・・熱中症にでもなったら
 どうするつもりだったんスか?」
「ちゃんと水分補給はしてたわよ。日焼け対策も万全だったのにー!」
確かに子供達は元気そのもので、今もテッサイを手伝って、夕食の支度をしている。
一方は、喜助の部屋ですっかりのびていた。
「昔取った杵柄だったんだけどなー」
「昔過ぎたんじゃないスか」
ムッとしたが爪先を跳ねさせ、パシャリと水を飛ばす。
「やっぱ、運動不足かなぁ」
このところ仕事が忙しいせいもあって、ほとんど家と会社の往復ばかり。運動不足解消に、とジン太とウルルのバトミントンにつきあったのだが、身体の方がついていかなかったようだ。
足の裏にマメがいっぱいできて、ジンジンと痛む。冷やしたおかげで、少しはマシになったが。
「働きすぎっスよ、サンは」
「喜助さんはもっと働いてもバチは当たらないと思うけど?」
「やだなぁ〜、サンひとりを養っていくくらいの稼ぎはありますよん
「・・・」
「無視しないでくださいよ」
喜助は笑いながら、のそばに座り、タライの中に手を入れた。
「さ、ちょっと見せてくださいよ」
の濡れた華奢な足首をつかみ、そっと持ち上げる。
「ああ、これはヒドイっすね」
「・・・痛っ!」
喜助が触れたところが痛かったのだろう、は顔をしかめた。
「痛いから、触らないでってば」
「触らないと、手当てできないっスよ」
柔らかなタオルでそっと水分を拭う。喜助はあぐらをかいて、組んだ足の上にの片足をのせた。
「ったく、こんなになるまでやらなくてもイイでしょうに」
「だって・・・」
「痛みますか?」
「うっ!」
かなり痛かったのだろう、の目にじわりと涙が浮かんでいた。
「あ、スミマセン。血が出ちゃいましたね」
喜助は何のためらいもなく、の足首を持ってヒョイと上に持ちあげると、血の滲んだ傷をペロリと舐めた。
「ひゃぁっ!?な、なにを・・・!」
の顔が見る間に赤くなっていく。
「なにをって、血が出たから舐めただけっスよ
にへらと笑った喜助からは逃げ出そうと後ずさったが、がっちりを足首を捕まれて逃げられない。
「なにすんのよー!?このヘンタイ!離せ!」
「そんな赤い顔して怒っても、全然迫力ないっス」
「・・・!!!」
「ほら、動かないで下さいよ。手当てできないでしょ」
真っ赤な顔のは喜助を睨みつけていたが、喜助が離してくれそうにないことがわかったのか、大人しく手当てされるままになっていた。
「今度やったら、悲鳴あげるからね」
「ハイハイ。大人しくしてて下さいよ。あ、ちょっと痛いですよ」
丁寧に消毒をして、絆創膏を貼っていく。
「なんか痛々しい足になっちゃいましたね」
セクハラまがい(?)のことをされつつも、手当てをしてもらったは律儀に礼を言う。
「ありがと、喜助さん。あ、そこのバッグ取ってくれる」
「はい、どうぞ」
は大きめのバッグの中をガサガサ探っていたかと思うと、新しいソックスを取り出して、絆創膏だらけの足を隠すかのようにソックスをはいた。
「靴下、はかない方がいいんじゃないスか?傷口を乾かす方が・・・」
「うーん、でも、ジン太とウルルに見られたくないのよね〜。こんなにマメ作っちゃって
 笑われちゃうかもしれないし」
はクスクス笑いながら言う。けれど、喜助には理由がわかっていた。
自分達の遊び相手をしたせいでが怪我をしたと、あの二人に思わせたくないのだ。
留守中の喜助の部屋に勝手に入り込んで足を冷やしていたのも、喜助の部屋なら子供達が出入りする可能性も低い。
だから、アタシはサンが好きなんですよ・・・。
「い、痛い・・・」
なんとか一人で立ち上がった。しかし、立ち上がった瞬間に両足に体重がかかり、さっと痛みが走る。あわてて膝をつく。
「ねぇ、サン?その足じゃ、今夜は帰れないんじゃないんスか?」
「こ、これくらい平気だもん・・・いたたたっ!」
「それに明日は筋肉痛決定ですね。ヘタしたら、明後日かもしれませんけど」
「ほっといてよ!」
意地っ張りですねぇ、サンてば。
「狭いですが、サンの寝る場所くらいありますよ。なんなら、アタシと折り重なって眠るっていう手も・・・」
「わ、わたしっ、テッサイさんのお手伝いしてくるッ!」
「パジャマも貸してあげますよんアタシとしては、なぁんにも着なくてもOKですけど」
「こ、このセクハラ野郎!それ以上言ったら殴るからねっ」
は耳まで真っ赤になりながら、無理やり立ち上がる。足が痛むのだろう、それでも無理をしてひょこひょこと足を引きずって、喜助から離れようとする。
「逃げなくてもいいじゃないスか・・・」
「う、うるさい!」
どうしてこう、このヒトはこんなに可愛いんでしょうねぇ〜?
気の強いサバサバしたタイプかと思えば、女性らしいオトナの気配りもできて、それでいてうぶな少女のようでもあり・・・。
つい追い詰めたくなってしまう。
「いい加減、諦めたらどうスか・・・」
じり、と喜助ににじり寄られて逃げ場のなくなった
「ちょ、ちょっと喜助さん!冗談だよねっ?ねっ?」
「アタシはいつだって本気ですよん
――喜助の手がの頬に触れようとした瞬間
ーっ!メシだぞーっ!」
さん、ゴハンできました・・・」
ダダダダダッとにぎやかな足音がしたかと思うと、ふすまが開いて飛び込んできたのは二人の子供達。
「チッ」
「・・・(こ、このヒト・・・いま舌打ちした?)」
喜助にとってはお邪魔ムシ、にとっては救いの天使である。
「わ、わたし、おなかぺこぺこなんだ!早くゴハンにしよ」
子供達と逃げるようにいそいそと部屋を出ようとするに、さすがの喜助もムッとした表情だったが、すぐにそれは人の悪そうな笑みに変わった。
「ああ、そうだ。ジン太にウルル、今日はサンが泊まっていくそうですから、
 客間の支度をお願いしますね
「えっ!?、泊まっていくのか!」
「ホントに、さん?」
なんとも嬉しそうな子供達に、は違うとも言えず、頷くしかなかった。
「やったー!」
「じゃ、テッサイさんにお布団だしてもらいます」
「う、うん、よろしくね」
少々ひきつった感の笑みを浮かべただったが、子供達の笑顔に勝てるわけもなく。
「晩メシ食ったら、花火しようぜ、!」
「ちょっとジン太!花火はいいけど、いいかげん呼び捨てにするのはやめてくれる?」
さん、スイカ好きですか?おいしいのがあるの」
「うん、スイカは大好きだよ。ありがと、ウルル」
はオレたちのこと呼び捨てなのに、なんでのことを呼び捨てにしちゃいけねーんだよ?」
「それは、ジン太が子供で、わたしが大人だからです!」
わかった?と、ジン太の頭を小突いた。
「なんだよ、それー」
「オトナには敬意を払いなさいってこと。たまに、敬意を払う必要のないオトナもいるけど」
チラリと喜助の方へ視線をやった。喜助とバッチリ目が合う。
「なんだか、アタシのことを言ってるみたいですねぇ?」
「・・・自覚あるじゃん」
小さな声で呟いたせいか、子供達に聞かれることもなく。子供達を両脇に侍らせた状態のが部屋を出て行く。
「・・・やれやれ、アタシの存在なんかすっかり忘れられちゃってるみたいっスね」
喜助もゆっくり立ち上がり、と子供達の後を追った。


むかし、誰かが言っていた。
――恋は花火のようなものだと。
気がついたときには火がついて、激しく燃え上がって、いつのまにか消えていく。
恋はそんなものなのだと。
なら、この胸の奥の想いは何なのだろう?この燠火のように消えることなく燃えつづける想いは?
いつかあなたにこの熱が伝わるといい。そう思う。


まだ、あなたには伝わっていないようだけれど・・・。




【あとがき】
ニセモノ度急上昇中の浦原喜助さんです(笑)
ヒロインは「夜、歩く」のヒロインちゃんです♪ちょっと気が強くて意地っ張りだけど、 可愛いところもあるぜ!っている感じがスキみたいです、管理人。
足のマメ、痛いっす(涙)わたしも喜助サンに手当てしてほしいなぁ〜(笑)
ちょっと喜助サンがセクハラオヤジっぽいのはご勘弁を・・・。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 2004年8月7日